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第100話

Author: 冷凍梨
私のこの自信に満ち、率直な発言に、人事部主任は一瞬表情を曇らせた。だがすぐに、彼はこう尋ねてきた。

「昨日、協和病院の交流グループにあなたと新雅総合病院麻酔科の夏目先生のツーショットが上がっていたけど、それについてどう思う?」

「交流会だった以上、協和病院としての友好と誠意を示すのは当然のことです。写真で夏目先生が私を支えているように見えるのは、あの時ちょうど甲板が揺れていて、彼が紳士的に手を貸してくれただけです」

私の目があまりにも澄んでいたせいか、人事部主任の顔も、部屋に入ってきた時ほど険しくはなかった。

短い沈黙のあと、彼はこう告げた。

「とりあえず、普段通り仕事に戻りなさい。この件については我々がきちんと調査する」

渡りに船だった。

ただ、どこのどいつがわざわざ匿名の告発状を人事部に持ち込んだのか、それだけが引っかかった。

まあ、結果を静かに待つとしよう。

そう思っていた矢先、人事部のドアを出た瞬間、まさかの人物と鉢合わせした。葵だった。

彼女もまさかここで私と会うとは思っていなかったのだろう、一瞬戸惑った顔をしたが、軽く会釈してからおずおずと人事部の扉を押した。

そして間もなく、「私が人事部に呼ばれた」という話があっという間に麻酔科内で広まった。私の平然とした表情に焦った様子で、桜井さんが言った。

「もうダメなら、青葉主任にお願いしに行こうよ。あの人、病院でも古株だし、きっと一言頼めば......」

「ちょっと待って」と、看護師長が異を唱えた。

「病院が調査すると言うなら、こっちから動く必要ないでしょ。最後に誰が仕掛けたか、見ものじゃない?」

二人の言い合いを見ているうちに、私の不安も少しずつ和らいだ。

そうして、退勤時間が来るのをじっと待った。

ちょうど荷物をまとめようとした時だった。廊下に響く大きな声。

「水辺先生いますか?水辺優月先生、いますか?」

この声は......神経外科の尾崎薔薇子じゃない?

こんな時に、彼女が私に何の用だろう?

不思議に思いながら科室を出て、顔を上げると、そこには薔薇子だけでなく、目を真っ赤にした葵の姿もあった。

彼女は薔薇子の袖を引っ張り、か細い声でつぶやいた。

「やめようよ薔薇子......水辺先輩のせいじゃないし、帰ろ?」

けれど薔薇子はその場を動かず、挑戦的な視線をこち
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Comments (3)
goodnovel comment avatar
カナリア
更新しないなら投稿しないでほしいわぁ 中途半端が多すぎる
goodnovel comment avatar
雨降る雪降る
更新されないのですか?更新されない読み物多い気がします
goodnovel comment avatar
hime kichi
マジでムカつく。 この手の話はこんな奴ばっかりか!
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