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第3話

小川
「それはだめだ!」

顔色を変えた翔太は菜々子の肩を掴み、真剣な眼差しで見つめた。「俺たちは愛し合ってるし、一番つらい時も、ずっと一緒にいただろ。それに、美優だってお前のことを受け入れてくれるって言ってるのに、なんで別れるなんて言うんだよ?

三人で仲良くやっていくんじゃダメなのか?」

菜々子はさっと目を伏せ、瞳に浮かんだ皮肉な色を隠す。

この男は欲張りで、美優も、そして自分も手放せないのだと最初から分かっていた。

「翔太、今日は色々ありすぎて……少し考える時間が欲しいの。だめかな?

でも、もしこれからも私と一緒にいてくれるっていうなら……」

菜々子は態度を和らげつつも、わざと赤くなった目元を上げて、翔太に条件を突きつけた。「美優に、私を……」

記憶を取り戻したことを悟られないように、菜々子は美優のことをずっと「美優さん」と呼んでいた。けれど今、思わず呼び捨てにしそうになってしまい、慌てて言い直す。「美優さんが、もう私にひどいことをしないように、ちゃんと約束してくれない?」

「わかった」翔太は、躊躇うことなく答えた。

しかし、美優が恨みがましい表情を浮かべているのを見ると、翔太は一瞬言葉を切り、少し間を置いてから付け加えた。「けど、お前。美優に対してはもう少し立場を弁えろ。名目上、俺の正式な嫁は美優なんだ。それに、お前は……ただの愛人に過ぎない」

菜々子はその言葉を聞き、声も出さずに皮肉な笑みを浮かべた。

そんな彼女の手に握られているスマホが、ずっと録音を続けていることには誰も気づいてはいない。

どんな屈辱を受けたって、必ず望月グループを取り戻してみせる。

そして、翔太の正体を世間に暴き、社会的に破滅させてやるのだ。

1週間後、退院した菜々子は柴田家の屋敷へと迎えられた。

菜々子と翔太は20年来の幼馴染だったし、結婚してからも5年という月日をこの屋敷で暮らしていた。

だから隅々まで知っているはずなのに、今では翔太が説明してくれる庭の草木一本一本までもが初めて見る物のように感じる。

その中でも最も変わってしまっていたのは、庭にあった人工池が埋め立てられていたことだった。

かつて池いっぱいに咲いていた蓮の花は、今ではバラ園に姿を変えていた。

美優が菜々子の耳元で自慢げに囁く。「ここはね、私が嫁いできてから、翔太が私の好みに合わせて作り直してくれたお庭なのよ」

菜々子は黙ってバラ園を見つめた。その胸に浮かんだのは、かつてこの場所に広がっていた蓮の池、それは翔太の亡き母が自らの手で植えたものだった、ということ。

それなのに、自分には蓮アレルギーがあった。

嫁いできたばかりの頃は、池のそばを通るたびに全身に赤い発疹ができていた。

そんな時、翔太はいつも申し訳なさそうな顔で言っていた。「菜々子、ごめんな。

でも、この池の蓮は母さんが残してくれたものなんだよ。だから、このままにしておきたくて……」

あれほどお互いが愛し合っていた時でさえ、翔太は自分のために蓮を処分してはくれなかった。

それなのに、美優のためには池を埋めた。その時、彼は亡き母親の形見だということを思い出さなかったのだろうか。

そして、かつて自分がこの池のせいで全身発疹まみれになったことも、忘れてしまったのだろうか……

その夜、菜々子がこの家に「初めて」来たから慣れないだろうといって、翔太自らゲストルームに泊まりに来た。

しかし、そこへ突然、美優もやってきて、菜々子にプレゼントを渡したいから着いてきて欲しいと言う。

菜々子は、美優のいい人アピールに付き合う気はなかったが、それ以上に翔太と二人きりで同じ部屋にいるのも嫌だったので、自ら美優について行った。

美優は菜々子を自分のウォークインクローゼットに連れて行くと、高級品を次々と取り出しては自慢した。「これ、全部翔太がプレゼントしてくれたの。

気に入ったのがあったら、持って行っていいわよ」

それらに目をやる菜々子だったが、表情はまったく動かなかった。

彼女が少しも心を動かさない様子を見て、美優は何を思ったのか、目に嫉妬の色をちらつかせる。

「気に入らないとでも言うわけ?

まあ、そうよね。だって、翔太は愛人にはいつも気前がいいものね」

美優は鼻で笑った。「あなたにも、同じようなものをたくさん買ってあげたんでしょ。

でも、覚えておいて……」

美優が少し声を落として続ける。「私は望月家の令嬢なの。あなたとは身分が天と地ほど違うんだから」

そう言うと、美優はウォークインクローゼットの奥にある隠し部屋を開けた。

中には様々な高価なジュエリーが、種類ごとにきちんと並べられていた。

菜々子がとうとう目を見開いたのを見て、美優は満足そうに息を吐いた。

美優は中に入り、うっとりとジュエリーを一つ一つ撫でてから、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。「これは全部、望月家が揃えてくれた私の嫁入り道具。私が今の地位をしっかりと保てるようにってね」
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