LOGIN全員の視線が、モルウェンナに集中していた。ダグニー、ディヴリオ、ジェイ、騎士たち、そしてアニーまでもが、本能的に動きを止めていた。訓練場の空気が変質する。まるで風が突如として息を潜めたかのようだった。モルウェンナはただ静かにそこに立っていた。自分が注目の的になっていることなど、微塵も気にかけていないかのように。一方のセレーネは……依然として沈黙していた。その顔はあまりにも不自然なほどに凪いでいた。その静けさが、かえってダグニーとディヴリオをパニックに陥らせた。「ママ、あいつと口を利いちゃ駄目!」ダグニーが大声を上げ、反射的にセレーネのドレスの裾を強く引っ張る。「そうだよ!」ディヴリオがすかさず同調し、自身の小さな体でセレーネを半ば庇うように立ち塞がった。「ママ、悪いやつとお話しちゃ駄目だ!」数人の騎士が、吹き出しそうになるのを必死に堪えてむせ返った。ジェイは長いため息をつく。この状況がどこへ向かうのか、すでに容易に想像がついたからだ。対照的に、モルウェンナはただ微笑んだ。その笑みは優しく、親しげでさえあった――だが、少し身を屈め、二人の子供と目線を合わせた時、彼女の瞳には奇妙な光が瞬いた。「悪いやつ?」彼女は軽やかに尋ねた。まるで、子供の冗談に付き合ってやっているかのように。「あなたたちの目には、私が悪いやつに見えるのかしら?」ダグニーとディヴリオに、考える時間など必要なかった。「うん!」二人は声を揃えて即答した。あまりにも正直で、無邪気すぎる回答。モルウェンナは小さく声を立てて笑った。大きな笑い声ではない。風の囁きのように、静かに響く笑い声だった。やがて、彼女はセレーネへと視線を上げた。子供たちを制止するでもなく、叱るでもなく、後ろに引き下がらせることもせず、ただ黙って見ているだけのセレーネへ。それは……実に興味深かった。「まだお話しになっていなかったのかしら」モルウェンナはゆっくりと言葉を紡ぐ。「私が、この子たちの『母親』になるということを」その声は、微かに傷ついているようにさえ聞こえた。あくまで、聞こえただけだが。セレーネも、周囲の者たちも、ただ彼女を見つめている。「自分の可愛い継子に、私がどうして悪いことなんてできるでしょう?」セレーネが口を開
セレーネはヴィヴィエンヌを長く、あまりにも長く見つめていた。これ以上会話を続ける価値があるのか、それとも、これがもっと残酷な何かに変貌してしまう前にここで断ち切るべきなのかを量るように。「ヴィヴィエンヌ」セレーネはようやく口を開いた。声は穏やかだが、明確な警告の響きが混じっていた。「もし何かが起きて、それをディリアンが知ったとしても、私は助け舟を出さないわ。もしそんなことになれば……あなたは決して、無傷では済まない」ヴィヴィエンヌは短く、冷ややかに笑った。「ディリアンの全てを知っているような口ぶりで、説教するのはやめてちょうだい」彼女は鋭く言い返した。目を細め、迷いなく続ける。「一つだけ覚えておきなさい。あなたはただの身代わりよ、セレーネ。ディリアンの本当の女である、私のね」その言葉がもたらした衝撃は、ヴィヴィエンヌが想像していたよりも遥かに大きかった。セレーネは長く息を吐き出し、胸をゆっくりと上下させた。驚きはなかった。それよりも、疲労感だった。ヴィヴィエンヌが未だに、過去こそが自分を傷つける最大の武器であると信じ込んでいることに、彼女はひどく疲れていた。セレーネはゆっくりと首を横に振り、唇の端に皮肉めいた薄い笑みを浮かべた。「まだ、そんなことを言っているのね」彼女は、ほとんど自分自身に語りかけるように呟いた。「ほんの僅かな真実を知っただけで、すべてを見通した気になっているのね」ヴィヴィエンヌは依然として、見下すような軽蔑の眼差しで彼女を睨みつけている。セレーネは前に進み出た。その眼差しは、今や氷のように冷たくなっていた。「ヴィヴィエンヌ、あなたは自分が何に直面しようとしているのか、分かっていない。この城の内部で何が動いているのか、ましてや……ディリアンの胸の内で何が蠢いているのか、何も知らないでしょう」ヴィヴィエンヌが口を挟もうとしたが、セレーネは先を制して片手を上げ、それを止めた。「少しは現実から学びなさい」セレーネの声は微かだが、断固としていた。「すでに起きてしまった事象から。あまりにも多くの人間を破滅させてきた事実から。火遊びをする度胸があるというだけで、火の全てを理解した気にならないことね」「自分が何をしているかくらい、分かっているわ」セレーネは怯むことなくヴィヴ
その朝、セレーネはひどく穏やかだった。執務机の後ろに真っ直ぐ背筋を伸ばして座り、髪もいつものようにシンプルにまとめている。高い窓から差し込む朝日が、整然と積まれた書類と机の上を撫でていた。しかし、その平静が完全に作り物であることは、彼女自身だけが知っていた。書類を握りしめる指先が、微かに白くなるほど強張っていた。数歩離れた場所に立つイラルドは、いつも通りの硬い姿勢を崩していなかった。だが、女主人の性格を熟知している彼は、セレーネが同じページをあまりにも長く見つめているだけで、何かが彼女を苛立たせていることに気づいていた。やがて、セレーネが顔を上げた。声は低かったが、刃のような鋭さを秘めていた。「つまり、彼女がお茶会を開きたいと?」イラルドは短く頷いた。「はい、奥様」セレーネはゆっくりと息を吐き出した。ただの疲労からのため息ではない。押し殺した苛立ちが色濃く混じっていた。手にしていた書類を机に投げ出す。紙の束そのものが不快であるかのように、乱暴に押し退けた。再びイラルドへと向けられた眼差しは、氷のように冷たく、ひどく理性的だった。「何も知らないのだと思っていたわ」セレーネはようやく口を開いた。「でもどうやら、自分が何をしているのかを完璧に理解しているようね。自分の立ち位置を誇示したいのよ……自分が公爵の女なのだと」イラルドは反射的に息を呑んだ。そして、沈黙を選んだ。言葉を一つでも間違えれば、一瞬で引火する。こんな朝からセレーネの感情を逆撫でするほど、彼は愚かではなかった。数秒の沈黙の後、セレーネが再び口を開いた。彼女は平坦な声で言った。「それなら、望み通りにしてやればいいわ」イラルドは明らかに驚いた顔でセレーネを見た。「奥様……この城では、もう随分と長い間宴が開かれておりません。彼女のために、本当に宴を開かれるおつもりですか?」セレーネはすぐには答えなかった。机の上で両手の指を絡ませ、反論を一切許さない響きで告げた。「彼女が望んでいるの。なら、やって頂戴」「それでしたら、公爵閣下にご報告を――」イラルドは意を決して言った。「必要ないわ」セレーネが遮る。「彼女の思い通りに手配しなさい」イラルドは黙り込んだ。セレーネを見つめ、過去から今まで決して変わらない一つの事実を思
ヴィヴィエンヌは唇をきつく引き結んだ。他人の非難めいた視線にはとうに慣れていたが、モルウェンナの眼差しには、首筋が粟立つような冷たい何かが潜んでいた。「彼はあなたを、酷く憎んでいるわ」モルウェンナは続けた。声は依然として穏やかだったが、一語一語が釘のように突き刺さる。「あなたを殺したいとさえ思っている。この手で首を絞めてやりたいと」ヴィヴィエンヌは息を呑んだ。一瞬だけ顔が強張り、すぐに短く、乾いた作り笑いを漏らした。「大袈裟ね」彼女は言った。「あいつは何も分かっちゃいない、ただのガキよ」モルウェンナは静かに首を横に振った。「いいえ」彼女は優しく、ほとんど同情するように答えた。「あれは、子供のような怒りじゃない。深い傷から生まれた、本能よ」モルウェンナは小首を傾げ、ごく当たり前の事実を述べるような口調で付け加えた。「もしあの時、公爵夫人が二人の間に立ちはだかっていなければ、間違いなく彼の手はあなたの首にかかっていたでしょうね」その言葉が宙に浮かんだ。ヴィヴィエンヌは生唾を飲み込む。ずいぶん久しぶりに、彼女は即座に言い返すことができなかった。サイラーの鋭く、憎悪に満ちた眼差しが、脳裏を掠めた。そんな顔、彼のような者が持つべきものではない。モルウェンナは薄く微笑んだ。その反応に満足したように。「興味深いわね」彼女は囁くように、ほとんど自分自身に語りかけるように言った。「とても、興味深い」ヴィヴィエンヌは顔を背け、顎を固く引き締めた。「私の家族のことで、知ったような口を利かないで」彼女は冷たく言い放つ。モルウェンナはただ低くくすくすと笑い、再び歩き出した。「知ったかぶりをしているわけじゃないわ」彼女は気楽に言った。「私はただ、観察するのが得意なだけ」ヴィヴィエンヌは答えなかった。ただ、足が勝手に動くまま、モルウェンナの後を追って歩いた。小道は温室へと続いている。少し前まで、セレーネとサイラーの軽やかな笑い声、磁器のカップが触れ合う音、そして温かい紅茶の香りに満ちていた場所だ。しかし今、その空気は変わっていた。使用人たちが片付けるために慌ただしく動いている。ナプキンが綺麗に折り畳まれ、ティーポットが下げられ、カップが銀のトレイへと戻されていく。モルウェンナは歩みを緩
セレーネは言葉を返さなかった。だが、握り返したその手が全てを物語っていた。彼女が語り終えた後も、サイラーは長い間黙り込んでいた。湯気の消えたティーカップを両手で包み込んでいるが、一口も飲もうとはしない。焦点の合わない目で、色の薄い液体を見つめている。まるでその水面に、たった今無理やり頭の中にねじ込まれた光景――呪い、魔女、そして偶然と呼ぶにはあまりにも残酷すぎる計画の数々が映し出されているかのように。「正直に言うと……」サイラーはようやく口を開いた。互いにぶつかり合う感情の層を無理やり突き破るように、言葉が喉に引っかかる。彼は息を吐き出し、そして顔を上げてセレーネを見据えた。「完全には、信じられない」セレーネに驚きはなかった。ただ少しだけ顔を伏せ、膝の上で両手の指を絡ませた。その反応が、かえってサイラーの胸を痛ませた。彼女が信じてもらえないことに慣れきっているのを、彼には分かっていたからだ。「でも……」さらに深く傷つけるのを恐れるように、サイラーは早口で続けた。「それを口にしたのが姉さんだから……僕は、信じることを選ぶよ」セレーネが顔を上げる。その瞳が微かに震えていた。サイラーは薄く微笑んだ。手放しで安堵できるような笑みではない。「あの日のことは、忘れていない」彼は静かに言った。「姉さんがダグニーとディヴリオを産んだ日だ。あの時、姉さんは死にかけた。血の匂い、産婆の悲鳴……そして、僕の手をきつく握り締めて言った言葉を覚えている。もし自分が助からなかったら、あの子たちを守ってほしいと」セレーネは息を呑んだ。その記憶は、古く錆びついたナイフを胸の奥で捻られるような痛みを伴っていた。「自分の子供たちのために死さえ厭わなかった人間が、こんなことを言うのなら……」サイラーは続け、その声は先ほどよりも重みを増していた。「それを嘘だなんて呼ぶ権利は、僕にはない」セレーネは長く、ゆっくりと息を吐き出した。まるで、今になってようやく正しく呼吸することを許されたかのように。肩の力が少しだけ抜け、目に見えない重荷が、ほんの欠片ほどだが軽くなったように見えた。彼女は囁くように言った。「今日、私があなたに話したことは全て、あなたの胸の内にだけ留めておいてほしいの。ダグニーやディヴリオはもちろん、他の誰にも知ら
訓練を終えた直後だった。中庭の奥から、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。ジェイが小さく息を吸い、「よし、今日はここまでに――」と締めくくろうとした、その時。「サイラーおじちゃん!!」二つの声が、見事に重なった。ディヴリオとダグニーが弾かれたように振り返る。中庭に足を踏み入れたばかりの長身の姿を認めるや否や、その目はパッと輝いた。合図すらない。二人は短い足を必死に動かし、一直線に駆け出していた。「お待ちを――!」ジェイが反射的に手を伸ばすが、遅かった。サイラーが両腕を広げ切るよりも早く、元気いっぱいの小さな弾丸が二つ、彼に激突した。「うおっ――!」サイラーはたまらず一歩後ずさったが、すぐに声を立てて笑い、二人をまとめて強く抱きしめた。「おいおい!お前たち、これは攻撃か?それとも歓迎か?」ダグニーが彼の腰にぎゅっとしがみつく。「会いたかったんだもん!」ディヴリオも彼の腕を掴んで離さない。「おじちゃん、来るのが遅すぎるよ!」サイラーはさらに大声で笑い、二人の頭を順番に撫で回した。「なんだよそれ。ほんの数日会ってないだけなのに、まるで何年も置いてけぼりにされたみたいな言い草じゃないか」ダグニーが顔を見上げる。「おじちゃん、プレゼント持ってきた?」サイラーは片眉を上げた。「随分と単刀直入だな」ディヴリオがニヤリと笑う。「ダグニーが先に聞いたんだからね」ジェイは数歩離れた場所から、無表情のままその光景を見守っていた……が、その眼差しには、明らかな柔らかさが滲んでいた。やがて、サイラーが彼の方へと視線を向けた。ジェイは短く一礼する。「伯爵閣下」サイラーはくすくすと笑った。「堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ。さっきの突進を見ただろう。僕はそんな風に呼ばれるような立派な人間じゃない」ダグニーがサイラーの腕を引く。「おじちゃん!私たち、今訓練してたんだよ!」サイラーはわざとらしく驚いてみせた。「訓練?何の訓練だ?」ディヴリオが誇らしげに胸を張る。「護身術の訓練さ」サイラーはジェイを一瞥し、再び子供たちへと向き直った。「ほう?じゃあ、お前たちはもう立派な剣士様ってわけか」ダグニーが勢いよく頷く。「ジェイおじちゃんがね、自分の身は自分で守れる
――流産したばかり?混乱しているだけ?ヴィヴィエンヌは一瞬、言葉を失った。不快感を押し殺すように表情が強張る。ディリアンは彼女の手を無造作に振りほどき、そのまま振り返りもせずに歩き去る。取り残されたヴィヴィエンヌは、その場で静かに目を細めた。唇が歪み、怒りを噛み殺すが、やがてその端に、かすかな笑みが浮かぶ。――セレーネが本気で、離婚するつもりなら……胸の奥で、期待が膨らむ。「レヴェンティス公爵夫人、ね?」その称号を、舌の上で転がすように囁く。ずるりとした笑みが広がり、低く喉を鳴らして笑った。そして何事もなかったかのように、ディリアンの後を追う。…
外では、馬の蹄の音が次第に遠ざかっていった。一方、部屋の中では、セレーネが背筋を伸ばして立っていた。まるで、自分の心の壁に決意を打ち付けたかのように。今日から、この結婚は、もはや牢獄ではなく、戦場だ。セレーネは冷たいベッドの上に身を投げ出した。唇が震え、声はかすかな囁きになる。「わたくし、何か悪いことをしたのでしょうか」彼女は五年間、公爵レヴェンティスの妻として生きてきた。五年間、完璧な公爵夫人であろうと努力し続けた。怠けたことなど一度もない。学び、管理、準備、すべてを尽くした。夫の食事から領地の仕事まで、すべてを整えた。ただ一つ、認めてもらいた
セレーネの口からその言葉が出た瞬間、ディリアンの表情は一変した。医師や侍女たちの前で、彼の威厳を踏みにじる、屈辱の言葉。部屋は一瞬で静まり返る。医師は包帯を巻く手を止め、侍女たちは息を呑み、時計の秒針さえも緊張に縛られたかのように感じられた。ディリアンは妻を睨みつけた。普段は冷え切ったその顔が、羞恥と怒りで赤く染まっている。「お前、今、何を言った?」一瞬、言葉に詰まり、次の瞬間には嘲りへと変わる。セレーネは背筋を伸ばし、彼を正面から見据えた。声は静かだが、揺るぎはない。「離婚しましょう」その言葉は、平手打ちのように場を打った。その場にいた全員が息
「奥様!」「奥様ぁー!」叫び声が下から響いた。人々の視線が一斉に、城で最も高い塔へと向けられる。そこには、血に染まった白いドレスを身にまとい、一人の女性の姿があった。セレーネ・モロー・レヴェンティス。レヴェンティス公爵夫人。いつもは穏やかで従順な彼女が、今この城で最も危険な場所に立っている。背後では近衛兵たちが息を殺し、一歩の誤りが彼女を本当に飛び降りてしまうことを恐れ、慎重に距離を保っていた。嗚咽が、はっきりと、胸を裂くように夜気を震わせる。セレーネは痛みに顔を歪め、腹部を強く押さえていた。五度目の流産。今回は、彼女は真実を知っていた。それは病