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第2話

Autor: 小川
菜々子が振り返ると、翔太が緊張した顔でこちらを見ている。

その顔を見ていると、腑が煮えくり返る思いだった。でも、今はぐっとこらえるしかない。

「翔太、やっと帰ってきたのね」

菜々子はそっと渚との電話を切り、優しい声で話しかける。でも、その目の奥は氷のように冷たい。

「今日ね、変な女が家に乗り込んできて、私の頭を殴ったのよ?あなた知ってる?」

菜々子はわざとらしく不満そうな顔を見せ、以前のような甘えた声を出す。「ちょうどあなたに電話して、仕返ししてもらおうと思ってたところなの」

その言葉を聞いて、翔太は明らかにほっとした様子だった。そして、彼女を労わるように抱きしめる。

「菜々子、俺が悪かった。辛い思いをさせてごめんな」

菜々子は何も言わず、ただ顔を上げて静かに翔太を見つめる。彼の目の奥にある愛情は、嘘ではないらしい。

だからこそ、そうして同時に二人も愛せるのか、菜々子は理解できなかった。

翔太の浮気が発覚したのは3年前。その時、離婚を切り出しても、彼は頑として受け入れてくれなかった。

それどころか、菜々子の家の前で、3日間も跪いて許しを求めていた。

我慢の限界がきた菜々子は、最終的に美優と翔太のベッド写真を突きつけ、「離婚に応じないなら、この写真を東都中にばらまいて、二人そろって破滅させてあげる」と脅したのだった。

それでようやく、翔太は折れた。

まさかその後、自分が交通事故に遭い、翔太に3年間も騙されることになるとは思いもしなかったが……

しかしこの3年間、翔太が彼女を想う気持ちは、嘘ではなかったと思う。

菜々子が夜中に高熱を出した、ある冬の夜のこと。

車で別荘に駆けつけていた翔太だったが、その道中で車が故障してしまった。それでも彼は、10キロもの道のりを歩いて山頂の別荘に来てくれたのだった。

結局、菜々子が回復する頃には、今度は翔太が高熱で丸1週間寝込むことになってしまったのだが。

しかし、これほど菜々子を愛してくれている男が、浮気しただけでは済まずに、自分を事故で死んだことにして、美優にその地位を奪わせたのだ。

「翔太、さっき言ってたこと、どういう意味?」

翔太が顔にキスしようとするのを、菜々子はさりげなく押し返し、こみ上げる吐き気を必死にこらえながら尋ねる。

「私は何か思い出すべきことでもあるの?」

一瞬躊躇いを見せた翔太だったが、すぐに軽く笑った。「拉致された時のことを思い出して、またつらい思いをするんじゃないかって思ってさ」

拉致された時のことを思い出して、つらい思いをする?

菜々子の目がすっと冷たくなり、その口角が上がった。

本当は、自分が記憶を取り戻して、彼自身がどれだけ卑劣な人間かを思い出すことが怖いくせに。

「翔太。私を殴ったあの女、どうするつもり?」

菜々子がそう言い終わると、突然優しい声が聞こえてきた。「ねえ、あなた。もう菜々子には隠さなくていいんじゃない?」

菜々子が振り返ると、そこにいたのは美優だった。3年前の控えめな様子はどこにもなく、たくさんの煌びやかなジュエリーを身につけ、悪意に満ちた目で菜々子を見下している。「いつまでも別荘に囲って、愛人にしておくわけにもいかないんだからさ」

その時、美優がつけているネックレスが、ふと菜々子の目に入った。それは、若葉が心を込めてデザインしてくれた、18歳の誕生日プレゼント。

そんな大切な贈り物が、今、美優という泥棒女の首にかかっている。

渚から、美優が望月家の養女になったことは聞いていたが、美優が堂々と自分のものを使っているのを目の当たりにすると、菜々子の胸は張り裂けそうに痛んだ。

感情を必死にこらえ、そばにいた翔太を突き飛ばす。そして美優を指さし、わざと怒った声で尋ねた。「翔太、あなたは私と結婚しているはずなのに、なんで彼女があなたのこと『あなた』なんて呼ぶの?

それに、どうして私のことを愛人だなんて言うのよ?」

菜々子の目がみるみるうちに赤くなるのを見て、翔太の胸は締め付けられた。

しかし、彼が口を開く前に、美優が先にフフッと笑った。「菜々子、本当に忘れているのね。自己紹介するわ、私は柴田美優。望月家の長女、そして翔太の正真正銘のお嫁さん」

美優は菜々子を見つめる。「そして、菜々子。あなたは、私が育ててあげた孤児だったくせに、私の夫を誘惑したのよ」

その言葉を聞いて、菜々子は全身が震えた。

美優が望月家の令嬢で、自分が翔太を誘惑した不倫相手?

こんなデタラメを、美優はよくも平気で言えるものだ。

「菜々子、わざと隠していたわけじゃないんだ」

翔太が再び近づき、菜々子を抱きしめようとしたが、菜々子はそれを避ける。

翔太の腕は宙で一瞬止まり、やがて力なく下ろされた。どうしようもない、とでも言うように首を振ると、彼は静かに説明を始めた。

「3年前、お前が記憶を失ったのは、拉致のせいじゃない。俺がお前を愛してしまった事が気に入らなかった美優のお母さんが、美優のためにお前を懲らしめようとして、人を雇ったんだ。それで、お前はそこから逃げる途中で事故に遭い、そのせいで記憶を失った。

その後、お前が望月家からさらに報復されるのを恐れて、ずっと山頂の別荘でお前を保護していたんだ」

こんなにも出鱈目な言葉を聞いて、菜々子は思わず身震いした。

しかし翔太は彼女が怖がっているのだと思い、軽く背中を撫でた。「菜々子、怖がらなくたっていいんだ。美優の両親はもうは亡くなったし、美優もお前を受け入れてくれる。もう誰もお前を傷つけたりしないから。

だから、美優がお前を殴ったことも、水に流してやってくれないか?」

再び翔太の口から両親が亡くなったと聞き、菜々子の鼻の奥がツンとなった。爪を掌に食い込ませる。

なんてかわいそうなお父さんとお母さん。娘の自分が実は死んでおらず、ただ翔太に隠されていたと知ることなく死んでしまうなんて。

それどころか、翔太に騙されて、泥棒猫を娘として迎え入れてしまった。そして、望月家の全財産を自らの手で譲り渡してしまったのだ。

「翔太、菜々子に文句を言う資格なんてあるわけないじゃない」

美優は鼻でせせら笑い、突然一歩踏み出して手を伸ばし、菜々子の顎をぐいと持ち上げた。「だって、あなたと私の間では、ずっとあなたの方が私に負い目がある立場だったんだから。

けど、もう水に流してあげる。感謝しなさいよね」

「その通りですよね!」菜々子は美優の手を払い、力強く頷く。

そして涙を拭い、なんとか感情を押し殺すと美優に向かって言った。「恩人を裏切って、その夫を誘惑するなんて、本当に卑しいことですもんね」

美優の顔色が変わるのを見てから、菜々子は翔太の方に向き直る。「昔のことは、全部忘れたの。

それに、もう人の家庭を壊したくない。だから、私たちは終わりにしようよ?」
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