Masuk借金のカタとしてヤクザに売られた私。 連れていかれた先にいたのは、小学校時代の幼馴染だった。 かつて優しかった彼は、今や“狂犬”と恐れられる若頭に。 「コイツは俺のオンナにする」 彼は私を異常なほど危険から遠ざけ、少しの怪我にも顔色を変える。 「頼むから、一人になるな」 まるで私が死ぬ未来を知っているみたいに――。 狂犬若頭との契約結婚から始まる、甘く危険な救済執着ラブストーリー。
Lihat lebih banyak「仕事の書類を、勝手に捨てるなって?」思わず聞き返すと、電話の向こうでお母さんが頷く気配がした。『ええ。普段は仕事のものなんて家に持ち帰らなかったから、珍しいなと思って』「どうして急にそんなこと言ったんだろう」『さあ……。そのときは、何か大事な書類でもあるのかと思っただけだったのよ』私はベッドに腰を下ろした。「それって、今残ってる書類のことかな」『分からないわ。でも、何か必要なものがあるなら、ちゃんと探した方がいいかと思って』「うん。とりあえず、何も捨てないでおいて」『そうするわ』電話を切ってから、私はしばらくスマートフォンを眺めていた。お父さんが残した書類。黒崎隆一という名前。そして、書類を捨てるなという言葉。何か関係があるのだろうか。それとも、私が気にしすぎているだけなのだろうか。「どうした?」顔を上げると、俊くんが部屋に入ってきた。「お母さんから電話」「何かあったのか?」「お父さんのことで、ちょっと思い出したんだって」私は電話の内容を説明した。俊くんは黙って聞いていたけれど、話し終えると、私の隣に腰を下ろした。「……なるほどな」「何か気になる?」「仕事の書類をわざわざ捨てるなって言ったんなら、それなりに大事なもんだったんだろうな」「やっぱりそう思う?」「ああ。ただ、仕事で必要な書類だったってだけかもしれねえし」それはそうだ。お父さんは会社員だったのだから、重要な書類を扱っていたとしても不思議ではない。でも、どうして家に置いていたんだろう。「ねえ、俊くん」「ん?」「お父さん、どうしてあんなに借金したんだろうね」私がそう尋ねると、俊くんの手が止まった。ほんの一瞬だったけれど、確かに表情が変わった。「……どうした、急に」「お父さんの荷物を整理してたら、気になっちゃって」私はスマートフォンをテーブルに置いた。「借金は俊くんが全部払ってくれたけど、そもそも、どうしてあんな大金が必要だったのかなって」「……そうか」俊くんはそれだけ答えた。「俊くんは知ってる?」「まあ、多少はな」「教えてくれる?」俊くんは私を見つめたあと、ふっと笑った。「親父さんも、いろいろ事情があったんだろ」「事情?」「仕事してりゃ、面倒なことに巻き込まれることもある」なんだか、答えになっていない。「でも
事務所へ戻ってからも、私は父のことを考えていた。お父さんは、普通の会社員だった。朝になればスーツを着て仕事へ行き、夜になれば帰ってくる。休日には一緒に買い物へ行ったり、庭にチューリップを植えたりした。私が知っているのは、そんな父だ。けれど。どんな仕事をしていたのかと聞かれたら、何も答えられない。会社の名前は知っている。経理の仕事をしていたらしいことも。それだけだった。「幸子」呼ばれて顔を上げる。俊くんが、いつの間にか目の前に立っていた。「さっきからぼーっとしてるぞ」「……考えてたの」「黒崎のことか?」「お父さんのこと」私が答えると、俊くんは向かいの椅子に座った。「私、お父さんの仕事のこと何も知らなかったんだなって」「家で仕事の話しない奴なんて珍しくねえだろ」「そうなんだけど」「親父さんが何か隠してたって決まったわけでもねえ」やっぱり、俊くんには分かってしまう。私が何を不安に思っているのか。「黒崎さんって、どんな人なの?」尋ねると、俊くんは少し黙った。「俺も詳しく知ってるわけじゃねえよ」「でも、名前は知ってたんだよね」「ああ」「どうして?」「でかい会社の会長だからな。それに――」そこで言葉が止まる。「それに?」「この辺で仕事してりゃ、名前くらい耳に入る」なんとなく誤魔化された気がした。でも、俊くんが今話せるのはそこまでなのだろう。「怖い人?」「なんでそう思う」「俊くんの顔が怖かったから」「俺の?」「車で名前を言ったとき、急に仕事の顔になった」俊くんが困ったように眉を寄せる。「
父の荷物を整理し終えた頃には、窓の外が夕方の色に変わっていた。「疲れたね」「本当に。ごめんね、手伝わせちゃって」「いいよ。懐かしいものもいっぱい見られたし」アルバムや手帳、捨てずに残すことにした書類。必要なものを一つの箱にまとめて、私は大きく伸びをした。そのとき、箱の上に置いた紙が目に入った。黒崎隆一。何度か見つけた、同じ名前。最初は父の仕事関係の人だろうと思っていた。けれど、会社名の違う書類にまで何度も出てくると、さすがに少し気になる。「ねえ、お母さん」「なあに?」「この黒崎って人、本当に聞いたことない?」「ないと思うけど……」お母さんも名前を見て首を傾げる。「会社の人だったら、お父さんが話してたかもしれないけど。私、人の名前を覚えるの苦手だから」「そっか」それなら調べた方が早い。私はスマートフォンを取り出して、検索欄に名前を入力した。――黒崎隆一。検索を押す。「……え?」予想していたのは、会社の役員紹介か何かだった。けれど、画面にはいくつもの記事や企業情報が並んだ。一番上に表示された会社名を見て、思わず姿勢を正す。「お母さん」「どうしたの?」「この人……すごい人みたい」「すごい?」画面を見せる。黒崎隆一。大手企業グループの会長。いくつもの会社を傘下に持ち、長年経営に携わってきた人物らしい。顔写真も出ている。年配の男性だった。当然、見覚えはない。「こんな人だったんだ」お母さんも驚いたように画面を見る。「お父さんの会社の人じゃないわよね?」「うん。全
庭園で作業をした翌日。朝起きると、腕が少しだけ重かった。「……筋肉痛」昨日は枝を集めただけのつもりだったのに。腕を伸ばすと、じわっと痛む。やっぱり俊くんの言う通り、少し張り切りすぎたのかもしれない。そんなことを考えていると、スマートフォンが鳴った。お母さんからだった。『幸子、起きてる?』「起きてるよ」『よかった。ちょっと聞きたいんだけど、お父さんの荷物ってどうしたらいいと思う?』「お父さんの?」『ええ。引っ越しのとき、とりあえず持ってきた箱がまだいくつか残ってるの』そういえば、アルバムもその中に入っていたのだろう。「捨てたいの?」『捨てたいっていうか、一度整理した方がいいかなって。昨日、また紙が出てきたでしょう? 必要なものまで捨てたら嫌だし』「そっか」父が亡くなってから、きちんと荷物を整理した記憶はない。借金のことで、それどころではなかった。「じゃあ、今度一緒にやろうか?」『いいの?』「うん。私も見たいものあるし」『じゃあ、お願いしようかしら』電話を切ったあと、私はベッドの上で少しだけ考えた。お父さんの荷物。どんなものが残っているんだろう。◇数日後、私は再びお母さんの部屋を訪れた。「これよ」案内された部屋の隅に、段ボール箱が三つ積まれている。「これだけ?」「大きいものはほとんど処分したから。残したのは写真とか書類とか、そのくらい」「じゃあ、すぐ終わりそうだね」そう思ったのだけれど。一つ目の箱を開けた瞬間、考えを改めた。「……多い」封筒。ファイル。手帳。古い年賀状。何に使ったの
「いつかは、俺と本当の夫婦になってほしいと思ってる」 私に向かって言う俊くんの表情は真剣そのものだった。 夫婦、って。 まだ恋人にすらなっていないのに? それともヤクザの世界だとこれは普通のことなの……?「ああ、ごめん」 戸惑いが顔に出てしまっていたらしかった。 俊くんが笑顔で私の頬に触れる。「順番に説明しないとならなかったんだ。食事の前に、いい?」「う、うん……」 促されて、私は俊くんと一緒にソファに座った。「こんなことを急に頼むと驚かれるかもしれないけど、オレと結婚して欲しいんだ」「えっ……?」 ――結婚。 いきなり!? 突然出てくることのあまりない言葉に私
「えっ……、待って、これ……」 タワーマンションの上層階に連れていかれたと思ったら、案内されたのは洋服部屋みたいなところだった。 ウォークインクローゼット。漫画の中でしか見たことがないそれに、洋服や靴、バッグ、アクセサリー……。そういったものが山のように納められている。「全部、美作さんのものだよ」「私の?」「そう、ほら、これなんかどう?」 言いながら俊くんが近くにあったドレスを取る。 明らかに普段着には向かない、生地に光沢がある青のロングドレス。 こんなの着ている人、見たことがない。「これでご飯食べるの、ちょっと不安だな。汚したらどうしよう」「気にしなくていいよ。また買え
「久しぶり、美作さん」 そう言って笑う俊くんは、小学生の頃と変わらない優しい笑顔をしていた。 なんだか、混乱してしまう。 私の記憶の中にある、優しくて温かい絵を描いていた彼。 それが今の、恐ろしいやくざの若頭と同じだなんてとても信じられない。「さあ、行こう」「行くって、どこへ?」「そのままの格好ではいさせられないよ」 俊くんが私に手を差し伸べてきた。 そこで改めて、私が酷い格好をしているのに気がついた。 仕事帰りのヨレヨレの服が、男の力で引っ張られてボタンがいくつか弾け飛んでいる。「何か食べたいものはある?」「……食べたいもの」 そういえば、夕ご飯もまだだった。
「俊くん……?」 私の呼びかけに、彼は昔と同じやわらかな笑顔を見せた。「久しぶり」 片手を上げて言う。 やっぱり、俊くんだ。 私の小学校の頃の同級生。藤堂俊。 卒業後、中学では学区が分かれて、それ以来会っていないけどよく覚えている。「なんで……」 でも、なんで彼がここに。 当然の疑問が口から出た。「若頭!」 でも俊くんが答える前に、私を押さえつけていた男がぱっと立ち上がって言った。「えっ」「若頭?」「なんでこんなとこに」 男たちの間に動揺が広がる。「よお」 当たり前のように男たちに声をかける俊くんを見て、私も動揺していた。 だって、若頭って。 私が知る限