今年に入って、急速に仲良しになった真琴ちゃんは、ものすごく良い子だ。なんていうか、なんでも額面通りに受け止めるというか、柔軟性がないというか、結構しんどい生き方をしてるんじゃないだろうかと思うけど、見ていて面白い。そして、今更こんなことを言う資格はないけれど。陽ちゃんと一緒にいるとこを見ると、時々すごく羨ましい。「大体さあ。真琴ちゃんは、真面目に考えすぎだと思うの」「そうでしょうか」「そうだよ、私だって触られたくないテンションの時とかあるよ。まあ……さすがにベッドから蹴落としたりはしないけどぉ」「うっ……」ほら。ちょっとチクって言ったくらいで、すぐに凹んじゃうの。けどさあ。いいじゃん?凹んだら陽ちゃんが必ずカバーしてくれるんだし、幸せになれるんじゃないかなぁ。事実、先日大泣きしていた別れ話がいつのまにか婚約に発展していたし。全く、心配損というやつだ。でも二人なら、幸せだろう、間違いなく。だけど、それを聞いて私もそろそろ、自分の身の振り方を考えなければならないな、と思うようになった。結婚を前に、真琴ちゃんはやっぱり、自分の蹴り癖殴り癖をなんとかしたいらしい。店に顔を出した途端に相談に乗って欲しいと言われ、そのままお泊り女子会となったのだが。ベッドに寝っ転がりながらの女子トークは当然、ソッチ方面に流れていく。「……じゃあ。翔子さんは、どうしても触られたくない時はどうしてるんですか」「ってか、真琴ちゃん、そうなっちゃう時って予感はあるの? 突発的なもんかと思ってた」「時々、わかる時もあるんです。妙に気落ちするというか、気分が浮上しないなって時に多い気がして。その時に対応できるかどうかはわかんないですけ
「自分じゃ見えない場所ですもんね」「そう、ですね」見えそうで、多分見えない。そんな場所にある黒子を俺が知ってる。多分他の誰も知らないはずだ、真琴さん普段パンツしか履かないし。その事実が嬉しくて、にへへとつい口元が歪む。ちら、とまた上を見ると、真琴さんも気がついたのか物凄く複雑な表情で顔を真っ赤に染めていた。そう、俺がその黒子を見つけたのは、真琴さんを脱がせて足を持ち上げているとき、つまり、えっちぃことをしている真っ最中だった。「他には染みひとつないのに、そこに二つ並んでるのが可愛くて。だから時々、そこにキスするんです」「し、知るかバカ! 黒子を可愛いとか意味わからん!」ああだめだ。思い出したら、興奮してきた。まだ口の中痛いし違和感あるし、真琴さん気持ちよくしてあげられるかわからないけど。だめだ。めっちゃしたい。身体中キスしまくりたい、まずはあの、膝裏の黒子に。むらむらしてきて、止まんない。足に潜り込んだ手がそのまま太股を撫で擦り、もう片方の手は腰に絡み付いて後ろからするするシャツの裾を指で捲りあげ、素肌に触れた。「あっ、ちょっ……陽介さんっ」お尻のちょっと上くらい。指先で掻くようにしながら、ほんのちょっとだけ下着に潜り込むとひくんひくんと下半身を震わせる。「もう、膝枕するんじゃ、」「真琴さん」「はい?」「キスしていいっすか」「え、キス、て、どこ……わぁっ!」むく、と起き上がると折り畳まれた足の膝を持ち上げる。
ものすげー、頭に響くんだぞ!頭蓋骨にガリゴリガリゴリ響いて、神経麻酔はアホほど痛いし、抜くときのあの骨が軋む音が耳からじゃなく直接脳に届く感じは、しばらく夢でうなされるんじゃないかと思う。しかも一時間近くやって抜けないなんて。真琴さんを蹴飛ばすわけにいかないから必死でじっとしてたけど。……泣いてしまった。大泣きしたわけじゃねえ!痛くて疲れて自然と目が潤んだだけだから泣いたうちには入らない!カッコ悪いとこを見られたと思えば余計に泣きたい。帰り道、優しくされればされるほどなんか情けないやら恥ずかしいやらで。でも甘えたい。めちゃくちゃ甘えたい。「帰ったら、膝枕……」「わかってます。貴方のシャツ着て、ですよね」「な、生足で……」「はいはい」ああ。やべー……麻酔が切れて来たら尋常じゃないくらいガンガン頭に響く。歯医者でもらった頓服を飲んで、ちょっとは和らいできたけど無痛になるということはなかった。でもいい。痛いのは消えなくても、辛いのは忘れさせてもらうんだ。散々かっこ悪いとこ見られたし、もうどうせだから今日は目いっぱい甘えるんだ俺は。いつもなら「変態」の一言で絶対してくれなかっただろう、「彼シャツで膝枕」なんて。そんな彼女が今、目の前で俺のシャツを二枚広げて、ちょっと赤い顔で俺を睨んでいる。ワイシャツと、普段着用のカジュアルなやつ。どっちか選べ、という意味だと思う。俺が余りにしょっちゅう来ては泊まって行くから、仕事用と休日用と何着か着替えを置かせてくれるようになった、その中の二枚だ。「え
「ありがとうございました」診察台から降りて、歯科助手の女性に会釈をする。ざっと診てもらった結果、虫歯もなく歯石取りだけして僕の方は終了だった。問題は陽介さんの方だが、大丈夫だろうか。パーティションで区切られているだけだから、何かあれば声が聞こえるはずだと思ったけど、僕が診てもらっている間は聞こえなかった、が。「はい、麻酔効いて来たと思うので、今から抜歯しますよー」という、声が聞こえた。そうか。抜くことになったのか。大丈夫だろうか?と、思っていると、何やら『どすっ』『ばたっ』というような音と。「あが!あがががが」明らかに陽介さんの声だった。待合室の方へ戻る途中、陽介さんがいるはずの隣の診察台にちらりと目を向ける。「高見さん!麻酔効いてるはずだから!暴れないで!」あの『どすっ』『ばたっ』という音は、診察台を蹴っている音だったらしい。顔は見えなかったが、長い足が足掻いてばたついているのが見えた。「あがががが!!」「高見さん!手、持たないで!余計危ないから!」「あ、あの。連れなんですが、お手伝いしましょうか」助手は女性ばかりのようだし、大きい彼にあんなに暴れられては大変だろうと、先ほどの歯科助手に声をかけ診察台に近寄る許可をもらった。「陽介さん!」片腕で足を押さえながら、もう片方の手で彼の片腕を掴み声をかける。すると、ぴたっ、と硬直したように動かなくなった。
※※※※※※※※※※歯が痛い。でも乗り切れそうな気がする。ほら。歯痛って、波があるし。もしかしたら虫歯じゃなくて知覚過敏とかの可能性もあるわけで慌てて行く必要はないんじゃないかなーって。※※※※※※※※※※「陽介さん? 今日、なんだか大人しいですね」「え、そうすか」「どこか具合でも?」もしくは疲れてるのだろうか?今日は来店した時から、なんだか口数も少ない。「んなことないっすよ、元気です」「ほんとに?」僕に向かって笑ってみせるが、それもどこか固いような気がするし、酒も進んでない。金曜の夜は、店に来たら僕の部屋に泊まっていくことがすっかり習慣になっているが、疲れているなら家でゆっくり休んだ方がいいんじゃないだろうか。だけど、具合が悪いならそれも心配だし。「ほんとですって」と言いながら、何か取り繕うようにコロナに口をつけた。今出したばかりの、よく冷えたヤツだった。「いっ!!」突然、陽介さんが片頬を抑えてカウンターテーブルに突っ伏した。「陽介さん? もしかして、歯が痛い?」「なんでもないっす、ちょっと冷たいのが染みただけで」「いや、それ虫歯でしょう」「大丈夫ですって、親知らずだし」「だから虫歯ですって」親知らずだろうとなんだろうと、虫歯は虫歯だろう。「歯医者は行ったんですか」「や、いつも数日したら治る
呼吸が整うまで腕の中で彼女を見下ろしている間に、決めたはずの覚悟が揺らぐ。泣きすぎて、充血してる。目の周りも、すっかり赤くなって腫れ始めていた。これ以上触れるのは、辛い。触れれば触れるほど彼女は泣くのだと思ったら、怖くてたまらない。だけど縋り付いてくる弱々しい瞳は、完全に俺に全部委ねていて。その瞳に、僅かばかりに励まされる。息が整ったのを見計らって、ゆっくりと愛撫を再開した。くちゅ、と水音が響くたび、応じて、ひくひくと身体が跳ねる。目を閉じそうになれば瞼にキスして、顔を背ける頬を指で撫でて、視線を合わせるよう促した。もうこれ以上、過去の記憶に彼女を奪われ泣かれるのは嫌だった。俺のことだけ見てて。貴女の傷を、全部上書きしてしまうまで。怯えるのも泣くのも全部、俺だけに向けていて。彼女の身体から少しずつ余計な力が抜けて、時折熱の籠った吐息をもらす。指先を滑らせ襞を掻き分けて、隠れた小さな粒に触れた。「ひあっ?!」びくんと身体をしならせて、悲鳴を上げる。彼女の目が、心地よさと不安の中で揺れていた。大丈夫だと、汗ばんだ額や目尻にキスをしながら、指はその一点に留まってくるくると撫で続ける。「ああ! うあ、や……やっ! こわい」浅く荒い息遣い、身体を捩らせながら、濡れた瞳が怖いと言って俺を見る。その怖さが、今までのものと違うことはすぐにわかった。感じてくれているのだと高揚し、気持ちは逸る。だめだ。ゆっくり、ゆっくり。身体をもて余し逃げ場を探して、両手でしがみついてくる彼女に、軽く唇を触れ合わせる