Masuk借金のカタとしてヤクザに売られた私。 連れていかれた先にいたのは、小学校時代の幼馴染だった。 かつて優しかった彼は、今や“狂犬”と恐れられる若頭に。 「コイツは俺のオンナにする」 彼は私を異常なほど危険から遠ざけ、少しの怪我にも顔色を変える。 「頼むから、一人になるな」 まるで私が死ぬ未来を知っているみたいに――。 狂犬若頭との契約結婚から始まる、甘く危険な救済執着ラブストーリー。
Lihat lebih banyak「黙って車に乗れ!!」
言いながら、男は私をワンボックスカーの後部座席に押し込んだ。
後部座席には工具が乱雑に積み上げられていて、おおよそ人間を載せるような状態にない。
私は仕方なく、工具をかき分けて隙間に身をおさめるようにした。
「あ、あの……、これから、どこに行くんですか?」
「うるせぇ、黙れ! てめえ、聞ける身分だと思ってんのか!?」
「そ、そんな、だって、私……」
私は怯えて身体を縮こまらせるしかなかった。
◇◆◇
――父の借金。
私の自宅、狭いワンルームのアパートに彼らが踏み込んできて、私の腕をつかみながら話したのは、要はそういうことだった。
もう何年もあっていない、幼い私と母を捨てて逃げた父。
もう顔も覚えていないその男は、私を連帯保証人にして借金を重ねていたのだという。
「そんな! 私は何も知りません!」
叫んだけど無駄だった。
だって、踏み込んできた男たちはどう見ても堅気じゃない。
服の袖からちらちらと覗く入れ墨。
ぎざぎざに溶けた歯。
まともな商売をしている男たちじゃないのは、どう見ても明らかだった。
「借金5億円、まとめて返してもらうからな!」
私の腕をぎりぎりと持ち上げるようにしながら告げて来る男の言葉は、私を絶望に叩き落すには十分だった。
5億円。
何をしたって返せる金額じゃない!
何をしたらそんな借金を作れるの!?
だいたい、私みたいな、21歳の高卒フリーターの娘を連帯保証人にしたところで、そんな金額を貸すのはまともな金貸しのやることじゃない。
つまりは最初から、彼らには借金を回収する気なんてなかったのだろう。
だとしたら、抵抗しても無駄だ。
痛い思いをさせられるくらいなら、従った方がまだいい。
おとなしくなった私を、彼らは外に連れ出した。
閉まるドアの隙間から、男たちが私の部屋を家探しし始めているのが見えた。
――バカみたい、そんなこと慕って無駄なのに。
金目のものなんて何一つ持ってない。服だって、最低限を買い足すだけ。
雑誌の着回し術を一所懸命立ち読みして覚えて、それを基にセール品を買ってまともな人間みたいな恰好で仕事に行く。
私の部屋はそのためだけの場所で、現金もなければ、ブランドものも宝飾品もなにひとつない。
アクセサリーは全部スリーコインズで買ったもの。二束三文でだって売れやしないだろう。
「ふふ、ふふふ、あはははは……」
バカみたいな笑いが漏れた。
男たちは気味悪そうにしながらも、私の腕を話すことなく、そのまま薄汚れたワンボックスカーに向かって言った。
◇◆◇
――どれだけ走っただろう。
気がつくと、車はどこかの繁華街に向かっているようだった。フロントガラスには、灰色の汚れたビルが乱雑に立ち並んだ通りが見える。
「おい、降りろ」
やがて車がそのうちの一つの横に止まって、私は後部座席から引きずり出された。
非常階段みたいなところを上がらされ、ビルの中に押し込まれる。
そこは何かの資材置き場みたいだった。
段ボールや角材が積みあがっていて、明かりはあるけど、裸電球がぶら下がっているだけ。
「さーて、まずは商品を確かめねえとなア」
男たちがニヤニヤと笑っている。
これから何が始まるのなんか、言われなくたって分かっていた。
どうしよう、とさえ思わない。
だってこんなの……、どうにもできない。
入り口には若い男が立っている。一番弱そうではあるけど、どう見ても私が敵う相手じゃない。
「大人しくしてろよ」
男の手が私のシャツをまくり上げる。
――そのとき。
ドカッ!
聞いたことのないよな大きな音がした。
見るとドアが開いていて、入り口にいた男が蹴り倒されている。
男を足蹴にしているのは、長身の、スーツ姿の若い男性。
赤みがかった茶色の髪、柔らかく輝くブラウンの瞳。
「俊くん……?」
拡大した画面には、一人の名前があった。――黒崎隆一。「くろさき……りゅういち?」声に出してみても、まったく聞き覚えがない。一枚目にも、二枚目にも同じ名前。会社名は違うのに、どうして人の名前だけ同じなんだろう。でも、それだけだった。お父さんの仕事関係の人なら、複数の会社と取引していたって不思議じゃない。私はお母さんに『ありがとう。今度行ったとき見せてね』と返し、スマートフォンを置いた。今日は華弥子さんが来る。そのことを思い出した途端、頭の中は庭園のことでいっぱいになった。◇「思ったより状態は悪くありませんでした」事務所で華弥子さんが広げたのは、庭園の簡単な見取り図だった。バラの位置や大きな木、傷んでいる場所などが細かく書き込まれている。「本当ですか?」「ええ。長い間きちんと手入れされていなかったのは確かですが、植物そのものは強いですから」華弥子さんが、いくつかの印を指差した。「特に古いバラは、かなり残せそうです」「よかった……」あの淡い黄色のバラも残るだろうか。聞いてみると、華弥子さんは笑顔で頷いた。「もちろん。あれは最優先で手を入れます」「ありがとうございます」「俊さんからも念を押されましたから」「俊くんが?」「『あれは絶対残してくれ』って」思わず俊くんを見る。少し離れたところで書類を読んでいた俊くんが顔を上げた。「何だよ」「黄色いバラ」「ああ」「山崎さんに頼んでくれたんだね」「お前が気に入ってただろ」それだけ言って、また書類へ視線を戻してしまう。でも、嬉しい。私が何気なく言ったことを、ちゃんと覚えていてくれた。「それから、
――片づけていたら、同じようなものがもう一枚出てきたの。お母さんから届いたメッセージを見つめる。同じようなもの。今日、アルバムから出てきた紙のことだろう。――どこにあったの?そう返信すると、すぐに返事が来た。――別のアルバムの間。お父さん、仕事の紙をしおり代わりにしてたのかしらね。思わず笑ってしまった。お父さんなら、やりそうな気もする。――今度行ったとき見るね。それだけ返して、スマートフォンを置いた。「どうした?」声に振り返る。俊くんが部屋に入ってきたところだった。「お母さん。今日見てたアルバムから、またお父さんの仕事の紙みたいなのが出てきたんだって」「仕事の紙?」「うん」私は今日のことを思い出しながら説明した。「チューリップの写真の後ろに、数字とか会社の名前が書いてある紙が挟まってたの。それと似たようなのが、もう一枚あったみたい」「ふうん」俊くんはそれ以上、特に気にした様子もなかった。当然だ。父は会社員だったのだから、仕事関係の紙が残っていてもおかしくない。「お父さん、アルバムをメモ帳入れにしてたのかな」「それは嫌だな」「なんで?」「大事な紙だったらどうすんだよ」「確かに」二人で笑う。「今度、お母さんのところに行ったとき見てみる」「ああ」俊くんはそう答えると、テーブルの上に小さな紙袋を置いた。「それより、これ」「なに?」「お前に」「また何か買ったの?」「俺じゃねえよ」中を覗く。入っていたのは、小さな箱だった。開けてみると、焼き菓子が綺麗に並んでいる。「今日、事務所に来た奴が持ってきた。お前にって」「私に?」
マンションを出ると、外はもう薄暗くなっていた。俊くんの車に乗り込み、シートベルトを締める。「お母さん、元気そうでよかった」「ああ」俊くんがエンジンをかける。「最初は心配だったんだよ。急に引っ越すことになったし」「何かあったら連絡するように言ってある」「それも聞いた。俊くん、時々連絡してくれてるんだって?」「ああ」「私、知らなかった」「わざわざ言うことでもねえだろ」俊くんにとっては、本当にそれだけらしい。でも、私にとっては違う。お母さんが安心して暮らせる場所を用意してくれたことも、その後まで気にかけてくれていることも。「ありがとう」「またそれか」「だって、ありがとうって思ったから」「……分かったよ」俊くんが少し困ったように笑った。車がゆっくりと住宅街を抜けていく。「そういえば」「ん?」「庭園の話、お母さんも喜んでたよ」「そうか」「チューリップ、昔は毎年植えてたんだって」「毎年?」「うん。私、そこまで覚えてなかったけど」父と一緒に球根を植えたことは覚えている。春になって花が咲いたことも。けれど、それが毎年のことだったのは忘れていた。「写真もあったし、今度、山崎さんにも見せてみようかな」「いいんじゃねえか」「同じ色のチューリップ、探せるかな」「写真があるなら分かるだろ」「そっか」来年の春。庭園に、昔と同じ花が咲く。そう考えるだけで嬉しくなる。「バラも残したいし、チューリップも植えたいし、本を読むところも作りたいし……」「増えてきたな」「だって、考えてたらやりたいことがいっぱい出てきた
アルバムを片づけ終えた頃、インターホンが鳴った。モニターを見ると、俊くんが立っている。「もう来たの?」思ったよりずっと早い。玄関を開けると、俊くんは私を見るなり言った。「遅くなかったか?」「全然。お母さんと写真見てたから」「写真?」「昔のアルバム」そう答えると、俊くんがわずかに嫌そうな顔をした。「……俺、写ってた?」「いっぱいじゃないけど、いたよ」「見るんじゃなかったな」「どうして?」「ガキの頃の写真なんか見られたくねえだろ」「私、実物も見てたじゃない」「それとこれとは違う」おかしくなって笑っていると、奥からお母さんが出てきた。「俊くん、せっかくだから上がっていかない?」「いや、今日は――」「お母さん、俊くんに見せたい写真があるの」「おい」俊くんが止めるより早く、私はさっき借りた写真を持ってきた。「ほら」「……うわ」俊くんが露骨に顔をしかめる。写真の中には、小学生の私と俊くん。そして、賞を取った花の絵。「懐かしいでしょ?」「よく残ってたな、こんなの」「俊くん、これで賞取ったんだよね」「……よく覚えてんな」「覚えてるよ」私が答えると、俊くんが写真から私へ視線を移した。「私、俊くんが画家になると思ってたもん」ほんの一瞬。俊くんの表情が止まった。「あの頃、ずっと言ってたでしょ。大きくなったら画家になるって」「……言ってたな」声が少しだけ低くなる。しまった。また、触れない方がいいところに触れてしまったのかもしれない
私が連れていかれた先は、どこか山の中だった。ここがどこかもわからない。ただ、簡単には助けが来ないことはわかる。携帯電話は完全に圏外だった。「私をどうするつもり?」「どうだと思う?」返してくる男の笑みは邪悪だった。絶対にろくでもないことを考えている顔だ。男は私の腕を掴んだまま、車から少し離れた木の根元まで引きずっていった。地面は落ち葉と湿った土でぐちゃぐちゃで、膝をついた瞬間、冷たさがスカートを通してじわっと染みてきた。ヘッドライトの光が遠くから木々をぼんやり照らしているだけで、周囲は真っ暗。風が木の葉をざわめかせて、まるで私を嘲笑っているみたいだった。「俊くん……」思
「たぶん、私のせいだと思うの……」悩んだ末に、私は正直に告白することにした。隠していたって、どうせばれることだ。それに、私だったら組員からは文句を言いづらいだろう、なんて。そんな打算もあった。「私のいれたお茶だから」「藤堂の姉御……、こいつをかばってらっしゃるんですね!?」「え!?」予想外の答えだった。私は首を横に降るのも忘れて、彼を見つめた。「なんだって姉御がそんなことするんです? お茶にわさびなんかいれたって、何もいいことないじゃありませんか!」「まあ、それはそうだけど……」でもそれは他の組員だって同じことだろう。若手だって、わざわざわさびをいれるなんてこと、するだ
あのあと、私はずっと聡美さんに腕を掴まれたままだった。ただ手をつないでいるように見えたと思う。でも、実際にはそうじゃなかった。私は拘束されていた。お母さんは気づいていなくてよかったけど……。帰宅すると、腕には爪の跡がくっきり。シャワーを浴びるとひどく染みた。「うう、痛い……」でもシャワーを浴びないのも気持ち悪いから、我慢して浴びる。温度を下げても痛くて、なんだかもう、投げやりになって熱いお湯を浴びた。
俊くんとの日常は、思っていた以上に「普通」だった。でもときどき、俊くんが普通の男じゃないことを感じることがある。たとえば、母と接しているときがそうだった。「明日も朝早くからパートがあって」母がそう言って、ディナーの席を立とうとしたところで。「こんなことを言っては失礼なんですが」俊くんが母を止めた。「はい……」母はわけもわからない様子で、また座る。「パートというのは、短時間なんですか?」「ええ、スーパーの早朝の品出しです。それが終わったら今度は近くのファーストフードで働いて、その後は居酒屋に」「そこまでしないと生活が苦しい?」「まあ、私一人ならそうでもないですけど……、