梨花は、清が何を心配しているのかすぐに察した。そして彼を安心させるように、やさしく微笑んだ。「大丈夫。すぐ戻るから。もし橋屋社長との話を終えても私が戻ってなかったら、その時は探しに来て……これで、少しは安心した?」そう言われてようやく、清は彼女を送り出す気になった。クルーズ船は広く、梨花はしばらく迷いながらようやくトイレを見つけた。まるで金でできたような内装。壁は金色に輝き、洗面台には大きな鏡。鏡の縁には繊細な装飾が施されており、どこを見ても豪華さに満ちていた。手を洗い、戻ろうとしたその時。扉の外で、足が止まった。「梨花。こんなところで会うなんて、奇遇だね」声の主を見て、梨花は
ウェイターたちはグラスを手に、人々の間を行き交っていた。梨花は清の腕に軽く手を添えて、クルーズ船のデッキへと上がってきた。その姿はすぐさま幾つかの視線を集めた。理由は簡単だった。――彼女が、あまりにも美しかったから。深い紺色のドレスには小さな星のようなビジューが散りばめられ、光を浴びてきらめくその様は、まるで波打つ夜の海。静かでいて、底知れぬ深さを感じさせた。ふんわりと巻かれた髪が彼女の雰囲気を一層引き立て、ドレスの裾を軽く持って歩く姿は、まるで伝説の人魚姫が現れたかのようだった。このクルーズ船には、様々な人々が集まっていた。ビジネス界の新星、海外からの投資家、そして明らかに「狩り
梨花は反射的に断ろうとした。だが、まるでそれを見越していたかのように、藤屋夫人はやわらかく言葉を重ねた。「そういえば、私達、もうずいぶん会ってないわね。小さかったあなたが、こんなに大きくなって……まさか、もう他人行儀になるつもりじゃないでしょうね?」そこまで言われてしまっては、もう断るわけにはいかなかった。これ以上は情がないと思われる。仕方なく、梨花は招待を受け入れた。電話を切ったあとで、彼女はようやく思い出した。――孝典も、そのパーティーに来るかもしれないって聞いてなかった……あまり会いたくない。聞いておけばよかった、と後悔するが、もうかけ直すのも不自然すぎる。「まあ……いっ
梨花はその瞬間、すっかりおとなしくなり、手を離そうにも離せず、気まずさから目線が泳いだ。今にもバレそうで、内心はドキドキだった。助けを求めるように、隣の清をちらりと見上げる。幸いにも、清にはその視線の意味がちゃんと伝わった。梨花の母は病院で梨花の父の看病をしていたため、二人はあまり長居せず、早々に病院を後にした。もともと籍を入れていなかったのは、梨花の家が反対していたからだったが、今回父が折れたのを機に、梨花は不安を抱えていた。――また何かひっくり返る前に、今のうちに籍を入れちゃおう。ちょうど今回の出張に戸籍謄本を持ってきていたので、二人はその足で役所へと向かった。そしてしばらく
梨花の父は下半身に毛布をかけたまま、外で梨花の母が医者と話している声を聞いていた。梨花には、それだけで父が脚をケガしていることが察せられた。けれど、それを自分の目で確かめる勇気はなかった。気づけば、彼女の涙は止めどなく流れ、毛布を濡らしていた。病床にもたれかかりながら、梨花は初めて自分のわがままさをこれほどまでに悔いた。――どうして、もっとちゃんとお父さんの言うことを聞いていなかったんだろう。「お父さん、ごめんなさい……本当にごめんなさい!」その時、頭の上から張りのある声が聞こえた。「何泣いてるんだ。死んだわけでも、足が無くなったわけでもない」その声に梨花は呆然と目を見開き、顔
「でも、どうしても心配で……」「でも今は木村社長に連絡取れないんですよ。誰か、連絡がつく人でもいれば別ですけど……」その一言で、梨花の目がパッと輝いた。――そうだ、お父さんに電話すればいいじゃない!すぐに彼女は父親の番号を押した。父の安否も、もちろん心配だった。電話が繋がるまでの時間は、まるで永遠のように感じられた。無事でいてほしいと、心の中で何度も祈った。幸いにも、電話はつながった。「……もしもし……ジジ……こっちは電波が……悪いな……」受話器の向こうから、かすかに父の声が聞こえた。どこにいるのかは分からないが、とにかく電波がひどく悪く、声が途切れ途切れだった。梨花は胸が