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第998話

Author: レイシ大好き
石橋にとって、初芽が海外へ行くということは、あの男と一緒に行くのと同義だ。

彼からすれば、それはもう浮気と何が違うというのか。

そんな石橋を前に、初芽はふっと笑い声を漏らした。

「あなたがそこまで言うなら、私も無神経にはならないわ。

離して。やることがあるの」

あまりにあっさりした反応に、石橋は一瞬うろたえた。

「え?何の話?」

「行くのをやめたんだよ」

初芽は露骨に白い目を向け、少しくらい察しなさいと言わんばかりだった。

「最初にそう言ったのはあなたでしょう?」

石橋は初芽と室内を見比べて、どこか引っかかるものを感じていた。

「行かないって......信じていいの?」

初芽はまたしても大げさに目を回す。

「もちろんだよ、今からあの人にメッセージ送るわ。海外には行かないって」

石橋は半信半疑のまま初芽を放した。戸惑いの色が目元からこぼれ落ちそうだ。

「本当に......本気で言ってるんだよな?」

「当たり前でしょ。あなたを騙す理由なんてないわ。そんなことしても意味がないもの」

初芽の頭には、とにかくスマホを取って伊吹に助けを求めることしかなかった。

この石橋は完全に常軌を逸している。

今の彼女にはもう抑え込むことができない。

この先、どんな行動に出るかも分からない。

一人でここで足止めしているなんて、危険すぎる。

それは嫌というほど理解していた。

石橋はまだ全面的には信じていなかったが、今は他に方法もなく、信じるしかない気がしていた。

さもなければ初芽は海外へ行ってしまう。

だが彼女を力ずくで縛りつけたところで、スタジオはどうなる?

金を稼ぐ存在がいなくなれば困るのは自分だ。

「どっちも欲しい」思考ではあるが、それなりに打算は働いている。

初芽はそっとスマホを手に取った。

案の定、石橋は警戒している。

彼女は素早く伊吹にSOSを送り、そのまま文章を打ち始めた。

内容は──

海外には行かず、国内でやっていきたい。

家を離れたくない。

特にこのオフィスには思い出が詰まっていて、離れがたい。

海外での事業拡大はやっぱりやめる、というもの。

石橋は隣でじっと睨みつけていた。

文章にどこか引っかかりを覚えながらも、決定的な違和感は掴めない。

最後には小さく頷き、「送っていい」と示した。

初芽は胸の奥
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