梨花は反射的に断ろうとした。だが、まるでそれを見越していたかのように、藤屋夫人はやわらかく言葉を重ねた。「そういえば、私達、もうずいぶん会ってないわね。小さかったあなたが、こんなに大きくなって……まさか、もう他人行儀になるつもりじゃないでしょうね?」そこまで言われてしまっては、もう断るわけにはいかなかった。これ以上は情がないと思われる。仕方なく、梨花は招待を受け入れた。電話を切ったあとで、彼女はようやく思い出した。――孝典も、そのパーティーに来るかもしれないって聞いてなかった……あまり会いたくない。聞いておけばよかった、と後悔するが、もうかけ直すのも不自然すぎる。「まあ……いっ
梨花はその瞬間、すっかりおとなしくなり、手を離そうにも離せず、気まずさから目線が泳いだ。今にもバレそうで、内心はドキドキだった。助けを求めるように、隣の清をちらりと見上げる。幸いにも、清にはその視線の意味がちゃんと伝わった。梨花の母は病院で梨花の父の看病をしていたため、二人はあまり長居せず、早々に病院を後にした。もともと籍を入れていなかったのは、梨花の家が反対していたからだったが、今回父が折れたのを機に、梨花は不安を抱えていた。――また何かひっくり返る前に、今のうちに籍を入れちゃおう。ちょうど今回の出張に戸籍謄本を持ってきていたので、二人はその足で役所へと向かった。そしてしばらく
梨花の父は下半身に毛布をかけたまま、外で梨花の母が医者と話している声を聞いていた。梨花には、それだけで父が脚をケガしていることが察せられた。けれど、それを自分の目で確かめる勇気はなかった。気づけば、彼女の涙は止めどなく流れ、毛布を濡らしていた。病床にもたれかかりながら、梨花は初めて自分のわがままさをこれほどまでに悔いた。――どうして、もっとちゃんとお父さんの言うことを聞いていなかったんだろう。「お父さん、ごめんなさい……本当にごめんなさい!」その時、頭の上から張りのある声が聞こえた。「何泣いてるんだ。死んだわけでも、足が無くなったわけでもない」その声に梨花は呆然と目を見開き、顔
「でも、どうしても心配で……」「でも今は木村社長に連絡取れないんですよ。誰か、連絡がつく人でもいれば別ですけど……」その一言で、梨花の目がパッと輝いた。――そうだ、お父さんに電話すればいいじゃない!すぐに彼女は父親の番号を押した。父の安否も、もちろん心配だった。電話が繋がるまでの時間は、まるで永遠のように感じられた。無事でいてほしいと、心の中で何度も祈った。幸いにも、電話はつながった。「……もしもし……ジジ……こっちは電波が……悪いな……」受話器の向こうから、かすかに父の声が聞こえた。どこにいるのかは分からないが、とにかく電波がひどく悪く、声が途切れ途切れだった。梨花は胸が
梨花の父は外では一応清に面子を立て、パートナーに紹介した。ただし、「娘婿」とは紹介しなかった。「なるほど、土屋社長の若い親族の方ですか。いやぁ、さすが立派なお顔立ちで!」「恐縮です」梨花の父が無意識に見せた清への距離感に、清だけでなく、パートナーも気づいていた。その後の会話を経て、彼の中で清に対する印象は微妙なものになった。だが、清はまったく動じず、落ち着いた態度を崩さなかった。少しばかりの社交辞令を交わしたあと、一行はテーブルについて食事を始めた。会場は3つ星レストランで、料理は豪華だったが、清の心は別のところにあった。梨花のことだ。彼女は最近つわりがひどく、普段は彼が食
「一人で勝手に出てって、なんで私を連れてかないのよ!次はどうなの、またやるつもり?」清は苦笑を浮かべた。彼は無言で彼女の腹に目をやり、もう次は本当に無理だと心の中で呟いた。今の梨花は、もはや自分の半分ご先祖様みたいな存在だった。お互い分かりきっていることなのに、梨花の父の目には、娘がいきなり走ってきて男の胸に飛び込んだようにしか映らなかった。「梨花、立ちなさい。自分の格好、どうなってるか見てみろ!」梨花の父の怒気を帯びた声が響き、梨花はようやく父親がその場にいることを思い出し、急いで清から離れた。「お父さん……」「普段ちょっと会社に来させるだけでも渋るくせに、木村くんを呼び出す