تسجيل الدخول義理の妹・内田澪(うちだ みお)の機嫌を取るため、兄の内田翼(うちだ つばさ)は私がずっと憧れていた東都美術大学の合格通知書を、地方の教育大学のものとすり替えた。 見慣れない校章の書類が、やけに目に刺さる。 そんな書類を目にした親戚たちは顔を見合わせ、すぐにひそひそと話し始めた。 「どういうこと?玲奈(れな)は、東都美術大学に受かったんじゃなかったの?」 「まあ……教育大学も悪くはないけど、東都美術大学とはレベルが違いすぎるわね」 私は服の裾を握りしめて立ち尽くす。頭が真っ白になって、何も考えられない。 そんな私に翼が近づいてきて、肩をぽんと叩きながら、困ったような声で言った。 「玲奈。澪はさ、大学の共通テストに失敗して何日も泣いてるんだ。それに、澪はアートが好きだけど、お前みたいな才能はないだろ?だから、兄としても辛いんだよ。今回は澪に譲ってくれ、な?あいつを元気づけるためだと思ってさ。 そんな心配するなって。これは形だけのことだから。入学までには、ちゃんと元に戻してやるからさ。 それに、この家の人間が、お前をあんな将来性のない大学に本気で行かせるわけないだろ?」
عرض المزيدほどなくして、母からスマホに直接電話がかかってきた。その声はひどくかすれていて、疲れと悲しみがにじみ出ている。「玲奈。お母さんたちがしたこと、本当にごめんなさい……こんなに長い間、お母さんの見る目がなかったせいで、あなたに辛い思いをたくさんさせてしまった……そして、私たち家族はあなたにひどい仕打ちをした。あのね、お父さんと話し合って決めたの。今日から、澪とは縁を切ることにしたわ。澪はもう、私たちの娘じゃない。それに翼も……翼も厳しく叱ったわ。地方の支社に異動させて、一人でしっかり反省させることにしたから!」私は電話の向こうの声を聞いていたけど、心は不思議なくらい穏やかだった。「お母さん」私は落ち着いた声で、そう切り出した。「もうすぎたことだから。謝罪なんていらないよ」「いいえ!玲奈、謝らせて!お母さんが間違っていたんだから。本当に、お母さんが間違っていたって、やっと分かったの……」母は電話の向こうで声にならないほど泣いていた。遅すぎた後悔の念が、電話越しにも痛いほど伝わってくる。「お母さんのこと……許してくれる?ほんの少しだけでもいいから……」「許すとかそういう話じゃないよ」私は母の言葉を遮る。自分の声には、相変わらず何の感情もこもっていなかった。「ただ、もうこんなことで感情をすり減らす必要はないから。澪をどうするかは、お母さんたちの問題でしょ。私には関係ない」電話の向こうは長い沈黙に包まれた。ただ、必死に抑えているような嗚咽だけが聞こえてくる。しばらくして、母の声がまた聞こえてきた。それはとてもおそるおそるといったもので、すがるような響きを帯びている。記憶の中にある、いつも上品でプライドの高かった母とは、まるで別人のようだった。「玲奈……あの……今年のお正月……少しだけでもいいから、顔を見せに帰ってきてくれないかしら?顔を見せてくれるだけでいいの……あなたが一番好きなもの、作って待ってるから……それにお父さんは……白髪がもうこんなに増えちゃって……」電話越しに聞こえる、すっかり老いてしまった声を聞いていると、ずっと昔のぼんやりとした暖かい記憶が頭をよぎった。それは多分、澪がまだいなかった頃のお正月の記憶。台所で忙しそうに立ち働く誰かの姿と、おいしそうな料理の匂い
明里の手と声は震えていたが、その眼差しはますます冷たく、鋭くなっていく。「あなたが『失うのが怖い』ものって、一体何?私たち家族のこと?それとも、内田家があなたに与えてくれるすべてのこと?はたまた、両親の愛情?それとも、内田家のお嬢様という肩書きや恵まれた暮らし、祐介と釣り合うための身分?」澪はその眼差しに怯え、声を詰まらせる。もう顔に血の気がなく、真っ青だった。唇は震えていたけれど、まともな言い訳はもう出てこないようだ。「答えなさい!」明里は、ほとんど叫ぶように言った。「これらはあなたがやったことなの?本当にあんなことを言ったの?本当のことを言いなさい!」とてつもないプレッシャーに、澪の心の壁はついに崩れ落ちた。澪は支離滅裂だったが、白状し始める。「そうよ、私。メッセージを送ったのは私……合格通知のことも私がやったわ。でも、お母さんたちに何も間違いがないって言えるの?普通、他人をかばって身内を蔑ろにする?私がお姉ちゃんに色々できたのって、お母さんたちが黙認してたからでしょ?お姉ちゃんがお母さんたちを捨てた途端、後悔して全部私のせいにするなんて、そんなのあんまりじゃない!」その言葉を聞いて、明里は全身の力が抜けていくようだった。よろめきながら後ろに下がり、ソファに崩れ落ちる。その目は、虚ろに宙を見つめていた。声もなく、涙だけがとめどなく流れ落ちていく。7年間……丸々7年間もの間娘を失っていた。そしてその元凶が、こともあろうに、自分が家に連れて帰り、あれほど可愛がってきた娘だったなんて。哲也は最後に、床で震えている澪に目をやった。「澪」哲也の声は静かだったが、怒鳴り声よりも人を凍りつかせた。「お前が内田家に来た日から、俺はお前に不自由な思いをさせたつもりはない。何不自由ない暮らしをさせて、大切に育ててきた。玲奈よりも、お前には甘かったくらいだ。それなのに、お前が内田家に返してくれたものは、何だ?策略、嘘、そして……俺の娘の人生を壊そうとした!」一呼吸おいた哲也の一つ一つの言葉は、まるで床を震わせるようだった。「よく聞け。今この瞬間から、お前と内田家は、一切関係ない。養子縁組の解消に関する書類は、明日、弁護士がお前に届けるだろう。お前が持っている内田家の資産
数年の月日が、ゆっくりと流れた。大学院での勉強も順調に進み、仕事にもだんだんと慣れてきた。私の生活は湖のようにとても穏やかだった。金箔が施された分厚い招待状が、私が勤めている学校に届くまでは。差出人の名前は書かれていなかった。しかし、この嗅ぎ慣れた匂い。封筒越しでもはっきりと感じとれる、高級な香水と作り込まれた上品さが混じり合ったようなこの香りは知っている。澪と祐介からの結婚式の招待状だった。中には、澪と祐介のウェディングフォトが添えられていた。招待状には、日時と場所のお知らせのほかに、手書きの小さな文字がびっしりと書かれていた。綺麗な字だったが、一語一句が針のように鋭い。【お姉ちゃん、私結婚するの。祐介とね。お父さんとお母さんの本当の娘だからって何?結局、私には勝てなかったじゃない?どう?外での惨めな生活は、お姉ちゃんにお似合いなんじゃないかな?知らないと思うけど、私、祐介とはずっと前から付き合ってたの。お姉ちゃんに隠れてこっそり会うなんて、スリル満点だった。言っておくけど、この家に私がいる限り、お姉ちゃんがお父さんやお母さんの愛情を受けることなんて絶対にできないから!人に濡れ衣を着せられるのって、辛いでしょ?けど、自業自得!だってお姉ちゃんは生まれた時からお嬢様で、私は執事の娘だった。ただ運が良かっただけ!でも、今ではお姉ちゃんの全てが私のものなんだから!そっちは南山市みたいな田舎で、ずっと苦しんでればいいのよ!いっそそこで死んで、一生帰ってこなければいいのに!】私は招待状を握りしめてしばらく眺めていた。それから、その写真を母のかつての番号に送った。数日後の深夜、母からラインでメッセージが届いた。【玲奈、どうして澪はあなただけにそんなものを?澪……本当に澪が?澪はそんな子じゃない。あなたたちの間に何か誤解があるんじゃないの?】私は画面を見ながら、これまで澪に陥れられてきた証拠を一つひとつ整理して、分かりやすいファイルにまとめて返信した。ファイル名はシンプルに。【澪のこれまでの言動に関する報告とそれに関する証拠】……内田家では、哲也が手元の資料を一枚一枚めくっていた。その顔色はみるみるうちに青ざめていく。数枚の写真とチャットの履歴を奪い取るように見た明里の唇は震えていた。その目
南山市での生活は穏やかだった。学校の近くにあるちょっといいアパートを借りた。広くて日当たりも良く、家具も全部そろっている。大学に入ってから、親から一円も仕送りをもらっていなかったので、持っていたブランド品を全部売ってお金にした。金額でいえば、かつて内田家の令嬢だった私にとっては、はした金だった。しかし南山市では、余裕をもって、むしろ贅沢な暮らしができるくらいのものだった。生活のために必死に働く必要もない。ルームシェアの騒がしさに耐えることも、安い画材で我慢することもない。おかげで、学業だけにすべてのエネルギーを注ぐことができた。私は二つの学位の同時取得を目指した。忙しい毎日ではあったが、幸いなことに、努力は無駄にならなかった。卒業時には、教育と芸術の両方の卒業資格を手に入れた。地元の教員採用試験を受けて、新設された中学校の美術教師に応募した。競争は激しくなくて、筆記試験も面接も順調にパスし、すぐに採用通知が届いた。それと同時に、願書を出していた国内トップの美大の大学院からも、合格通知が届いた。給料と大学院の研究費で日々の生活はまかなえた。ブランド品を売ったお金もまだ残っていたけど、それにはもう手をつけなくてよくなった。この数年間、母からのメッセージはちょくちょく届いていた。最初の頃はたった一行だけ。まだ怒りが収まっていない様子で、私を試すような上から目線の文章だった。【玲奈、いつまで意地を張ってるの?自分が間違ってたって分かったなら、さっさと帰ってきなさい。外で恥をさらすのはやめてちょうだい】私は目を通しただけで、特に返信はしなかった。そして、その番号を着信拒否にした。数ヶ月後、また別の新しい番号からメッセージがきた。口調は少し柔らかくなっていたけど、相変わらず棘があった。【お父さんがまた胃を悪くして、入院したの。娘なんだから、一度くらいお見舞いに来たらどうなの?】私は信頼できる昔の友人に頼んで、こっそり様子を確かめてもらった。父は確かにお酒の飲み過ぎで入院していたけど、たいしたことはなく、定期的な検査のようなものだった。だから私はこう返信した。【様子は聞きました。大したことはないというようなので、しっかりお医者さんの指示を聞いて安静にして下さい。お大事に】向こうから