로그인江崎詩織(えざき しおり)は、賀来柊也(かく しゅうや)と付き合って7年。それでも、彼からプロポーズされることはなかった。 痺れを切らした詩織は、自ら柊也にプロポーズすることを決意する。 しかし、そこで彼女は知ってしまった。柊也には長年想い続けている「忘れられない女性」がいて、その人のためならエリートの座を捨て、不倫相手になることさえ厭わないという衝撃の事実を。 結局、自分は彼の「本命」のための当て馬でしかなかったのだ。そう悟った詩織は潔く身を引く。人生最大の敵とは、時に自分の思い込みに囚われた自分自身なのだから。 誰もが、詩織はただ拗ねているだけだと思っていた。柊也自身でさえ、そう高を括っていた。 7年も飼っていた犬が、飼い主から離れられるはずがない、と。 だが、やがて柊也は気づくことになる。飼い主から離れられなくなった犬は、自分の方だったと。 世間は詩織を「7年間も弄ばれた末に捨てられた哀れな女」と嘲笑う。 だが、柊也だけは知っていた。本当に弄ばれていたのは──自分の方だったということを。
더 보기足早にエレベーターホールに駆け込み、上りボタンを連打しながら、詩織は慌てて自分の身なりを整えた。だが、どう足掻いてもリップはすっかり落ちていた。柊也にすべて食べられてしまったのだ。おまけに唇は赤く腫れ上がっており、誰がどう見ても「激しいキスをされた直後」である。ああもう最悪、と頭を抱えたその時。ちん、と音を立ててエレベーターの扉が開いた。中にいたのは、初恵だった。「お母さん」詩織は心臓が早鐘を打つのを必死に隠し、平静を装って声をかけた。「どこに行ってたの?」初恵は怪訝そうに眉をひそめた。「みんな待っているのよ。主役がいつまでも席を外すなんて、失礼じゃない」「華栄の取引先の方に偶然会って、少し立ち話が長引いちゃったの。ごめんなさい」初恵はじっと、静かに彼女の顔を見つめた。信じたのか、それとも信じたふりをしたのかは分からない。「……それなら、早く戻りましょう。みんな探しているわ」詩織は平静を装って、初恵と共にエレベーターに乗り込んだ。宴会場の扉が近づいたその時、初恵が前を向いたままポツリと言った。「お化粧、直しなさいよ。リップが全部落ちてるわ」「……」結局、リップを塗り直してくれたのはミキだった。彼女は嬉々として詩織の顔を覗き込みながら、小声で茶化してきた。「あんたたち、またキスしてたわけ?」「……」「アイツ、どんだけ激しくがっついたのよ。唇、腫れちゃってるじゃない」詩織は聞こえないふりをして、ひたすら無言を貫いた。「絶対初恵さんに勘付かれてるわよ、これ」その一言に、詩織の心臓が再び嫌な音を立てる。「で、いつ初恵さんに打ち明けるつもりなわけ?」ミキの問いに、詩織は力なく首を振った。「まだ分からない。なんて言えばいいか……」初恵は、ミキとは状況が違うのだ。もし、彼女の身体に移植された腎臓のドナーが柊也だったと知れたら――初恵は間違いなく深く思い悩むだろう。『この男は、臓器を提供した恩を盾に娘の心を縛りつけようとしているのではないか』と。「……じゃあ、あんたはそう思ってるの?」ミキの真剣な問いに、詩織はきっぱりと答えた。「まさか」その声には、一切の迷いがなかった。「彼とやり直してからのこの数ヶ月で、ようやく分かったのよ。私たちがいかにすれ違い、
赤く染まった詩織の耳たぶを見つめ、柊也の瞳に宿る歓喜の色はいっそう深くなった。詩織は下唇を噛んだ。彼が自分だけのために、真剣な顔でケーキを作ってくれる姿が脳裏に浮かぶ。理性では断るべきだと分かっているのに、心の奥底で芽生えた密やかな甘い欲望が、蔦のように勢いよく絡みついて離れなかった。そして、熱を孕んだ彼の視線に絡め取られるように——詩織は小さく、こくりと頷いた。詩織が折れて同意した瞬間、柊也の眼差しに爆発するような喜びが弾けた。どうにも抑えきれない高揚感のままに、彼は力強く詩織を抱き寄せ、その腕の中に閉じ込めた。詩織が顔を上げた瞬間、まるで待ち構えていたかのように柊也の唇が重なった。彼女の口内に、ケーキの甘みが移る。確かに、昔自分が作った味とは違っていた。ひどく甘い。ケーキが甘いからなのか、それともこの口づけが甘いからなのか。どちらにせよ、脳がとろけるほどに甘かった。ホテルのエントランスではひっきりなしに人が行き交っている。だが、この熱く激しい口づけは、誰の目にも触れない駐車場の暗がりに深く隠されていた。最初は、羽で心臓を撫でるようなふわりとした感触だった。壊れ物に触れるような、探るような慎重さと優しさ。しかしそれも束の間、心の奥底に抑え込んでいた激情が堰を切ったように溢れ出し、熱を帯びて絡みつくような深いキスへと変わった。彼は舌先で優しく彼女の歯列をこじ開け、より深く、甘く絡め取る。この六年間で失われたすべての時間を、この一つのキスで埋め合わせようとするかのように。詩織の思考はショートし、目の前が真っ白になった。気づけば、両手は無意識に彼のシャツの胸元を強く掴んでいた。彼のがっしりとした胸板から、激しい鼓動がダイレクトに伝わってくる。ドクン、ドクンと、力強く脈打つその音は、彼女の鼓膜を震わせ、そのまま心臓の奥まで直接響いてきた。どれくらいそうしていただろう。やがて、柊也は名残惜しそうに唇を離した。それでも額は合わせたまま。二人の荒く熱い吐息が、すぐ近くで交じり合う。激しいキスのせいで濡れて赤く腫れた彼女の唇を見下ろし、柊也の瞳には抑えきれない濃密な情欲が渦巻いていた。「……今ここで俺が主役を奪い去ったら、上の連中、このホテルをぶっ壊して暴れるだろうな」酷く掠れた声で、彼が
画面上に残された文字だけが生々しく光っている。夢でも見ているんじゃないかと、柊也は自分の目を疑わずにはいられなかった。詩織はそのメッセージを送信すると、すぐにスマホをしまった。そして、先ほど切り分けたばかりの最初のケーキの一番良い部分を崩れないよう丁寧に取り分ける。詩織はミキの方を振り返り、片目をつぶって見せた。「ちょっとだけ、抜け出してもいい?」誰に会いに行くつもりかなど、ミキには痛いほど分かっていた。ミキはニヤリと笑って、OKのサインを作る。安心しな、こっちの場繋ぎは任せといてと。そのサインを受け取った詩織は、適当な理由をつけてこっそりと裏口から抜け出した。非常階段から人目を避けて下の階へ降り、そこからあえて一般用のエレベーターを使って一階へと向かう。外に出ると、柊也はすでに車から降りて待っていた。薄手のドレス一枚で駆け寄ってくる詩織を見るなり、彼は急いで自分のジャケットを脱ぎ、その肩にふわりと掛けた。「どうして抜け出してきたんだ。風邪を引くぞ」「さっき、寒くないって言ったじゃない」詩織は先ほどの彼の言葉をそのまま返す。「俺はコートを着てたからな」「そのコート、今は私が着てるけど?」得意げに言い返す詩織に、柊也は降参したように苦笑した。「中の客は放置でいいのか?」「ミキが上手く誤魔化してくれてるわ」そう言って、詩織は背中に隠し持っていたケーキを大事そうに取り出した。「これ、あなたに持ってきたのよ」ケーキを見た瞬間、暗がりの中で柊也の眉がピクリと動いた。今夜一晩中胸に溜まっていた重苦しい澱が、霧散するように消えていく。「さぁ、早く食べてみて」詩織はケーキの皿を差し出し、彼を促した。だが、急いでやって来たせいで一番肝心なフォークを忘れてしまっていた。柊也はそれを察すると、楽しげに眉を跳ね上げた。ケーキと、微かにクリームが付いている詩織の指先を交互に見て、わざとゆっくりとした口調でつぶやく。「手が悴んで、どうにも動かなくなってしまったようだ。江崎社長、せっかく持ってきてくれたんだ。いっそ最後まで面倒を見て、食べさせてくれないか?」「あなたねぇ……歳いくつよ」詩織は呆れたように彼を睨みつけ、「子供ね」「調子に乗って」と文句を言いながらも、吸い寄せられるように彼へと身を寄せる。彼女は人差し
無茶を言うな、と太一は呆れ果てた。いくら従弟とはいえ、あんな図体のデカい大の大人をどうやって追い出せっていうんだ。どうしたものかと頭を抱えていると、突然、京介のスマホが鳴った。画面の発信者名を見た瞬間、京介の表情がスッと険しいものに変わる。彼は足早に会場の隅へ移動して電話に出た。電話は霜花の父・瑞臣からで、案の定、先ほどの霜花の一件についての激しい抗議だった。短いやり取りで電話を切ると、京介は氷のように冷え切った顔でこちらに戻ってきた。京介は太一を見つけるなり、詩織のために用意していたプレゼントの箱を差し出した。「悪い、急用ができたから先に帰る。後で詩織にこれを渡しておいてくれないか。誕生日おめでとう、と伝えて」「おうおう、任せとけ!急ぎの用事なら早く行けって!バッチリ渡しとくからよ!」太一は信じられないほどの早業でプレゼントを受け取り、二つ返事で快諾した。京介が逃げるように会場を去っていくのを背中で見送るなり、太一は意気揚々と柊也にメッセージを打ち込んだ。【京介兄貴、帰ったぜ! 急用みたいで、プレゼントの受け渡しまで俺に頼んできた!】すると、非情な返信が間髪入れずに返ってきた。【そのプレゼント、捨てろ】太一の頭の上に大量のハテナが浮かんだ。【???】【マジでどうかしてんぞあんた!鬼か!】嫉妬に狂った男は、ここまで見苦しくなるものらしい。――太一がそう呆れるのも無理はない。事実、車の中で一人待機している柊也は、狂おしいほどの嫉妬に苛まれていたのだ。この良き日に、堂々と誕生日パーティーに参加しているすべての人間が妬ましかった。自分を差し置いてちゃっかり顔を出している父親の海雲にすら、強烈な嫉妬を覚える。しかし、詩織が「来ては駄目」と命じたのだ。その理由は痛いほど分かっていた。初恵——つまり詩織の母親の存在だ。親友であるミキという厄介な関門はどうにかクリアしたものの、真のラスボスは義母となるべき初恵である。これこそが、超えなければならない最大かつ最も険しい山だった。パーティーが続いている間ずっと、柊也はホテルの外に停めた車の中で一人待ち続けていた。だが、この程度の待ち時間は少しも苦にはならない。彼にとって「待つこと」はとうに日常の一部となっていた。詩織のアパートの下で待ったこともある
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