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遅すぎた想い

遅すぎた想い

Par:  ジャスミンComplété
Langue: Japanese
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スキー場で雪崩が起きたとき、私がいとこの吉岡美都に突き飛ばされた。 彼氏の阿久津巧は、私を忘れて美都を抱きかかえたまま、その場を去っていった。 雪の下に取り残された私は、谷底で一人、七日間も閉じ込められていた。 ようやく救出されたとき、彼は怒りをあらわにした。 「美都の腕が無事だったことを感謝するんだな。もし骨でも折れてたら、お前がここで死んで詫びるしかなかったんだ!」 「結婚式は一週間後に中止。自分の非を認めたときにでも、改めて話をしよう」 彼は、私が泣きながらすがりついて、結婚を懇願すると思っていた。 けれど私は静かにうなずいた。「わかった」 彼は知らなかった。私は山の「月の女神」と取引をしたことを。あと六日で、私の中で一番大切なもの、巧への愛と記憶を差し出すことになっている。 彼のすべてを忘れて、新しい土地で人生をやり直す。 もう結婚なんて、どうでもよかった。 あの雪山で、彼を愛していた川崎真里は、もう死んでしまったのだから。

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Chapitre 1

第1話

スキー場で雪崩が起きたとき、川崎真里(かわさき まり)は吉岡美都(よしおか みと)に突き飛ばされ、雪山から転げ落ちた。美都はその場で両腕を脱臼しただけだったが、真里は山の谷底まで転落した。

彼女は雪山で、まるまる七日間も閉じ込められていた。

もし足を枝に刺されて出血し、雪の中に赤い跡が残らなかったら、彼女は一生、誰にも見つけてもらえなかっただろう。

真っ白な雪に広がる鮮やかな血痕は、まるで一輪の真紅の花のように浮かび上がっていた。

真里は木の切り株にもたれ、息も絶え絶えで、今にも雪に溶けてしまいそうなほど弱々しかった。

護衛隊が彼女を見つけるなり、すぐにトランシーバーで阿久津巧(あくつ たくみ)に連絡を入れた。

「阿久津様、川崎様を発見しました!」

まもなくヘリが空から降り立ち、巻き起こる風に真里は目を開けることもままならなかった。

それでも彼女は、一目で巧の姿を見つけた。その彼の後ろには、やはり美都がぴったりと付き添っていた。

巧は急いで駆け寄ってきて、今にも倒れそうな彼女を見た瞬間、怒りを爆発させた。

「お前があちこち勝手に動き回るから、こっちは千人以上動員して探す羽目になったんだぞ!」

「じっとしていれば、五、六日も無駄に探さなくて済んだんだ!」

「毎日誰かに迷惑かけないと気が済まないのか!」

今は十一月、氷点下十数度の寒さで山は雪に閉ざされていた。

最初、真里は迷子になるのを恐れ、その場から動かずじっとしていた。

凍えながらも、巧がきっと助けに来てくれると信じてる。

でも夜になると、辺りは真っ暗になり、光る緑の目がギラギラとこちらをうかがい、遠くからは不気味な咆哮が響いた。

彼女は震えながら火を焚き、目を閉じることもできず、夜通し耐え続けた。

やがて最後の食料も尽き、雪を掘って野草や果実を探さざるを得なくなった。

けれど真冬の山では何も見つからず、指はひび割れ、血が滲んでも感覚がなかった。

一日、また一日……真里の中に残っていた希望は、冷たい風に吹き消されていった。

彼の罵声を聞いても、彼女はただ力なくうつむき、何も言わなかった。

巧は彼女のことを、うるさくて、感情的で、屁理屈ばかりだと嫌っていた。

何かあるたび、彼はいつもこう言っていた。

「また適当なこと言ってるんじゃないだろうな?今度はどんな嘘をついてる?」

もういい。

彼と争うのはもう疲れた。どうせ何を言っても、信じてはもらえない。

そのとき、横にいた警備員の一人が風に吹かれてくしゃみをし、ぽつりとつぶやいた。

「この辺り、よくオオカミが出るらしいですね。あのまま一人でいたら……たぶん、もう骨も残ってなかったかもしれない……」

「えっ?」と美都が驚いたふりで口元を押さえた。「真里姉、この方って知り合いか?」

警備員は戸惑って首を振った。「いえ、知らない方です。今日が初出勤で、同僚の名前もまだ全部覚えてなくて……」

美都は意味ありげに笑った。

「そうなんだ。そんなに心配してたから、てっきりお知り合いかと」

「やっぱり真里姉って魅力的なんだね。ちょっと話しただけで、もう味方がついちゃうなんて」

案の定、巧の顔色が変わった。

「川崎、お前、また節度のないことしてるんじゃないだろうな?」

彼は先ほどの警備員を指さし、冷たく言い放った。

「お前、もう明日から来なくていい」

「勘違いするなよ、俺がお前たちの雇い主だ」

「上下関係もわからない奴は、全員クビにしてやる!」

その言葉に、周囲の者たちは一斉に数歩後ずさり、火の粉が飛んでこないよう息をひそめた。

先に動いたのは、やはり美都だった。

「真里姉、大丈夫?」

そう言って、彼女の腕を取ろうとする。

「巧兄、真里姉もわざと私を怪我させたわけじゃないんだから、子どもの頃から甘やかされて育ったから、ちょっと気が強いだけなの」

「巧兄、もう怒らないで」

「私も腕の脱臼で何日も療養してたけど、真里姉だってずっと雪山にいたんだし、早く帰ろう?」

「美都の腕が無事だったことを感謝するんだな。もし骨でも折れてたら、お前がここで死んで詫びるしかなかったんだ!」

「結婚式は一週間後に中止。自分の非を認めたときにでも、改めて話をしよう」

巧の顔はさらに険しくなった。

「まったく……誰が知らないんだよ?この天然スキー場がどれだけ危険か。それを写真映えのためにフラフラ歩き回って、自業自得だろ!」

「川崎、お前の両親が俺の命の恩人じゃなかったら、とっくに婚約なんか解消してる!」

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中山雅子
中山雅子
なんかおもろい予感!
2025-05-30 06:49:07
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第1話
スキー場で雪崩が起きたとき、川崎真里(かわさき まり)は吉岡美都(よしおか みと)に突き飛ばされ、雪山から転げ落ちた。美都はその場で両腕を脱臼しただけだったが、真里は山の谷底まで転落した。 彼女は雪山で、まるまる七日間も閉じ込められていた。もし足を枝に刺されて出血し、雪の中に赤い跡が残らなかったら、彼女は一生、誰にも見つけてもらえなかっただろう。真っ白な雪に広がる鮮やかな血痕は、まるで一輪の真紅の花のように浮かび上がっていた。真里は木の切り株にもたれ、息も絶え絶えで、今にも雪に溶けてしまいそうなほど弱々しかった。護衛隊が彼女を見つけるなり、すぐにトランシーバーで阿久津巧(あくつ たくみ)に連絡を入れた。「阿久津様、川崎様を発見しました!」まもなくヘリが空から降り立ち、巻き起こる風に真里は目を開けることもままならなかった。それでも彼女は、一目で巧の姿を見つけた。その彼の後ろには、やはり美都がぴったりと付き添っていた。巧は急いで駆け寄ってきて、今にも倒れそうな彼女を見た瞬間、怒りを爆発させた。「お前があちこち勝手に動き回るから、こっちは千人以上動員して探す羽目になったんだぞ!」「じっとしていれば、五、六日も無駄に探さなくて済んだんだ!」「毎日誰かに迷惑かけないと気が済まないのか!」 今は十一月、氷点下十数度の寒さで山は雪に閉ざされていた。最初、真里は迷子になるのを恐れ、その場から動かずじっとしていた。凍えながらも、巧がきっと助けに来てくれると信じてる。でも夜になると、辺りは真っ暗になり、光る緑の目がギラギラとこちらをうかがい、遠くからは不気味な咆哮が響いた。彼女は震えながら火を焚き、目を閉じることもできず、夜通し耐え続けた。やがて最後の食料も尽き、雪を掘って野草や果実を探さざるを得なくなった。けれど真冬の山では何も見つからず、指はひび割れ、血が滲んでも感覚がなかった。一日、また一日……真里の中に残っていた希望は、冷たい風に吹き消されていった。 彼の罵声を聞いても、彼女はただ力なくうつむき、何も言わなかった。巧は彼女のことを、うるさくて、感情的で、屁理屈ばかりだと嫌っていた。何かあるたび、彼はいつもこう言っていた。「また適当なこと言ってるんじゃないだろうな?今度はどんな嘘をつい
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第2話
三年前、真里の両親は巧の両親を助けようとして交通事故に遭い、命を落とした。それを知った親戚たちは、川崎家の財産を我先にと奪い合い、跡形もなく食い尽くした。そんな中、巧の祖父は真里を気の毒に思い、彼女を阿久津家に引き取り、路頭に迷わないようにした。そして誰にもいじめられないように、彼女と巧に婚約を決め、自分の孫嫁にしようとした。その結果、二人は自然な流れでカップルになった。だが、巧はあまりにも人気がありすぎた。京市中で彼を知らない人間はいない。阿久津家の御曹司が器量良しでハンサムで、彼に憧れる女性は山ほどいる。それに比べて、真里はまるで陰に隠れるような存在だった。彼を繋ぎ止めるために、彼女はあらゆる手段を使った。泣いて騒ぎ、脅しをかけるのは日常茶飯事。巧に近づく女の子は、どんな手を使ってでも追い払った。皆が口を揃えて言った。「川崎真里は、嫉妬深くて彼氏命の地雷女だ」と。さらに彼女はLineやInstagramに二人の写真を載せて、あえて見せつけるように愛を誇示した。だが、今。巧の冷たい叱責を前にしても、真里はうつむき、小さく答えただけだった。 「わかってる」その様子に、巧は一瞬言葉を失った。本来なら、このあと彼女は大泣きして、「イヤだ、イヤだ!」と騒ぎ立て、腕にすがって許しを乞うはずだった。何度も繰り返されてきた光景のはずだった。けれど、今の真里はまるで別人のように素直になった。それは彼が望んだ通りのはずなのに、なぜか胸の奥に、妙な違和感が残った。「川崎、本当にそれでいいのか?もしお前が素直に謝ってくれるなら……」「もう決めたの」真里は淡く微笑んだ。この結婚式のヒロインは、おそらく永遠に彼女ではないのだ。六日後には、彼女が彼のことを全て忘れる。愛も、記憶も。そして、新しい場所で人生をやり直す。護衛たちが彼女を担架に乗せようとしたとき、ようやく気づいた。彼女の足は、膝下から凍傷で皮膚が壊死し、見るに堪えない状態になっていたのだ。真里は、膝まで積もる雪の中を、どれだけ歩いたかわからなかった。止まれば、後ろからオオカミが追いついてくる。だから止まれなかった。深い雪に足を取られ、転倒した拍子に鋭い枝が足の裏を貫いた。血が勢いよく噴き出し、あっという間に周囲の雪を赤く染めた。そのとき
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第3話
なんとか近くの病院に到着すると、検査を終えた医者は重い口調で告げた。「川崎さんの足の怪我はかなり深刻です。現時点で考えられる処置は、壊死した部分の切断しかありません。 このまま炎症と化膿が進めば、足全体が危険になります。 さらに、深刻な飢餓状態によって胃腸もダメージを受けており、完全に回復するには少なくとも十年、二十年かかるかもしれません」巧はまるで頭を殴られたかのように呆然とし、しばらくしてから我に返ると、怒りに任せて椅子を蹴り倒した。「そんなバカな!?ちょっとした外傷で切断なんて、ヤブ医者め、ふざけるな!」美都がすぐに彼を止めた。「巧兄、落ち着いて。この辺の病院のレベルが低いせいかもしれないし、京市に戻ればきっと何とかなるよ。 兄はトップクラスの外科医だし、診てもらってみようよ。 ダメなら海外の専門医だっているし」巧はようやく怒りを収めたが、不安そうな表情は残ったままだった。「そうだな……お前の兄さんに見てもらおう」彼は拳を握りしめながら言った。 「一番腕のいい医者を探せば、絶対治せるはずだ」こうして彼らはすぐに京市へ戻ることにした。真里を診たのは美都の兄、吉岡健太(よしおか けんた)。市内でも有名な外傷専門医だった。診察を終えた彼はあっさりと言った。 「大したことないよ。ただの外傷だ。ちゃんと養生すればすぐに治る。内臓の話なんてデタラメ。栄養不足なだけだ。どうせ真里のいつもの芝居だろ?同情を引こうとしてるんだ」巧はその言葉を聞きつつも、まだどこか腑に落ちない様子で彼を見た。あの傷のひどさは自分の目で見ていたのだ。本当に問題ないのか?美都が彼の腕にそっと絡みつき、明るい声で言った。 「巧兄、心配しないで。お兄ちゃんの腕は確かだから」健太はむしろ不満げな顔で巧を睨んだ。「こっちが聞きたいよ!美都を守るって言ってたのに、なんでまだ手が治ってないんだ?」 「川崎なんかより、美都の方を心配したらどうなんだ」 「彼女の手は画家にとって命なんだぞ。もし何かあったら、許さないからな」美都はそれを遮るように優しく笑った。 「お兄ちゃん、やめて。真里だってわざとじゃないよ。あの時はちょっと取り乱してただけ」 「それにね」彼女は巧を見て、悲しげで、それでも健気な笑顔を見せ
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第4話
彼女はそう言いながら、雪の上に無理のない体勢で横になった。巧が慌てて探しに来たとき、美都はすでにそこに横たわっており、真里は深い雪に埋もれて谷底にいた。美都は、「真里姉とはぐれて、どこに行ったか分からない」と巧に伝えた。そうして巧は彼女に騙されて病院へと戻り、真里はたった一人、雪山の谷底に取り残されたのだった。両親が亡くなる瞬間を目撃して以来、真里は独りでいることに言葉にできない恐怖を感じていた。でもそのときは、まだ巧がそばにいてくれた。だからこそ、彼女はこのスキー旅行に一緒に来たのだった。できるだけ長く巧と一緒にいたかった。たとえ美都がいても、諦めたくなかった。まさか、自分の命を雪山の中で落としかけることになるとは思いもしなかった。あのときの絶望を思い出すと、真里は身震いした。肉体の痛みと精神的な苦しみが一気に襲いかかり、額には冷や汗がにじんだ。巧が怒鳴りながら彼女をベッドから乱暴に引き起こした。「早く謝れよ、聞いてるのか!」「お前のせいで、美都は腕を骨折して手首を痛めたんだぞ!」「もし美都がもう絵を描けなくなったら、どう責任を取るつもりだ!」その動きで彼女の傷が引っ張られ、すぐに血がにじみ、患者服が赤く染まっていった。その時になってようやく、巧は彼女の傷がまったく回復していないどころか、前よりも悪化していることに気づいた。「これはどういうことだ?」彼は怒りの目で健太を睨みつけた。「最高の薬を使わせて、毎日看護もさせてるはずなのに、なんで全然良くなってないんだ!」健太は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに言い訳を始めた。「そ、それは言われても……毎日ちゃんと診てるよ、看護師にも聞いて!」美都もすかさず真里に向き直り、説得するように語りかける。「真里姉、あなたが怒ってるのは分かるけど、治療に協力しないのはよくないよ」「そんなことしたら、私たち、もっと心配になっちゃうじゃない」「川崎!」巧はますます怒りをあらわにした。「自分の体すら大事にしないなんて、お前はもう救いようがない!」「そんな態度なら、結婚式は来世にでも回すんだな!」だが彼は知らなかった。健太は毎日病室には来ていたものの、診察も治療も一切行わず、むしろ彼女の傷をわざと開いて痛めつけることすらしていた
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第5話
真里が病院に運ばれて三日が経った。その間、時々来るのは一人の実習看護師だけで、消毒と薬を塗るくらいの世話しかされていない。薬を塗ると言っても、実際は傷口を軽く拭いて赤チンをつけるだけで、治療としての効果はほとんどなかった。その実習看護師の手つきは乱暴で、真里は何度も痛みに震え、全身汗びっしょりになっていた。彼女はシーツをぎゅっと握りしめ、痩せた指の関節が白く浮き出ていた。そんな姿を見た巧は、思わず薬瓶を取り上げ、自分で手当てを始めた。「痛いなら、言えよ」「前は……すぐ甘えてきて、慰めろってうるさかったくせに」もし以前だったら、真里は間違いなく甘えた声で彼にわがままを言っていただろう。だが今は、歯を食いしばって、必死に耐えていた。巧はわざと優しく話しかけた。彼女が少しでも歩み寄ってくれれば、自分も許すつもりでいた。何だかんだ言っても、真里は自分の婚約者で、自分のものだと思っていたからだ。だが真里は顔を背け、彼の方を見ようともしなかった。そして淡々とした口調で言った。「これまで迷惑かけて、ごめんなさい」「これからはもう大丈夫。婚約が邪魔なら、おじいちゃんに話して取り消してもらう」その言葉に、巧の眉が一気にしかめられた。「は?川崎、また駆け引きをしてるのか?」「いい加減にしろ!お前のそういうとこ、ほんとに面倒なんだよ!」まるで怒れる獅子のように、彼は手にしていた物を放り投げ、勢いよくドアを叩きつけて出て行った。倒れた薬瓶だけが、静かに床に転がったままだった。真里は虚しく笑った。何も駆け引きなんてしてない。ただ、ありのままを伝えただけなのに。翌日、病室の入り口に巧の祖父が現れた。彼は実の家族以上に彼女にとって大切な存在だった。その姿を見た瞬間、真里の目に涙が浮かんだ。山中で遭難していたとき、死の恐怖以上に心を占めていたのは、この優しいおじいさまのことだった。両親を亡くしたあの日、おじいさまが彼女の手を握り、阿久津家に連れて行ってくれた。そして衣食住を整えて、「辛いときは、いつでもおじいちゃんのところに来なさい」と言ってくれた。どんなことがあっても、彼女の味方になってくれる。その優しい笑顔を見て、真里は胸の苦しみを飲み込んだ。どうせもうすぐ出ていくのだ。せめておじいさまに心
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第6話
巧は顔をそむけ、真里を見下すような目で睨みつけた。「川崎、お前ってやつは、本当に懲りない女だな!」「阿久津家を出て、あと何日生きられるか見ものだよ!」「今この瞬間から、婚約は破棄だ!お前はもう、俺の婚約者じゃない!」おじいさまは怒りのあまり顔を真っ赤にし、震える指で巧を指さした。「お前は目も心も節穴か……」言い終える前に、おじいさまは目を閉じ、そのまま倒れてしまった。医師たちは慌ただしく、おじいさまを処置室へと運んでいった。真里は焦りでとっさに立ち上がろうとしたが、傷に触れて再び床に倒れ込んだ。「おじいちゃん、おじいちゃん……」涙を流しながら、彼女は巧の裾を掴んだ。「見に行かせて、お願いだから……」血と涙が床に滲み、赤い花のように広がっていく。だが、嫌悪感をあらわにして彼女の手を振り払った。「何、芝居じみたことしてるんだよ?」「お前が変に焚きつけなきゃ、じいちゃんが倒れることもなかっただろ?」「川崎、お前って本当に最低だな!」彼はそのまま医師たちの後を追って病室を出た。そして念のため、ボディーガードに真里を見張らせて、どこへも行けないように命じた。遠方にいた巧の両親も、知らせを受けて慌てて病院に駆けつけた。「ほんの数日家を空けただけで、こんなことに!」「このバカ息子!お前のせいでじいちゃんに何かあったらぶっ飛ばすぞ!」巧の父親は息子に怒鳴りつけ、今にも手を出しそうになったが、母親が間一髪で止めに入った。その場の空気を読んで、美都が口を開いた。「真里姉がまたワガママ言って、巧兄がちょっと注意しただけなんです。そしたら、彼女がじいちゃんに告げ口してそれで……」巧の母親の顔が一気に険しくなる。「たかが孤児のくせに、うちで好き勝手やって、ふざけた話ね」「自分がまるで本物のお嬢様にでもなったつもり?うちに寄生して成り上がるとでも思ってるのかしら、夢見るにもほどがあるわ!」その言葉に、巧も思わず眉をひそめた。「母さん、そこまで言うな。川崎の両親は、もともと父さんと母さんを助けようとして亡くなったんだ……」「もういい!」父親が語気を強めて遮った。「たった一度の恩で、一生彼女に頭を下げろと言うのか?」「あんな傲慢な女と結婚したら、阿久津家がどうなると思ってる!」「
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第7話
入院中、巧は彼女の病状を確認しに来たが、健太は淡々と応じただけだった。「彼女の様子を見たでしょ?協力してくれない以上、俺にもどうすることもできないよ」「そのうち考えが変わって、ちゃんと治療に向き合えば、すぐに回復するさ」「海外に行けば、もっと優秀な専門医が診てくれる。安心していい」巧は、彼女の無茶な態度に苛立ちを覚えながらも、自分に執着するその気持ちが嬉しくもあった。彼女にとって自分はそれほど大きな存在なのだ。体を壊してまで、そばにいたいと思ってくれているのだから。「川崎、ちゃんと治療を受けて早く元気になろう。何でそんなに頑なになって、自分を傷つけるんだ?」だが、真里は彼の姿を見ると、ただ淡々と口を開いた。「おじいちゃんは目を覚まされたか?」ほんのわずかに芽生えた彼の同情心は、その一言でかき消された。巧は鼻で笑った。「よくそんなことが言えるな」「お前の脚が動かないからって許されると思うなよ。俺は本気で、じいちゃんに土下座して謝らせたいくらいだ」真里は、力なく「ごめんなさい」と呟いた。だが彼は、聞こえていなかったのか、あるいは聞こうとしなかった。まもなく、真里の私物がまとめて運び出された。その量はまるで、家から追い出されるかのようだった。その中に、小さな木彫りがあった。それは、巧の誕生日に贈るつもりものだった。幼い頃、阿久津家に引き取られたばかりの真里は、孤独だった。おじいさまが忙しい時は、いつも巧が彼女の傍にいてくれた。遊園地に連れて行ってくれたり、一緒に街を散歩したり、映画を見に行ったり……あの頃の巧は優しくて、彼女をとても大切にしてくれた。真里はこっそり日記をつけ始め、彼の名前を書き綴った。彼女はまる一ヶ月かけて、あの木彫りを作った。彫刻刀で指を切っても、彼女は諦めなかった。血が滲んでも、彼への贈り物だけは汚したくなかった。だけど、誕生日の当日、彼女は胸を弾ませて彼のパーティー会場に行くと、そこには彼に寄り添う別の女性の姿があった。美都だった。その腕を組み、親しげに笑う二人の姿は、彼女の心にナイフのように突き刺さった。その時、真里は思わず涙を堪えきれなくなりそうだった。それなのに、巧は、まるで何も気づかずに彼女を連れて真里の前へやって来た。「真里、美都はこうい
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第8話
「真里!」巧は、まるで一瞬で時が止まったかのようだった。真里の下から静かに流れ出る血は、あまりにも鮮烈で、まるで鋭利な刃が胸を貫いたような痛みだった。「真里、真里……」目に血が滲むほどの焦りの中、巧は彼女の冷たくなった手を握りしめ、そのぬくもりを取り戻そうと必死だった。すぐに医者と看護師が駆けつけ、真里を担架に乗せて急いで救急室へと運んでいった。「真里、お願いだ、絶対に無事でいてくれ」「死ぬな、真里、お願いだから死なないで……」巧は医者の後を追い、声すら震えながら叫んだ。「患者の四肢はすべて粉砕骨折、特に脚部の損傷が甚大です」「内臓破裂による大量出血、脳へのダメージも深刻です」「出血がひどい、急いで輸血を準備して!」次々と聞こえてくる医者の声に、巧は足元がふらつき、崩れ落ちそうになった。手術室のランプが点灯し、扉は固く閉ざされた。彼は完全に遮断されてしまった。巧は考えたくなかった。もしこれからの人生に、真里がいなかったら?いや、そんなことは絶対にない!美都はそんな彼を見て、急いで駆け寄り、優しく背中をさすった。「巧兄、大丈夫、真里姉は強運の持ち主だから、きっと助かるよ」「巧兄まで体を壊したら、私もおじさんおばさんも心配で仕方ないよ」彼女は口ではそう言いながら、心の中では抑えきれない歓喜に満ちていた。やっとよ、あの邪魔な女が死ぬ!真里さえいなくなれば、阿久津家の奥様の座は私のもの!今は巧が取り乱していても、時間が経てば自分の優しさに気づくはず。その時こそ、彼の心も完全に手に入れられる。死人のくせに、私と張り合おうなんて!美都は想像するだけで、笑い出しそうだった。だが、巧の耳には、彼女の言葉など何ひとつ届いていなかった。彼はただ、必死に廊下を行ったり来たりしながら、国内外の専門医に電話をかけ続けていた。「絶対に真里を助けてくれ、金でも人でも何でも出す!ただ…ただもう一度、あいつが俺の前に立てるようにしてくれ」彼は足元を見る余裕もなかった。気づいた時には階段を踏み外し、激しく転げ落ちていた。「巧兄!」美都が叫んで駆け寄った。意識を手放す直前、巧の口からこぼれたのは「真里、絶対に、絶対に無事でいてくれ……」どれくらい眠っていたのかも分からない。目を覚ました時、
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第9話
「ありえない!」巧は美都を突き飛ばし、彼女が床に倒れるのも気にせず、狂ったように立ち上がろうとした。「真里に会いに行く、会わなきゃ!」しかし、どれだけ力を振り絞っても、彼の体は言うことを聞かず、膝から崩れ落ちるばかりだった。膝の傷口から滲んだ血が床を赤く染めていく。美都は彼をベッドに連れ戻し、涙を滲ませながら震える声で言った。「巧兄、もうやめて、あなたがこんなに苦しんでるのを見るの、辛いよ」「でも、でも真里姉はまだ生きてるんだよ!何か方法があれば、きっと目を覚ますよ!」「まずは、少し落ち着いて、ね?」その言葉に、巧の荒ぶっていた気持ちも次第に落ち着きを見せ始めた。彼はすぐにボディーガードを呼びつけた。「すぐにうちに戻る。急げ!」「植物人間を目覚めさせるには、感情的な刺激が必要だって聞いた。真里が残した物が見つかれば、きっと彼女の目を覚まさせられる」彼はボディーガードに付き添われ、阿久津家へと戻った。だが玄関に入った瞬間、かつての家とどこか様子が違うと感じた。真里が買ってきたピンクの猫型玄関マットは、ありふれた茶色いマットに変わっており、彼女がいつも生けていた花束が飾られていたテーブルも、今は何も置かれていない。彼は真里の部屋のドアを開けた。そこは、まるで人が住んだ形跡すらない空っぽの空間だった。いつも抱いて寝ていたぬいぐるみ、化粧台に並べられていた香水、窓辺に並べられていた鉢植え……全部、跡形もなく消えていた。まるで最初からそこに真里がいなかったかのように。巧は見を開き、執事に怒声を上げた。「これはどういうことだ?」「真里の物はどこに行った!?誰の許可で勝手に!」突然の怒鳴り声に、執事は怯えながら答えた。「ご……ご両親のご指示でして」「奥様が、川崎様の持ち物はすべて焼却するようにと」巧は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、指の関節が白く浮き上がった。「……全部か?」執事の目が逸れた。答えは、それだけで十分だった。彼の目に血走った赤が浮かび、拳がドアに叩きつけられた。なぜだ。なぜ彼らは、ここまで真里を憎むのか。その時、階下で玄関が開閉する音と、気怠げな会話が聞こえてきた。「川崎、植物人間になったって?」「トラブルばかり起こす子だったし、阿久津家の役には全
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第10話
巧が病院に着いたのは、すでに夕方だった。「巧兄、ちょうどよかった、一緒にご飯食べよ?」美都は彼のやつれた頬を見て、心配すると同時に嫉妬の炎が胸に灯った。なんで真里はもうあんな状態なのに、巧兄はまだ気にかけてるの?でも、そんな感情は表に出さなかった。今の巧は落ち込んでいる。この機会を逃すわけにはいかない。彼に寄り添い、真里を完全に彼の心から消し去る。彼女は優しく巧をテーブルに案内し、丁寧に料理を並べる。「巧兄、ボディガードから聞いたけど、今日一日何も食べてないんでしょ?ダメだよ、それじゃ」「真里姉のことが心配なのは分かるけど、自分を粗末にしたら、真里姉が悲しむよ」「これ、今日ずっと煮込んでたチキンスープ。味、どうかな?」美都の気遣いに、巧の表情がやっと和らいだ。彼はそっと碗を受け取り、柔らかく微笑んだ。「美味しいよ、美都。君、本当に料理うまいんだな」美都は嬉しそうに顔を輝かせた。「ホント?」「だったら、これからも作ってあげようかな?」そう言いながら、彼女がすぐに口を押さえた。「あ、でも真里姉が知ったら、嫌がるかな。やっぱやめとこ」巧はベッドで眠る真里を見つめ、力なく笑いながら首を振った。「彼女が目を覚ましてくれるなら……怒られてもいいよ」巧が夕食を数口食べただけで終わった。彼が一晩中そばにいる気満々なのを察し、美都は急いで立ち上がった。「巧兄、少し休んで?」彼女は優しく巧の肩に手を置いた。「真里姉さのことは、私と兄さんでちゃんと見てるから」「今日はもう十分頑張ったよ。怪我もしてるんだから、ちゃんと休まないと」巧は何か言いかけたが、美都の言葉に押される形で、自分の病室へ戻った。「心配しないで、真里姉は私のお姉ちゃんでもあるから。ちゃんと面倒見るよ」夜が更けても、巧は眠れなかった。真里のことが頭から離れず、とうとう起き上がって様子を見に行こうと病室を出た。だが、彼女の病室に近づいたところで、薄く開いたドアの隙間から人影が動いているのが見えた。美都?それとも看護師?疑念が胸に広がる。巧は足を止め、ドアの陰に身を隠した。部屋の中から、美都と健太の声が聞こえてきた。「もう目を覚ますことないよね?」美都の声だった。「ほんと、なんであのまま死んでくれなかっ
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