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第2話

作者: 水瀬こはる
私は痛みをこらえて立ち上がった。

振り返るなり、航の頬を思いきり打つ。

「航。茉莉のためなら、恋人にまで手を上げるの?忘れないで。あなたが今この学校に通えるのも、生活費に困らずにいられるのも、全部うちが援助しているからでしょう。

本当に、どこまで恩知らずなら気が済むの。だったら別れましょう。あなたはせいぜい、大事な幼なじみを守っていればいいわ」

私が別れを口にした途端、航の顔色が変わった。

「璃子、また何を大げさに騒いでるんだ。茉莉は俺にとって妹みたいなものだぞ。

それに、お前はいずれ俺の妻になるんだろ。だったら茉莉だって家族同然だ。少しくらい面倒を見るのが当然じゃないか。俺は、お前が俺の家族とうまくやれるようにしてやってるだけだ」

私は唇の端をわずかに引き上げ、冷たく言った。

「航、私を本気で馬鹿だと思っているの?私たちはもう別れる。あなたの家族に入る必要なんてない。あなたの大事な妹分だろうが何だろうが、私には関係ない」

そう言い捨てると、私はバッグをつかみ、そのまま振り返らずに教室を出た。

背後で、航が逆上して怒鳴り始めた。

「璃子、お前みたいなお嬢様気取りの女、俺以外に誰が相手にすると思ってるんだ。金をちらつかせて偉そうにすることしかできないくせに。人を見下して、尊重することも知らない。誰にも好かれなくて当然だ」

腹が立ちすぎて、思わず笑いが漏れた。

以前、航が私の家族カードを湯水のように使っていたとき、それを侮辱だとは思っていなかったはずだ。

私が数万円、時には数十万円のプレゼントを贈ったときも、航は当然のような顔で受け取っていた。少しでも不満そうな顔を見せたことなど、一度もない。

私はスマホを取り出し、航に渡していた家族カードをすぐに利用停止にした。

それから家の経理担当に連絡し、航が使った分の明細をまとめてもらうよう頼んだ。

侮辱だと言うのなら、その侮辱を全部返してもらえばいい。

その夜、どうしても胸のざわつきが収まらなかった。

いても立ってもいられず、私は車で家に戻った。

地下駐車場に車を停めたとき、ようやくほっと息を吐く。

これで、茉莉に車を持ち出されることはない。

夜、眠る準備をしていると、病院から電話がかかってきた。

「柳沢さん、目の検査結果が出ました」

その声を聞いて、入学の数日前から目に痛みがあり、視界もぼやけることが増えていたため、検査を受けていたことを思い出した。

次の瞬間、医師の声が耳に届く。

「柳沢さん、角膜の損傷がかなり進んでいます。このまま放置すれば、視力を失う危険があります。早急に手術が必要です」

その言葉を聞いた瞬間、体が震えた。

医師は私の動揺に気づいたのか、少し声をやわらげた。

「もちろん、病院としてもできる限りドナー角膜の確保に努めます。ただ、今の状態では、まず損傷した角膜を切除して、症状の進行を止める必要があります。放置すればするほど状態は悪化し、手術の難度も上がります」

電話を切ったあと、私は両親に連絡し、自分の状態を伝えた。

母はすぐに、怖がらなくていい、ドナーは全力で探すからと慰めてくれた。

電話を切ってから、私は一睡もできなかった。

翌日、外に出ようとしたとき、ふと気づく。

昨日、駐車場に停めておいたはずの車が消えていた。

胸の奥に、不吉な予感が走る。

私はすぐにスマホを取り、病院へ電話をかけた。

「決めました。今日、手術を受けます。これ以上、悪くなるまで引き延ばしたくありません」

両親にも、今日手術を受けると伝えた。

すると2人はすぐに眼科の専門医を4、5人呼び、手術の準備を整えてくれた。

2時間後、私は手術室のベッドに横たわっていた。

麻酔が効き始めたその瞬間、手術記録用のカメラがこちらを向いているのが見えた。

口元が、ほんの少しだけ上がった。

5時間後、私は目を覚ました。

目の前は、一面の闇だった。

心の底から恐怖が湧き上がる。

手を伸ばした瞬間、その手を誰かが握ってくれた。

「璃子、気分はどう?」

母の声だと分かり、私はすぐに安心した。

「大丈夫。ただ、見えないことにまだ慣れないだけ」

母が私を抱きしめる。

「璃子、大丈夫よ。もうドナーを探してもらっているから、角膜はきっとすぐ見つかるわ。病院の先生も、3か月後ならもう一度手術をして、元の生活に戻れるはずだって言っていたの」

私はうなずいた。

母は私の口元へ食事を運びながら、不思議そうに尋ねた。

「璃子、どうして急にそんなに急いで手術を受けようと思ったの?」

私は一瞬だけ固まった。

それから、何でもないことのように笑って答える。

「早めに手術したほうが影響も少ないし、回復も早いと思ったから」

母は静かにうなずいた。

その夜、私は少し外に出て新鮮な空気を吸いたいと伝えた。

主治医は、看護師が付き添うなら病院の中庭までなら出てもいいと許可してくれた。ただし、なるべく早く戻って処置を受けるようにと言われた。

私は看護師に支えられながら、病院の中庭まで歩いていった。

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