極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜

極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜

last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-21
Oleh:  花柳響Baru saja diperbarui
Bahasa: Japanese
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「俺を飼い慣らしてください、お嬢。邪魔な敵はすべて排除して、世界を貴女に捧げましょう」 平凡な女子大生・咲良は、生き残るためにヤクザ組織「久遠組」の三代目を継ぐことに。彼女が選んだのは、美しくも危険な若頭・我妻千隼との『契約結婚』だった。 「貴女だけの『犬』になりたい」 そう跪く千隼だが、その愛は重く、狂気的なまでに独占的だった。「髪も唇も指先も、すべて俺のものです」 論理で戦う女子大生×本能で愛する狂犬ヤクザ。命がけの契約から始まる、極上の溺愛下克上ロマンス!

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Bab 1

第1話:朱に染まる出逢い①

「──……いい子ね、千隼」

 執務室の重厚な革張りソファ。その深く沈み込むような感触に体重を預け、目の前で恭しく跪く男の、硬い黒髪にゆっくりと指を通した。

 指先に絡みつく毛先からは、微かに雨の湿り気と、鉄錆によく似た血の匂いが立ち上ってくる。足元に伏せているのは、関東一円の裏社会を震え上がらせる『久遠の魔狼』こと、我妻千隼だ。

 返り血を浴びてまだ熱を失っていない頬を、すりすりと、膝へうっとり擦り寄せてくる。

 ストッキング越しに伝わる硬い頬骨の感触。そして、じわりと肌を焼くような、尋常ではない体温。まるで、血の滴る獲物を持ち帰り、主の撫でる手を待つ忠実な大型犬そのものだった。

「すべて掃除してきましたよ、お嬢。……貴女の視界を汚すゴミは、これでもう一匹もいない」

 細められた三白眼が、下から射抜くように真っ直ぐに見上げてくる。

 光を一切反射しない、底の抜けたような漆黒の双眸。そこには、どろりとした狂気的な熱と、太い鎖で何重に繋ぎ止めてもなお溢れ出すような、息苦しいほどの執着がこびりついていた。

 千隼は顔を寄せると、足首にそっと、吸い付くような重い唇を落とした。

 ちゅ、という微かな水音が、静まり返った室内で不気味なほど鮮明に響く。皮膚の表面をちりちりとした痺れが駆け上がり、思わずつま先を丸めた。

 無造作に寛げられたシャツの襟元から、決して背を見せない覚悟を刻んだ『百足と彼岸花』の赤と黒の刺青が、荒い呼吸に合わせて妖しく蠢いている。

 誰が想像できただろうか。

 かつて、分厚い前髪で顔を隠し、息を潜めて生きていた平凡な大学生、小鳥遊咲良が――この獰猛な狂犬の首輪を握り、夜の東京を支配する存在へと変貌を遂げるなんて。

「愛しています、俺の飼い主(ごしゅじんさま)。……どうか一生、俺の鎖を離さないでください」

 腹の底を直接揺さぶるような、低く、ねっとりとした声。

 これは、理不尽な運命に巻き込まれた女が、最強の番犬と共に世界を喰らい尽くす、反逆と愛の物語だ。

 ◇

「――人生とは、不完全情報ゲームである」

 乾いたチョークの粉が舞い、黒板を叩く無機質な音が講義室に響く。

 一月の冷え込んだ空気。暖房の効きが悪い教室の隅で、安物のコートの襟を立て、小さく身を縮めていた。

 老教授の声が、遠くの波音のように鼓膜を滑っていく。

「互いの手札が見えないテーブルの上で、いかにして損失を最小限に食い止めるか。……それが、持たざる者が生き残る唯一の術だ」

 その言葉は、処世術そのものだった。

 親戚の家をたらい回しにされ、どこへ行っても「余り物」として疎まれて育った日々。生き延びるために導き出した答えは、誰の記憶にも残らない「風景の一部」になること。

 だから、分厚い前髪を長く伸ばして顔を隠す。気味が悪いと罵られてきた、この紫がかった黒い瞳――アメジストのような色を帯びた異質な目を、誰にも見せないように。

 だが、必死に守ってきた平坦な日常に、避けがたい運命の引力が働き始めたのはその時だった。

 前の席に座る学生がこっそり眺めていた、スマートフォンの画面。

『……新宿の路上で起きた発砲事件。現場から逃走していた指定暴力団・久遠組の幹部、我妻千隼(あがつま ちはや)容疑者が先ほど身柄を確保されました――』

 無機質なアナウンサーの声が、ノイズ混じりのスピーカーから漏れ聞こえる。

 小さな画面の中、雨が打ちつける新宿の路上。パトカーの赤い回転灯が乱反射する中、警官たちに取り囲まれながら後部座席へ押し込まれようとしている一人の男が映し出された。

 手錠をかけられ、乱暴に頭を押さえつけられているというのに、その歩みには一切の怯えがない。それどころか、引きちぎられたシャツの襟元から覗く、血のように赤い彼岸花と悍ましい百足の刺青が、濡れた肌の上で妖しく蠢いているように見えた。

 ふと、男が顔を上げた。

 黒く長い前髪の隙間から、カメラのレンズを、いや、その向こう側にいる『こちら』を真っ直ぐに射抜く視線。

 黒目の下方に異常なほど白地が目立つ、鋭角的な三白眼。

 画面越しだというのに、獲物を値踏みするような漆黒の瞳と完全に視線が絡み合った錯覚に陥り、心臓がドクンと嫌な音を立てた。

 執着、そして圧倒的な熱。

 指先の血液が一瞬にして凍りつき、シャーペンを握る手に力が入らなくなる。

 我妻、千隼。

 テロップに表示されたその名前と、氷のように冷たい世界に暴力的なまでの色彩を叩きつけてきた三白眼が、鼓膜と網膜の奥にこびりついて離れない。

 不快だ。関わりたくない。あんな世界の住人、一生縁がないはずだ。

 そう強く言い聞かせ、ノートに無意味な幾何学模様を書き殴る。前髪をさらに深く下ろし、紫の瞳を世界から遮断する。

 だが、胸の奥に澱のように溜まった衝撃は、消えてはくれなかった。積み上げた理屈なんて、一瞬の嵐でひっくり返る。

 その時の私はまだ、それを認めようとはしていなかった。

 ◇

 大学の講義を終え、図書室で時間を潰してから外へ出ると、一月の冷たい雨が、アスファルトをどろどろとした黒に塗りつぶしていた。

 いつものように寂れた商店街のアーケードを通り抜け、裏路地へと足を踏み入れる。家賃三万円の湿気たアパートへ続く、最短ルートだ。

 ジジッ、ジジッ……と。

 寿命が尽きかけた街灯が、点滅しながら頼りなく足元を照らしている。

 背筋がざわりとしたのは、路地に入ってすぐのことだった。

 背後で、重たく湿った革靴が水を弾く音がする。三人、いや、四人。

 歩調を合わせるように、ぴたりと背後をついてくる粘着質な気配。

 胃の奥がぎゅっと縮みあがる。コートのポケットの中で防犯ブザーを握りしめ、早足になった。

 あと少し。大通りのコンビニの明かりが見えれば、そこは安全圏。

「おい。小鳥遊咲良だな?」

 不意に、喉に泥が絡みつくような低い声に道を塞がれた。

 心臓が冷水を浴びたように跳ね上がる。前方に二人、そしていつの間にか背後にも二人。よれたスーツから漂う、鼻を突く安物の甘ったるい香水と、雨に濡れたタバコのヤニの匂い。

「人違いです」

「ハッ、とぼけんな。写真と瓜二つじゃねぇか。その気味の悪い紫の目……『久遠』の血を引いてる証拠だろうが」

 前髪の隙間から覗くアメジストの色を指摘され、呼吸が浅くなる。

 男の一人が、泥水をバシャリと踏みにじって距離を詰める。その右手には、青白い火花を散らすスタンガンが握られていた。

「大人しく来い。お前みたいな貧乏学生でも、その血には億の価値があるんだよ」

 これ以上の対話は無意味だ。逃げ場を塞がれ、胃の奥がギリギリと軋む。

 男がぬっと汚れた腕を伸ばし、肩を掴もうとした。

「触らないで……!」

 反射的にその手を振り払おうとした。爪を立て、腕を思い切り引っ掻く。

「っの、アマが!」

 逆上した男が、手首を強引に掴み、背中へとねじ上げた。

「い、痛っ……!」

「活きがいいじゃねぇか。そういうのは、ベッドの上だけで十分なんだよ!」

 生温かい吐息が顔にかかり、強烈な吐き気が込み上げる。腕が軋むたびに、視界が涙で白く滲んでいく。

 誰も来るはずがない。泣いても状況は変わらない。考えるのよ、咲良。

 けれど、膝が笑って力が入らない。意識が恐怖に飲み込まれそうになった、その時だった。

 ヒュッ、と空気が鋭く裂ける音が響いた。

「――あ?」

 手首を掴んでいた男が、間の抜けた声を漏らす。

 次の瞬間。

 ゴヂュッ。

 水を含んだ雑巾を力任せに絞り上げたような、あるいは生木を無理やりへし折るような、おぞましい破壊音が路地裏に鳴り渡った。

「ぎ、……あ?」

 男の腕が、物理的にありえない方向に折れ曲がっていた。肘から先が、糸の切れた操り人形のようにぶらりと垂れ下がっている。

「ガ、アアアアアアアアアッ! ?」

 遅れて脳に届いた激痛に、男が喉を裂くような悲鳴を上げて転げ回る。

 拘束が解け、濡れたアスファルトにへたり込んだ。冷たい泥水がスカートを汚していくが、そんなことはもうどうでもよかった。

 呆然と顔を上げると、激しく降りしきる雨の中、街灯の逆光を背に受けて立つ一つの影があった。

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第1話:朱に染まる出逢い①
「──……いい子ね、千隼」  執務室の重厚な革張りソファ。その深く沈み込むような感触に体重を預け、目の前で恭しく跪く男の、硬い黒髪にゆっくりと指を通した。  指先に絡みつく毛先からは、微かに雨の湿り気と、鉄錆によく似た血の匂いが立ち上ってくる。足元に伏せているのは、関東一円の裏社会を震え上がらせる『久遠の魔狼』こと、我妻千隼だ。  返り血を浴びてまだ熱を失っていない頬を、すりすりと、膝へうっとり擦り寄せてくる。  ストッキング越しに伝わる硬い頬骨の感触。そして、じわりと肌を焼くような、尋常ではない体温。まるで、血の滴る獲物を持ち帰り、主の撫でる手を待つ忠実な大型犬そのものだった。 「すべて掃除してきましたよ、お嬢。……貴女の視界を汚すゴミは、これでもう一匹もいない」  細められた三白眼が、下から射抜くように真っ直ぐに見上げてくる。  光を一切反射しない、底の抜けたような漆黒の双眸。そこには、どろりとした狂気的な熱と、太い鎖で何重に繋ぎ止めてもなお溢れ出すような、息苦しいほどの執着がこびりついていた。  千隼は顔を寄せると、足首にそっと、吸い付くような重い唇を落とした。  ちゅ、という微かな水音が、静まり返った室内で不気味なほど鮮明に響く。皮膚の表面をちりちりとした痺れが駆け上がり、思わずつま先を丸めた。  無造作に寛げられたシャツの襟元から、決して背を見せない覚悟を刻んだ『百足と彼岸花』の赤と黒の刺青が、荒い呼吸に合わせて妖しく蠢いている。  誰が想像できただろうか。  かつて、分厚い前髪で顔を隠し、息を潜めて生きていた平凡な大学生、小鳥遊咲良が――この獰猛な狂犬の首輪を握り、夜の東京を支配する存在へと変貌を遂げるなんて。 「愛しています、俺の飼い主(ごしゅじんさま)。……どうか一生、俺の鎖を離さないでください」  腹の底を直接揺さぶるような、低く、ねっとりとした声。  これは、理不尽な運命に巻き込まれた女が、最強の番犬と共に世界を喰らい尽くす、反逆と愛の物語だ。 ◇「――人生とは、不完全情報ゲームである」  乾いたチョークの粉が舞い、黒板を叩く無機質な音が講義室に響く。  一月の冷え込んだ空気。暖房の効きが悪い教室の隅で、安物のコートの襟を立て、小さく身を縮めていた。  老教授の声が、遠くの波音のように鼓膜を滑っていく。
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第2話:朱に染まる出逢い②
「……汚ねぇ手で、俺のお嬢に触るなよ。三下」  腹の底に重く響くような、低く、湿り気を帯びた声。  ずぶ濡れの黒いスーツ。陶器のように白い肌に張り付く長い前髪。そして、開いた襟元から覗く赤と黒の刺青。 「あがつま……ちはや……?」  数時間前、小さな画面越しに見た名前が、無意識に唇からこぼれ落ちていた。  男――我妻千隼は、その声に応えることもなく、ただ退屈そうに首をコキリと鳴らした。 「テメェ、何だ……! ?」 「黒鉄の使いっ走りか。躾がなってねぇな」  逆上した三人の男たちが、懐からナイフや警棒を引き抜き、一斉に千隼へと襲いかかる。 「死ねや、ガキィッ!」  だが、それは戦闘と呼べるようなものではなかった。  千隼はポケットから手を出すことすらしない。水たまりを滑るような流麗な足さばきで、最初の一人の拳を紙一重でかわす。すれ違いざま、男の膝裏に革靴のつま先を冷酷なまでに正確に打ち込んだ。  ゴッ、と鈍い音が響き、男がいとも簡単に崩れ落ちる。  残る二人が怯んだ一瞬の隙。千隼の姿がブレた。  瞬きをする暇も与えず間合いを詰め、一人の顔面を鷲掴みにする。そのまま容赦なく、コンクリートの壁面へと力任せに叩きつけた。  ぐしゃり。  硬い骨が砕ける音とともに、雨で濡れた壁にどす黒い染みがべったりと広がる。 「ば、化け物……!」  最後の一人が顔を引きつらせ、めちゃくちゃにナイフを振り回した。  千隼は口の端を微かに吊り上げると、刃の軌道を素手で払い落とし、男の手首を掴んで無造作にひねり上げる。  バキバキバキッ! 「ぎゃああああああああ!」 「うるせぇ。お嬢の耳が汚れるだろ」  千隼は一切のためらいもなく、男の鳩尾に革靴のつま先を深くめり込ませた。  男はボールのように吹き飛び、ゴミ捨て場の山に頭から突っ込んで動かなくなる。  雨音だけが、暴力の熱を冷ますように激しくアスファルトを叩いている。  わずか数十秒。四人の男たちが、たった一人の手によって、ただの肉の塊に変えられていた。  震える指先で泥水を掴み、ずるずると後ずさりする。助かった。確かに助かったはずなのに、身体が、芯から凍りついたように動かない。  あのチンピラたちよりも、もっと凶悪で、もっと言葉の通じない存在が、目の前にいる。  コツ、コツ、コツ。
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第4話:黄金の檻②
 千隼の声から、ふっと温度が消えた。 「実際は毒を盛られた。犯人はまだ内部に潜んでいる」 「……っ!」 「先代には正妻との間に子がなかった。今、久遠の血を引くのは貴女だけだ。貴女が三代目を継承しなければ、この組織は空中分解し、血で血を洗う抗争が始まる」  千隼は私の髪を一房、愛おしげに、けれど支配的に指先で掬い上げた。肌に触れた彼の指は、熱いのに、そこから伝わる意志は刃物のように冷徹だ。 「だから、昨夜のような三下が湧いてくる。貴女が生きていれば都合の悪い連中が、山ほどいるんです」  昨夜の記憶が、鮮明なフラッシュバックとなって脳裏を焼く。ねじ上げられた手首の痛み。男たちの、加虐心に満ちた濁った目。 「そんなの……関係ない。私は、私の人生を生きたいだけなの」 「関係ない? 昨夜、攫われかけたのに、まだそんな寝言を?」 「警察に行くわ! 全部話して、保護してもらう。こんな場所、一刻も早く出たいのよ」  私は布団を跳ね除け、立ち上がろうとした。  だが、それより速く、千隼の大きな手が私の肩を掴んだ。 「っ、きゃ……!」  凄まじい力で畳に押し倒される。視界がぐるりと回転し、気づけば千隼に覆い被さられていた。長い前髪が頬にかかり、視界を塞ぐ。至近距離にあるアメジストの瞳が、獲物を狩る捕食者のように昏く光っている。 「警察?」  千隼は、可笑しくてたまらないというように鼻で笑った。 「サツが貴女を守れると本気で思っているんですか? 法律だの正義だの、そんな綺麗事が通用するのは、陽の当たる場所だけだ」  彼の熱い指先が、私の首筋をゆっくりとなぞっていく。ドクドクと激しく脈打つ頸動脈の上で、その指が止まった。いつでも喉笛を潰せると、無言で告げるように。 「奴らは、留置所の中にだって刺客を送る。警察に駆け込んだ瞬間、そこは貴女の墓場になりますよ」 「……っ、う……」  反論の言葉が、喉の奥で詰まる。昨夜の男たちの目。あれは、法や国家権力なんて塵ほども恐れていない、狂犬の目だった。知っているはずのルールが通用しない世界が、すぐ隣に口を開けて待っている。 「じゃあ……どうしろって言うのよ。私に、ヤクザになれって言うの?」  視界が滲む。悔しさと恐怖、そして自分の無力さが、心臓を締め付けた。 「簡単ですよ、お嬢」  千隼は私の耳元に唇を寄
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第5話:黄金の檻③
「……犬?」  突拍子もない言葉に、思わず聞き返す。ヤクザの若頭が、何を言っているのか。 「そう。圧倒的なカリスマを持つ主人のために、牙を剥き、その足元に獲物を捧げる……そういう生き方しかできない狂犬なんです、俺は」  手を取られ、熱い頬に押し当てられた。  手のひらは熱く、冷たい指先を包み込む。 「先代は偉大な主だった。だが、もういない。今の俺は、首輪のない飼い犬だ。……退屈で、飢えて、暴れ出したくて仕方がない」  手のひらに唇を落とされた。  濡れた感触に、びくりと肩が跳ねる。 「貴女からは、先代と同じ匂いがする。まだ眠っているが、目覚めればきっと、俺をゾクゾクさせるような女帝になる」  言葉は、忠誠というよりは、歪んだ欲望のように聞こえた。  私という素材を、自分好みの支配者に育て上げようとする執着。 「俺を飼い慣らしてください、咲良様。そうすれば、この世のすべての敵から、貴女を守り抜いてみせましょう」  瞳が、絡め取る。  アメジストのような瞳に、自分の姿が映っているのを満足げに確認するように。  逃げられない。  肌に吸い付くような絹の布団も、静寂に満ちたこの和室も、すべてはこの世界に閉じ込めるための罠。外には敵が待ち受け、中にはこの男がいる。  目の前のこの美しい猛獣こそが、最強の看守であり、案内人なのだ。 「……選択肢なんて、ないようなもんじゃない」  乾いた笑みが漏れた。  ここでNoと言えば消される。  Yesと言えば、修羅の道。  どちらも地獄なら、まだ息ができる方を選ぶしかない。生きたいから。 「賢明ですね」  千隼は満足げに目を細めた。  その時、廊下からドタドタと荒々しい足音が近づいてくるのが聞こえた。 「おい若頭! 女が起きたって本当かよ!」  襖が乱暴に開け放たれる。  現れたのは、いかにも昔気質のヤクザといった風貌の中年男たちだった。  幹部連中だろうか。布団の上に座る姿を見て、露骨に顔をしかめた。 「なんだ、この貧相な小娘は。本当に先代の種か?」 「こんなガキに何ができる。俺たちの親になれる器じゃねえぞ」  侮蔑と敵意の視線が、一斉に突き刺さる。  言葉の刃。暴力の気配。  思わず身体を縮こまらせた。  けれど、千隼は前に立ちはだかった。  着物の上からでも背中の
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第6話:針の筵①
 翌朝。 重い瞼を持ち上げると、天井の木目が目に映った。見慣れない格子天井。 夢なら覚めてほしかったけれど、鼻をつくお香の匂いが、ここが昨夜の「続き」であることを容赦なく突きつけてくる。 身体を起こす。昨夜、千隼に投げつけられた布団の上だ。筋肉がこわばって、節々が軋むように痛い。 ふすまが音もなく開いた。「おはようございます、お嬢」 我妻千隼。 昨夜の着流し姿から一変、黒の三つ揃えのスーツを隙なく着こなしている。 整髪料で撫でつけた髪、陶器のように白い肌。 朝の光の中に立つ彼は、昨夜よりもさらに「組織の人間」としての輪郭をはっきりとさせていた。綺麗だけれど、触れれば指が切れそうな刃物の美しさだ。「……おはよう」「顔色が悪いですね。ま、これから処刑台に上る囚人にしてはマシな方か」 千隼は軽口を叩きながら、枕元に置いてあった私の腕時計――昨夜、彼が放り投げた安物だ――を拾い上げ、サイドテーブルに置いた。 その動作の自然さに、ここがすでに彼の支配下であることを思い知らされる。「支度を。皆がお待ちかねですよ」 千隼が短く合図をすると、数人の女たちが無言で部屋に入ってきた。 昨夜の予告通りだ。美容師と着付け師たちは、私と目を合わせようともせず、手際よく私を鏡台の前へ座らせる。 鏡の中の自分と目が合った。 土気色の顔に、クマの浮いた目。どこにでもいる、冴えない女子大生。 昨夜は勢いで啖呵を切ったけれど、明るい場所で見ると滑稽なほど弱々しい。これが、極道の娘?「さあ、化けてもらいましょうか」 千隼が鏡越しに私を見下ろして、低い声で言った。 そこからは、解体作業みたいだった。 伸び放題だった髪は油で撫でつけられて結い上げられ、顔色が分からなくなるほど白粉(おしろい)をはたかれる。唇には、血のような紅を引かれた。 最後に、黒留袖。 背中には久遠の家紋、「下り藤」。 帯がきつく締め上げられるたび、肺の中の空気が無理やり押し出されて、肋骨がきしんだ。 苦しい。 これは晴れ着なんかじゃない。私をこの家に縛り付
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第7話:針の筵②
 ◇  廊下に出ると、空気が変わった。 磨き上げられた床板がどこまでも続いていて、ひっそりと静まり返っている。 でも、大広間に近づくにつれて、その静けさがざらついた気配に変わっていくのが分かった。 男たちの低い話し声。怒号みたいな笑い声。鼻をつく煙草の臭い。 胃がきりきりと痛む。 足がすくみそうになるのを、隣を歩く千隼の革靴の音が、強制的に前へ進ませる。 カツ、カツ、カツ。 彼の足音は機械みたいに規則正しくて、それが余計に私を追い詰めた。 大広間の立派なふすまの前で、若い衆が二人、直立不動で立っていた。 私と千隼を見ると、弾かれたように頭を下げる。「お、お疲れ様ですッ! 若頭!」 彼らの視線が、ちらりと私に向けられる。 値踏みするような、好奇心に満ちた目。「これが先代の隠し子か」「こんなガキが?」という声が聞こえてくるようだ。「開けろ」 千隼が短く言う。 ふすまが左右に開け放たれた、その瞬間。 ――どっ、と熱気が顔に吹き付けた。 五十畳はある大広間。 上座には遺影が飾られ、線香の煙が白く漂っている。 その下座に、黒い塊がびっしりと並んでいた。 三十人、いや四十人はいる。 黒いスーツに、紋付袴。丸太みたいに太い腕、首元から覗く和彫り、顔に刻まれた古傷。 全員の視線が、一斉に私へ突き刺さる。「…………」 部屋の中が静まり返った。 敬意なんてものじゃない。 檻の中に放り込まれた餌を、猛獣たちが品定めしている沈黙だ。 息をするのも忘れて、立ち尽くした。 足が動かない。ここから先へ行ってはいけないと、本能が警告している。 帰りたい。今すぐ踵を返して、全速力で逃げ出したい。 でも、背後には千隼がいる。退路なんてない。「どうぞ」 千隼が背中を軽く押した。 たったそれだけで、私は猛獣の群れの中へ押し出された。 一歩、畳を踏む。 足音がやけに大きく響いた。 視界の端で、誰かが舌打ちをするのが見えた。
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第8話:針の筵③
 左側の最前列。一際立派な羽織袴を着た、白髪の老人が座っている。 顔には深い皺、片目は白く濁って潰れている。 手にした扇子で、私の足元を指した。「挨拶もなしか。……躾がなっとらんのォ」 副組長の権田だ。資料で顔だけは見ていた。 先代の右腕だった男。そして、私が跡を継ぐことに一番反対している筆頭。 彼の残った片目が、蛇みたいに私を舐め回す。「小鳥遊、とか言ったか。……ここはな、お嬢ちゃんが来るような遊園地じゃねえんだ。血と暴力でしか贖えねえ、修羅の庭だ」 権田が扇子を閉じる音が、パチリと乾いて響いた。「先代の血を引いてるだと? そんなもん、紙切れ一枚でどうとでもなる話だ。俺たちが知りたいのはなァ……」 権田がぬらりと立ち上がる。 腐ったような酒と、仁丹の臭い。 彼が顔を寄せてくる。その圧力に、思わず半歩下がりそうになった。「テメェに、人を殺す覚悟があるかどうかってことよ」 心臓が痛いほど跳ねた。 人を、殺す。 その言葉の重みが、生々しい質感を持って喉元に突きつけられる。「震えてるじゃねえか」 権田が鼻で笑った。「見ろ! この小娘、ビビってションベンちびりそうだぞ!」 どっと、広間が爆笑に包まれる。 屈辱で顔が熱い。 何か言い返さなきゃ。 でも、声が出ない。喉が張り付いて、言葉が出てこない。 怖い。 本当に、怖い。 彼らの腰には本物のドスやチャカがあるかもしれない。ちょっとした機嫌ひとつで、私の命なんてゴミみたいに消える。 ここは大学の講義室じゃない。理屈もルールも通用しない、野蛮な世界だ。 助けて。 千隼。 私は縋るような思いで、隣にいるはずの彼を探した。 でも。 千隼は、助けてくれなかった。 彼は数歩下がった壁際、私の視界の隅で、腕を組んで突っ立っている。 表情は能面みたいに動
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第9話:針の筵④
「テメェ……誰に向かって口きいてやがる!」 権田が手を振り上げた。 分厚い掌が、私の頬へ迫ってくる。 避けられない。 反射的に目を瞑ったけれど、足は動かさなかった。 ここで避ければ、一生逃げ続けることになる。 殴られるなら、殴られればいい。その痛みごと、覚えてやる。 風を切る音。 でも、痛みは来なかった。「……!」 恐る恐る目を開ける。 顔のすぐ前で、権田の手首が止まっていた。 いや、止められていた。 いつの間にか前に出てきた千隼が、権田の手首を片手で掴んでいた。 千隼の手には、ほとんど力が入っていないように見える。それなのに、権田の腕は万力に挟まれたみたいに微動だにしない。「……権田の叔父貴」 千隼の声は穏やかだった。 まるで世間話でもするようなトーン。 けれど、そこに含まれた冷たさが、大広間の気温を一気に下げたのが分かった。「お嬢の顔は、これからの久遠の看板だ。傷ひとつでもつけたら……その汚い腕、根元から切り落としますよ」「ぐ、ぬ……ッ!」 権田が脂汗を流して呻く。 千隼はにっこりと笑うと、ゴミでも捨てるみたいに権田の手を放した。 権田がよろめき、どかっと畳に尻餅をつく。 その無様な姿に、周囲の幹部たちが息を呑んだ。 千隼は懐から真っ白なハンカチを取り出すと、権田に触れた自分の手を丁寧に拭き始めた。汚いものに触れてしまった、と言わんばかりに。 その仕草があまりに優雅で、残酷だった。 彼は拭き終わったハンカチを権田の上にぱらりと落とすと、私の方を振り返った。「お待たせしました、お嬢。……どうぞ」 その目が、とろりと歪んで笑っていた。 合格だ、と言っている。 私が一歩も引かなかったこと。権田に啖呵を切ったこと。 それが
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第10話:生存戦略①
 永遠に続くかと思われた地獄のような時間が、ようやく終わりを告げた。「……本日はこれにて解散とする」 副組長の権田が忌々しそうに吐き捨てる声を聞き、幹部たちが重い腰を上げる。 その瞬間まで、私は表情筋を凍らせたまま、上座に座り続けていた。 背筋を伸ばし、顎を引き、視線は虚空の一点に固定する。瞬きさえ最小限に抑え、ただ「若き女帝」という記号になりきることだけに、全神経を注いでいたのだ。「お疲れ様でした、お嬢」 千隼が耳元で囁き、私の腕に手を添える。 立ち上がろうとした瞬間、膝から力がすうっと抜け落ちた。「っ……」「おっと」 千隼が自然な動作で腰を抱き寄せる。 端から見れば、仲睦まじい若頭と組長の姿だろう。けれど実際は、痺れて感覚のなくなった私の足を、彼が力ずくで支えているだけだ。「足、痺れました? 無理もありません。二時間もあの古狸たちの嫌味を聞かされていたんですから」「……余計なこと言わないで。早く、部屋に」「はいはい」 千隼に半ば抱えられるようにして大広間を出る。 襖が閉まり、廊下の角を曲がった瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。「はっ、……あ、う……ッ」 急に酸素が入ってこなくなる。 視界が白く明滅し、胃の底から熱いものがこみ上げてきた。冷や汗が噴き出し、着物の内側をじっとりと濡らしていく。「お嬢?」「トイレ……っ、吐く……」 千隼の手を振りほどき、近くの洗面所へと駆け込んだ。 便器に抱きつき、胃の中身をぶちまける。けれど、朝から水しか通していない胃袋からは、苦い胃液と、透明な恐怖しか出てこない。「オェッ、……はぁ、はぁ、っ……」 喉が焼けるように痛い。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになる。 さっきまで
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