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第3話

Author: 星屑
私は自分の耳を疑った。

そんな言葉が、私がこの世で一番愛した夫の口から出るなんて、なんて皮肉なんだろう。

「そうだよな、あんな奴に、警察なんて務まるわけない!」

海斗も頷きながら軽蔑の声を上げた。

「あの人でなし、死んで当然だし、記録からも抹消してやるべきだ!」

「もうすぐだな」

剛志はドアノブに手を置き、押して外に出ていった。

私の頭は真っ白になった。

記録には、私が命懸けで得た栄光が一つひとつ、鮮明に刻まれている。それは命より大事なものだ。

それなのに、ただ香織のために、それさえも抹消するつもりなのか!

本当に、彼の胸倉を掴んで問いただしたい。

――剛志、あなたは私を愛したことがあるの?

「もしもし、香織?」

歩いている途中で、剛志は電話を取り、その瞬間、自然に笑顔が浮かんだ。

電話の向こうからは甘えた声が聞こえてきた。

「剛志、もう終わった? どのドレスもすごく可愛くて、選ぶのに迷っちゃう。早く来て一緒に選んでよ」

「わかった、すぐ行くよ」

剛志はその優しい声で返事をし、足早に歩き出した。

そして、私はそのまま引きずられるように、ウェディングドレスの店へと連れて行かれた。

「剛志!」

香織は白いマーメイドドレスをまとって、彼の胸に飛び込んだ。

剛志は微笑みながら、彼女の輝くティアラを直して、頬に軽くキスをした。

「本当に綺麗だよ」

「これだけで綺麗?」

香織は顔を上げて鼻を鳴らした。

「後ろのドレスの方がもっと綺麗だったら、どうするの?」

「赤ちゃん、一つだけ言わせてくれ」

剛志は彼女の腰をそっと抱きながら、優しい口調で言った。

「君が美しいから、どのドレスも素敵に見えるんだよ」

香織は恥ずかしそうに微笑み、軽く彼を叩いた。

「もう、いやらしい!」

その光景は、あまりにもロマンチックだった。

ウェディングドレス店のスタッフも羨ましそうに笑い、二人はまさに「お似合いのカップルだ」と囁いていた。

かつて、私がウェディングドレスを試着した時、剛志はこんな風ではなかった。

「忙しいから、君が気に入ったものを選べばいい」と言っただけ。

でも、何がそんなに忙しかったの?

――香織の仕事のレポートを手直ししていたんだ。

「ふぅ......」

突然、香織が眉をしかめ、震えた。

剛志はすぐに彼女の腕を放し、優しく椅子に座らせた。

「また足が痛むのか?」

香織は笑顔を見せた。

「ちょっとだけよ」

「ふん、俺は絶対に理沙という裏切り者を捕まえてやる」

剛志は歯を食いしばりながら言った。

「当時、君は彼女に協力するために、わざわざ人質になって危険な場所に飛び込んだのに、彼女は君の両足を傷つけ、終身障害になりかけたんだ!」

違う!

そんなことはない!

本当は彼女こそが裏切り者なんだ!

なぜ彼女の一方的な言い分だけで、私の無実を完全に否定するの?

剛志、あなたのあの正義感と細心の注意深さはどこに行ったの?

私は怒りで体が震えそうだったが......それでも彼らの愛し合う姿を邪魔することはできない。

「先日、骨科の専門医を紹介されたんだ。結婚式が終わったら一度見てもらおう。君はハイヒールが好きだからな」

「別に必要ないわ。どうせ妊娠したら、フラットシューズを履くようになるし」

「それとは全然違うよ」

剛志は彼女の手を握り、深いキスを落とし、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「香織、俺はこれから先、君が毎日、自分の好きなように生きられることを願っているんだ。もう、無理をして何かを選ぶ必要はないんだよ」

香織は目に涙を浮かべ、「剛志......」と囁きながら、二人は再び抱き合い、キスをした。

その光景を見ているだけで、私は胸が締めつけられた。

耳元に、死の間際に香織が嘲笑う声が蘇る。

「たとえあなたが剛志と結婚したとしても?」

「私という『初恋』には、絶対に敵わないわ!」

そう、私には敵わない。

剛志の心の中で、私は一度も彼が信じる「第一の存在」ではなかった。

香織こそがその「第一」だったのだ。

彼女は豪邸に嫁ごうと必死になって、金持ちのボンボンに尽くした挙句、出自を理由に彼の母親に追い出され、再び剛志のもとに戻ってきた。

それでも、彼女は「純粋無垢な初恋」のままだ。

全ては彼女の「苦労」と「やむを得なかった事情」のせいだ。
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