会社を辞めてから始まる社長との恋

会社を辞めてから始まる社長との恋

Par:  花崎紬Mis à jour à l'instant
Langue: Japanese
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入江紀美子は森川晋太郎の傍に最も長くいた女だ。 全帝都の人間は、彼女が森川家の三番目の晋樣のお気に入りだと知って、少しでも冒涜してはいけないと思っていた。 しかし、紀美子は自分が晋太郎の憧れの女性の代わりだと分かっていた。 彼がやっとその憧れを見つけた日には、彼女をゴミ同然に捨てた。 紀美子は全ての希望を失い腹の中の子と共に家出するを出ていくことを選んだ。 しかし男は選択を間違えた。まさか自分が十何年もかけて探していた憧れの女性が、すぐそばにいたなんて…

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Chapitre 1

第1話 お願い、助けて

帝都、サキュバスクラブ。

その日は入江紀美子(いりえ きみこ)が名門大学を卒業する日だった。

しかし、彼女はまだ家に帰って祝うこともできなかった。

薬を飲まされ、実の父親に200万円の値段で、クラブの汚らしい中年男たちに売られたのだ。

暗い個室から何とか逃げ出したものの、薬の効果が彼女の理性を次第に奪っていった。

廊下では、赤みを帯びた彼女の小さな顔が、怯えた目で迫ってくる男たちを見据えていた。

「来ないで、警察を呼ぶから……」

先頭に立つ男が口を開き、黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら近づいてきた。

「いいぜ、好きなだけ呼んでみろ。警察が来るのが早いか、俺たちがてめぇをぶち壊すのが早いかだな!」

「べっぴんさんよ、心配するな、兄さんたちがたっぷり楽しませてやるからな……」

紀美子は耳鳴りがし始めた。

彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。

大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。

それなのに、まさか父が今、ギャンブルの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!

紀美子は逃げ出そうとしたが、足の感覚はなくなり、力が抜けていた。

床に倒れ込んだ彼女の前で、その男たちはまるで獲物を物色するような目で彼女を見下ろしていた。

ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。

黒い手作りの革靴が、彼女の視界に映り込んだ。

見上げると、そこには男が立っていた。その男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取るような冷たさをしていた。

男を見て、彼女は少し安心した。

彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。

男は眉を寄せ、冷たい視線で彼女を掠め、一瞬不快感を見せた。

彼は身体を屈め、手を伸ばした。

「ありがとう……」

紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思った。

しかしその時、男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の彼女の手を冷たく払った。

MKグループの世界トップ企業の社長である森川晋太郎(もりかわ しんたろう)にとって、同情心という言葉は無縁だった。

「晋様!」

彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇(すぎもと はじめ)は一枚のハンカチを彼に渡した。

晋太郎は冷たくそれを受け取り、紀美子に触られた掌を強く擦った。

そして、そのハンカチを嫌悪とともに床に叩きつけ、振り返らずにその場を離れた。

肇は追いかけようとしたが、ふと紀美子を見下ろした。

一瞬、彼の目の奥には驚きが見えた。

しかし晋太郎が遠く行ったのを見て、肇は急いで追うしかなかった。

廊下に残された男たちは、再び紀美子に目を向け、不敵な笑みを浮かべた。

「小娘よ、MKの社長に助けを求めるなんて、まったく身の程を知らないんだな。もう観念して俺たちについてきたらどうだ…」

男達は欲張りに紀美子を囲んだ……

入り口の前。

流線形をするメルセデス・マイバッハが黒い夜景に潜んでいた。

晋太郎が不快そうな顔をして出て来たのを見て、運転手は急いで車のドアを開けた。

高貴な男が車の後ろの席に座り込んでから、おいついてきた肇が急いで近づき、彼の耳元で囁いた。

「晋様…」

その言葉を聞いた晋太郎の整った顔には一抹の焦りが浮かび、瞬く間に鋭い表情へと変わった。

そして、「彼女を連れて来い」と冷たく命じた。

……

翌日。

紀美子は悪夢から目覚めた。

「いやっ!」

彼女は汗まみれのベッドから身体を起こした。

すべすべのシルクのシーツが彼女の身体から滑り落ち、キスマークに満ちるセクシーな胴体が露わになった。

床には脱がされた彼女の服と、十数個もの使い捨てられた「ゴム」が落ちていた。

昨夜の激戦がそのまま形となって残されているようだった。

彼女は羞恥と怒りを堪えながら布団を抱え、目の前のソファに座りタバコを吸っている男に目を赤くして問い詰めた。「私に何をしたの……」

煙がゆっくりと漂い、晋太郎の端正な顔立ちを包み込んでいた。

彼は携帯の画面をじっと見つめていたが、どこか複雑な感情を抱えているようだった。

紀美子の声を聞いて、彼は手元のタバコを消し、立ち上がってベッドの傍で自分のシャツの襟を開いた。

「お前が俺に何をした、と聞くべきじゃないか」

彼の鎖骨に同じようにびっしりとあるキスマークを眺め、彼女は一瞬思考が止まった。

頭の中では、細かく砕けた記憶の断片が結合し直そうとしていた。

彼女は微かに思い出したーー

昨夜、自分は薬を飲まされ、危うくあの男たちに犯されるところを、この男のアシスタントに助けられた。

その後、彼女は車に乗せられたものの、薬の効き目が強くなり、本能に突き動かされるまま目の前の男に身を寄せてしまった……

そこまで思い出すと、紀美子の頬が赤く染まり、床に捨てられたコンドームを眺めた。

昨夜、彼女は彼を搾りきるところだったようだ……

「助けてくれて、ありがとう……」

彼女は頭を垂らし、男の目線を逸らした。

すると、一枚の名刺が目の前に落ちてきた。

名刺には僅か数文字しか書かれていなかった。

MK:森川晋太郎

帝都にその名前を知らない人なんていない、と言わんばかりに、それ以上の情報を載せる必要はなかった。

この魔都とでも呼ばれる街には、この神の如く美しい男はまさに支配者だった。

紀美子は問い詰めるような目線を上げようとしたそのとき、晋太郎の冴え切った声が聞こえてきた。

「秘書が一人要る。月給は200万円だ。お前に俺の仕事そして生活の全ての面倒を見てもらう」

月給200万円の秘書?

紀美子は目を大きくして、「あれだけ優秀な人材たちがMKに応募しているのに、なぜ私を選んでくれたのですか?」と尋ねた。

晋太郎は彼女の澄んだ瞳を見つめ、急に身体を屈め、指で紀美子の耳たぶを優しく擦った。

「このホクロのせいだと言ったら、信じるか?」

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Commentaires

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にゃんまぁ
素敵な内容 めちゃハマる
2024-12-20 18:56:18
3
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井上志津子
読み出したらハマりました。
2024-10-19 06:57:46
1
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朝田邦江
早く続きがよみた〜い
2024-10-12 08:46:55
1
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まる
とても良いと思います
2024-09-13 16:54:12
2
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星あみ
あすごくたのしいでし
2024-08-14 13:28:45
1
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kyonta.gogo
早く続きが読みたいです。
2024-08-10 13:12:28
2
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第1話 お願い、助けて
帝都、サキュバスクラブ。その日は入江紀美子(いりえ きみこ)が名門大学を卒業する日だった。しかし、彼女はまだ家に帰って祝うこともできなかった。薬を飲まされ、実の父親に200万円の値段で、クラブの汚らしい中年男たちに売られたのだ。暗い個室から何とか逃げ出したものの、薬の効果が彼女の理性を次第に奪っていった。廊下では、赤みを帯びた彼女の小さな顔が、怯えた目で迫ってくる男たちを見据えていた。「来ないで、警察を呼ぶから……」先頭に立つ男が口を開き、黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら近づいてきた。「いいぜ、好きなだけ呼んでみろ。警察が来るのが早いか、俺たちがてめぇをぶち壊すのが早いかだな!」「べっぴんさんよ、心配するな、兄さんたちがたっぷり楽しませてやるからな……」紀美子は耳鳴りがし始めた。彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。それなのに、まさか父が今、ギャンブルの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!紀美子は逃げ出そうとしたが、足の感覚はなくなり、力が抜けていた。床に倒れ込んだ彼女の前で、その男たちはまるで獲物を物色するような目で彼女を見下ろしていた。ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。黒い手作りの革靴が、彼女の視界に映り込んだ。見上げると、そこには男が立っていた。その男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取るような冷たさをしていた。男を見て、彼女は少し安心した。彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。男は眉を寄せ、冷たい視線で彼女を掠め、一瞬不快感を見せた。彼は身体を屈め、手を伸ばした。「ありがとう……」紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思った。しかしその時、男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の彼女の手を冷たく払った。MKグループの世界トップ企業の社長である森川晋太郎(もりかわ しんたろう)にとって、同情心という言葉は無縁だった。「晋様!」彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇(
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第2話 契約秘書
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「中はどうしたの?」入江紀美子は入り口で眺めている女性同僚に尋ねた。声をかけられた女性同僚は振り返った。「入江さん。あの応募に来た女の人ね、人の作品をパクッて面接しに来たのがバレて、チーフがそのまま彼女の面接資格を取り消そうとしたんだけど、逆切れして、今事務所で暴れてるのよ」「なるほど」ことの経緯を聞いた紀美子は人事部の事務所に入った。チーフは一人の女性と激しく言い争っていた。女性の顔立ちはなかなかきれいなものだが、露出度の高いかっこうをしていた。「入江さん、ちょっと助けて、この狛村さん、人の作品を盗用して面接に来たのに、問い詰めたら逆切れしてきたのよ」チーフが紀美子を見て、助けを求めてきた。「話は聞きました。もう帰ってください。MKは不誠実な人は永遠に採用しません」紀美子は狛村をはっきりと断った。「関係ないでしょ、誰よ、あんた。私にそんな口の聞き方するなんて、あんたに不採用と判断する資格があるとでも?この会社はあんたのものじゃないでしょ?」「私が誰なのかは、あなたと関係ありません。覚えておいてください。私がこの会社にいる限り、あなたのような小賢しいまねをして入社しようとする人、永遠に採用しません」「大口を叩くじゃない」女はあざ笑いをした。「覚えておきなさい!将来私がMKに入社したら、絶対にあなたに跪いて謝ってもらうから!」「そんな日がくるといいわね!」「警備を呼んで。この狛村さんに出て行って貰うわ!」紀美子はチーフに指示した。……夜。MKで返り討ちを喰らった静恵は電話をしながらバーに入った。「安心して、絶対になんとかしてあの会社に入るから」静恵は低い声で電話の向こうに言った。そして、彼女は電話を切り、カウンターに座りバーテンダーに酒を一杯注文した。この時、ある人が彼女の隣に座り込んできた。「静恵ちゃん!」静恵は振り返って隣に来た男の顔を見た。彼は彼女がこの前酒場で知り合った飲み仲間、八瀬大樹だ。男はいわゆるブサイクの部類に入るものだった。しかし彼は裏表社会においてそれなりの背景を持っているらしく、静恵は彼と何回か夜を過ごしていた。彼女は少し驚きながら言った。「大樹さん?帰ってきたの??」「なんだ、俺を見てそんなに緊張するなんて、ま
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第7話 稼ぎの効率がいいから
「社長」入江紀美子は疑惑を抱えながら森川晋太郎の前に来た。「昨夜は何故帰ってこなかった?」「体の具合が悪かったからです」「具合が悪かった?口まで開けない状態だったか?まずは俺に報告することを忘れたのか?」晋太郎は更に厳しい口調で問い詰めた。「違います。薬を飲んで眠ってしまいました。わざと報告を怠ったのではありません。」「本当に眠ってしまったのか?それとも、他の男と寝ていて報告をしなかったのか?」晋太郎は無理やり目の中の怒りを抑え、声がますます冷たくなった。「えっ?他の男って?」紀美子は頭を上げて聞き返した。「その質問、君ではなく俺がするものではないか?」晋太郎は冴え切った目で紀美子を見つめ、挑発まじりに聞き返した。「入江さん?」まだ戸惑っていた紀美子は、優しそうな声が聞こえてきた。その瞬間、紀美子は思い出した。昨日晋太郎に電話を切られる前、塚本悟と話していた。もしかして晋太郎が言っている男とは、悟のことか。紀美子はこちらに向かって歩いてくる悟を見てから晋太郎の顔を覗いた。そこから説明してもすでに遅かった。悟は紀美子の傍で足を止め、針を抜いて血が垂れ続けている彼女の手を見た。「血が出ている、この時間なら、まだ点滴は終わっていないはずじゃない」それに気づいた紀美子は慌てて針の穴を手で塞いだ。「ありがとう、あとで処理しておくから」悟は自分の手を紀美子の額に当て、心配そうにため息をついた。「熱はひいたようだけど、まだ静養が必要だ」紀美子は晋太郎に誤解されたくないので、慌てて視線を逸らした。「分かってる」悟は仕方なく手をポケットの中に突っ込んで、ようやく隣で息を潜めている晋太郎に気づいた。「患者さんは静養が必要です。話は後にしていただけますか」悟は謙遜かつ礼儀正しい言葉遣いで注意した。「医者が体温計ではなく、手を当てるだけで患者の体温を正しく測るなんて初めて見た」晋太郎は冷やかしを言いながら、悟と目を合わせた。「臨床の経験を活かせば、患者さんの時間を節約できることもありますので」その会話を聞いた紀美子は緊張した。彼女は、悟が自分の為に晋太郎に抵抗しているのは分かっていたが、晋太郎が決して大人しく人の話を聞く人間ではないとも分かっている。
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第8話 謝れ
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第9話 白芷の花言葉
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第10話 写真の中の女性
もしかして彼女こそが森川晋太郎がずっと探している憧れの人だろうか?いや、違う。その女の子が彼を助けた後急に行方不明になったと、晋太郎が言っていたのを覚えている。大人になった彼女の顔は、晋太郎でも分からない。明らかにこの写真の中の女性はその女の子ではない。ならば彼女は一体誰なの?入江紀美子は晋太郎の下で3年間働いた。その間、その女性のことを一回も聞いたことはなかった。しかしこの写真を見る限り、彼女は晋太郎の中ではかなりの地位を占めている。紀美子は虚ろな目をして写真を拾い、嫉妬が沸いてきた。彼女はもう晋太郎のことを十分知っていると思っていた。しかし今、自分が晋太郎のことを何も知らないことに気付いた。知っていることは、すべて彼が自分に知ってもらいたいことだけだった。彼の心の中には自分にために開けてくれる空白なんてものは一つもないようだった。無理もない。たかが愛人なのに、自分は何を期待しているのだろう。使用人の松沢初江が箒を持ってきた頃、紀美子は既に気持ちの整理ができていた。彼女は携帯電話を取り出し、額縁屋に電話をかけ、フレームを直してもらいたいと頼んだ。2時間後。業者は修理できたフレームを組み直し、絵を壁に掛けなおした。「お客様、フレームはこれで大丈夫でしょうか?」紀美子は絵のフレームを暫くチェックして、直してもらったものは前と殆ど同じなのを確認して安心した。「はい、これでいいです。おいくらですか?」「2万円になります」「はい」しかし紀美子が携帯で代金を払おうとすると、画面には残高不足の知らせが表示された。紀美子は一瞬思考が止まり、顔が真っ赤になった。彼女は自分が今月の給料を母の世話係の業者の料金と、父の借金を払ったのを思い出した。今この銀行口座にはもう1万円弱しか残っていなかった。業者は複雑な目線で紀美子をみた。その目線はまるで、「こんな豪邸に住んでいるのに、たった2万円の金も持ってないのか」と言わんばかりだった。「少し待ってください。今現金を持ってきますから」彼女は寝室に戻り、この金をどうすればいいかを悩んでいる時、ベッドの横のナイトテーブルに目線を落とした。紀美子はテーブルの引き出しから、200万円の現金が入った封筒を取り出した。そ
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