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第1480話

Author: 山本 星河
「そもそも、彼らがあまりにも貧しかったんです。エマさんはずっと体調が悪かったのに、治療を受けられずに放置していた結果、発見されたときにはすでに肝臓がんの末期でした。余命もわずかだったんです。そこで研究所は臨床薬物試験の機会をエマさんに提供しました。最終的に病には勝てませんでしたが、少なくとも、最期を誰にも頼れず孤独に過ごすよりはずっと良かったと思います......でもチャーリーさんはその善意を、まるで罠のように受け取ってしまって......はぁ、私たちとしても、本当に心苦しいんです」

由佳の心は、少しずつ沈んでいった。

相手の対応はまったく隙がなく、論理も完璧。協会に不利なあらゆる情報をチャーリーの妄想と誤解にすり替え、KLグループや協会の関与を完全に否定している。

由佳は納得したような表情を見せた。「そうだったんですね......分かりました、ご説明ありがとうございます」

これ以上聞き出すのは無理だと判断した。今日分かったのは、協会が疑いに対してどのようなマニュアル対応をするのかということだけだった。

それを察したかのように、太一も口を開いた。「お手数ですが、名刺を一枚いただけますか?協会の入会手続きや条件を詳しく知りたくて」

受付スタッフはすぐに、横の名刺ボックスから質の良い名刺を一枚取り出した。「もちろんです。何かありましたら、こちらのカスタマーサポート専用番号にご連絡ください。私たちの健康アドバイザーが、ご家庭に最適な支援をご提案いたします」

「ありがとうございます」太一が丁寧に受け取り、二人はスタッフの「お気をつけてお帰りください」「いつでもご連絡ください」という丁寧な声に見送られて協会を後にした。

地下駐車場の冷たく濁った空気に包まれて、ようやく由佳は一息ついた。

彼女は冷たい車体にもたれかかり、疲れをにじませた。

「完璧な対応だったな」と太一が低い声でつぶやいた。

「嵐月市に戻ろう」由佳が言った。「ここじゃもう何も掴めない。証拠も痕跡も、とうに消されてる」

「了解」

そのまま車に乗り込み、嵐月市に向けて走り出そうとしたとき、由佳の携帯電話が鳴り響いた。

表示されたのは、つい最近電話帳に登録したばかりのチャーリーの名前。

由佳はすぐに応答した。「チャーリーさん?」

「ジェイミーが......何かあったみたいなんだ!もう誰を
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