『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』
そんな事口にしながらふわふわと俺の周りをまわっている。――人の周りをぐるぐる回るなうっとうしい!
こういうやつもたまにいるから、なるべく目線を合わせないようにしてんのに!心の中でぼやきながらも何もなかったようにして伊織と話をしながら買い物に行こうと歩を進める。
その間も周りをふわふわしながらギャーギャー言っているようだが、まったく相手をせずに……いや、やっぱり多少は気になってしまう。 小さい頃も何度かそのモノ[幽霊」たちの言う事を聞いてあげたり相談に乗ってたりしていたからだ。おかげでほんの些細《ささい》な事から事件になりそうになったことまである。いや、確か一回新聞にニュースとして取り上げられたことがあったような気がするが……まぁ今はいい。 そんなことばかりしていて気づいた事がある。むやみやたらとそのモノたちの言う事、頼みごとを聞いてはいけないということだ。大半はろくなことがない。『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』
『ね? お願いします!』回り込んできたそのモノがペコっと腰を折るくらいに曲げて懇願してきた。
「ッ!!」
歩みを止めて額に手をあてて考え込んでしまう。 そんな俺を少し離れて歩いていた伊織が少し横を通り過ぎて不思議そうに顔を覗き込んでくる。 「お義兄《にい》ちゃん?」 つくづく俺は俺が嫌になる。守りたい大事なもの存在が近くにいるのにそのモノの話を聞いてあげたいと思ってしまっている自分に腹が立つ。 でもここで無下にしてしまって、伊織にもしもがあってはそれこそ自分が許せなくなるだろう。「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」
「あ、うん。それは大丈夫だけど、お義兄《にい》ちゃんこそ大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」――くっそ、俺の勝手な行動にも文句を言わず、ましては俺の心配をしてくれてるなんて、よくできた義妹《いもうと》だなぁ。なのにおれはコイツの話を聞こうとするなんて……。
「ん……大丈夫だよ。悪いなすぐに追いつくから」
わかったぁ~。じゃ後でねぇ~っと言いながら、素直に歩いて店を目指す伊織をその場で見送る。
『へぇ~、ああいう娘《こ》が好み? 彼女さん?』
ま!っというような感じでいつの間にか隣に並んでいたそいつは両手を顔に添えて一緒に伊織を見送っていた。
「な!、ち、違う、妹だ、義妹《いもうと》!」 ぶっ!! と噴き出して慌てて否定する。――俺はともかく、俺の彼女に見られたなんて伊織に失礼だろ。おれはしがない兄貴なんだから……。
「で、話ってなんだよ?」
『あれ? 聞いてくれる気になったの? なんで?』 ふわふわ浮きながらホントにフシギだな? という顔して覗き込んでくる。――あれ? 意外とこいつかわいいかも? 義妹《いもうと》の伊織が清純派だとするとこいつはカワイイ系というか、今時風にまとまってるというか。いかんいかん、頭をぶんぶんと振る。かわいくてもこいつは[幽霊]なのだ。変な気をだしてはいかん。
『どしたの?』
「い、いや何でもない。ここじゃアレだから少し奥に行って話そう」周りを見渡して細い路地をみつけ手招きして「こっちだ」っと歩き出す。
そいつも何も言わずに静かに後を付いてくる。 少し歩くとこじんまりとした公園がある。そこのベンチに腰を降ろして小さなため息をついた。 そのモノはふわふわと浮いて目の前に立つようにして止まる。「で? 相談ってなんだ」
『何そのめんどくさそうな顔』 「だってホントにメンドいんだもん」はぁ~っとまたため息をつく。
『確認してもいいかな? 私の姿が見えてるし、話もできるのよね?』
「そうだけど」 『じゃあ、私以外にも私みたいなモノがみえてるのよね?』 「そうだけど」 『真面目に答えなさいよ! なんかやる気が感じられないんですけど!』はぁ? てな顔に今の俺はなっていると思う。
「正直、めんどくさいしどうでもいい」 『あなた、ほんとにやる気ないわね……まったく、やっと私が見える人が見つかったと思ったのにこんなにやる気のない人だったなんて、しかも若そうだし、頼りなさそうだし……』ブツブツと小さな声で独り言をつぶやいっているようだが、残念ながら俺はそういう事を聞き逃すようには出来ていない。そう簡単に言うとカチーンときた。
「あぁ~そうですか、頼りなく見えましたか。そりゃすいませんね。確かにまだ中学生だからな。んじゃ見える大人な人にでももう一度会えるように祈っててやるよ」
じゃあなっと手をあげて腰を上げその場から離れようとした。もちろん買い物に行く途中だし、先に行かせた伊織も気になるし。『ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと待ってよ!』
ふわふわ浮いていたのが目の前まで来て両腕をいっぱいに伸ばし俺の体を押しとどめようとする。 もちろんいろんな意味でスルーしちゃうんだけど(主に物理的に)、それでもそのモノはまた前に回り込み押しとどめようとする。『ごめんなさい、ホントにもう言いません。話だけでもキイテクダサーイ』
最後ちょっとふざけたか?
『聞いてくれないなら、あんたの義妹《いもうと》にとり憑《つ》くわよ』
――なに?それはマズい。
冷や汗が背中をつたう。前に一度妹は何者かにとりつかれたことがある。それはもう家の中でたいへんなことになった。本人は覚えてないだろうけどあの時も……。[大事な義妹《いもうと》を……伊織を、お前たちに渡してたまるかぁ]
――うーん自分的にも思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしい。もう穴の中に入って暮らしてしまいたいくらいに。
『もしもーし、ねぇちょっと帰ってきてぇ~』
「は!!」 自我復活!「わ、わかったよ、は、話は聞くから。イ、義妹《いもうと》、伊織にとりつくのだけはナシで頼む」
『オッケー。なら約束する。妹ちゃんには今はとりつかないから』 気を取り直して先程まで座っていたベンチに腰を下ろす。この時点で結構体力は消耗してるけど仕方ない。話を聞かなきゃ伊織が危ない。『えと、まずは自己紹介します。私は日比野カレン。私立明興《めいこう》学園中学の三年生です。生きていればだけど……』
――ちっ、お嬢様かよ。「俺は藤堂真司。この近くの中学の三年だ」
『あら、同級生だったの。なら私の事はカレンでいいわ』 「わかったよ日比野さん。俺は……まぁどっちでもいい、好きに呼べよ」俺と同じ歳で[幽霊]になるとは、まだやりたいこともやれるだろうし、未来は広がっていただろうにと、少しかわいそうだなと思う。そのモノたちに対しても同情的に接してしまうことも自分ではダメなことだとはわかっているが、心の底からはそうは思えない自分も確かにいることも事実なのだ。
「で、話ってなんだよ」
『あ、そ、そうね。なんだか話せる相手がいるってわかって忘れてたわ』――おいおいマジかよ……こいつまさかお嬢様学校でもポンコツ系か?
『実は私……』
「あぁ~っと、ちょっと待ってくれ。一応話は聞くって言ったけど、こっちからも断っておくぞ。俺は確かに君たちみたいなモノを見たり、話せたりはするけど成仏とか、天国とかに送ったりすることはできないからな」 真面目な顔をカレンに向けながら話す。カレンは「わかった」と言ってうなずいた。しかもこれだけは言っておかなければいけないことがある。 「しかも、俺はお前たちのようなモノが好きじゃないし、慣れてるわけじゃないからな!」『私だって……私だって好きでこんなモノになったわけじゃない! それに言っておきますけど、私はまだ生きてるはずですぅ!』
――何言ってんのかなこの娘は? その状態になってまで生きてるってことはまずない。まぁたまに死んだ事が信じられなくてさまよい続けてるやつもいるけど。考えられるとすればそれは……。「え!? なに、もしかして生き霊さんですか? あれ? 体から離れちゃったはいいけど戻れなくなった系? それとも自分から生きて霊になっちゃった系?」
うわぁ~って感じの生暖かい視線でカレンを見る。 すると霊体だから赤くなってるかはイマイチわからないけど、急に俺のいる周りが寒くなってきたのでチョット怒りモードになっていることがわかる。『ちーがーいーまーすー! なっちゃった系とかそんなんじゃなくて、真面目に聞いてよ!』
「はい」 冷気に押されて素直にうなずく。『よし! では説明するね。一週間前くらいかなぁ、いつものように授業が終わって帰ろうとしてたのよ。で、校門のところで友達から声を掛けられて普段では使わない学校からの帰り道を二人並んで歩いてたわ』
「へ~、お嬢様って豪華な車で毎日送迎とかしてもらってるんじゃないのか?」 ちょっと真面目な話になりそうだったので少し軽口をたたく。『普段から毎日じゃないわよ。それに送迎されてもらってるのは、本当にお嬢様って感じの人たちだけよ』
そう言ったカレンが俯いて、顔が少し困ったような、怒っているようなそんな表情を一瞬だけした。それからすぐに俺の方に向き直って続きを話し始める。 『でね、私は途中の駅で電車に乗らないといけないから友達と別れて駅に向かって、数分で駅について電車を待って、乗らなきゃいけない時間になったからホームに歩いて行ったわ』 そこまで話し終えるとカレンは一息つくようにため息を漏らす。『そこから、そこから記憶がないの。ううん気が付いたらこんな姿であの場所でずっと立ってた。助けてって話しかけたり、つかもうとしてすり抜けたり、毎日続いてたの』
この娘は、もしかしたらそのホームから落ちて亡くなってしまっているのかもしれない。でもその前後があいまいなせいでそれが受け入れられず、こうしてさ迷い歩いている。そう考えた俺はやっぱり悲しくなった。自分の死は受け入れられないにしても、自分の体に戻してあげたいと思った。
「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」
もちろん体に戻りたいというのであれば探せないわけじゃない。 ――あれ? 待てよ? でもそれならば自分でふわふわと行けるはず。もしそこで死んだならばこの娘は駅にいなければおかしい。『私は死んでない。ぜったいに。だって自分の温かさを感じてるもの。だからお願い、私の体を一緒に探してほしいのよ』
そして俺は頭を抱えることになる。
「それで?」
『え? それでってなに?』 「いやだから、君の体を探すのはいい。百歩譲って亡くなってない事にしょう。で、探してあったなら良かったなぁってなるけど、なかったらどうするの? 俺はまだ中学生だよ? できることも行ける範囲も限られるのに……」 やるだけやってみようというような軽い気持ちには到底なれない内容だった。だからこそ、その後の事を考えておかねばならない。『そうねぇ、マズは生きてるって事を君が信じてない事には今は目をつむることにして、まずは探してくれるだけでもありがたいわ』
――あぁ~やっぱり関わらなきゃ良かったな。そしてやっぱりお嬢様だ。こちらの都合は考えてないみたいだしな。「俺にメリットは?」
『メリット?』 「そうだろう? メリットがなきゃ何で初めましての幽霊ちゃんに従って、あるかないかもわからない体を探さなきゃならない?」 『!? ……確かに、それもそうよね』 ――だろ?そりゃかわいそうだとは思うけど、初めて会った幽霊ちゃんに義理はない。まして今は妹を先に行かせたままの買い物の道中なのだし。伊織を待たせたままなのは凄く気が引ける。それにたぶんその願い事に付き合うことになったら一日や二日では到底難しいだろう。だからこそ俺じゃない誰かを頼ってほしい。まだ中学生の俺には何も力はないのだ。
『わかったわ』
「へ?」 『わかった。たぶん当分はかかるでしょう、その間私はあなたにできるだけ協力する。そばを離れずに』 「おまっ!!」――ぜんぜんわかってねぇ!! やっぱこの子はお嬢様だった!!
『それからもう一つ』
「なんだよ?」 俺は帰りたくなっていたのだけど、多分ついてくるなと言っても、この手のタイプには通用しないだろうと諦めてため息をつく。『もし、無事に身体があって、元に戻ることができたら……シンジ君、あなたの彼女になってあげるよ』
ニコッとはにかむカレン「ぶふぉっ!! お、おまえ、何言ってんだよ!!」
――ニコッとなんて俺にしてんじゃねよ!!かわいいなって思っちまったじゃねかよ。幽霊なのに。ほんとに幽霊なのか?『だって、いないんでしょ? カ・ノ・ジョ』
焦る顔を見られたくないから、飛ぶくらいの勢いで座っていたベンチを後にする。「あぁ~、とその、わ~ったよ。探すの手伝ってやるよ」
『ほんと?! ほんとに探してくれるの?』 「ああ、そのかわり伊織には手を出すなよ?それが条件だ」 『やったぁ!! やっぱりシンジ君優しいね。思い切って声かけてよかったぁ!!』本当に嬉しそうに鼻歌交じりに上機嫌についてくるカレン。
頼みを引き受けた理由……。カレンのことがかわいそうだと思ったこと。まぁ同情心ってやつが湧いて来たってのもあるし、そのルックスや「彼女」という言葉に下心が動いたのも間違いじゃない。 でもそれ以上に感じたこと。今まで出会ってきたそのモノ達はすべてとは言わないが、ほぼ後ろ暗い感情で沈んだモノたちしか居なかった。しかしカレンは全開で前向きである。そう見えるだけかもしれないけど、彼女からは特有の感情が感じられなかった。 だから俺は本心では関わりあいたくないと思っても、母さんの言葉を思い出して彼女の前向きさに役に立てたらいいなって……そう思ったんだ。『ところでシンジ君、義妹《いもうと》ちゃんのこと好きなの?』
「お前、何言ってくれちゃってんのかな?」 彼女を威嚇《いかく》するように目を細めてジッと見つめる 『違うの? なら大丈夫ね』 「何が大丈夫なんだよ?」 『なんでもなーい』くすくす笑いながらやっぱりふわふわと後をついてくる
「義妹《いもうと》には何もするなよ?」
『もし何かしたら?』 「成仏させる」 『でぇきないくせにぃ~』 あはははぁ~と笑うカレン ――くそっ! やっぱりかかわらなきゃよかった!!買い物予定のお店の前でショルダーバッグを下げて待っている伊織を見つける。こちらに気づいた伊織がぶんぶんと手を振ってくれた。
自然と駆け出す俺。
仲のいい兄妹に戻った瞬間だが、先ほどまでとは違い俺の後ろにはふわふわ浮いたカレンがいる。伊織が見えていないことを心の中で祈るしかなかった。――めっちゃ遅くねぇぇぇぇ~!? つか緊張感台無しだしぃぃぃぃ~!! 心の中で叫んでいた。 ようやく部屋からカレンの姿がなくなった頃、都築が無造作に転がっていた鉄パイプを手に持った。「知られちゃってんなら一人も二人も同じだからなぁ……。ぼうずぅぅぅ消える前に参考までに一応聞いといてやるよぉぉぉ。何でわかったんだぁぁぁ?」「わかったわけじゃない。確信があったわけじゃない」「ならなんでだぁぁぁぁ?」 ――やべぇぇ~、マジでこのままだとやられる3秒前みたいなかんじ? つか、あの人もまだこねぇし、クソッ!!こいつ、もう駄目だ。後ろのヤツにほとんど飲み込まれてやがる!!「はじめは、ただの違和感だった。この1週間のあんたたちの行動や言動を聞いて、なんか違うなって思っただけだった。でも義妹《いもうと》を連れて行ったあの日俺はあんたの背にいる|ソ《・》|イ《・》|ツ《・》」が見えた。そしてあの言葉」「あのことばぁぁぁ?」 焦点が合わなくなった眼が血走り始めている。「あんた言ったろ?すぐに見つかってもうすぐ帰ってくるって」 ぴくっと少し上体が揺れる。 時間稼ぎをしたい俺はさらにまくしたてた。「あれは、あれは生きていることを知ってるし、いる場所も知ってるから出た言葉だろ? それに、周りの人が言ってた。あんた、カレンがいなくなって連絡も取れなくなったのに全然探すそぶりもしてなかったってな!」 そこまでをいっぺんに話したからさすがに息切れした。はぁ、はぁと荒い息をする。こういう時の俺ってほんとに情けない。「んん~、頭の回る子は嫌いじゃないねぇ。どうだい? きみ、俺とくまないかぁぁ?」「ぜったいにお断りします!!」 ばばぁ~ん!!っていう効果音が聞こえてくるようにめっちゃカッコよく決めてみたつもり。「ただ、どうしてカレンの記憶が駅で消えたのかが分からない」「あぁ、それは簡単さ。マネージャーが話があるって言ったら、普通疑いなく付いてくるさ。そこを眠らせたんだよ」
ガガーン、ガコン―― コーン、コーン―― 扉を開ける音が反響するが気にする事はない。ここは個人で借りている倉庫だし、人が住んでるところからはだいぶ離れている。そばに別の倉庫があるが人が出入りしているのを見かけたことはない。 そろそろアイツに水分と食料を与えておかないとまずい。「めんどくせぇなぁ」 コッコッ 締め切ったまま3日も開けていない思いドアノブに手を伸ばす「カレンはここにいるんですね?」 驚いて後ろを振り向く。後ろから入る光に目が慣れてないせいでよく見えてないが、声には聞き覚えがある。しかもそんなに前じゃない。「もう……やめませんか、都築さん」「な、なにを言っているのかね? 君は……確か二日前の……」「藤堂です。藤堂伊織の兄の。まぁ、伊織しか見てなかった、女の子にしか興味のないあなたには名前なんてどうでもいいんでしょうけどね」 昨日、カレンを後ろに憑けたまま、また事務所へと来ていた。1度用事があって面接をしている妹がいることで訪れる理由はどうとでもなる。 またここに来る理由、それはもちろん|彼《・》のことについてだ。「すいませんちょっとお尋ねしますが、もし義妹《いもうと》がこちらにお世話になるとしたらどちらの方が担当になるんですかね?」「ん~そうだなぁ?状況にもよるけど都築じゃないか?アイツ女の子売り出すことに今は燃えてるからな」 事務所に居た男性の職員さんが答えてくれた。今までこの事務所に何度かお邪魔してきたけど、会った事の無い人だ。もしかしたら誰かのマネージャーさんなのかもしれない。「そうですか……ちなみになんですけど、都築さんてこの辺りにお住まいなんですか?」「いや、確か郊外の工場の息子とかで、ここには毎日通ってるはずだけど?」 めんどくさそうな顔をしながらも一応は答えてくれた。顔は全くこちらを向かないままでではあるが。「なんで?」とか聞かれた
暗闇の中に沈んでいる感じがする。 私はカレン。つい最近まではどこにでもいる中学生だった。それなのに今は毎日が目まぐるしく変わる。知らない人に毎日のように逢うし、一日が24時間だなんて信じられないくらい、一日中動き回って「疲れた」なんて言葉ですら言えない環境に結構なダメージを負っている。 ホントにいいのかな? アイドルで居たいのかな? このままでほんとにいいのかな? もう……わかんないや……。 そんな自分で自分じゃない感想が自然に頭をよぎるほど、今の私の周りは変わってしまた。 |その日は初めてマネージャーと喧嘩した。 いつも素直に聞いていられた言葉もこの日は信じられなくて何を言われても嘘にしか聞こえていなかったのだ。「カレン君だけでソロデビューしないか?」 私だけに向けられたその言葉。初めは何を言われてるのかわからなかった。 小学生の時にテレビで見たアイドルの女の子たちがすごいキラキラして見えて、私は夢中になったそれから毎日歌の練習して踊って、繰り返し同じ番組を見て同じように踊れるくらいになった。でも、憧れてはいても現実的な夢ではないと幼い心にもわかってはいたのだ。 うちは裕福とは言えない家庭だったからだ。 お父さんはいないし、お母さんは毎日遅くまで仕事をしてきて朝も早くからでかけていく。それが私とまだ幼い弟のためだと知っているから、甘えることもできなかった。 中学進学を控えていた私に母が言う。「カレン、アイドルになりたいならやれるだけやってみなさい。後悔はやった後にすればいい。まずはいい学校に入ってそれからね」 ホントに嬉しかった。アイドルになる事が嬉しかったんじゃない。お母さんが私を見ていてくれたことが嬉しかったんだ。それから苦手な教科も先生に聞いたり、友達から教えてもらったり、少ないおこずかいを使って参考書も買った。 桜が奇麗に咲いて、風が良い匂いを鼻に残していく頃に、お母さんの笑顔を見ることができた。もちろん学校に受かったことも嬉しか
『どうするの? これから』 今は自分のうちの近くの駅近くにある小さな公園のベンチに日差しを避けるように腰を下ろしている。 少し歩き疲れた俺が休んでいいか? とカレンに声をかけて座ったのだ。「うん、動ける範囲で聞いて分かったこともあるし、それに……少し気になることもあるんだ。だから今日はもう家に帰ってもう一度確かめたいことがある」『何かわかったの?』「まだ、確信があるわけじゃないんだけど」 手に持っていたペットボトルの水を一飲みする。そして、出会って話した人たちの会話を思い出していた。 気になっていたのはカレンとアイドルグループの娘が話していた、同じグループの娘との会話。「齋藤さんがね、あ、齋藤さんっていうのはうちらのマネージャーの一人なんだけど、あの子たちに彼女たちのマネージャーさんが言ってるのを聞いたらしいんだ。その内容というのがね、近々大きいとこでライブするって決まったこの大事な時に勝手にいなくなって迷惑かけるなって。本人からの連絡あったら直ぐに知らせろってすんごい怒鳴ってたみたい。だけど大きいとこでライブとか、うらやましいよねぇ」「ねぇ~」 という会話。――どこが……とは言えないけど何か引っかかるんだよなぁ そう思いながら一つため息をついた。『ありがとうシンジ君』「な、なんだよ急に」『だって、今考え込んだり、悩んだりしてるのって私のためでしょ?』――その通りです。どっかの誰かさんが憑《つ》いてきて居座るもんだから、早く出ていってほしいからがんばってるんです。カレンの顔を見てそんな言葉を言おうと思った。『ありがとう』 言いながら胸の前にクロスされた腕に顔を隠してうつむいているカレン。 思った言葉は言わずに飲み込んだ。 それはこの時カレンが泣いてると思ったからだ。カレンだってなりたくて[幽霊]になったわけじゃない。だからつらいことはつらいのだ。 泣きたい時だってあるさ。そんなっことは十分に理解できる。ただ何もしてやれ
買い物をする間、伊織の周りをふわふわ回りながら難しい顔したり、急に喜んだりしながらもカレンは大人しくついてくるだけで伊織はもちろん俺にも話しかけてくる事はなかった。 正直ほっとした。カレンと話してるところを見られたら、誰もいないところを見ながら独り言を話している危ないやつだと思われるのはまず間違いない。 俺たち家族に関係ない周りの奴らにどう思われてもいいが、一応なついている? 義妹《いもうと》の伊織には外面だけはいい兄貴でいたいと思っている。「お義兄《にい》ちゃん、すぐに作り始めるから少し待っててくれる?」 いつの間にか家に着いていて、更にいつの間にかすでにリビングに立っている。買い物してたって記憶はあるけど、帰ってきたっことが全く覚えてない。でもしっかりと両手には買い物袋を持っている。 ――あれ? マジでいつの間に帰って来たんだっけ……?「お義兄《にい》ちゃん聞いてる?」「お? おお、聞いてる聞いてる。ま、まぁ急がなくていいからな、うん。あ、手伝うことがあったら言ってくれ。なんでもやるからさ」「えぇ~? でもお義兄《にい》ちゃん何にもできないでしょ~?」 くすくす笑いながらキッチンへと向かう伊織。たしかに何もできないけど、少しは兄らしいことをしたい。『シンジ君て義妹《いもうと》ちゃんには優しいんだね』 真横に突然現れたカレンに思わずビクッとする。「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」ビックリしたことを悟られないように、ちょうど入ってきた伊織に顔を向けて会話を始める。「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」「え? なに? お義兄《にい》ちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」 ちょっと、情報が欲しいから知ってるならば教えてもらおうかと思っただけだったが、意外と食い気味に上体を俺の方に寄せてきた。対面に座っている伊織の顔が今は目の前にある。 ――う
『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』 そんな事口にしながらふわふわと俺の周りをまわっている。――人の周りをぐるぐる回るなうっとうしい! こういうやつもたまにいるから、なるべく目線を合わせないようにしてんのに! 心の中でぼやきながらも何もなかったようにして伊織と話をしながら買い物に行こうと歩を進める。 その間も周りをふわふわしながらギャーギャー言っているようだが、まったく相手をせずに……いや、やっぱり多少は気になってしまう。 小さい頃も何度かそのモノ[幽霊」たちの言う事を聞いてあげたり相談に乗ってたりしていたからだ。おかげでほんの些細《ささい》な事から事件になりそうになったことまである。いや、確か一回新聞にニュースとして取り上げられたことがあったような気がするが……まぁ今はいい。 そんなことばかりしていて気づいた事がある。むやみやたらとそのモノたちの言う事、頼みごとを聞いてはいけないということだ。大半はろくなことがない。『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』『ね? お願いします!』 回り込んできたそのモノがペコっと腰を折るくらいに曲げて懇願してきた。 「ッ!!」 歩みを止めて額に手をあてて考え込んでしまう。 そんな俺を少し離れて歩いていた伊織が少し横を通り過ぎて不思議そうに顔を覗き込んでくる。「お義兄《にい》ちゃん?」 つくづく俺は俺が嫌になる。守りたい大事なもの存在が近くにいるのにそのモノの話を聞いてあげたいと思ってしまっている自分に腹が立つ。 でもここで無下にしてしまって、伊織にもしもがあってはそれこそ自分が許せなくなるだろう。「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」「あ、うん。それは大丈夫だけど、お義兄《にい》ちゃんこそ大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」
霊感があるって人前で自慢げに話す人がいますけど、あれってホントなのかな? 普通に生活するには、視えても得はないのに……いや得どころか良いことなど一つもないのに。 それに視えている人間は人前では本当のことを言わないと思う。 それはなぜか。 それまで友好的に築いてきた繋がりが終わりを告げ、告白した後に変な関係になりたくないし、気まずい空気にはしたくないから。 それが、それまでの生活や友達関係を特に守りたいと思っている人なら、なおさらその想いは強くなるだろう。 俺には……そんな事たぶんできないと思う。 それが良い事なのかどうなのか結構な頻度《ひんど》で考えるけど、結局の所、その自問に対する答えは今まで出なかった。 これから先も、出ないかもしれないと俺は思っている。もしかしたら出なくてもいいのかもしれない。 だから俺は人との繋がりをなるべくは絶ってきた。話しかけられたりすれば返す事はするし、何かを誰かと一緒にやらなくてはいけない事などは断ることは無いけど、それ以上は踏み込まない。踏み込ませないという体を取り続けている。 下手に仲良くなって詮索されたくないし、俺はあまり他人《ひと》に興味がわかない。 その成果はもちろん学校生活に影響を及ぼし、友達と言えるようなクラスメイトはできたことが無い。いつも顔見知り以上知り合い未満。 そのまま大人になっていく。それでいいと思っている。 いつか、この考えの変わる日が来るのかは分からないけど、俺は俺のままでいられればいい。 たとえ、人でないモノが視《み》えるこの世界の中でも、俺は俺のままがいい。 このまま一人でも構わないと思っていたんだ。 あの時、あの場所までは――。『こんにちはシンジ君』 色白で卵型の可愛い顔をした女の子が話し掛けてくる。年齢的には高校二年生の俺と変わらないくらいだ。彼女は俺を目の前にして、腰を下ろした。 現在、学校の授業の真っ最中である。『今日は晴れて気持ちいいよね』 彼女は普通に話し掛けているが、状況は普通じゃない。俺は窓際の席にいて、その窓のほうに顔を向けている。つまり、彼女が俺の正面にいるということは、窓の外から話し掛けてきている状態なのだ。 ちなみに、ここは三階建て校舎の二階。梯子でも使わなければ俺の正面にいるなんてできな