Mag-log in百歳の天寿を全うした平成の剣聖・三上龍之介。死後に待っていたのは、恐ろしい閻魔ではなく、茨城県担当を名乗る美少女閻魔ちゃんだった。天国へ行く代わりに異世界転生を勧められた龍之介は、若き肉体と武芸百般、現代技術の知識を携え、本能寺の変直前の戦国時代へ。憧れの織田信長を救い、天下統一を支えながら、戦車や兵器、産業を次々と生み出して歴史を塗り替えていく。やがてその野望は日本を飛び出し、世界、そして宇宙へ――。百年分の経験と尽きぬ好奇心を武器に、元気すぎる転生剣豪が美少女たちを巻き込みながら駆け上がる、常識破りの歴史改変ファンタジー!
view moreこの物語の主人公、三上龍之介は、百歳の誕生日を迎えた翌日の朝、安らかに息を引き取った。
龍之介は、平成の世には珍しい、筋金入りの武道マニアだった。剣は鹿島神道流、香取神道流、二天一流、柳生新陰流などを修め、居合いや抜刀術にも通じていた。槍は宝蔵院流、さらに弓矢や火縄銃、合気道、空手、柔道、忍術道に加え、ライフル射撃や猟銃の扱いまで身につけていたのだから、武芸百般という言葉がこれほど似合う男も珍しい。
いつしか龍之介は、平成の剣聖、剣豪、最後の武士、さらには塚原卜伝の生まれ変わりとまで呼ばれ、武道の世界では広く名を知られる存在になっていた。
そんな厳めしい経歴とは裏腹に、龍之介の性格は驚くほど柔軟だった。若者の文化を頭ごなしに否定することはなく、むしろ面白そうだと思えば自分から進んで触れてみる。愛読書には孫たちが買ってくるライトノベルが並び、夜更けには深夜アニメを楽しみ、美少女アニメの登場人物について孫たちと真剣に語り合うことさえあった。
筋骨隆々の武道家でありながら、その実、少し変わり者のオタク老人でもあったのである。
龍之介は第二次世界大戦に出兵し、無事に帰国したあとは、地元の大企業である世界のHIT●CHIに入社した。そこでエンジニアとして働き、定年を迎えるその日まで管理職の椅子に安住することなく、現場に立ち続けた。
戦場を生き抜き、戦後の復興と発展を働き手として支え、定年後は趣味の武道に打ち込んだ。その長い人生を振り返れば、百歳という年齢まで生きたことも、決して不思議ではないように思えた。
しかし、その男の死は、本人にとっても家族にとっても、あまりに突然訪れた。
龍之介は死の前日まで元気に過ごしていた。それが翌朝、いつもの時刻になっても起きてこないことを心配した十歳年下の妻が寝室を訪れると、龍之介は深い眠りに落ちたまま、いくら呼びかけても目を覚まさなかった。
妻は震える手で119番へ連絡し、龍之介は救急車で病院へ運ばれた。しかし、救急隊員や医師がどれほど呼びかけても、その意識が戻ることはなかった。
龍之介自身は、まるで全身麻酔を受けたかのような深い眠りの底にいた。身体は動かず、まぶたを開くことも、声を出すこともできない。それでも不思議なことに、耳から入ってくる音だけは、途切れ途切れながらも意識の中へ届いていた。
一説には、人が死を迎える間際まで残りやすい感覚は聴覚だと言われている。龍之介の場合も、まさにそうだったのかもしれない。
声を出して尋ねることはできなかったが、医師や看護師の慌ただしい足音、医療器具が触れ合う硬い音、そして自分の名を呼ぶ家族の声を聞いているうちに、龍之介は自分がどのような状況に置かれているのかを理解した。
「ピッ、ピッ、ピッ――――」
一定の間隔で鳴っていた電子音が、突然、長く途切れることのない音へと変わった。龍之介の胸に取りつけられていた心電図モニターが、彼の心臓が鼓動を止めたことを、静まり返った病室に知らせていた。
医師は龍之介の手首に指を添えて脈を確かめ、続いて瞳孔の反応を確認した。その表情から医師としての冷静さが消えることはなかったが、声には長い人生を終えた老人への静かな敬意がにじんでいた。
「ご臨終です」
「おじいちゃん……おじいちゃん、ねえ、聞こえるでしょう。目を開けてよ」
「じいじい、起きてよ。まだ一緒にいたいよ……」
孫や玄孫たちがベッドへすがりつき、声を上げて泣いた。まだぬくもりの残っている龍之介の身体に触れ、何度も呼びかけ、わずかな反応を求めるように肩へ手を置いたが、龍之介が再び目を開くことはなかった。
「あなた、本当にご苦労さまでした。百年も生きたのですものね。もう、頑張らなくてもいいのですよ」
長年連れ添った妻は、龍之介の手を両手で包み込み、震える声でそう告げた。目元からこぼれ落ちた涙が、幾筋ものしわが刻まれた頬をゆっくりと伝っていった。
龍之介の死因は老衰だった。百年にわたって働き続けた細胞も、絶えず鼓動を刻んできた心臓も、とうとうその役目を終える時を迎えたのである。細胞分裂の回数も、心臓が刻める鼓動の数も限界へ達したのだと考えれば、それは人として避けることのできない、自然な最期だったのだろう。
もっとも、龍之介が家族へ残した最後の言葉は、平成の剣聖と呼ばれた男のものとしては、あまりにも彼らしいものだった。
「今期のアニメの最終回を見たかった……」
それが、三上龍之介の最後の言葉だった。
龍之介は孫たちの影響を受けてオタク文化に触れ、そのまま自分も夢中になっていった。孫たちに頼まれるまま、いくらでも小遣いを渡すような甘い祖父ではなかったが、本を買ってほしいと頼まれたときだけは別だった。
龍之介は本というものを愛していた。歴史書であろうと専門書であろうと、漫画であろうとライトノベルであろうと、そこに優劣をつけることはなかった。孫たちが読みたいと望む本であれば、どのような本でも分け隔てなく買い与え、自分も興味を持てば同じ本を手に取った。
孫たちのために買ったはずのライトノベルや漫画を、いつしか龍之介自身も楽しみにするようになり、物語の中に描かれた空想の世界へ、自分の夢を重ねるようになっていたのである。だからこそ、武道の達人でありながらアニメや漫画の話が通じる、理解のある少し変わったおじいちゃんとして、家族から深く愛されていた。
家族に見守られながら臨終を迎えた三上龍之介、享年百歳。
平成の剣豪、剣聖、最後の武士、塚原卜伝の生まれ変わりとまで言われた男の人生は、こうして終焉を迎えた。
その死は突然訪れたものではあったが、最期は潮が静かに引いていくように穏やかだった。戦場を生き抜き、家族を持ち、仕事を勤め上げ、好きな武道を究め、孫や玄孫たちに囲まれた末の大往生である。
三上龍之介は、確かに死んだ。
意識が闇の中へ沈んだ次の瞬間、龍之介は底の見えない暗い場所を、ほんの一瞬だけ通り抜けたような感覚を覚えた。
やがて、その闇の向こうから明るい光が差し込んできた。それは目を焼くような強い光ではなく、温かな春の日に木々の隙間から降り注ぐ、柔らかな木漏れ日のような光だった。
龍之介が重いまぶたを薄く開くと、その光が視界いっぱいに広がった。
気がつけば、龍之介は現世とはまったく異なる建物の中に立っていた。先ほどまで病院のベッドに横たわり、指一本動かせなかったはずなのに、今は自分の足でしっかりと畳の上に立っている。
いつ、どこを通って、この場所へ来たのかは分からない。暗い場所を通り抜けたような曖昧な記憶だけが残っていたが、それ以前のことをどれほど思い返そうとしても、霧の向こうをのぞき込むようにはっきりしなかった。
龍之介が立っていたのは、ひどく広い日本式の部屋だった。
整然と敷き詰められた畳からは、かすかに青々とした香りが立ち、太い柱と精巧な欄間、重厚な襖が、部屋の格式を物語っている。奥には一段高くなった上段の間が設けられており、その造りは、龍之介が写真や映像で何度も見た二条城の大広間、大政奉還が発表された場面を思わせた。
障子越しに淡い光が差し込んでいるものの、あまりにも広い部屋には龍之介以外の人影がなく、物音ひとつ聞こえない。その中央にただ一人、龍之介だけがぽつんと立っていた。
「ああ、ここがあの世か。しかし、三途の川も渡っておらんし、お花畑も見ておらん。ということは、これから閻魔様に会うのだろうか。世界大戦へ出兵して、どうにか無事に帰国し、それからは家族とごく普通に暮らしてきた。定年退職したあとは趣味の武道に熱中し、平成の剣豪と呼ばれるまでに数々の武術を修めることもできた。全国津々浦々の温泉や寺社仏閣を巡り、そのついでに各地の道場を訪ねて鍛錬もできたのだから、もう思い残すことはない。幸せな人生だった。だから泣くな、孫たちよ。これも運命というものだ。しかし、今期のアニメの最終回だけは見たかったのう。そればかりは残念だが、死んでしまったものは仕方がない。これも運命と諦めるしかないか。さてはて、儂は地獄へ落ちるのか、それとも天国へ行けるのか。ここで待っていれば閻魔大王様が現れるのか、それとも阿弥陀如来様が迎えに来てくださるのかのう」
龍之介は誰もいない大広間を見渡しながら、自分の身に起きたことを一つずつ考えた。
不思議なことに、死んだことへの恐怖も、現状に対する激しい戸惑いもなかった。自分は百年を生き、家族に見送られて人生を終えたのだという事実が、極めて自然なこととして胸の内に収まっていた。
死後という世界は、案外そういうものなのかもしれない。
第59話 金髪の王妹は刺客!? 茨城幕府が開かれてからというもの、日本を訪れる異国人の数は急速に増えていた。 日立や鹿島の港には西洋の商船が出入りし、茨城城の城下にも異国の商人や技術者が暮らしている。今では金髪や赤毛の異国人が町を歩いていても、領民たちが驚いて立ち止まることは少なくなっていた。 国王の名代として、異国の使節が茨城城を訪れることも珍しくない。 龍之介は相手の国の大小にかかわらず、使節を最大限の礼をもって迎えていた。武力を背景に脅すのではなく、交易と対話によって諸国との関係を築く。それが亡き織田信長から受け継いだ方針であり、龍之介自身の信念でもあった。 その日も、西洋のある王国から使節団が訪れていた。 二ノ丸御殿の謁見の間には、西洋の時計や色鮮やかな硝子器、精巧に描かれた海図など、数々の献上品が並べられている。 しかし、龍之介の目を引いたのは品々ではなく、使節の後ろに静かに立っていた一人の娘だった。 波打つ金色の髪に、澄んだ青い瞳。年は十九歳だという。華やかな西洋の衣装に身を包んでいたが、その表情にはどこか張り詰めたものがあった。 使節の代表者が深々と頭を下げる。「将軍閣下に、我が国王より特別な献上の品がございます」「ほう。これだけでも随分な品々だが、まだ何かあるのかな?」「はい。こちらの姫君にございます」 使節が示したのは、金髪の娘だった。 その瞬間、龍之介の表情から笑みが消えた。「人を品物として扱うのは好まぬ」 声は穏やかだったが、謁見の間の空気が張り詰めた。「我が国では、年貢や借財のために人が売られることを禁じつつある。たとえ国王からであろうと、人を献上品として受け取ることはできぬ」「お待ちください、将軍閣下。言葉が足りませんでした」 使節は慌てて弁明した。「この御方は、我が国王の末の妹君、エリリ・ローランド殿下にございます。姫君を将軍閣下のお側へ迎えていただき、両国の間に血縁を結びたい。それによって、末永い和平を約したいという
第58話 羽柴秀吉の最期 一五九八年。 羽柴台湾国を築いた羽柴秀吉の死期は、確実に迫っていた。 日本を脱出して台湾へ渡ってから、秀吉は休むことなく国造りを進めてきた。西岸に設けられていた日本人居留港を中心に支配地域を広げ、港と城下町を一体化させた巨大な海城も築いている。 その城には、秀吉自身の手によって「台湾城」という名が付けられた。 城の設計には、秀吉がかつて琵琶湖畔に築いた長浜城での経験が生かされていた。 海へ突き出すように石垣を築き、城内の船溜まりへ直接、軍船や交易船が入れるようになっている。海に面した櫓や砲台には大砲が並べられ、港の入り口には鎖を張って敵船の侵入を防ぐ仕組みも用意されていた。 陸側には深い堀と高い石垣が巡らされ、城下町まで含めた総構えとなっている。 台湾城は、羽柴台湾国の王城であると同時に、三上龍之介正圀が率いる茨城幕府の追討軍に備える要塞だった。 また、明国沿岸部との交易を行うための拠点でもある。明国との正式な国交は結ばれていなかったが、福建などから訪れる商人を受け入れ、砂糖、香辛料、陶磁器、生糸、鉄器などが盛んに取引されていた。 城下町は年を追うごとに発展したが、その繁栄を築いた秀吉自身は、日に日に衰弱していった。 台湾へ渡ってからも、秀吉は日本へ戻ることだけを考え続けた。密使を送り、伊達政宗や最上義光を寝返らせようとし、茨城幕府の内情を探らせた。 しかし、いずれも成果を上げることはできなかった。 龍之介の治世が安定するほど、日本へ帰還できる可能性は遠のいていく。その焦りと苛立ちは、秀吉の体をさらに蝕んでいた。 台湾城本丸御殿の奥にある寝所で、秀吉は布団へ横たわっていた。 かつて戦場を駆け、信長のもとで異例の出世を遂げた男の面影は、ほとんど残っていない。頬は痩せ、呼吸は浅く、一言を発することさえ苦しそうだった。 枕元には正室のねねが座り、その手を握っている。 少し離れた場所には、後継者に指名された羽柴秀次、軍師の黒田官兵衛、政務を担う石田三成が控えていた。ほかにも側
第57話 三上龍之介正圀幕府の治世 茨城幕府の政庁が水戸城から茨城城へ移ると、龍之介は新たな国造りへ本格的に着手した。 天下を統一しただけでは、民の暮らしは豊かにならない。戦を止めることは平和への第一歩にすぎず、その平和を長く保ち、誰もが明日の食事を心配せずに暮らせる仕組みを作らなければならない。 龍之介は全国の大名と代官へ、幕府が目指す国の姿を示した。 その最初の目標は、茨城国ですでに掲げていたものと同じだった。「国民皆、毎日三食」 身分や住む土地にかかわらず、すべての民が一日に三度の食事を取れる国を作る。 簡単な言葉ではあったが、戦と飢饉を経験してきた民にとって、これほど切実で分かりやすい目標はなかった。 茨城城の評定の間で、龍之介は全国から集めた役人たちへ告げた。「これより先、領地の豊かさを石高だけで測ってはならぬ。米が多く取れぬ土地へ、無理に稲を作らせても民が苦しむだけだ。それぞれの土地に適した産業を見極めよ」 平地が広く、水の確保が容易な地域では、治水と開墾を進め、米、麦、蕎麦、豆、芋、野菜などを組み合わせた農業を指導した。米だけに頼ることなく、冷夏や洪水が起きても、すべての作物が失われないようにするためである。 寒冷地には寒さに強い麦や蕎麦、芋類を広め、温暖な地域には果樹や茶、薬草などの栽培を奨励した。 一方、山地が多い場所や土地が痩せ、農作物の収穫を期待できない地域には、養蚕と織物産業を導入した。桑は比較的痩せた土地でも育ち、農業に向かない場所でも収入を得ることができる。 これは龍之介が茨城国で実施し、すでに成果を上げていた産業分担だった。「米が取れぬから貧しいのではない。その土地に合わぬものを作らせるから、いつまでも貧しいのだ。土地ごとに作るものを変え、街道と水運によって互いに補えばよい」 龍之介の命令によって、幕府から農業、養蚕、機織り、治水に詳しい者たちが各地へ派遣された。 生産された絹織物や農作物を売るため、街道と河川も整備される。各地に市場が設けられ、領境で何重にも課されていた通行税は
第56話 茨城幕府開幕宣言 嵐山城で正室の歩美や家族との時間を過ごした龍之介は、茨城国へ戻るため京を出発した。 堺の港には、龍之介が建造させた高速型蒸気機関船が用意されていた。船は石炭を燃やして黒煙を上げ、紀伊半島から遠州灘、伊豆半島沖を通り、東国の海を北上していく。 風に左右される帆船とは異なり、蒸気機関船は一定の速さで航行できる。途中で石炭と水を補給しながら進んだ船は、やがて茨城国北部の日立港へ入港した。 港には、天下統一を成し遂げて帰国する龍之介を迎えるため、大勢の領民が集まっていた。「関白殿下、万歳!」「征夷大将軍様、御帰国!」 人々の歓声が港中に響き渡る。 龍之介は船上から領民たちへ手を振り、出迎えの言葉へ応えた。 天下人となったとはいえ、龍之介にとって茨城国は自らの領地であり、前世から強い愛着を抱いてきた故郷でもある。見慣れた山々と海を目にしたことで、ようやく帰ってきたのだという実感が湧いてきた。 日立港からは馬に乗り、整備された陸前浜街道を南へ進んだ。 街道では荷を積んだ馬車が行き交い、道沿いの田畑では農民たちが働いている。港から運ばれた異国の品が内陸へ運ばれ、領内で生産された米や絹、銅などが港へ向かっていた。 龍之介が長年進めてきた街道と水運の整備は、確実に茨城国を豊かにしていたのである。 やがて龍之介一行は、水戸城へ到着した。 本丸御殿の玄関には、茨城国に残っていた側室たちが並んでいた。その中に、徳川家康の娘である香々美の姿もあった。 香々美は、誰よりも緊張した面持ちで龍之介を迎えた。 父である徳川家康は織田信忠方に加わり、龍之介と敵対した。家康は切腹と改易こそ免れたものの、三河、遠江、駿河、伊豆、甲斐の領地をすべて召し上げられ、四国の土佐一国へ減封のうえ国替えとなっている。 その娘である自分も、側室の座を解かれる。 あるいは父への見せしめとして、何らかの処罰を受ける。 香々美は、そのような覚悟を決めていた。 龍之介が側室たちの