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第3話

Author: モリサマー
紬が目を覚ますと、視界には病院の真っ白な天井が広がっていた。

まだ頭がくらくらし、全身に力が入らない。

看護師がドアを開けて入ってきて言った。

「今、ご家族に連絡を取れますか?入院手続きと費用の支払いを済ませていただかないといけないのですが」

都会で一人踏ん張ってきた彼女にとって、蒼介以外に頼れる人間はいなかった。

そして今、その蒼介も一番頼りたい時には決してそばにいてくれない。

深くため息をつき、彼女は点滴のスタンドを握った。

「自分で手続きします」

「救急車でお迎えに上がった時、立派なウェディングドレスの写真が見えましたよ」看護師が不思議そうに言った。「旦那さんがいらっしゃるんですよね?こんな時にどこに行かれたんですか?」

紬は点滴スタンドを引きずりながら、弱り切った体で痛みを堪えて歩き出し、淡々と一言だけ返した。

「死にました」

彼女はすでに上司と話し合い、来月には紛争地帯へ特派員として赴任することが決まっていた。

そうなれば、何千キロも離れた場所にいる蒼介は、彼女にとって死人も同然だった。

会計窓口は1階のロビーにあり、紬は10分ほど列に並んだ。

彼女は、周囲の多くの人間が自分を見て、ヒソヒソと囁き合っていることに気がついた。

報道に関わる人間としての鋭い勘が、何か取り返しのつかないことが起きていると告げていた。

スマートフォンを取り出して見ると、通知欄にはびっしりと未読メッセージが溜まっていた。

両親、親友、そしてテレビ局の上司や同僚たちからだ。

誰もが「ネットのニュース見たけど本当なの?」「昔、本当にあんなひどいことしたの?」と問い詰めてきていた。

恐る恐るSNSのトレンドワードを開いた途端、頭から氷水を浴びせられたように、全身の血の気が引いた。

#有名美人記者、過去の陰湿ないじめと略奪愛が発覚

「匿名の同級生」と名乗るアカウントによる暴露投稿だった。

内容は、紬が高校時代、後輩の結衣を主犯格として徹底的に孤立させ、いじめていたというもの。

さらに、結衣が恋人の蒼介と付き合っていた際、何度も二人の間に割り込んで嫌がらせをし、最終的に破局へと追いやったと書かれていた。

投稿の最後にはこう記されていた。

【関係者によると、瀬戸さんは長期にわたる精神的ストレスから、重度のうつ病と診断されています。

一方で、かつてのいじめの加害者は現在、正義のジャーナリストを気取ってテレビで活躍しています。

我々は問わざるを得ません。他人の人生を壊した人間に、報道を語る資格があるのでしょうか?】

コメント欄はすでに大炎上していた。

【島崎先生と瀬戸さんこそお似合いのカップルだったのに。涼川なんて全く相手にされてなかったくせに、執念深すぎ】

【瀬戸さん、今体調すごく悪いらしいよ。うつ病だって。涼川は心臓外科のエリートと結婚して、花形記者になって順風満帆とか。世の中不公平すぎるだろ】

【島崎先生もマジで可哀想。昔は引き裂かれて、後からこんな女と結婚させられて。二人はあの性悪女に人生を壊されたじゃん】

【昨日、瀬戸さんが心臓発作で入院したらしいよ。涼川さん、これで満足ですか?】

紬は一つ一つのコメントを目で追いながら、頭の中が真っ白になった。

彼女は結衣をいじめたことなどないし、二人の関係に割り込んだことも絶対にない。

それどころか、蒼介に近づく女子生徒に対して、裏で陰湿な嫌がらせを繰り返していたのは結衣の方だ。

事実無根だと反論の投稿をしようとした矢先、新たなニュース動画の通知がポップアップした。

【渦中の当事者・島崎蒼介への独占インタビュー!】

紬がそのインタビュー動画を開くと、白衣姿の蒼介が、疲れ切った表情で病院の廊下に立っているのが映し出された。

マイクを向けられ、記者が遠慮がちに質問する。

「島崎先生、瀬戸結衣さんとはどのようなご関係ですか?ネット上では、奥様である涼川記者が過去にお二人の仲を裂いたと言われていますが、それは事実でしょうか?」

蒼介はしばらく沈黙した後、伏せ目がちに淡々と口を開いた。

「瀬戸結衣さんは、私の初恋の人です。

昔のことは、もうずいぶん前の話です。彼女は現在、非常に体調を崩しています。どうか皆さん、これ以上彼女を詮索しないでください。彼女は何も悪くありません。彼女は被害者です」

動画のコメントが凄まじい勢いで流れ始めた。

【聞いた!?本人が直々に認めたよ!初恋だって!】

【涼川のことは一言もかばってないじゃん。ただ瀬戸さんが被害者だって言ってる。これでもうクロ確定でしょ】

【泣ける。島崎先生と瀬戸さんこそが真実の愛なんだ。涼川は人の弱みにつけ込んだ最低の泥棒猫!】

紬はスマートフォンを握りしめ、胃の奥から込み上げる強烈な吐き気を感じた。

まさか蒼介が、結衣をかばうためにここまでやるとは思いもしなかった。

かつて結衣が先に彼を捨てたこと、その後で自分が彼とお見合いをして結婚したこと。彼はその事実をはっきりと知っているはずなのに。

自分がテレビ局の記者であり、顔の売れている人間であること。彼がそんな発言をすれば、世間がどう捉え、自分のキャリアも生活もすべてが社会的に抹殺されることくらい、エリートである彼が分からないはずがない。

それでも、彼はあのように発言した。

自分が社会的にどうなろうと、彼は全く気にかけていない。

彼はただ、愛する結衣を守りたかっただけなのだ。

この瞬間、紬は初めて知った。本当の心の傷は、大声で泣き叫ぶようなものではないということを。

悲鳴を上げる気力すら奪っていく。

息もできないほどの絶望の淵へ、ただ静かに沈められていくだけなのだ。

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