なぜか人気俳優に飼われています〜消えるはずだった私がまさか溺愛されているなんて〜

なぜか人気俳優に飼われています〜消えるはずだった私がまさか溺愛されているなんて〜

last updateLast Updated : 2025-09-06
By:  KayaOngoing
Language: Japanese
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「侑さんがもう駄目だと思うなら、残りの人生俺に下さいよ。」 常磐侑34歳。 女優としてしか生きれない不器用な女は人気が低迷して、心を病んでいく。 そんな時に後輩俳優である綿貫昴生が甘い言葉を囁いた。 ※疲れた大人の恋愛ラブストーリー。

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Chapter 1

人気俳優の告白

「なぁ和也、今日は絵里と籍を入れる日だろ?すっぽかして、あいつ怒らねえの?」

「絵里が和也にベタ惚れなのは周知の事実じゃんか。和也が寧々のために行かなかったって知っても、怒る度胸なんてあるわけねえって」

「そうよ。絵里なんかが寧々に勝てるわけない。和也は昔っから寧々を溺愛してるんだから……」

……

彼らが口にする「寧々」という少女は藤原寧々(ふじはら ねね)、藤原和也(ふじはら かずや)の義妹だ。

ホテルの個室のドア前に立ち尽くす水原絵里(みずはら えり)は、全身の血液が凍りつくような感覚に襲われていた。

これが、長年愛し続けた男の正体だというのか。あまりにも浅ましい。

彼女は拳を固く握りしめる。爪が掌に深く食い込むが、胸を焼く絶望に比べれば、そんな生理的な痛みは万分の一にも満たなかった。

深く息を吸い込むと、扉を押し開けた。

バンッ!

喧騒に包まれていた個室が、瞬時に静まり返る。

「絵里……」誰かが息を呑んだ。

扉の前に立つその美貌に、誰もが目を奪われた。透き通るような白い肌、引き締まった腰のラインを強調するピンクのワンピース。ハーフアップにまとめた髪が、優美さを際立たせている。

だがその瞳は、氷のように冷徹だった。彼女の視線が、和也と寧々を射抜く。

「和也。これが、役所に行けない理由?」

和也の端正な顔に、一瞬だけ気まずさが走る。だがすぐに絵里のそばへ歩み寄った。

「入籍なんていつでもできるだろ。寧々が久しぶりに海外から帰ってきたんだ。兄として、歓迎会を開くのは当然のことだろう?」

絵里は冷ややかに笑う。

「一年に一度の交際記念日も、あなたにとっては『どうでもいい』ことなの?

今回を逃せば、来年まで待たなきゃいけないって分かってるくせに」

それは二人の約束だった。

交際記念日を結婚記念日にする。一石二鳥で、特別な意味を持たせるはずだったのだ。

だが明らかに、和也には結婚する気などない。

彼が真に娶りたいのは寧々なのだ。

彼の、幼馴染であり義妹である寧々を。

何かを感じ取ったのか、和也が絵里の腕を掴もうとする。

「騒ぐな。帰ってから説明するから」

絵里はその手を乱暴に振り払った。

その時、寧々が口を開いた。

「絵里、ごめんなさい。私が悪いの。今日が入籍日だなんて知らなくて……」

うつむいて謝るその姿は、いかにも被害者といった風情だ。

絵里は常日頃から彼女を嫌悪していたため、無視を決め込む。すると寧々は顔を上げ、涙を浮かべた瞳で訴えかけてきた。

「許して。私、絵里と兄さんの幸せを心から祝福してるのに……」

祝福?絵里は鼻で笑った。

「猫かぶるのはやめてくれない?本気で祝福してるなら、わざわざ戻って来たりしないでしょ」

和也の表情が曇る。

「そんな意地悪な言い方はやめろ」

「何よ、大事な大事な妹を言われて不機嫌?」

絵里の目は、他人を見るように冷え切っていた。

和也は顔をしかめ、低い声で叱責する。

「絵里、場所をわきまえろ。滅多なことを言うもんじゃない!」

見ろよ。どれほど妹を庇うのか。

彼がそこまで肩を持つのなら、望み通りにしてやろうね。

「やったことは事実でしょう?何を怖がってるの?」

寧々の目元が赤くなり、傷ついた表情を作る。

「私と兄さんはそんな関係じゃないわ。どうして昔みたいに誤解ばかりするの?

二人の喧嘩の原因になるって分かってたら、私、帰って来なかった……」

寧々の涙声は、聞く者の庇護欲をそそるものだった。彼女が虐げられていると見た取り巻きたちが、一斉に絵里を非難し始める。

「絵里、それは言い過ぎだよ。和也と寧々は兄妹だぜ?そんなことにまで嫉妬するのか?」

「そうだよ。この三年間、あなたが寧々を受け入れないから、彼女は身を引いて出国したんだろ?また同じことを繰り返す気か?」

「調子に乗ってると、和也に捨てられるぞ!」

……

絵里は彼らの義憤に満ちた顔を、冷徹な目で見つめ返した。

かつては和也のために、こうした友人たちにも我慢を重ねてきた。どんな冗談を言われようと、陰で笑われようと、聞こえないふりをしてきたのだ。

だが、もう終わりだ。

絵里の言葉は鋭利な刃物のように響いた。

「妹が兄に毎日べったり張り付いてるのが、正当だとでも?

あんたたちの頭はどうかしちゃったの?それとも、そういう禁断の愛がお好み?

私が身を引いてあげるから、存分に見せつけてもらえばいいわ」

一同は呆気にとられた。

和也の前では従順だった絵里が、これほど辛辣になろうとは予想もしていなかったのだ。あまりにも言葉が過ぎる。

「絵里、どうしてそんなに私を侮辱するの?」

寧々は今にも泣き出しそうな顔で、あざといほどに哀れっぽく言った。

「私のことが嫌いなのは仕方ないけど、兄さんはあんなに絵里が好きなのに。こんなに尽くしてるのに、まだ不満なの?」

絵里は眉をひそめた。

他人は知らないだろうが、彼女は寧々の本性を熟知している。

和也と知り合って十年、交際して五年。

一年目の絵里の誕生日に、寧々は「事故に遭った」と嘘をついて和也を呼び出した。

二年目のバレンタインには「失恋した」と言い出し、自殺をほのめかして和也に泣きついた。

三年目、四年目……

寧々は無限に理由を作り出し、そのたびに和也は絵里を見捨てて駆けつけた。

そして三年前、寧々が突然出国を申し出た時も、周囲は「絵里が追い出した」と決めつけたのだ。

絵里の冷ややかな視線が、寧々をじっと捉える。

「まともな兄妹関係なら、入籍なんていう一大事を蔑ろにしたりしないわ。

どっちもどっちのクズとあばずれが、被害者ぶって私に寛容さを強要するなんて、笑わせないで。どの面下げて言ってるの?

恥を知りなさいよ」

寧々は顔を真っ赤にし、言い返すこともできずに涙をポロポロとこぼすだけだ。

和也は堪忍袋の緒が切れ、顔を紅潮させて怒鳴った。

「いい加減にしろ!自分が惨めだと思わないのか!

たかが入籍だろ。記念日が無理なら、お前の誕生日に変えればいいだけじゃないか。どうしてそれくらい大目に見られないんだ!」

大目に?

ええ、もちろん。

絵里の心は、凪のように静まり返っていた。

「和也。別れましょう」

室内がどよめく。

和也は数秒呆然とした後、苦々しい顔になった。

「また別れるとか言うのか?三年前もそうやって騒いで、寧々に気を遣わせて追い出したくせに。まだ飽き足らずに彼女を追い詰める気か?

お前はどうしてそんなに性格が悪いんだ。籍を入れてやるって言ってるのに、まだ寧々が許せないのか?これ以上悪辣な真似をするなら、俺だって考えがあるぞ!」

和也に庇われ、うつむいた寧々の口元が微かに歪み、勝ち誇った笑みを浮かべるのを、絵里は見逃さなかった。

それを目にした絵里は、まるで大輪の薔薇が咲いたような、艶やかな笑みを返した。

「ええ、いいわよ。入籍はやめましょう。結婚もなし」

言い捨てて、絵里は踵を返す。

背後から和也の怒号が飛んだ。

「今ここから出て行ってみろ。寧々にちゃんと謝らないなら、絶対に許さないからな!」

周囲は皆、絵里が折れて謝罪すると高を括っていた。

あれほど和也に惚れ込んでいたのだから。

だが、予想は裏切られた。絵里は足を止め、振り返って彼らを一瞥すると、宣言した。

「ちょうどいいわ、証人になって。私、水原絵里はここに誓います。今日限りで藤原和也とは他人。復縁なんて天地がひっくり返ってもありえない。

もし私がこの誓いを破ったら、その時は藤原和也が、一生女に縁がないまま、野垂れ死ねばいいわ!」

「……っ!」

捨て台詞を残し、絵里は呆気にとられる人々を尻目に、毅然と個室を後にした。

どうやってタクシーを拾ったのかも覚えていない。ホテルを離れた車内で、絵里はひたすら和也に関する連絡先を削除し続けた。

突然の着信音が、彼女の意識を現実へと引き戻す。

ディスプレイに表示された、見知らぬ、けれどどこか懐かしい番号を見て、心臓が止まりそうになった。

通話ボタンを押すと、鼓膜をくすぐるような、甘く低い声が響いてきた。

「結婚したいなら、俺を検討してみないか?」

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人気俳優の告白
 「⃞侑⃞さ⃞ん⃞が⃞全⃞部⃞、⃞失⃞く⃞し⃞て⃞く⃞れ⃞て⃞よ⃞か⃞っ⃞た⃞。⃞」⃞ 「⃞じ⃞ゃ⃞な⃞け⃞れ⃞ば⃞手⃞に⃞入⃞ら⃞な⃞い⃞と⃞こ⃞ろ⃞だ⃞っ⃞た⃞。⃞」⃞ 例えるなら私は一本の煙草《シガレット》。 火を点ければ中心温度は約800℃にもなる。 真っ赤に燃え広がり、5,300種類以上もの化学物質を含んだ煙を排出して、後は静かに灰になっていく。 まるで落ち目女優の人生そのもの。 「侑《ユウ》さんがもう駄目だと思うなら、残りの人生俺に下さいよ。」 事務所が同じで、後輩でもある綿貫昂生《わたぬきこうせい》は、今飛ぶ鳥をも落とす勢いで売れている人気俳優である。  去年主演を務めた映画で、アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞。 そこから人気が一気に爆発して、今年はドラマの主演だけでも既に3作品目を更新中。 新たに映画の主演も決まっている。 加えてCM起用に、テレビ、バラエティ番組への出演依頼も殺到しているんだとか。まさに今、誰よりも多忙を極めている男だ。 年齢は私より二つ下の32歳。かみは黒で、瞳は焦茶色。鼻筋が通り、全体的に色気がある。 容姿も雰囲気もどこか日本人離れしていて、欠点など見つからないくらい完璧だ。 声は澄んだ低音で、私服はいつもモノトーンにまとめ上げたコーデ。 香水は爽やかなマリン系を漂わせている。基本的に誰にでも優しい。 そんな彼がこんな落ち目女優の私に。 「一体………何の冗談?」 その言葉を私の口から自然と発生させる程に。おかしな提案だった。 * 15歳で朝ドラデビューした私、常磐侑《ときわ ゆう》は一躍時の人となった。 ———飾らない素朴さの中にも煌めく才能。 独特な台詞の言い回しや、間の空け方の絶妙さ。滲み出る情熱感。 彼女の演技は見る人の心を揺さぶる。これぞまさに天性の女優と言えるだろう——— その時、一緒に映画の仕事をした監督の言葉は当時の雑誌の誌面を飾った。 そうやって一度人気になると、CMに、テレビ番組のゲストに、ドラマ出演など次々と仕事が舞い込んできた。 だけど——人気というものはそう長くは続かないものだ。 「ねえ、この人名前なんだっけ?」 「えどれ?どの人? あー…それ常磐侑だよ。」 「あ、そうだった!すっかり忘れてたあ」 「確かに。テレビでも全然見ないからね。
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人気俳優の告白
  彼女達はまさか本人がこの場にいるとは思ってもないようで、無邪気にお喋りを続けた。 「なんか、その俳優さん。演技だけは上手かったんだけど他が駄目だったっていうか。バラエティ番組であんまり喋らないし、共演者とも打ち解けるのが苦手だったみたいで…いつの間にかテレビから姿を消したイメージがあるなあ。言って不器用な人…?」 「よく覚えてるね。私はあんまり。この冬のドラマにだって端役でしか出てないし。今何歳くらい?」 「うーん。私が小学生の時で朝ドラの時が15歳っていうから、今は33、4歳くらいじゃないかな?」 「あー……そっかあ。もうそんな歳なんだ」 30歳過ぎれば、もうそんな歳だと言われる。 それに近頃は女優も、俳優と呼ばれる時代だ。  人気絶頂だったあの当時はカフェでコーヒーを飲もうものなら、ファンに囲まれて大騒動が起きる程で。 だけど今はすっかり落ち目だから、気づかれたって面白おかしそうに噂話をされるだけ。 悲しい事に。 それでも女優をやめないのは、私にはそれしかないから。 その子達が言うように私は不器用な人間だ。 * あれがつい昨日の出来事。 そんな私に。なぜ君が……? 「綿貫くん? 冗談で言ってるなら私怒るよ?」 今一緒に共演してる刑事ドラマ。 その主役がこの男。綿貫昴生だ。 今日は私が出る最後の撮影があって、同じ事務所の先輩だからと彼が控え室に挨拶にきた。 その流れで今の告白だ。 「冗談じゃなければ怒らないんですか?」 鏡台を背に寄りかかり、昴生は意味あり気な笑いかたをする。 人気俳優の返す返事はやはり一味違う。 気もする。 「だって侑さんが自分は駄目な人間だって言うから。 もうどうしようもないって。 生きてても仕方ないって言うから。 そんな悲しい事言うくらいなら、どうせもう俳優業にも……この世にも未練なんてないんでしょ? だったら俺に下さいよ。 侑さんの残りの人生を。」 そんな言い方した覚えは—————いや。 したのかな。無意識に。 この後輩くんに。 だって今日のこの仕事が終われば後のスケジュールは真っ白だし、一昨日恋人には別れ話をされるし。  でもこの世に未練がないなんて言ってない。 言ってないよ。 言いたくても。踏み留まったはずなのに。 さっきから和やかに笑うこの男は、確
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 死にたいなんて言ってないのに、死にたいと思ってる心を見透かされたのか。 この男は一体誰………? 堂々と私と体の関係を持ちたいと発言する、何やらとんでもない男みたいだ。 「———侑さん。返事は貰えないんですか?」 「ごめん。……私にはそんな気ないよ。」 視線を逸らして私は昴生の告白を淡々と断った。 まるでドラマのセリフみたいに。 ———これまでの女優生活でこんな風にアプローチしてきた男達が何も全くいなかったわけじゃない。 ただしそれもまた、人気絶頂の時だけの話。  そういう人は大抵私と関係を持ちたがった。 私の持つ知名度が欲しかったから。 勿論当時は、そんな男達の告白を断るのも慣れていた。  だけど今は、こんな落ち目女優に好き好んで交際を申し込む人なんていない。  どうせ、からかってるんでしょ? 私は鏡台の前に立つ、背の高い昴生を見上げた。 「ねえ…侑さん。これだけは聞かせてくださいよ。 何で断るんですか? 俺、自分で言うのもなんだけど、今俺ほど売れてる人気俳優なんてこの日本にいないと思うんですけど。 しかも結構稼いでる。 顔もそこそこ悪くはないでしょう? その俺が侑さんを下さいって頼んでるんですよ。美味しい物件だとは思いませんか?」  本当に自分で言っちゃうんだ。 もしかすると私も売れていた時期はこんな風に傲慢だったかも知れない、なんて事をぼんやりと考える。 「……綿貫くん。はっきり言うね。 私はあなたの事は、才能のあるいい俳優だと思ってる。 それに、まだこれからも伸びると思う。 ただ…… 私はあなたには一切興味がない。 顔も好みじゃない。だから……ごめんね。」 「……そっか。 顔が好みじゃないって言われたら、それはどうしようもないですね。」  少し堪えたのか、昴生は前髪をかき上げ、深い溜息を吐いた。 諦めてくれたかな。揶揄《からか》いがいがなくて、本当にごめんね。 そもそもこんな私に、君のように今人生が一番輝いてる人が興味を持ってるなんて、ありえない。  「だけど……興味を持って貰える可能性はありますよね? 例え今はゼロでも?」 話は終了したように思えたのに、昴生は自信ありげに、にこっと笑った。 「なら……いくらでも待ちますよ。 侑さんが俺の事に興味を持つまで。 ————
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人気俳優の告白/無価値
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人気俳優の告白/無価値
 何となく鳥飼さんとの会話が終わるとスマホを開いた。    最近、仕事が無いのを気にして、無意識に自分のエゴサーチをするようになっている。    人からの評価は怖いものだ。  だから余計に見てしまう。  怖いのについホラー映画を見てしまう。  その不可解な衝動に似てる。 「侑さん、エゴサなんて辞めた方がいいですよ?私嫌ですもん。  自分が顔も知らない誰かに悪口言われてるの見ちゃったら、立ち直れませんよ。」 「ん……別にしようと思ってるわけじゃないんだけどつい。  確かにエゴサは怖いけど、逆にこれ見てメンタル鍛えようかなって。  そしたら何か自分の悪い部分が変わるきっかけにならないかな。」 「もー、本当にやめて下さいね。  あれ絶対にメンタルにきますよ?  実際SNSで叩かれた女優さんが自殺とかしちゃってるじゃないですか。」 ハンドルを握りながら鳥飼さんは涙声で言う。 しかし彼女の言葉は耳を素通りした。 自分の評価が露骨に書かれてるSNSなんかで、この所頻繁に見かける言葉がある。 きっとこれを言う人は単にストレスを発散させてるだけか、もしくは本心から悪意を持って言っているかのどちらかなんだろうけれど。 頭から離れない、有機ELディスプレイの画面に羅列した文字。〈常磐侑————死ねばいいのに〉  リアルタイムで載せられる言葉の暴力たち。    確かに私の女優人生において、誰かに嫌われるような理由はいくつも存在していると思う。  まず万人に好かれるなんてある筈がないけれど、私の場合は思い当たる節が多過ぎて反論するのも躊躇ってしまう。 ただ顔も知らない誰かに死を願われるのは、結構堪えるものがある。 それはいつも私の心を深く突き刺す呪いの言葉。  シネバ イイ ノニ *** 悪い予感というものはよく当たる。 いつも悪い未来ばかり想像しているからだ。 「なあ………侑。お前今自分の立場分かってる?」 ふう、っと煙草の煙を吐き出し、事務所の社長である八重樫《やえがし》はデスク上で私と目を合わせる。  まるで塵でも扱ってるみたいな態度で。  今だに紙煙草愛用者の八重樫の部屋は、独特な匂いがする。 「いくら今、綿貫昴生が人気絶頂期と言っても片や仕事もない女優を養うほど、うちの会社
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人気俳優の告白/無価値
   不器用で人付き合いが苦手。    どんなに頑張っても場を白けさせてしまい、バラエティ番組はおろかニュースの番宣にさえ出演の声が掛からなくなった。  だから当然女優の仕事も減る。 そんな経緯から人前に立つのが億劫になり、営業もマネージャーに任せてばかり。 ネットでは共演者に態度が悪いと陰口を叩かれている。 本当に女優しかできないつまらない女。 女優でなら役を演じてられるから。自分を曝け出さずに済むから。 けれど今はマルチタスク型の俳優を求める時代だ。  テレビのバラエティ番組でも、ニュース番組のゲストでも受け答えがそれなりにできて、面白いことがある程度言えて、空気が読める人。  私にはそれができない。 与えられた役を演じる事しか。  それしか。 解雇かヌードか。良く考えてみてくれ。  その2択以外ないと八重樫は怖い顔をして言った。  * 「……侑ちゃん。いよいよ解雇を言い渡されたんだって?」 「是枝《これえだ》さん。」 どこで噂を聞きつけたのか、是枝は以前から食事の誘いをひつこくしてくる番組のプロデューサーだ。  今回はこの刑事ドラマで何かと顔を合わせる事が多かった。  僕の顎髭がワイルドだろう?といつも自慢してくる、正直苦手な男。 「ねえ、もし侑ちゃんが望むなら、僕が社長に掛け合ってあげるし、僕のツテで女優の仕事をいくつか紹介してあげる。  だから…ね?いつか食事に行こう?」 この目———この口調。 昔から人をベタベタと触る癖のあるこの人が、食事だけで終わるはずがない。 もう………正直、何もかもがしんどい時にきている。 もしもこの男に体を売れば、私は何か以前の輝きを取り戻せるんだろうか。  裸になってそれを好奇の目に晒せば、私はまた仕事を貰えるんだろうか? そうじゃない。 きっと落ちていく。 きっと私は落ちるだけ落ちていくだろう。  寝たくもない人と寝ればそれも同じこと。 始まりが頂上だったせいで、落ちた時の上り方が分からずに。 こんな時にはつい彼の存在を思い出してしまう。 ————会いたい。もう叶わないけれど。 彼に。もう一度会いたい………………
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人気俳優の告白/死なせません
 好⃞き⃞だ⃞よ⃞。⃞侑⃞。⃞ 鳥飼さんに送って貰い、誰も待っていないマンションに戻った。  ライトアップされた水槽の中で、元気に泳ぐ熱帯魚だけが私を出迎えてくれる。 いよいよ完全に仕事がなくなる。  そしたら収入がゼロに。  それなりに家賃が高いこのマンションも、すぐに引っ越さなければならないだろう。 軽く夜飯を食べ、お風呂を済ませ、後は暗くした部屋のベッドの中でスマホを見つめた。  ———今も思い出すのは別れたばかりの一般人だった元彼。  情けない事に私は今だに未練を引きずっていた。 つい見てしまうのは、まだ消しきれない彼の電話番号やSNS。 中学が一緒だった同級生の聖《ひじり》とはまだ人気が低迷する前に偶然再会し、それから付き合うようになった。 『好きだよ、侑。』 『侑は人気女優だから、すぐに他の芸能人に取られるんじゃないかって凄く不安だよ。』 『大丈夫だよ。  私は浮気なんか絶対しない。信じて。』 そう言っていた彼も、私の人気の低迷と共に心が離れていった。 『今…侑仕事ないんでしょ?  俺、お前を養えるほど稼ぎないから』  聖。誰もあなたに食べさせて欲しいなんて思ってないよ。 『侑の事好きだけど…ごめん。  それに今、俺の事好きだって言ってくれる子がそばにいる。  そもそも女優と付き合うなんて……俺には初めから無理だったんだ。  ……だからもう俺達、終わりにしよう。』 確かに私達は、普通の恋人のように頻繁には会えなかった。 女優なんだから週刊誌に撮られないようにしろとか、会う頻度を減らせとか、社長からは口を酸っぱくして言われていた。  実際にまだ人気のあった時期は、スケジュール調整が難しくて、全くと言っていいほど会えなかった。  今彼のSNSを開けば、新しい彼女との日々を惚気るツイートが、ひっきりなしに上げられている。 〈今日彼女の家でお家デート〉 〈肉じゃが美味い〉 〈やっぱり家庭的な子は落ち着く〉 私は————聖。 私はあなたの何だったのかな。 女優という仕事をしていて、あなたに寂しい思いをさせたのは分かっていた。 だけど私は、あなたを忘れた事は1日もなかった。 いつか女優《しごと》を辞めて結婚しようと思うくらい、好きだった。 最後の電話でも、つい私は自分を偽
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人気俳優の告白/死なせません
  きっと私は女優を辞める選択すらできない。  弱い女。 *    「ありがとう、侑ちゃん。今日は美味しいものをいっぱい食べていいからね。」 待ち合わせたビルの地下駐車場で是枝は周りに人がいないのを確認し、上機嫌に私を車の中に押し込んだ。 今日はあのドラマの撮影が行われていた。 撮影に用がない私は、番組スタッフや綿貫昴生に会わない事を願いながら、隠れるように待機していた。  是枝が約束の時間に現れるまで。 この男と食事して、最後は体を売るのだ。 そう思うと今から気が滅入る。 誰かに密会現場を見られるんじゃないかと心配していた割に、駐車場で誰かと鉢合わせする事もなかった。  やがて是枝が運転する車が夜の街を走り出した。 「今日ね人気店のディナーを予約しといたからね…かなり有名なシェフが……」 ハンドルを握りながら、是枝が得意気に話し始める。 話半分で相槌を打ち、私はまた無意識にスマホを開いていた。  鳥飼さんが、エゴサーチなんてやるもんじゃないって、あんなに言っていたのに。 今の時代、見たくないものを嫌でも見る時代だから、自分で嫌なものを見ないように避けるしかないって。 確かにSNSなどで叩かれた女優や俳優が、自ら命を絶ってしまう。  まさにそんな時代だ。 〈常磐侑、演技下手くそ〉 〈共演者と喋らないとか何様?〉 〈今だに自分が売れてると思ってる〉 〈良かったのはデビュー当時の、朝ドラの時だけ〉 〈嫌いな女優No.1〉 〈死ねばいいのに〉 見たくないものを見る。 知りたくない現実を見る。 自分が人から疎まれてるという事実は、どうしたって消えない。 「はあ、っ、はあっ……」 「侑ちゃん?どうしたの、急に?」 「……苦しい」 「え?大丈夫?え?」 エゴサーチなんてやるもんじゃない。 やっぱり見たくないものを見た。 分かってる。見たくないものは見るべきじゃないって。 アンチはどこにでもいるもんだって。 誰にでもいるんだって。 死ねばいいのに………そうだね。 もう明日からの仕事もなくて、ヌードも嫌で、好きな人にフラれて、これから好きでもない男に抱かれて、そんなしょうもない女で、これ以上何もないのなら、私は確かに死んだ方がいい。  今の私に生きてる価値なんてどこにあるの?
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人気俳優の告白/死なせません
 「————ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア」 車の中に響き渡る乱れた呼吸音。  胸…いや心が苦しい。  肺が過剰に空気中の酸素を取り入れて、過剰に二酸化炭素を放出している。    緊張で力が入り、寒いわけでもないのに体がブルブルと震え、冷たい汗が滲んだ。 「ちょ、ちょっと……!侑ちゃん何?怖い怖い怖い!  悪いけど車降りてくれない?」 急ブレーキがかかる。  是枝は急停車し、薄暗い路地裏にあるホテル街に私を一人だけ降ろし、あっさりと車で走り去ってしまった。 きっと私に何かあった時に、自分が責められるのが嫌だったんだろう。 「……っう」  まだ呼吸がままならない。吐きそうだ。  胃が痛んで捩じ上げられる。  気持ち悪い。  怖い。嫌だ。死にそう。  私どうなってる?  長い前髪をかき上げ、汚れたラブホテルの壁に体を傾けた。    「うわ何あれ?」 「きもー。  関わらずにさっさと行こ!」 ホテルから出てきたホストみたいな男とギャル風の女が、怪訝な顔して走り去って行った。 これが今の常磐侑《わたし》だ。 誰にも女優だとは気づかれない、薄れて忘れられた———————   〈常磐侑———死ねばいいのに〉 今頭に浮かぶのはあの言葉ばかり。 もしも今私が死んだら、誰か泣いてくれるだろうか? 家族のいない私の支えは聖だけだった。    その彼は……泣いてくれるだろうか? いや、きっともう聖は泣いてはくれない。 新しい恋人がいるから。 社長は。  鳥飼さんは。  私を憎むアンチの人達は。 死んだ方が世の中の為になる? 誰かに泣いて欲しくて死ぬなんて、バカみたいだって笑われるかな。 白い息が冷たい空気に混じる。滲むのは涙ばかりで。 ………もう私には演じる役さえ残ってない。 何もないのだ。 本当に空っぽだ。   —————ねえ。侑さん。  もしも本気で死にたくなったら、最後に俺の事を思い出して下さいよ。  そしたら……俺が侑さんの人生ぜんぶ、責任を持って引き受けるから——————  ようやく彼の言葉が頭をよぎった。ふいに流れる音楽《イントロ》のように。    彼の言う通りだ。 私はもうとっくに人生を
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人気俳優の告白/遅咲きの後輩
 侑⃞さ⃞ん⃞、⃞覚⃞悟⃞は⃞で⃞き⃞た⃞ん⃞で⃞す⃞ね⃞?⃞   確かにあなたに一切興味がないと言った。  顔も好みじゃないと。  だけど一つだけ言ってない事がある。 私はあなたの演技にだけは心底惚れていた。 彼は私とは真逆の遅咲きの俳優だった。 12年前————  まだ人気絶頂だった頃に、20歳で俳優デビューした綿貫昴生と出会った。 「初めまして。綿貫昴生です。」 「…初めまして。常磐侑です。」 「知ってます。常磐さんの名前を知らない人なんて、日本のどこにもいないと思いますよ。  むしろそれ、日本人じゃないかも。」 事務所の後輩として紹介された彼は、穏やかな笑顔をして私を見つめていた。  まだ学生のようなあどけなさと、何にも染まっていない素朴さが滲む青年。  少しだけ緊張したような面持ちで、肩にはがっつり力が入っていた。  その初々しさを、今だに覚えている。    「常盤さんには本当にずっと憧れてました。  これからは事務所の先輩後輩として、色々ご指導の程を宜しくお願いしますね。」 「あ……うん。私で良ければ。」 屈託のない顔で微笑まれ、握手を求められたけど、その頃も相変わらず不器用な性格だった私は素っ気なく返事をした。  しかも握手するのに、もたついてしまうという。    どんな役でも演じることができるのに。  私は台本のない素の自分を曝け出すのが、一番苦手だった。    「こら、侑…!ごめんね〜綿貫くん。  侑ってちょっと不器用なとこあるから、言い方は素っ気ないかもだけど気にしないでね。」 当時敏腕マネージャーと言われていた佐久間《さくま》さんは評判通りの人で、こうやって私のフォローをする事も忘れなかった。    その時は昴生を不快にさせたかなと思ったのだが———— 「大丈夫ですよ。常磐さん。佐久間さん。  言ったでしょ?  常盤さんは憧れの女優さんなんですから、そう簡単に嫌いになったりしませんよ。」 単なる忖度かなとは思っていたけど。  嫌な顔一つせず、熱い眼差しを向ける彼。  眩しい笑顔。汚れのない綺麗な人。  第一印象はそんな風に思えた。 思えばあの頃から、昴生の言う事は少し変だった気がする。
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