FAZER LOGIN陽菜の面倒をあれだけ長く見てきたのだから、ここまでこじれてなお、彰人にもあの子を完全には切り捨てられない気持ちが少しは残っていた。そして、雪名はすぐにそこにつけ込んだ。脅しはますます露骨になっていった。以前はせいぜい取り繕う程度だったのに、今ではもう平気で手まで上げるようになっていた。何しろ彰人のほうには、もう彼女への情がなかった。うまくいかないことへの苛立ちも嫉妬も、雪名は全部子どもにぶつけるようになった。彰人に金がなくなると、今度は親のところへ行って頼れと責め立てた。けれど彰人は、もう両親が自分を許さないとわかっていた。ようやく本気で仕事を探し始めた。何不自由なく育った坊ちゃんも、ついに落ちぶれたのだ。学生のころから、彼は勉強に真面目ではなかった。今の時代、学歴はその人の能力を示す、もっともわかりやすい物差しのひとつだった。彼が工面できる金は、日に日に減っていった。その分、雪名の不満もどんどん膨らんでいった。ある口論の最中、雪名は誤って陽菜を階段から突き落とした。あの子は彼女を警戒していなかった。だからひとたび落ちると、そのまま二度と目を覚まさなかった。彰人の中にかろうじて残っていた雪名への最後の憐れみも、その瞬間、跡形もなく消えた。彼は最後、しばらく黙り込んだあと、雪名の泣きながらの懇願を無視して、ためらいなく警察へ通報した。そのころ私は、海外での市場開拓に成功していた。この何年も、私は少しずつ両家の中へ深く入り込み、いまでは二つの家は歩調をそろえ、ほとんど一つのようになっていた。私は同じ場所に留まるつもりなどなかったし、私の夢もA市ごときで収まるものではなかった。雪名の件を知ったあと、私は少しだけ手を回した。このころには、彰人に対して、もう憎しみもなければ愛もなかった。それでもあの二人のしたことには、やはり吐き気を覚えた。結局、雪名は過失致死で実刑判決を受けた。彰人にも、雪名に情けをかける気は少しもなかった。最後の最後になって、彼はなお私に一度会いたがった。けれど私は、もう海外へ渡っていた。そして彰人は、もはや画面越しに私を眺めることしかできない存在になった。八年前、彰人が私に何も告げず家を飛び出したあの日、婚約の席に一人取り残され、私は周囲の異様
次に彰人を見かけたとき、彼はまるで一夜にして十歳は老け込んだみたいだった。雪名は流産で体を痛めた。このところ彰人はどこへも行けず、彼女に強引にそばへ引き留められていた。そしてその日、私はちょうど病院の視察に来ていた。大勢に囲まれている私と、ひとりきりで立っている彼。その対比はあまりにもはっきりしていた。彰人はそのとき、雪名の検査結果を待っていた。彼の視線はずっと私を追っていたけれど、私は最後まで一度も彼を見なかった。私たちはまるで他人同士だった。実際、そのとおりだった。玲子はもう絶対に彰人を許さないと決め、彼と縁を切った。そして私を本当の娘として迎えてくれた。一昨日、私たちは養子縁組のお披露目の席をちょうど終えたばかりだった。多くの人が訪れ、メディアも競うように取り上げた。その話題は大きく拡散し、ニュースでも大きく扱われた。けれど誰一人として彰人の名を口にせず、数年前のあの盛大な結婚式についても、皆、空気を読んで尋ねようとはしなかった。彰人がその報道を見て、何を思ったのかは知らない。けれど、もう私には関係のないことだった。私はずっと忙しかった。会社を回し、メディア対応にも追われていた。子どものころから、私は自分が何を望んでいるのか、はっきりわかっていた。形のない曖昧な愛なんかより、私が欲しかったのはこの手で掴める、目に見える力だった。彰人は呆然とその場に立ち尽くしたまま、こちらへ来ようとはしなかった。私も、すぐには彼だと気づかなかった。昔はいつも、私が不自由なく整えていたから。でも今の彼はあまりにもみすぼらしくて、一瞬では思い出せなかった。両親の手回しもあって、彰人が私の前に現れることはなかった。身分証明書類を持って会社に来て、自分の身元を証明しようとしたこともあったけれど、返ってきたのは冷たい視線だけだった。会社員たちはあれこれ噂話に興味があるわけじゃない。ただ仕事のことだけを見ている。私が彰人を会社から外したとき、そのことは社内中に知れ渡った。最初のうちは、皆ただ社長の親戚か何かだと思っていただけだった。けれど何年も一度も顔を出さないとなれば、不満を抱く者も増えていく。そして、私の口から正式に彰人を会社から切り離したと告げられると、誰もが歓迎し
彰人が騒ぎを起こした翌日には、もう挽回しようと動き始めていた。けれど誠司と玲子は彼を受け入れず、私の両親も家に入れようとしなかった。結局、彰人は打つ手を失った。会社にまで私を訪ねて来ようとしたけれど、入口で止められた。この何年ものあいだ、彰人は会社に顔を出したことがなかった。結婚後、私は一応、彼に部長職の名目だけは与えていた。けれど、警備員に止められたとき、彰人はそれを証明しようとして、全身を探っても社員証一枚出てこなかった。仕方なく自分の名前を名乗ったものの、その顔を知っている者は誰もいない。結局、そのまま追い返されるしかなかった。その騒ぎが起きていたころ、私は最上階にいた。秘書の報告を聞きながら、床まで届くガラス窓の前に座って、外を眺めていた。彰人は忘れていた。どうして私たちが結婚することになったのかを。それは、私たちの愛情がどれほど深いかなんて理由じゃない。家柄が釣り合っていたからだ。高い場所に立てば、自然と付き合う相手も同じ階層の人間になる。まさか彰人が家出するなんて、誰も想像しなかった。みんな、正気じゃない、何を考えているのかわからないと思っていた。何しろ、柏原家はこのA市でも指折りの一族だったのだから。街の中心にそびえ立つあの高層オフィスビルは、柏原家のものだ。そしてその向かいに、柏原家と肩を並べるように建っているのが神宮寺家のビル。今では、その二つとも私のものだった。彰人が雪名を連れて中絶に行こうとしていたことも、私の耳にはすぐ入った。何しろ彼は何もわかっておらず、ただ相手を病院へ連れて行けばいいと思っているだけだった。しかもその病院は、うちの系列病院だった。病院の中で彰人と雪名は言い争いになり、かなり大きな騒ぎになった。だからその話も、自然と私のところへ届いた。医者たちは二人の事情を知らなかった。妊娠がわかったときには、まだ笑顔で対応していた。ところが彰人が何のためらいもなく中絶を希望した途端、さらに雪名が泣きながら彼にすがりつくのを見て、その場の空気はすぐに変わった。医者は医療トラブルだと思い、警備員まで呼んだ。雪名が婚姻関係を示す書類を取り出してようやく、相手も口をつぐんだ。彰人は本気で離婚するつもりだった。病院を出ると、そ
私はこの茶番をそれ以上見ている気にはなれなかった。私にはもう関係のないことだったし、あの夫婦の問題に口を挟む筋合いもない。誠司も玲子も、その場には残らなかった。ここまで来て、二人とも完全に彰人に愛想を尽かしていた。柏原家の資産は、長いあいだずっと私が管理してきた。彰人ときっぱり縁を切るのなら、それも返してしまおうと思った。けれど玲子は私の手を握り、きっぱりと言った。「あなたがいなかったら、私たちはここまで持ちこたえられなかったわ。あなたに渡したものは、もうあなたのものよ。返してもらうつもりはないわ」結局のところ、私と彰人のあいだにはもう何の関係もない。あの偽物の婚姻届受理証明書の行き先がゴミ箱なら、彼もまた同じだった。私はもう変に遠慮して断ることはせず、そのまま受け入れた。誰も知らないことだけれど、八年前に彰人が家を飛び出した時点で、私はすでに人をつけ、彼の動向を探らせていた。あれだけ大勢の前で婚約が決まったと公にされた以上、彰人の名前は、最初から私と切り離せないものになっていた。彼がいなくなったあと、私はすぐにその件の情報を外へ漏らさないよう手を回した。ただ、まさか彼自身が、結婚式から逃げたことを自分で言いふらすとは思わなかった。この何年ものあいだ、彼の言動はすべて、私の掌の上にあった。そして雪名の存在も、私は最初から知っていた。彼女は親の言いなりになって、平凡な男に嫁ぐのが嫌だった。そこへ彰人のような御曹司がちょうど目に留まったのだ。そして彼女にとって最大の武器は、彰人がいつも持ち歩いていた私の写真だった。彼女は自分の目元が私に似ていることを頼りに、計算ずくで近づいた。けれど雪名は忘れていた。偽物は、どこまでいっても偽物だということを。彰人が最後に迷わず選ぶのはあくまで私であって、この身代わりではない。何しろ彼女の振る舞いはあまりにも小さくまとまりすぎていて、私らしさの半分すら真似できていなかった。けれど雪名が現れたその時点で、私はもう腹を決めていた。私は愛なんて信じていないし、彰人をただ一途に信じ切るつもりもなかった。たとえ私たちが幼なじみで、一緒に育ってきたとしても。ただ、彰人と違って、私は上へ行きたい人間だった。彼が一心に私のあとを追いかけて
私が言い終えた途端、その小さな女の子が私に向かって駆けてきた。けれど、ぶつかるより先に彰人がその子を引き寄せた。明け方にはあの子のことで私を疑っていたくせに、今はその子をしっかり抱え込み、私を傷つけさせまいとしている。あまりに急な展開に、さっきまで余裕を見せていた雪名の顔色も変わった。たしかに彼女は彰人の法的な妻だ。けれど今の様子を見れば、彰人が彼女の側に立つつもりはないとわかった。「でも、私、もう妊娠してるの」雪名は涙を浮かべながらも、はっきりと言った。その一言で、全員の視線が彼女に集まった。私も思わず目を向けた。けれど雪名は、こちらの視線など気にも留めなかった。数歩前へ出ると、彰人の手を取って自分の下腹に当てた。「陽菜はあなたの実の子じゃない。でも、この子は違うわ」その言葉に、彰人も一瞬、固まった。我に返ると、彼はすぐに雪名を突き放した。「陽菜の本当の父親は、この母娘を捨てたんだ。この子が父なし子だなんて言われないように、俺の籍に入れただけだ。でも、まさか妊娠するなんて……俺は手を出してない、なのに――」彰人は必死に弁解しようとしたが、何かを思い出したのか、急に言葉を切った。たしかに彼は毎晩、家には帰ってきていた。ただ、二か月前に一度だけ、朝になってから戻ってきたことがある。かなり酔っていて、帰るなりまっすぐバスルームへ向かった。私が尋ねると、彰人は目をそらし、酒の匂いを私につけたくなかっただけだと答え、もう二度と遅くならないと誓った。彰人が認めないのを見て、雪名は唇を噛んだ。「その夜、あなたは私を彼女だと思ってたじゃない。覚えてないの?」その言葉は、まるで爆弾のようだった。彰人は長いあいだ何も言えず、私も思わず眉をひそめた。けれど衝撃のあとに込み上げてきたのは、底知れない吐き気だった。あの夜、彰人はいつものように雪名の様子を見に行った。けれど部屋の中は暗く、しかも雪名は、私たちの結婚式の日に私が着ていたのと同じようなウェディングドレスを着ていた。もともと彼女は私に少し似ていて、そのうえ彰人は酒に酔っていた。すべてが終わってから、ようやく彰人は我に返り、慌ててその場を去ったのだ。私はそのとき初めて、雪名の顔立ちをまじまじと見た。たしかに
あまりにも突然の出来事で、私もまったく不意を突かれた。結局、真っ先に双方の両親へ連絡し、すべての真相を伝えた。彰人をかばうつもりはなかったから、私は事実を一つ残らずそのまま明かした。誠司と玲子が来るのは早かった。玄関に入るなり、誠司の平手が彰人の頬に飛んだ。あの人たちは幼いころから私を見て育ててきて、ずっと前から家族同然に思ってくれていた。それに、彰人がいなくなっていたあの五年間、そばにいたのは私だった。彼が不在だった間、誠司と玲子を慰め、世話をしてきたのも私だった。彰人が何の便りも寄こさなくなって四年目、あの人たちもようやく彼を見限った。柏原家の持ち株は私に譲られ、私は両家を背負う立場になった。ただ、誰も思っていなかった。彰人が突然戻ってきて、しかも私と結婚することに同意するなんて。彼は三か月ものあいだ派手に私を口説き、そして私たちは結婚式を挙げた。けれど、そのころから彰人は変わっていた。以前のような積極性はなくなり、会社の会議にもたびたび顔を出さなくなった。彰人自身は気づいてもいなかったのだろう。発言権を握っていたのは、私のほうだった。みんなに囲まれて慰められている私のそばで、彼は床にひざまずいていた。誠司の手加減はなく、彰人の頬はすでに腫れ上がっていた。それでも彼は痛みなど感じていないみたいに、ひと言も発しなかった。そのとき、玄関の外から小さな女の子が駆け込んできた。入ってきた瞬間、泣き声まじりにまっすぐ彰人のほうへ走っていく。そして私は、雪名と目が合った。彼女もまさかこんな場面だとは思っていなかったのか、顔色はよくなかった。けれどすぐに気持ちを立て直し、おずおずと口を開いた。「あなた、陽菜ちゃんがすごく会いたがってて、私……」最後まで言い終える前に、玲子の目が冷たくなった。あの年、玲子はその愛人のせいで体を壊し、誠司にも心を傷つけられた。たとえその後、誠司が心を入れ替えて玲子だけを大切にするようになったとしても、あの壊れた関係だけは、とうとう元には戻らなかった。「たとえ籍を入れていたとしても、世間の人たちはみんな、夏帆ちゃんこそが彰人の妻だと思っているのよ」玲子ははっきりと立場を示し、彰人の名を口にするときでさえ、声音ひとつ和らがなかった。