ディリアン公爵様、奥様が離婚を望んでいます!

ディリアン公爵様、奥様が離婚を望んでいます!

Von:  レイズLaufend
Sprache: Japanese
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真実を知った時、わたくしは最悪な死を選んだ。 これまで五度も流産したのは、わたくしの体が弱いからではなかった。 その原因は、夫が最初から、わたくしに自分の子どもを産ませるつもりなどなかったのだ。 二年前に生まれ変わったわたくしは誓った。この人生では、必ず彼から離れてみせると。 しかし、それでもなお、彼はわたくしにつきまとい続ける。なぜなら、わたくしの体の中には、すでに彼の子どもが宿っているのだから。

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Kapitel 1

第1話

「奥様!」「奥様ぁー!」

叫び声が下から響いた。

人々の視線が一斉に、城で最も高い塔へと向けられる。

そこには、血に染まった白いドレスを身にまとい、一人の女性の姿があった。

セレーネ・モロー・レヴェンティス。

レヴェンティス公爵夫人。

いつもは穏やかで従順な彼女が、今この城で最も危険な場所に立っている。

背後では近衛兵たちが息を殺し、一歩の誤りが彼女を本当に飛び降りてしまうことを恐れ、慎重に距離を保っていた。

嗚咽が、はっきりと、胸を裂くように夜気を震わせる。

セレーネは痛みに顔を歪め、腹部を強く押さえていた。

五度目の流産。

今回は、彼女は真実を知っていた。

それは病でも、身体の弱さでもない。

すべては、跡継ぎを望まなかった、夫自身の仕業だった。

「セレーネ!」

低く重い声が背後から響いた。

振り向かなくても分かる――ディリアン――彼女の夫であり、この国の公爵だ。

セレーネは声を聞いても、振り返らなかった。

失望は、もはや振り向くことすら許さないほど深かった。

「俺の注意を引くための、またくだらない芝居か?」

冷たい声。

彼は面倒ごとを嫌う男だった。

ここへ来たのも、妻が塔に立っているという噂に耐えられなかっただけ。

セレーネは、かすかに苦笑した。かすれた声で、静かに答える。

「……まず、謝罪なさるべきではございませんか?」

視線の先には、侍女たちに囲まれて立つ一人の美しい女性がいた。

整った身なり。乱れた自分とは正反対。

ディリアンに愛される女。

彼の目には、決して自分など映らない存在。

「狂ったのか?」

嘲るような声。

セレーネはゆっくりと振り返り、夫を見つめた。

彼の目は赤く染まっていたが、その奥は氷のように冷たい。

「はい、狂っておりますわ」

そう、はっきりと告げる。

「あなたを愛してしまったがゆえに。そして、自分の五人の子どもを、あなた自身が殺されたからです!」

夜気が凍りついた。

近衛兵たちが息を呑み、ディリアンも一瞬言葉を失う。

「セレーネ、馬鹿なことを言うな」

感情を抑えようとする声。

セレーネは、血に染まるドレスのまま、哀しげに笑った。

「一度でも、わたくしを愛してくださったことはございますか?」

縋るような視線。

沈黙。

そして、彼は視線を逸らした。

「やはり、一度もございませんね」

自分の口から出た言葉が、刃となって胸に突き刺さる。

セレーネは震える息を吸い込んだ。

「もういい。降りろ、休養が必要だ」

「そのような偽りのご配慮はおやめください!」

セレーネは叫び、涙を零す。

「いっそ、わたくしを殺してくださればよろしかったのです!なぜ、何の罪もない子どもたちを……!」

「セレーネ、やめろ! 今すぐ降りろ!」

命令の声。

しかし、セレーネは一歩、後ろへ下がった。

「わたくしは飛び降り、死んで参ります。そして、子どもたちに謝るのです。

守れなかった母として、父親に殺されたことを」

「やめろ、セレーネ! 死ぬな!」

珍しく焦りを滲ませた声。

だが、セレーネは微笑んだ。

「わたくしの子どもたちの魂に誓います。あなたは必ず報いを受けるでしょう。

一生、後悔と苦しみに苛まれ続けるのです」

そして――

彼女は、身を投げた。

「セレーネ!」

ディリアンが叫び、兵たちと共に塔の縁へ駆け寄る。しかし、間に合わなかった。

骨が砕ける音。

血が地に広がる音。

セレーネの瞳は、まだ開いていた。

最後に映ったのは、塔の上から覗き込む、取り乱したディリアンの顔。

悲鳴が、夜を引き裂く。

星一つもない暗い空が、レヴェンティス公爵夫人の悲劇を静かに見下ろしていた。

……

「……セレーネ!」

はっとして、セレーネは目を見開いた。

息が荒く、溺死から救われた人のようだった。

目の前に立っているのは、ディリアン・レヴェンティス。

冷静で、冷酷で、鋭い眼差し。

背後には医師と侍女たち。薬の匂いが部屋に満ちている。

すべてが現実のように感じられた。

まるで、かつて彼女の命が尽きたあの舞台と同じように。

視線を横に向け、小さな机の上の時計を見つめた。

この日は、彼女が死ぬ二年前だ。

夜風が、わずかに開いた窓から入り込み、塔から落ちたあの夜と同じ匂いを運んできた。

記憶が蘇る。

体は地面に激突し、凄まじい痛み、そして暗闇に包まれた。

腹部に手を伸ばす。

包帯に覆われ、温かく、血が滲んでいる。

死んだはずなのに、生きている。

「奥様、手から出血しております。すぐに点滴を」

医師の声に、セレーネは硬直したまま頷く。

「医者の邪魔をするな」

ディリアンの苛立った声。

セレーネは深く息を吸った。

脳裏に浮かぶのは、自分の亡骸、人々の悲鳴、そして――

生まれることのなかった、五つの命。

ゆっくりと、夫を見上げる。

静かで、はっきりとした声。

「ディリアン様」

「何だ」

セレーネは、真っ直ぐ彼の目を見つめた。

「離婚しましょう」
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Rezensionen

Yukam
Yukam
洋風名前は新鮮ですね。 夫がクズすぎて今世は離婚して幸せになってほしいけど、 夫の権限が強くて30話の今はまだ家に縛られたまま… 実父と義母と、夫と不倫してる義妹も何様?のクズすぎだから早く成敗されてほしい。 城の執事や使用人が皆セレーネの味方なのはホッとする。
2026-04-05 16:06:01
1
0
ritsu
ritsu
夫と妹が自分に隠れて不倫の関係 夫は快楽だけを享受し意図的に五度流産させ 罪悪感の欠片もない セレーネは巻き戻りの人生?でもクズな夫との 妊娠が避けられないのなら離婚して 今度こそは赤ちゃんを無事に産んでほしい クズな夫は過去未来自分の手で赤ちゃんを 葬った後悔で苦しみ痛みを味わってほしい
2026-04-03 00:26:13
3
0
mami
mami
展開が楽しみ。再開待ってます!
2026-04-01 20:45:57
1
0
30 Kapitel
第1話
「奥様!」「奥様ぁー!」叫び声が下から響いた。人々の視線が一斉に、城で最も高い塔へと向けられる。そこには、血に染まった白いドレスを身にまとい、一人の女性の姿があった。セレーネ・モロー・レヴェンティス。レヴェンティス公爵夫人。いつもは穏やかで従順な彼女が、今この城で最も危険な場所に立っている。背後では近衛兵たちが息を殺し、一歩の誤りが彼女を本当に飛び降りてしまうことを恐れ、慎重に距離を保っていた。嗚咽が、はっきりと、胸を裂くように夜気を震わせる。セレーネは痛みに顔を歪め、腹部を強く押さえていた。五度目の流産。今回は、彼女は真実を知っていた。それは病でも、身体の弱さでもない。すべては、跡継ぎを望まなかった、夫自身の仕業だった。「セレーネ!」低く重い声が背後から響いた。振り向かなくても分かる――ディリアン――彼女の夫であり、この国の公爵だ。セレーネは声を聞いても、振り返らなかった。失望は、もはや振り向くことすら許さないほど深かった。「俺の注意を引くための、またくだらない芝居か?」冷たい声。彼は面倒ごとを嫌う男だった。ここへ来たのも、妻が塔に立っているという噂に耐えられなかっただけ。セレーネは、かすかに苦笑した。かすれた声で、静かに答える。「……まず、謝罪なさるべきではございませんか?」視線の先には、侍女たちに囲まれて立つ一人の美しい女性がいた。整った身なり。乱れた自分とは正反対。ディリアンに愛される女。彼の目には、決して自分など映らない存在。「狂ったのか?」嘲るような声。セレーネはゆっくりと振り返り、夫を見つめた。彼の目は赤く染まっていたが、その奥は氷のように冷たい。「はい、狂っておりますわ」そう、はっきりと告げる。「あなたを愛してしまったがゆえに。そして、自分の五人の子どもを、あなた自身が殺されたからです!」夜気が凍りついた。近衛兵たちが息を呑み、ディリアンも一瞬言葉を失う。「セレーネ、馬鹿なことを言うな」感情を抑えようとする声。セレーネは、血に染まるドレスのまま、哀しげに笑った。「一度でも、わたくしを愛してくださったことはございますか?」縋るような視線。沈黙。そして、彼は視線を逸らした。「や
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第2話
セレーネの口からその言葉が出た瞬間、ディリアンの表情は一変した。医師や侍女たちの前で、彼の威厳を踏みにじる、屈辱の言葉。部屋は一瞬で静まり返る。医師は包帯を巻く手を止め、侍女たちは息を呑み、時計の秒針さえも緊張に縛られたかのように感じられた。ディリアンは妻を睨みつけた。普段は冷え切ったその顔が、羞恥と怒りで赤く染まっている。「お前、今、何を言った?」一瞬、言葉に詰まり、次の瞬間には嘲りへと変わる。セレーネは背筋を伸ばし、彼を正面から見据えた。声は静かだが、揺るぎはない。「離婚しましょう」その言葉は、平手打ちのように場を打った。その場にいた全員が息を呑む。ディリアンはしばし黙り込み、信じられないものを見るように彼女を見た。これまで自分を愛しているように見えた女が、ここまで冷酷な言葉を吐くなど、想像すらしていなかったのだ。やがて、彼は鼻で笑った。「冗談はよせ、セレーネ。面白くもない」だが、セレーネは一歩も引かなかった。胸の奥で燃える炎は、もはや一時の怒りではない。二年間、彼女にとっては死と変わらぬ時間が紡いだ、解放の炎。ディリアンの無関心な視線も、屋敷に広がる噂も、そして、家庭を壊す女の顔さえも。すべてを過去の人生で経験していた。今、彼女は黙っていないことを選んだ。流産直後で身体はまだ弱い。それでも、セレーネはしっかりと身体を起こした。医師がためらいがちに口を開く。「奥様、無理はなさらぬよう。まだ流産されたばかりです。それに奥様の子宮に……」その視線を冷たく受け止める。またそれか。「子宮に問題」という、いつもの言い訳。「承知しております」淡々と答え、ディリアンを見据える。「後継を産めない妻に、あなたが執着なさる理由はございません。今すぐ、わたくしと離婚なさってください」ディリアンの身体が強張る。一瞬だけ、彼の目に何かがよぎった、罪悪感か、苛立ちか。だが、それはすぐに嘲笑に塗り潰された。「どうやら子宮に問題があるだけじゃないらしいな。脳みそまで壊れたか」刃のような言葉。侍女の何人かが思わず口を覆う。セレーネにとって侮辱は珍しくない。それでも、痛みは確かに胸を刺した。「きちんと診察しろ」ディリアンは冷たく医師に命
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第3話
外では、馬の蹄の音が次第に遠ざかっていった。一方、部屋の中では、セレーネが背筋を伸ばして立っていた。まるで、自分の心の壁に決意を打ち付けたかのように。今日から、この結婚は、もはや牢獄ではなく、戦場だ。セレーネは冷たいベッドの上に身を投げ出した。唇が震え、声はかすかな囁きになる。「わたくし、何か悪いことをしたのでしょうか」彼女は五年間、公爵レヴェンティスの妻として生きてきた。五年間、完璧な公爵夫人であろうと努力し続けた。怠けたことなど一度もない。学び、管理、準備、すべてを尽くした。夫の食事から領地の仕事まで、すべてを整えた。ただ一つ、認めてもらいたかっただけなのに。返ってきたのは、空虚な視線。冷たい言葉。そして、最も残酷な仕打ち、彼女が宿した命は、すべて夫自身の手で奪われた。ディリアンは、妻としての彼女を拒絶しただけではない。セレーネが母になる可能性そのものを、踏みにじったのだ。セレーネはシーツを強く握りしめる。かつて柔らかかった心は、今や石のように硬くなっていた。以前の彼女なら、自分を騙せた。「愛があれば、すべてうまくいく」と。だが、死を経験し、そして再び目を覚ました今なら分かる。愛なんて、ただの幻想だ。ディリアンの嘘はすべて暴かれ、その先にあった名前は一つ、ヴィヴィエンヌ。従妹であり、義理の妹。ディリアンとの婚約から逃げ出した女。そして一年前に戻ってきて、セレーネの目の前ですべてを奪った女。セレーネは目を閉じ、息を詰める。母の墓から戻ったあの日の光景が、鮮明によみがえった。ディリアンの執務室から出てきたヴィヴィエンヌ。体には、夫のシャツ一枚だけ。あの時のわたくしは、なんて愚かだったのでしょう。「ドレスが汚れたから着替えただけ」そんな馬鹿げた言い訳を、信じてしまったのですから。今なら分かる。彼らはただの「幼なじみ」なんかではない。恋人同士だった。そして、自分を裏切っていた者だった。記憶が、次々と心を抉る。そして、痛みの底で、セレーネは静かに息を吸った。「……離婚しなければ」彼女は引き出しを開け、母の遺産の書類を取り出した。帝国領外にある、小さな土地。彼女の唯一の逃げ道。今やもう伯爵家には戻れない。
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第4話
――流産したばかり?混乱しているだけ?ヴィヴィエンヌは一瞬、言葉を失った。不快感を押し殺すように表情が強張る。ディリアンは彼女の手を無造作に振りほどき、そのまま振り返りもせずに歩き去る。取り残されたヴィヴィエンヌは、その場で静かに目を細めた。唇が歪み、怒りを噛み殺すが、やがてその端に、かすかな笑みが浮かぶ。――セレーネが本気で、離婚するつもりなら……胸の奥で、期待が膨らむ。「レヴェンティス公爵夫人、ね?」その称号を、舌の上で転がすように囁く。ずるりとした笑みが広がり、低く喉を鳴らして笑った。そして何事もなかったかのように、ディリアンの後を追う。……夜明け。黄金色の光が城の窓を通して差し込むが、石の壁に染みついた秘密までは温められない。セレーネは静かな回廊を歩いていた。ドレスの裾がかすかに音を立てる。顔色は青白いが、その瞳は澄み切っている。ふと足を止めた、その瞬間。扉が開いた。ディリアンの寝室。そこから出てきたのは、満足げな笑みを浮かべたヴィヴィエンヌだった。朝日に照らされ、金色の髪が眩しく輝く。少し遅れて、ディリアンが無表情のまま姿を現す。まるで、よくある日常の一部であるかのように。「セレーネ!」ヴィヴィエンヌがわざとらしく声を張り上げる。セレーネは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。唇に浮かぶのは、読み取れない薄笑い。一瞬だけディリアンを見る。それだけで、何も言わずに踵を返した。「ま、待って!」ヴィヴィエンヌの声が裏返る。「わ、わたしはただ公爵様を起こしただけよ。昨夜は……その、ゲストルームに泊まっただけで―」「どうでもいいわ」セレーネの声は、刃のように冷たかった。ディリアンは眉をひそめ、ヴィヴィエンヌは落ち着かなく視線を泳がせる。だがセレーネは背筋を伸ばし、そのまま歩き続けた。すれ違う使用人たちは、深く頭を下げる。まるで、城の真の女主人は彼女だけだと言わんばかりに。「どういうこと?」ヴィヴィエンヌが震える声で囁く。「まさか、気づいた?」「気づいていたら、どうだというのだ」ディリアンは淡々と答える。「だ、だって……」ヴィヴィエンヌは唇を噛む。「彼女はまだあなたの妻よ。もし口に出されたら、皆
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第5話
食堂の空気が凍りついた。セレーネの言葉は氷のように落ち、ヴィヴィエンヌの顔色を奪い、ディリアンを立ち尽くさせる。まるで、初めて彼女を知ったかのように。「これは、お前らしくないな」ディリアンが低く呟く。セレーネは薄く微笑んだ。「わたくしのほうこそ、驚いておりますわ。ようやく、あなたがわたくしを見てくださったのですから」「その言い方、恥ずかしくないの?」ヴィヴィエンヌが堪えきれずに割り込む。セレーネの視線は平坦だった。「お二人に合わせているだけですわ。それで動揺なさるのは、なぜでしょう?」ヴィヴィエンヌは顔を引きつらせ、勢いよく立ち上がる。そのまま足早に去っていった。ディリアンもまた、何も言わずに後を追う。残されたのは、セレーネ一人。彼女はゆっくりと息を吐き、冷えた微笑を浮かべた。――ようやく、あの二人のいない食卓で、初めて落ち着いて食事ができる。最後の一口を終え、桃の果実を静かに噛みしめながら、セレーネは声をかけた。「イラルド」「はい、奥様」イラルドは深く一礼する。「人を、密かに移動させる手段をご存じでしょうか?」唐突な問いに、イラルドの動きが止まった。喉が小さく鳴る。「それは、どのようなご意図でしょうか」セレーネの瞳は、静かで、深かった。「わたくしの部屋で話しましょう」返答を待たず、彼女は立ち上がる。イラルドは使用人たちに合図を出し、食卓の片付けを命じてから、セレーネの後に続いた。執務室。「イラルド」セレーネは背を向けたまま、はっきりと告げる。「わたくしは、ここを去ります」「奥様」イラルドは言葉を選ぶように沈黙する。「ですが、それは――」「誰にも話さないでください、この件を知るのは、あなただけです」セレーネは振り返り、鋭く見据えた。イラルドは息を深く吸った。セレーネは人を信じることは少ない。しかし、今回は彼の心が動かされた。彼はセレーネに本当の幸せを見つけてほしいと願った。「イラルド。あなたはご存じなのでしょう。わたくしの子供たちが、すべてディリアンによって失われたことを」イラルドは顔を伏せ、唇を強く結ぶ。「否定なさらなくて結構です」セレーネの声は低く、しかし柔らかかった。「今度だけは、助けていた
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第6話
その朝、空気は凍えるほど冷たかった。いつも通り、セレーネはディリアンの姿を見なかった。もはや慣れきっている。夫が屋敷に戻らないことなど、今に始まった話ではない。かつては、城の執務が忙しいのだと自分に言い聞かせていた。だが真実を知ってしまった今、胸に残るのは嫌悪だけだった。心の傷はまだ癒えていない。それでもセレーネは、時間が自分を強くしてくれると、必死に信じようとしていた。しかし、その朝は違った。突然、公爵邸に父、モロー伯爵が現れたのだ。「ヴィヴィエンヌに、いったい何を言った?」低く、重たい声。逃げ場のない問いかけだった。「何を?あの娘が、何か言いつけたのですか?」セレーネは冷たく返す。興味すらなさそうに。伯爵は一瞬言葉を失い、深く息を吐いた。「セレーネ、ヴィヴィエンヌと公爵は幼なじみだ。昔、婚約していたこともある。親しいのは当然だろう。少しは、譲ることを覚えられないのか?」その言葉に、セレーネは小さく鼻で笑った。「モロー伯爵」氷のように冷えた呼び方。伯爵の目が見開かれる。実娘である娘が、父を「伯爵」と呼んだのだ。「わたくしは、公爵にヴィヴィエンヌと結婚するよう勧めました。それ以上、何を譲れと?」まっすぐな視線が、伯爵の胸を貫く。「セレーネ、そういう意味じゃ――」「今さら『幼馴染』だと?同じ寝台を使う幼馴染、あるのですか?」遮るように、セレーネは笑みを浮かべた。冷ややかな笑みを。言葉が、容赦なく叩きつけられる。伯爵は喉を鳴らし、唇を閉ざした。反論できる言葉など、どこにもなかった。「わたくしが何も知らないとでも?」セレーネは続ける。「そして今日は、実娘を追い詰めるために来たのですね。継娘を庇うために」「セレーネ……」「気になるのですが」視線が鋭く細まる。「本当に、あの人は本当に『義理娘』なのですか?それともあなたの実の娘ですか?」「セレーネ!言い過ぎだ!」声を荒げる伯爵に、セレーネは長く息を吐いた。瞳は疲れているのに、決して怯んではいない。「母が生きている間、あなたが愛を裏切らなかったことは認めます。でも、あなたは、母の『娘』を裏切った」その言葉に、伯爵の表情が崩れた。怒りは消え、そこに残った
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第7話
その朝、セレーネは違和感を覚えていた。朝食の席に、ディリアンがいる。しかも、同じ卓に腰を下ろしている。それは、ほとんどあり得ない光景だった。彼が屋敷にいる日でさえ、朝は執務室か自室に籠もるのが常だった。セレーネも、もう近づこうとはしない。どんな言葉も、どんな気遣いも。彼にとっては「邪魔」でしかないと、知ってしまったから。心の傷が、彼女の足を止めていた。「お祖母さんとお母さんが、後で来る」食器を置き、ディリアンが言う。セレーネは一瞬だけ彼を見た。「わたくしが、まだ療養中だとお伝えしましたか?」「だからこそ、見舞いに来る」淡々とした答え。セレーネは小さく息を吐き、頷いた。「承知しました」――沈黙。しばらくして、ディリアンが再び口を開く。「今夜は、お前の部屋で眠る」セレーネの心臓が、わずかに強く打った。しかし彼女の声は冷たい。「その必要はありません。祖母様や義母様の意向に、無理に従う必要はありません。ご自身の部屋でお休みください」「これは俺の意思だ」迷いのない声。セレーネは彼を見つめ、皮肉げに微笑んだ。「それでしたら、あなたの部屋で眠りましょう」ディリアンの視線が鋭くなる。「お前がそうしたいのか??」「はい、わたくし、自分の部屋を独り占めする資格なんてないと思ってますので」セレーネは淡々と答え、脳裏にヴィヴィエンヌが自分の部屋に入ることを許された光景がよぎった。ディリアンは一拍置き、頷いた。「分かった。今夜は、俺の部屋だ」言葉を失うのは、セレーネのほうだった。あの部屋は、彼にとって聖域だった。扉の前に立つだけで、怒りを買ったこともある。それが、こんなにも簡単に。「では、少し外出する。夕食までに戻る。一緒に食べよう」そう言い残し、ディリアンは席を立った。セレーネは、彼の背中が消えるまで見送る。彼の皿は、いつも通り綺麗だった。自分の料理を残さない、それだけは、変わらない。昼、セレーネは執務室にいた。呼ばれた医師が、丁寧に頭を下げる。「奥様、お体の具合を確認させていただきたく――」「わたくしの体は大丈夫です」きっぱりと言い切る。「薬も飲んでいますし、指示通りに過ごしています」「ですが、流産後の
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第8話
イラルドが去ったあと、セレーネは書類を一つひとつ丁寧に確認した。城を出る日、迷わないために――すべてを理解しておく必要があった。気づけば、外は夕暮れ色に染まっている。控えめなノック音。「奥様。エレアノーラ様と、オデット様が到着されました」イラルドの声に、セレーネはすぐ立ち上がった。「わかりました」玄関へ向かい、丁寧に二人を迎える。応接室へ案内しながら、セレーネはいつも通り背筋を伸ばしていた。義母のオデットは、部屋に入るなり視線を巡らせる。調度品、床、カーテンの皺。ほんの些細な乱れも見逃さない人だ。だからこそ、セレーネは城を常に完璧に保ってきた。一方、祖母のエレアノーラはいつも通り穏やかに微笑み、セレーネを見つめていた。その優しさの裏に、レヴェンティス家で最も恐れられる厳しさがあることを、皆が知っている。「お部屋は、すでにご用意しております」セレーネがそう言うと、祖母は「相変わらず気が利くねぇ」と微笑みながら、彼女の髪を優しく撫でた。「それに、つらかったね。子どもを失うなんて」セレーネは静かに目を伏せる。「次に身ごもったら、もっと気をつけなきゃ」オデットが続けた。「ディリアンにも、ちゃんと見張らせるから」セレーネはかすかに微笑んだ。胸の奥が、ひどく苦い。――守る?父親が自ら、その命を奪う状況で?「はい、お義母様。気をつけます」落ち着いた声で答える。だが、オデットは視線を細めた。「それより、あの噂、うちにも届いているよ」空気が張り詰める。「まだ、あの女と一緒なんでしょう?」「オデット」祖母がやんわりと制した。「お義母さん、ただ彼女に教えてるんです」オデットは語気を強める。「公爵夫人として学んだのは、踏みつけられること?黙って耐えることじゃないでしょう!」セレーネは何も言わず、小さく微笑んだ。――この人は、わたくしよりもヴィヴィエンヌを嫌っている。それでいいわ、この壁にぶつかるのは彼女。わたくしではないし。「申し訳ありません。注意いたします」口ではそう言いながら、心の中では叫んでいた。――もう、何もかもどうでもいい。わたくしもうすぐここから去る。「お母さんの言うことは気にしなくていいよ」祖母が優しく言う。
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第9話
オデットの怒声が、部屋に重く残ったまま、ディリアンは動けずにいた。あの声には逆らえない。幼い頃から、ずっとそうだった。「どうして、こんな馬鹿息子を産んでしまったのかしら!」そう吐き捨てると、オデットは背を向けて去っていった。残されたのは、ディリアンと祖母だけ。祖母は小さく息をつく。「この件に関してはね、わたしも、あなたの母と同じ意見だ」その声は穏やかで、芯が強かった。「あなたは、やってはいけないことをした」「お祖母さん」祖母はディリアンをじっと見つめた。ディリアンは低い声で言った。「人の気持ちは、無理に縛れるものじゃありません」祖母は、ふっと微笑んだ。「いつかわかる日が来るよ。間違った相手を愛するより、心から愛してくれる人に愛されるほうが、ずっと幸せだって」その言葉は、刃のように胸を刺した。セレーネとヴィヴィエンヌ。その違いに、彼はずっと目を背けてきた。祖母はそれ以上何も言わず、静かに部屋を出ていった。残されたディリアンは、ひとり立ち尽くしたままだった。……城の外。夕暮れの空は黄金色に染まりながらも、二人の間の空気は冷え切っていた。護衛たちは距離を取り、セレーネとヴィヴィエンヌだけが向かい合う。「お義母様は、厳しい方ですね」セレーネは淡々と言った。「慣れるまで、大変でしたわ」ヴィヴィエンヌは唇を噛み、鋭い視線を向けた。「それって、警告?」「ただ、伝えただけです」セレーネは視線を逸らさない。「心の準備は、できたほうがいいですから」ヴィヴィエンヌは目を細めた。「まるで、自分なら対処できるみたいな言い方ね」セレーネは短く笑った。「わたくしは、ご子息の心すら、手に入れられませんでした」その笑みは、苦く歪んでいた。「お義母様の心など、尚更でしょう」ヴィヴィエンヌは顎を上げ、冷たい笑みを浮かべる。「つまり、身の程はわきまえているってことね」セレーネは否定も肯定もしなかった。ただ一人、全身全霊でディリアンを愛したのは、わたくしだった。けれど彼は、一度も振り向かなかった。「もう、分かっているでしょう?」ヴィヴィエンヌの声が低くなる。「今の、わたしとディリアンの関係」セレーネは微笑み、沈黙で答えた。
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第10話
湯殿にはすでに、侍女たちによって温かな湯が満たされていた。ディリアンは迷いなく衣服を脱ぎ、淡い灯りの下で引き締まった身体を晒す。その姿は、完成された彫刻のようだった。彼は浴槽へと身を沈め、ワインの瓶を手に取ると、グラスへ静かに注ぎ、湯の中でくつろぐ。「飲む?」低く、落ち着いた声。「お酒は控えなければなりません」セレーネはそう答えた。流産の後、身体はまだ万全ではない。「そうか。なら、俺が飲む」ディリアンはグラスを持ち上げ、もう一方の手を差し出す。「来い」セレーネは静かにローブを外し、夜着を床に落とした。露わになった身体を、ディリアンは隠すことなく見つめる。その瞳には、はっきりとした欲が宿っていた。セレーネはその手を取り、浴槽へ入る。彼の膝の上、背を向ける形で、そっと腰を下ろした。温かな湯が二人の身体を包み込み、素肌同士の感触が、否応なく意識を熱くさせる。ワインと、ディリアンの体温が混ざり合い、夜ごとに繰り返されてきた親密な空気が、また満ちていった。初夜のことを、セレーネは思い出していた。彼女はディリアンが自分をひとりで恥ずかしい思いにさせると思っていたが、彼は自ら近づき、「お前が必要だ」と言った。彼は、夜の営みだけは決して欠かさなかった。他のことは忘れても、この時間だけは。「お前が欲しい」重い声が、耳元に落ちる。セレーネは振り返り、赤みを帯びたその瞳を見つめた。唇に、かすかな微笑みを浮かべる。――これが最後ですわ。この夜、あなたは決して忘れられませんよね。彼女は身を寄せ、そっと口づけた。ワインの香りと体温が胸を打ち、押し殺していた感情が、静かに解けていく。唇から、首へ。そして、胸元へ。セレーネは、ディリアンの反応をはっきりと感じ取った。あまりにも露骨で、制御を失いかけた熱。やがて、彼は動きを止め、意味深な眼差しでセレーネを見た。「甘いな」欲に濡れた声。セレーネは彼の肩に手を置き、胸の鼓動を感じた。「まだ数週間しか経っていないのに……」ディリアンは低く呟き、隠しきれない感情を帯びた口調だった。「この数週間、わたくしは妊娠しておりましたから」セレーネは静かに答える。その言葉に応えるように、ディリアンはさら
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