LOGIN結婚して5年、春日部玲奈(かすかべ れいな)は自分を犠牲にして家庭に全てを捧げてきた。 子供の面倒、義父母の世話、夫である新垣智也(にいがき ともや)にもプライベートな時間を作ってあげた。 彼女は全てを犠牲にしてきたのに、夫は外に愛人を作って、車も家も仕事までもその女のために用意した。その愛人は至れり尽くせりの生活を送っていたのだ。 自分から気持ちが離れてしまった夫を取り戻すため、玲奈は第二子に男子を産もうと決心する。 夫は二人目に積極的で、新垣家の夫人としての立場を認めてくれているものだと思っていたのに、実は智也は愛人が子供を産むのにリスクがあるから、玲奈を子作りの道具としてしか見ていなかったのだった。 夫を失っても、まだ娘だけは自分と一緒にいてくれると思っていたのに、手塩にかけて大事に育てたその娘さえも、よその女に取られてしまったのだ。 そしてようやく玲奈は心を鬼にして、お腹にいる二人目を堕胎し、離婚をすることを決意する。夫と娘などもう必要ないのだ。 しかし、離婚協議中に、以前は家に帰ることすら嫌がっていた夫が珍しくリビングで彼女を引き留めた。「二人目を産むと言ってなかったか?」
View More智也はどれも似合うと思ったのか、店員に言った。「全部、包んでくれ」玲奈は止めなかった。支払いも、智也の好きにさせた。その店を出たあと、玲奈は別の店へ向かい、今度は十着以上を選んで試着を始めた。智也は外で待っていたが、そのとき勝から電話が入った。急ぎの仕事だった場合、受け入れるか。それとも――玲奈に付き合って、これまで一度もしたことのないことをするか。それとも会社の用件を片づけるか。少し迷った末、智也は電話に出た。やはり、対応が必要な急件だった。ちょうどそのころ、玲奈も試着を終えて出てくる。鏡で確かめ、悪くないと思い、店員に告げた。「この十着以上、全部いただきます」いまのうちに智也の金を使わないと、もう機会がないかもしれない。結婚して長いのに、彼の金を自分のために使ったことはほとんどなかった。離婚する前に――使えるものは使う。一円でも多く使って、これまでの自分の献身に見合う形にしたかった。智也も電話を切ったところで立ち上がり、玲奈に言った。「俺、会社に戻らないといけない」その言葉で、玲奈の笑みがすっと消えた。ちょうど服をまとめようとしていた店員も、手を止める。十数着なら金額も相当になる。玲奈が本当に支払えるのか不安で、そして支払えるはずの男は「会社に戻る」と言った。店員が躊躇するのも無理はなかった。玲奈自身も、同じことを思いかけた。――よりによって、会計のときに言うなんて。だが次の瞬間、智也はポケットから一枚のカードを取り出し、玲奈の手に押し込んだ。「これを持ってろ、好きに買え。俺は先に戻る。あとで迎えに来る」ブラックカードだった。玲奈も店員も、思わず息を呑む。玲奈は返さず、そのまま受け取り、しまい込んだ。「わかった」玲奈が笑ったのを見ると、智也は思わず彼女の頭を撫でた。そして、甘やかすような声音で言った。「ずっと、そうやって大人しくしてくれたらいいのに」玲奈は答えなかった。ただ黙っていた。智也は出る前に玲奈を抱き寄せ、額に軽く口づけてから去っていった。玲奈は智也を見送ったあと、店員に言った。「ここにある服、全部試したいです」誰かを困らせたいわけではない。ただ、智也の金を使いたかった。使わな
玲奈はそう言い捨てると、休憩室を出ようとした。だが二歩ほど進んだところで、智也が背後から呼び止めた。「玲奈、待て」その声を聞いた玲奈は、歩調を速めた。けれど扉に届く前に、智也が数歩で追いつき、細い腕を掴んで壁へ押しつける。ほんの一瞬で、玲奈はまた智也の圧に閉じ込められた。ただ今回は、智也はそれ以上のことをしない。智也は顔を寄せ、命じるように言った。「後ろを向け」その言い方が、玲奈の脳裏に過去の記憶を呼び起こした。ベッドの上で、智也は何度も同じ要求をした。玲奈の頭の中には嫌なものばかりが浮かび、彼女は従わず、警戒して智也を見た。智也は説明しない。玲奈の肩に手をかけ、強引に向きを変えさせ、背中を向けさせた。玲奈が抵抗する間もなく、智也が言った。「お前が思ってるほど、俺はクズじゃない。コートのベルトが緩んでる。結ぶだけだ」その言葉で、玲奈はようやく意図を理解した。何も言わず、智也に任せる。智也は手慣れた様子で、二、三度動かすだけで結び直した。玲奈は思う。――沙羅にも、何度もこうしてやってきたのだろう。結び終えると、智也が言った。「よし」それから智也は、眠って乱れた髪を整えようとして、軽く手を伸ばした。整え終え、ようやく手を引っ込める。玲奈が何も言わないので、智也は続けた。「勝が昼飯を持って来た。一緒に外で少し食べよう」玲奈は少し考えてから答えた。「……うん」こうして二人は、少し時間差で休憩室を出た。勝が用意した昼食は豪勢だった。何でも揃っていて、料理がテーブルいっぱいに並んでいる。だが食べるのは玲奈と智也の二人だけで、明らかに量が多い。食べ始めると、智也は何度も玲奈の小皿に料理を取り分けた。小皿が山のようになって、ようやく手を止める。「もっと食え」玲奈は智也を見ずに言った。「……ありがとう」そのとき、智也のスマホが鳴った。視線を落とすと、ラインのビデオ通話で、沙羅からだった。智也は深く考えず、そのまま出た。つながった瞬間、沙羅がうれしそうに尋ねる。「智也、お昼食べてる?」智也は手にした椀を軽く示して答えた。「うん。食べてる」沙羅はカメラを小燕邸の昼食へ向け、見せながら言う。「
玲奈は何も答えず、恨みの滲んだ目で智也を見つめ返した。さっきのことを思い出すたび、悔しさがこみ上げ、涙が止まらない。玲奈が泣き出すと、智也は急に手も足も出なくなった。どれほど腹が立っていても、彼女の涙を見た瞬間、胸の中が乱れる。苛立ちを抱えたまま、智也はふいに立ち上がった。玲奈を一度も見ず、言い捨てる。「教科書を読んでろ。俺は出る」そう言うと、智也は迷いなく休憩室を出ていった。玲奈はソファのそばに立ったまま、全身を強張らせていた。智也が本当に出て行ったとわかった瞬間、ようやく力が抜けた。玲奈はもうソファには座らず、そのまま洗面所へ向かった。鏡の前で蛇口をひねり、玲奈は唇を乱暴にこすり洗いした。自分をきれいにしたい。智也の匂いを洗い落としたい。けれど、どれだけこすっても足りない気がする。唇が痺れて感覚がなくなるまでこすって、ようやく手を止めた。水は流れたまま。鏡に映る自分は、唇が赤く腫れ、目には光がない。そんな自分が、玲奈はたまらなく嫌だった。どれほどの時間、洗面所にいたのかもわからない。出てくると玲奈はソファに横になった。体を横にし、涙がソファカバーに落ちる。そのまま、また一時間が過ぎた。……智也は外へ出たものの、仕事に集中できなかった。玲奈の顔が何度も浮かび、胸の中が落ち着かない。涙に濡れたあの表情が、頭から離れない。智也は無理やり冷静になろうとして、仕事に手をつけた。なんとか昼まで片づけ、勝が昼食を運んでくると、智也は休憩室へ向かった。扉の前で少し迷ったあと、そっと押し開けて中へ入る。入ると、玲奈はソファにうつ伏せになり、また眠っていた。おとなしく眠る姿を見て、智也は起こす気になれなかった。智也はゆっくり近づき、ソファの脇で身をかがめて玲奈の顔を見つめた。玲奈の顔立ちは整っている。それに今日の薄い化粧が、彼女をいっそうきれいに見せていた。その美しさに、智也はまた視線を奪われる。――今さらだ。以前は、玲奈がこんなふうに綺麗だとは思ったこともなかった。そのとき、テーブルの上に置かれた玲奈のスマホの画面が一瞬光った。智也は横目でちらりと見た。送信者は拓海だった。【玲奈、何してる?飯は?一緒にどう
智也は玲奈を見つめながら、一歩、また一歩と近づき、彼女のそばに腰を下ろした。怒気を帯びた気配が玲奈の肌を這い、理由もなく胸がざわつく。怒りで硬く張りつめた横顔を見ても、玲奈は何も言わなかった。しばらくして、智也が低い声で問う。「なんで黙って見てる。何も言わないのか」玲奈は体を起こし、髪を整えてから答えた。「言うことがないだけ」智也は口元を引き、冷ややかに笑った。「俺がなんでこんなに怒ってるのか、聞かないのか?」玲奈は聞く気になれず、冷たい声で言った。「聞くこともないわ」玲奈の無風の態度に、智也は不意に身を乗り出した。端正な顔が目の前で大きくなり、玲奈は驚いて体を震わせた。次の瞬間、智也は玲奈の細い肩を掴んだ。全身から放たれる刺々しさが押し寄せ、声は氷のように冷たい。「拓海が、うちの会社の海外展開の機会を奪った」それは、歯を食いしばるように吐き出された。玲奈も一瞬、言葉を失った。沈黙のあと、ようやく言う。「それは……上には上がいるってだけでしょ」その返事を聞き、智也は目を細めて嘲る。「ずいぶん評価が高いんだな」玲奈は淡々と返した。「高くない。あなたたち、同類でしょう」玲奈にとって拓海も智也も大差ない。どちらも、感情を弄ぶ放蕩者だ。智也は玲奈の肩から手を離し、黒い瞳で見据えた。「同類?」「そう。同類」智也は意外そうに問う。「どこが同類なんだ。言ってみろ」玲奈は口元をわずかに引き、侮るように言った。「お答えする義理はないわ」そう言って立ち上がろうとしたが、智也は突然、玲奈の腕を掴んだ。玲奈はまた座り込む形になり、反応する間もなく、智也の唇が塞いできた。乱暴だった。優しさはなく、どこか粗い。玲奈は必死に押し返そうとしたが、力が入らない。智也の前では、どんな抵抗もあまりに小さかった。智也は噛みつくように口づけ、舌をねじ込もうとする。玲奈は唇を固く閉ざし、隙を与えない。だが次の瞬間、智也はさらに大胆に手を伸ばした。片手で腰を強く押さえ、もう片方の手でズボンのボタンを外そうとする。玲奈は恐怖に息を呑み、叫びそうになった。けれど声は、その口を塞がれて潰れる。智也はその隙に舌を押し込み、強く抱き寄せ
玲奈は薫を凝視していた。その瞳は正直だった。「だったら、教えてよ。一体何が違うわけ?」薫はどう答えたら良いのか分からず、黙ってしまった。それに対して玲奈は堪らずすぐにまた尋ねた。「彼が深津沙羅と仲良さそうにして、彼女をいろんなところに連れて行ってみんなに紹介している時、この男は春日部玲奈の夫だってこと考えたことあんの?」薫はそう迫られて打つ手がなくなってしまった。「お前、そりゃあ、ただのこじつけだろうが」それを聞いた玲奈はただ苦笑するしかなかった。「なに?立場を変えて考えてみたら、そんな言い逃れをしだすわけ?」この時、玄関先でずっと立って全てを見ていた智也がようやく口を開い
実は彼女はすでに医務室に行っていたが、処置を受けようとした時考え直し、結局受けなかったのだ。智也にこれを見せた方がもっと効果があると思ったからだ。智也は慌てて言った。「今すぐ病院に連れて行くよ」沙羅を連れて病院で傷の手当てを終えた後、智也は二人を連れて小燕邸に戻った。宮下は彼らを見て、出迎えて来た。「智也様、深津お嬢さん、お嬢様、お帰りなさいませ」智也は宮下に命令した。「今夜の晩ご飯はお粥にしよう。沙羅が手に怪我をしたから、脂っこいものや辛いものは避けてくれ」宮下は聞いてから、微笑みながら言った。「かしこまりました、智也様」二人はリビングに入ると、宮下は続いて尋ねた
愛莉はその小さな顔をしかめていた。「だったらママがパパを怒らせたの?」智也は表情を厳しくさせて言った。「愛莉、考えすぎた。ママはパパを怒らせるような資格すらないんだからな」愛莉は顔を下に向け、気落ちした様子だった。「だけど、パパ、私もうかなりママに会ってないよ」智也は心が締め付けられる思いで娘を抱きしめて尋ねた。「ママが恋しい?」愛莉は頭を左右に振った。「よく分かんない」智也は娘の気持ちが分かり、優しい声で彼女を慰めた。「パパが時間を作ってママに話してみるから」愛莉はそれを聞いて頷き、智也のほうへ何度も振り返りながら自分の寝室へと戻っていった。ララちゃんはすごく良く
黒いロールスロイスの後部座席には、智也と愛莉が並んで座っていた。愛莉は長い間泣き続け、ようやく泣き止んだが、また時々肩を震わせていた。暫く待つと、沙羅は幼稚園から出てきた。智也は相変わらず彼女のためにドアを開けてあげた。沙羅は目を潤ませながら礼を言った。「智也、ありがとう」智也は無理やりに笑顔を見せ、車を回って、向こう側からまた乗り、座った。愛莉は二人の間に、智也と沙羅が左右から囲むように座っていた。沙羅の傷ついた指はまだ手当せず、ティッシュでぐるぐる巻きにしただけで血を何とか止めている状態だった。しかし、彼女は痛みを訴えず、車に乗り込むとすぐ愛莉に謝った。「愛
reviewsMore