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90話

作者: さいだー
last update 最終更新日: 2025-09-22 21:29:05

 陽川が生徒指導室の扉を開くと、そこには不機嫌そうな顔の志津里アイリ。そして困り顔の笹川秋斗、二人の前で腕組をする横島先生の姿があった。

 俺の姿を見た秋斗は安堵したのか、笑顔を見せた。

「陽葵」

 右手をあげながら俺の名を呼んだが、俺は陽川に胸元を掴まれたままだ。秋斗の方へ向かうのことはできなかったから右手をあげて挨拶とした。

「あなたの知り合いって言うのは本当なのね」

 俺と秋斗のやり取りを見て、陽川はそう判断したらしい。

「昔からの友達とその彼女だよ。……こいつら、なんかやらかしちゃった?」

 俺がそう質問をすると、陽川は鋭い視線を俺に向けた。

「何かやらかそうとしていたのは、あなたの方なんじゃないの?」

「と言いますと……?」

「はー、呆れた。まだとぼけるつもりなのね。私と横島先生に無断で志津里アイリさんに無償でトークショーをお願いしていたことはもう聞いているわ。彼らが最初に話しかけたのが横島先生で助かったわよ。本当に。他の先生だったら大問題になっていたところよ」

 すでに全てバレてしまっている……

 俺がやろうとしていた『秘策』それは、ストリーの中の人として世間に知られている志津里アイリにトークショーをやってもらうことだったのだ。

 ストリーの中身がいると騒ぎになっていた学校で、本物(偽物)のストリーの中身がトークショーを行なっているとなれば、お客さんが滝つぼに吸い込まれる滝のように押し寄せるのは自明の理だ。

 陽川が起こした事故配信の時に正門前に集まっていた人たちがその証明だ。

「桐生。俺が正門前で不審者がいないかの見回りをしていたからよかったようなものだぞ?他の先生の当番のタイミングだったら間違いなく大事になっていたぞ」

 凛々しいバージョンの横島先生がそう言った。もはやこっちの姿のほうが違和感が凄い。

「私を呼ぶのなら、話は通しておいてくれるのが筋ってものじゃない?」

 不機嫌さを隠そうとはせず、アイリも横島先生のあとに続いた。

 呼ぶって相談したら、きっとダメだって言われるとわかりきっていたから独断専行したわけで、アイリと秋斗が他の誰かに声をかけるとは思ってもみなかった。

「とりあえず陽川も桐生もそっちに座れ」

「はい。わかりました」

 横島先生の指示を受けて、横島先生の対面側に引きずられていく。

 アイリと秋斗が詰めて、その横に陽川が座り、俺に
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