LOGIN前世、僕こと平山一希(ひらやま かずき)は、実の息子として渋谷家に迎え入れられた。 だが、姉の渋谷雪乃(しぶや ゆきの)は、養子の弟・渋谷智史(しぶや さとし)を溺愛するあまり僕を陥れ、弟の発作が僕のせいだと両親に吹き込んだのだ。 それを鵜呑みにした両親は、僕を家から追い出した。 それから間もなくして、僕は路地裏で誰にも知られず、孤独に死んだ。 目が覚めると、渋谷家に引き取られたあの日へと戻っていた。 雪乃が両親の前に立ちはだかり、僕を指差して叫ぶ。 「こんなの弟じゃない!」 両親は失望に満ちた視線を僕に向け、そのまま背を向けて去っていった。 僕はその場に立ち尽くしたまま、自分が実の息子であることを証明する、生まれたときから身につけていたペンダントをポケットから取り出すこともなく、ただ黙って児童養護施設への道を歩き出した。 あれから20年、僕は国内屈指の内科医として名を馳せていた。 向かいに座る女が、震える声でカルテを差し出してくる。 「先生、お願いします……弟を助けてください」 カルテの氏名を見た瞬間、手が止まった。視線が、その患者のやつれた顔に釘付けになる。 しばらく見つめてから、彼女に視線を戻し、僕は告げた。 「この患者の診察は、お断りします」
View More僕は清男のそばへと歩み寄った。彼は口を挟むことなく杖をついて静かに立ち、僕が過去の因縁に決着をつける様子を見守っていた。その目には、安堵の色と、深い愛情が浮かんでいた。「父さん、帰りましょう」僕がそう声をかけると、清男はゆっくりと頷いた。それから顔を巡らせ、いまだ呆然としている渋谷家の人々を、氷のように冷ややかな目で一瞥した。「今日、この時をもって、我々平山医療グループは渋谷家との一切の取引を停止する。皆さん、せいぜいお元気で」ボディガードたちに守られながら、僕たちは彼らを残し、特別病棟を後にした。あの日の生配信は、またたく間に全国を騒然とさせる大ニュースとなった。だが、事態はそれだけでは収束しなかった。智史はその日のうちに渋谷家から放り出され、巨額の詐欺容疑で告訴された。彼が仮病を装うために長年ジギタリスなどの劇薬を乱用し続けた結果、その心臓にはすでに不可逆的な器質的障害が生じていたのだ。20年間、周囲を騙すために偽り続けた病が、今度こそ逃れられない本物の病となって、彼の残りの人生を蝕んでいくことになった。配信から三日後。あの病室で騒ぎを起こした女性の身元が、ネットユーザーによってほどなく特定された。四方八方からの批判と圧力に耐えかねた彼女は、ついに警察へと自首した。彼女は自身のSNSで謝罪動画を公開し、涙ながらに真実を告白した。息子の死など最初からでたらめで、あの鬼気迫る台詞も振る舞いも、すべては渋谷家から金を積まれて演じた三文芝居だったのだと。その動画が決定打となり、世間の怒りは完全に爆発した。渋谷グループの株価は連日ストップ安となり、わずか数日で数百億円という莫大な時価総額が煙のように吹き飛んだ。そしてこれこそが、清男がずっと待ち望んでいた絶好の機会だった。平山家と渋谷家の間に横たわる因縁は、僕一人の私情などとは比べものにならないほど、黒く根深いものだったのだ。渋谷家はここ数年の間、卑劣な手段を用いて水面下で平山医療グループの医療資源を不当に奪い続け、さらにはいくつもの中核研究チームを引き抜くという暴挙に出た。あの日、清男がわざわざ自ら病院へと乗り込んできたのは、単に僕の後ろ盾となるためだけではない。この千載一遇の好機を逃さず、渋谷家を打ち倒すためでもあったのだ。それから半月もたたず
「配信……?」その言葉を聞いた瞬間、智史の顔から最後の血の気すらも引き、土気色になった。彼は弾かれたように顔を上げ、部屋の隅々を血眼になって見回した。まるで今になって初めて、隠しカメラの存在に気づいたかのように。その見開かれた目には、隠しようのない恐怖と絶望が色濃く浮かんでいた。土屋先生は、分析結果の紙を見つめたまま、やがてがっくりとうなだれた。病室に、重苦しい沈黙が落ちる。そして、ついに智史がベッドから崩れ落ちた。「父さん、母さん……お願いです、話を聞いてください……」床を這うように父の足元まで近づき、ズボンの裾を必死に握りしめた。「違うんです、わざとじゃない……ただ、あなたたちを失うのが怖かっただけなんです……本物の跡取りが戻ってきて、俺の居場所が全部奪われてしまうのが、ただ恐ろしくて……」大粒の涙が、ぼろぼろと止めどなく溢れ落ちる。だが今度は、誰もその涙を拭ってやろうとしなかった。父は足元で泣き崩れる智史を、冷え切った目で見下ろした。その眼差しには、嫌悪の色がにじんでいた。「仮病なら、みっともなくすがりつくのはやめろ」父親が冷たく一歩後ろへ下がると、ズボンの裾は智史の震える手からするりと抜け落ちた。「渋谷家は、お前を20年もの間育ててきた。もう十分に面倒を見た。明日、法務部に指示を出して、お前名義の資産、不動産、信託基金、すべてを清算させる。これまで渋谷家から搾り取ってきた分は、一銭残らず返してもらうからな」彼は短く息を吐き、きっぱりと言い放った。「渋谷家は、恩を仇で返すような恩知らずを養う気は毛頭ない」智史の顔は、深い絶望の色に染まっていた。力なく床に座り込み、頬にはまだ涙が残っていたが、泣くことさえ忘れたようだった。母もまた彼を見つめていた。その視線に、かつての慈しみは微塵も残っていない。「あなたのその架空の病気のせいで、私は夜も眠れず、藁にもすがる思いであちこちの医者を探し回ったのよ。そのせいで……実の息子だと気づくことすらできなかった」彼女の声は、深い失望に震えていた。「智史。あなたのその浅ましい本性が、私には恐ろしくてたまらないわ。これから先は、どこでどう生きようと、勝手にすればいい」言い切ると同時に、全身から気力が抜け落ちたように肩を落とし、疲れ果てたよ
つかまれた白衣の襟元を軽く整えてから、僕は女性の正面へと歩み寄った。彼女はボディガードに両腕を押さえられ、椅子に押さえつけられている。全身の震えはまだ収まっていなかったが、涙はすっかり止まっていた。「昨夜、息子さんが息を引き取ったと、あなたはそう言いましたね。それなのに、今は葬儀の手配すら放り出し、一般人が立ち入れないはずのこの特別病棟まで押しかけて騒ぎ立てている。そういうことですか」一拍置いたのち、言葉を継いだ。「息子さんが本当に僕の患者だったというなら、教えてください。名前は?診断名は?そして僕が処方した薬は何でしたか?」女性があからさまに動揺し始めた。僕と目を合わせることを恐れるかのように、視線がせわしなく泳ぐ。「む、息子は……」口ごもる彼女の唇は乾ききっていた。「心臓の病気で……」「心疾患にも種類があります。心筋梗塞ですか?心不全ですか?不整脈ですか?それとも別の疾患ですか?」「そ、それは、とにかく心臓病なんだから……」「では、僕が処方した薬の名前は?」「そ、そんなの、私が覚えられるわけないでしょう!とにかく、あんたが息子を殺したのよ!」喚き散らす声は次第に勢いを失い、先ほどの気迫は見る影もない。配信のコメント欄の風向きも、すでに変わり始めていた。【自分の息子が飲んでいた薬の名前も言えないの?さすがに嘘くさくないか】【心臓病としか言えないって……種類すら分からないのかよ】答えに詰まり、焦りを募らせた女性は、突然弾かれたように椅子から立ち上がった。ボディガードの拘束を振りほどき、再び僕へと飛びかかってくる。「もう死んでもいい!あんたも道連れにしてやる!」僕は身をよじってその突進をかわした。彼女は勢い余ってよろめく。だが、乱暴に伸ばされたその手は止まらず、僕の白衣のポケットを強くつかんだ。その拍子に、ポケットの奥にしまっていたペンダントが床に落ちた。硬い床にぶつかって乾いた音を立て、留め具が外れる。中から、小さく折りたたまれた古い写真が滑り落ちた。その瞬間、母の目が大きく見開かれた。みるみる顔から血の気が引き、床に落ちた写真を、信じられないものを見るように呆然と見つめる。その目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。「こ、これは……あなた、どうしてこれを……
2分もしないうちに、病室の外が騒がしくなった。廊下の向こうから、女性の泣き叫ぶ声が近づいてくる。次の瞬間、病室の扉が勢いよく開いた。白髪交じりの髪を振り乱した年配の女性が、よろめくように飛び込んできた。着古した上着を羽織り、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。泣き腫らした目を真っ赤にし、怒りと悲しみに顔をゆがめている。後ろから病院の警備員と看護師が追いかけてきたが、女性は制止する手を振り払い、そのまま僕に詰め寄った。「平山一希!息子を返して!」女性は僕を見つけるなり駆け寄り、白衣の胸元を両手でつかんだ。荒れた手には、思いがけないほどの力がこもっていた。「息子があれほど苦しいと訴えたのに、あんたはろくに検査もしないで帰したんでしょう!昨夜、息子は亡くなったのよ……病院に運ばれた時には、もう手遅れだったって……あんたが、あんたが息子を殺したの!」女性は泣き叫びながら、僕の白衣を激しく揺さぶった。女性の爪が僕の手の甲をかすめ、鋭い痛みが走った。視線を落とすと、手の甲には2本の引っかき傷ができ、赤い血がにじんでいた。雪乃は腕を組んだまま、わずかに口元をゆがめた。「平山先生。これがあなたの言う、医師としての良心なの?」声には、隠しきれない嘲りがにじんでいた。「自分の判断で患者を死なせておいて、まだ人のことを責める余裕があるなんてね」雪乃に寄りかかっていた智史も、わざとらしくため息をついた。「平山先生。もっと早く自分の間違いを認めていれば、あの方の息子さんも助かったかもしれませんね」両親は、何も言わなかった。父はうつむいたまま湯飲みに口をつけ、まるで自分には関係のないことのように振る舞っている。母も顔を背け、窓の外を眺めていた。コメント欄は、再び激しく荒れ始めた。【症状を訴えてたのに、ろくに検査もせず帰したってこと?】【最低すぎる。病院もこの医者も、徹底的に調べるべきでしょ】【単なる医療ミスじゃ済まないだろ。実際に患者が亡くなってるんだぞ】僕はその場に立ち尽くし、女性に白衣をつかまれるままになっていた。抵抗もせず、振り払おうともしない。ただゆっくりと顔を上げ、父へ視線を向けた。女性は声を上げて泣き続け、やがて全身を震わせながらその場に崩れ落ちた。その時、病室の扉が再び開いた。黒いスー