LOGIN例え一夜の過ちだったとしても構わなかった。長年想い続けた彼の子供を、しかも男女の双子を身籠ることができて彼女は十二分に幸せだった。「その子らはお前の子であって俺の子じゃない。育てるのは勝手だが俺の目の届かない所でやれ。」そう言われ北国でひっそり始まった三人暮らし。彼女にとって子供たちが何よりの宝だった。そんな日常がある日、突如終わりを迎える。耳に残るは幼子二人の恐怖に支配された叫び声と獰猛な獣の息遣い。だが健闘虚しく彼女の意識はそこでこと切れた。そんな彼女が再び目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。どうやら時間が巻き戻ったようである。彼女は固く決意した。同じ人生はもう繰り返さない!
View Moreあの一夜の出来事が、門脇司(かどわきつかさ)にとっては単なる過ちに過ぎなかったとしても、清川真子(きよかわまこ)は一向に構わなかった。
そんなことよりも、長年想い続けた人の子供を、しかも男女の双子を授かることができた喜びの方が断然大きかったからである。 例え、その事実を以てしても、彼の冷淡な態度に一切の変化も見られなくて、さらには、 「その子らはお前の子であって俺の子ではない。育てるのは勝手だが、俺の目の届かない所でやれ。」 と、子供のことを認知する気もさらさらなければ、ただ、そう冷たい言葉を吐かれただけだったとしても、真子が彼を逆恨みするようなことは決してなかった。 元より、彼と自身とではあまりに身分違いであった上に、既に彼は結婚していて、彼の奥さんも正に妊娠中の身であった。 飲まされたお酒のせい。 いや、今思えば何か変なクスリだったのかもしれないが、何にせよ。 妻子ある身の男性を唆すようなことをした自分に一切の責任がある、と真子はそう考えたのだった。 それに、子供を下ろせ、などと言われなかっただけで、真子にとっては十二分にありがたかったのである。 決して手に入らないと思っていた想い人の欠片でも得られたのだから、この先の人生悔いなく生きていける。 あの時の彼女は本気でそう思っていたのだったー 真子の妊娠を知った門脇家の当主の図らいで、彼女はかつて父が育ったという北の大地で一人、子育てをすることになった。 そこは夏が短く、一年の大半を極寒の中で過ごさなければならないほどの雪に覆われるような場所だったが、彼女は文句一つ言わず、むしろ生活環境を整えてくれた門脇家に対して感謝していたくらいだった。 そんな彼女の出産は、その町に唯一ある寂れた病院で行われた。 丸一日に及ぶ難産ながらも、彼女は無事双子の赤ちゃんを出産する。 彼女はその生まれてきた男女の双子に、それぞれ女の子には明希(あき)、男の子には叶多(かなた)と名付けた。 彼女の人生が明るい希望で満たされますように。 彼の人生で多くの願いが叶いますように。 そんな願いを込めて付けた名前だった。 まさか、そんな思いで付けた名前がわずか数年後、皮肉な結果に終わるなんてことは、この時の彼女には知る由もなかったのであるー 子供が産まれて間もなく三年が経とうというところだった。 明希と叶多は真子の後をペタペタとついて回りながら、 「ママー?今年もいっぱいのプレゼントもらえるかなー?」 真子は洗濯物を干しながら、愛らしい双子を目にし微笑むと、 「どうかなあ?あきちゃんとかなちゃんがいつもいい子にしてたならもらえると思うけど。どうだったかな?」 そう聞くと、双子はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、 「してたよ!」「してたもん!」 そうアピールする姿があまりに可愛くて、真子はくすくすと笑うと、 「うん、ママもそう思うよ!だから、きっと今年もたくさんのプレゼントが届くんじゃないかな?」 そう答えると、双子は嬉しそうに顔を見合わせた。 ふと、双子の弟のほうである叶多が真子に向かって、 「ママー?あのプレゼントって、誰がぼくらにくれてるのー?」看護師はわざとらしく咳払いすると、 「申し訳ありませんが。こちらの患者さんは今日負われた怪我のため、早急に休む必要があります。ですので、彼女に近しい方以外は病室からー」 だが、看護師が言い終わる前に医師が慌てた様子で彼女の言葉を遮ると、冷めた目で見据えてくる司に向かって弁明するように、 「門脇様に向かってとんだご無礼をはたらいてしまい申し訳ございません。彼女はうちで働きはじめてまだ日が浅いんです。そのため、うちの内情をよく理解できていなくて・・・これに関しては私の監督不行届が原因です。申し訳ございません」 医師は、看護師の後ろ頭を無理矢理手で抑えつけるようにして頭を下げさせると、自身も頭を下げた。 抗おうとする看護師に、医師は小声ながらも厳しい声で、 「この方に逆らったら、瑞鳳市でだけでなく、どこへ行こうともまともな仕事につけなくなるぞ!彼女みたいに、すずめの涙ほどの安い給料で働かされたいか?」 医師が顎で示した先には、ベッドの上で俯いたまま微動だにしない真子の姿があった。 事情はよくわらないが、ベッドの上の彼女は綺麗な見た目をしていながらも、どう贔屓目に見ても豊かな人生を送っているようには見えなかった。 (この子もこの男に対して何かやらかしてしまった結果、こんな惨めな姿になってしまったのかしら) そんな真子を目に、急に恐怖が込み上げてきた看護師は、医師に抗っていた力をふっと抜いた。 医師は、それでいい、といったように看護師に目をやると、再度司に向かって謝罪の言葉を述べる。 司は深々と頭を下げる医師たちに向かって、ふん、と鼻を鳴らすと、 「今回に限ってはそちらの看護師の出過ぎた真似にも目を瞑るとしましょう。ですが、下の人間の管理を徹底することも上の人間の立派な仕事です。次はありませんよ?」 蛇に睨まれた蛙のように、医師はその身体を硬直させ、額に油汗を浮かべながら、司の言うこと一つ一つに「はい、はい」と、へりくだって答えている。 先程まで真子に対して真摯に対応していたはずの医師が、圧倒的な権力の前ではいとも簡単にねじ伏せられてしまう。 綾はそんな医師の姿に、チッ、と舌打ちをし、せめて自分だけでも反論してやろうと一歩前に出ようとするも、またしても真子に手で制されてしまう。 綾は目で異論を唱えるが、真
司は真子から視線を外さず、 「反省しているのか?」 真子は伏し目がちに、 「もちろんです」 前世ではこの後、司が同じ病棟に入院している彼女の病室を真子に尋ねさせ、そこで再度彼女に謝罪をさせた。 そのことも覚えていた真子は、痛む身体に鞭打ってベッドから降りようと身体を動かす。 「ーっ」 あざになっている所にベッドの縁が当たったのだろう。痛みに真子は思わず、小さく声を上げてしまった。 司はそんな真子に見ながら、その眉間に深くしわを寄せると、 「何をしている?」 「高梨さんに直接謝罪をさせていただきます。彼女の病室はこの棟の最上階でしたよね?」 「必要ない」 「え?」 思わず、真子は顔を上げて司の顔をまじまじと見た。 (あれ、記憶違い?確か謝罪に行ったはずだけど・・・) そう思った真子は、訝しむように司を見た。 そんな真子の視線に、司はさらに眉間のしわを深くすると、 「何だ?」 「あ、いえ。ただ、謝罪をしなくても本当によろしいのでしょうか?」 「彼女は今休んでいるところだ。そんな中お前が行ったのでは、却って迷惑だ」 (ああ、なるほど) 合点がいった真子は、それならばお言葉に甘えさせていただこう、と身体を動かして元の位置へと戻る。 その際、またしても痛みが走った真子は、声は出なかったものの顔を歪ませてしまう。 司はその目を細くすると、 「どこか痛むのか?」 真子はすぐさま表情を作り直すと、 「いえ、特にどこも」 「なら、なぜそんな顔をする?」 「そんな顔とはどんな顔です?」 「なっー」 真っ直ぐに自分を見上げる真子のその目に、司が言葉に詰まってしまったその時だった。 またしても真子の病室のドアがスライドされる。 そしてそこから現れたのは、栗色の髪の毛先を緩く巻いた、海外のモデルさんみたいに、スラリとした手足の美しい女性ー 司の秘書、いや仕事から離れている今は、司の恋人と言ったほうがいいのだろう。そこには、高梨彩花(たかなし さいか)が立っていた。 「良かった、ここにいたのね司。」 彩花は少し息を切らしながら、真子のそばで驚いたように目を見開いた司に向かって歩いて行く。 彩花は、まるで司しか目に入っていないかのように周りの目を憚ること
そう言って、顔を上げた人物の目が、ベッドの上で戸惑ったように身をこわばらせる真子を捉える。 すると、その人物はあからさまにホッとしたような顔になると、「なんだ、生きてるじゃないか。」と、彼にしか聞こえない声量で呟き、その後、馬鹿馬鹿しいといったように苦笑して、頭を振った。 それから、ドア付近の人物は走ったことで乱れた前髪を掻き上げ、スーツの乱れも直すと、真子がいるベッドへと、長い足を使って一気に近づいた。 硬直した様子の真子を目の端で捉えた綾は、真子とその人物の間に立ちはだかると、目の前の人物を睨みつけながら、 「一体何の用ですか、門脇社長。」 冷たい声でそう問いかけた。 問われた人物である、門脇社長こと門脇司は、冷徹な瞳で彼女を捉えると、 「退け。お前にはこれぽっちも用はない。」 だが、綾は一切臆することなく、怒り心頭な様子で、 「退きません!真子は御宅の会社の階段からまたしても落ちたんですよ?一度ならず、二度までも!まともな人間ならこのことをおかしいって思うはずですけど、門脇社長は絶賛盲目中でしょうから、このおかしさに気付けないのでしょうね!」 「キャンキャン喚くな、野良犬風情が。お前の金切り声は頭にも勘にも障るんだよ」 「話を逸らさないで下さい!」 そう声を張り上げる綾に、司は侮蔑するように見下ろすと、 「同じことを何度も言わせるなよ?退けといってるんだ。お前のとこの吹けば飛ぶようなおんぼろ会社が、誰のおかげで存続できているのか忘れたか?」 その一言に、綾は言葉を詰まらせた。 司はそんな綾を鼻で笑うと、何も言い返せない彼女の脇をすり抜けようとするが、それを阻止しようと綾が身体を半歩横にズラした。 まだ邪魔立てする綾に、いよいよ司の怒りが沸点に達そうとしたその時、 「綾、大丈夫だから。ほら、こっちに来て。」 と、ベッドの上の真子がそう優しく声を掛ける。 綾は真子に振り返ると、 「どこが大丈夫なの?そんなにひどい怪我を負ったっていうのに!」 そう心配から声を荒げる綾に、真子は柔らかく微笑むと、 「心配してくれてありがとう、綾。ただ、今の私も、あなた同じくらい心配なの。だから、私のことを思ってくれるのなら、お願いだからこっちに来て」 と、綾が少しでも司から距離を取れるよう、促
だが、こういった患者への接し方をよく心得ていた医師は、決して怒ることはなく、むしろ優しい声色で、 「あなたの名前は清川真子さん。瑞鳳市の清掃業者で働く、19歳です。」 と、敢えて真子が聞いてない個人情報まで付け加えて、説明してくれたのだった。 それを聞いた真子は、信じられないというように目を見開いた。 先程、医師が自分の年齢を19歳だと言ったのは、再度医師がそう言い切ったことから、どうやら聞き間違いではなかったことがわかった。 さらには、真子が今現在瑞鳳市で清掃業者として働いているとも言っていた。 信じられないが、信じるより他なかった。 (時間が、巻き戻った) そんな彼女の頭に、ふと、さっき見ていた夢の中で二人の男女が言っていた言葉が思い起こされる。 彼、彼女らは確か、人生をやり直すとか何とか言っていた気がする。 あと、自分を何より一番にとか、最後まで言えてはなかったがラッキーパーソンがどうとか言っていたはずだった。 まさか。だが、そうだとするとこの状況全てに合点がいく。 (私が人生をやり直すために、時間が巻き戻った) となると、現在のこの状況は過去にもすでに経験済みなはずで、真子は素早く頭を回転させると、これがいつのことだったかを思い出そうとした。 そして、それをはっきりと思い出した彼女は、そろそろ来るはずだ、そう思い病室のドアへと目をやる。 すると、真子の予想通り、そのドアは勢いよくスライドされると、そこから一人の女性が病室の中へと駆け込んできた。 その女性は苦しそうに肩で息をしながら、真子がいるベッドの淵に手を掛けると、 「真子大丈夫なの?あなたがまたあそこの階段から落ちたって聞いてあたしびくっりして慌てて飛んできたんだよ!」 そう息継ぎもなく話す彼女に、真子は安心させようと、「私は大丈夫だよ。目覚めた時は混乱してて、変なこと話しちゃったみたいだけど、今はもう意識もはっきりしてるから大丈夫。心配かけてごめんね、綾(あや)」 “綾”と呼ばれた女性は、身体を折り曲げたまま、顔だけ上げて真子を見ると、 「どこか痛いところはない?」 「うん、ないよ。大丈夫」と、綾を安心させようとそう答えたものの、本当は、強く打ったという頭をはじめ、身体のいたるところがジクジクと痛んでいた。 その瞬