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弟分を選ぶなら、離婚して後悔するな
弟分を選ぶなら、離婚して後悔するな
Author: 研ぎ澄ました斧

第1話

Author: 研ぎ澄ました斧
碧海市。

高級マンション「清風館」。

「陽葵、もう仕事は終わった?俺と乃愛が家で待ってるよ!」

加藤拓海(かとう たくみ)は、娘の加藤乃愛(かとう のあ)が期待を込めて見つめる中、妻に電話をかけ、笑みを浮かべて口を開いた。

今日は拓海の30歳の誕生日で、テーブルの上にはすでに大きなバースデーケーキが置かれていた。

「あなた……」

妻の高瀬陽葵(たかせ ひまり)は少し口ごもったが、それでも言った。「ごめんなさい、少し帰りが遅くなりそうなの。会社で大きなプロジェクトが終わったばかりで、打ち上げがあるの」

拓海の顔に浮かんでいた笑みがほんの一瞬だけ引きつった。それでも諦めきれず、彼は言葉を重ねた。「陽葵、打ち上げなら一日くらい遅らせても問題ないだろ?今日は……俺の誕生日なんだぞ!」

その言葉を聞いて、電話の向こうは急に沈黙に包まれた。

その沈黙が、拓海の胸の内に嫌な予感を抱かせた。

しばらくして、少し申し訳なさそうな陽葵の声が返ってきた。「あなた、打ち上げはもう前から決まっていたの……みんなの気分に水を差すわけにはいかないわ。少し遅くなるけど、帰ったら改めて一緒にお祝いするから……ね?」

拓海の顔から徐々に笑みが消え、彼は少し沈んだ声で言った。「打ち上げって……彼のために開くんだろ?」

陽葵はすぐさま弁解した。「誤解しないで。今回の大きなプロジェクトを主導して成功させたのは悠冬だけど、打ち上げ自体は社員全員を労うためのものよ」

拓海は鼻で笑った。「よく言うよ。自分に言い聞かせているだけだろ」

彼のその刺々しい口調に、陽葵も苛立ちを見せた。「いい加減、そういう意味のない勘ぐりはやめてよ!何度も言ってるでしょ、私と悠冬は何でもないって!それに、たかが誕生日じゃない。帰らないって言ってるわけじゃないわ!」

「ふっ、たかが誕生日か……」

娘のいる手前、拓海はこれ以上ひどい言葉を口にしたくなくて、そのまま電話を切った。

乃愛は今年で6歳になる。父親がスマートフォンを置くのを見て、彼女は目に明らかな落胆を浮かべ、「ママ、帰ってこないの?」と尋ねた。

拓海は無理に笑みを作って、「乃愛、ママは少し遅く帰ってくるから、テレビを見て待っててくれるか?」と答えた。

乃愛は不満そうにこくりと頷いた。

娘をソファに座らせると、拓海はタバコの箱を取り出し、ベランダへ出て火をつけた。

カジュアルな服に身を包んだ拓海は、すらりとした高い背に端正な顔立ちをしており、容姿の面では何一つ文句のつけようがなかった。そうでなければ、大学時代に高嶺の花であった陽葵の心を射止めることなどできなかっただろう。

もちろん、陽葵の美貌もまた、誰もが息を呑むほどの極上のものであった。

スタイルにいたっては、さらに完璧だった。28歳という年齢の彼女からは少女めいた青さが抜け、大人の色香がいっそう際立っていた。熟した穂が重く垂れるような、豊かで人目を引く艶があった。

容姿もスタイルも群を抜いた彼女は、いつどこにいても人を惹きつける魅力を漂わせている。さらに社長という肩書きも相まって、碧海市で彼女の名を知らない者はいないほどだった。

脳裏に浮かぶ美しき愛妻の姿に、拓海の口元には自嘲気味な笑みが浮かんだ。

大学在学中、陽葵は思いがけず妊娠した。彼女は家族の猛反対を押し切り、当時一文無しだった拓海と結婚することをきっぱりと決断した。

その出来事を通して、拓海は彼女の深い愛情を感じ、こんなにも素晴らしい女性に出会えたのは神様の恵みだと思った。

だからこそ、結婚後、彼は人一倍妻を大切にしてきた。

陽葵が外で会社を立ち上げると、彼は家で娘の世話を引き受け、彼女が何の心配もなく働けるように支えた。一人が外で働き、一人が家庭を守る。その生活は、この上なく幸せなものだった。

しかし……

そのすべてが、今年に入ってから変わり果ててしまった。

正確に言えば、3ヶ月前のことである。

当時、妻の会社に一人のインターン生が入社してきた。初め、陽葵がその名前を口にした時、拓海はさして気にも留めていなかった。

だが、彼女がそのインターン生の話題を出す回数が増え、頻度が高くなるにつれ、拓海の胸の奥にじわじわと不快感が募るようになった。

そしてついに、陽葵はあろうことか彼を「弟分」だと言い出し、あまつさえ社長補佐という役職まで与えてしまった。

その事実を知った拓海は、当然ながら激しく反対した。

どこの馬の骨とも知れない男を弟分にするなんて不愉快だし、妻の口からその名前を聞くのも耐えられない、と真正面からぶつかった。

しかし、陽葵はいつも「大げさよ」と取り合おうとしなかった。その男のことで幾度となく激しい夫婦喧嘩を繰り返したというのに、彼女は少しも悪びれることなく、自分のやり方を通し続けた。

そして今日、その弟分が大きなプロジェクトを成功させたという理由で、陽葵は彼のために打ち上げを開き、家族で夫の誕生日を祝う時間さえ犠牲にすることを厭わなかった。

この一件は、自分たちの愛情も、この結婚生活も、すでに気づかぬうちに綻び始めているのだという事実を、拓海に痛感させた。

考えれば考えるほど虚しさが募り、拓海は深くため息をついた。

「陽葵……お前はいったい、何を考えているんだ?」

ベランダでタバコを吸い終えると、拓海はリビングへと戻った。

その間、陽葵からは一切の連絡がなかった。どうやら、彼女の心の中ですでに答えは出ているらしい。拓海の胸には切ない痛みが広がったが、もはやどうすることもできなかった。

ふと腕時計を見ると、すでに夜の6時を回っていた。拓海は乃愛に声をかけた。「乃愛、ケーキを食べようか」

「うんっ!」

乃愛は嬉しそうにソファから飛び降りた。

子供の感情は移り変わりが早いもので、甘くて美味しいケーキを前にすると、彼女の気分はあっという間に明るくなった。

「パパ、お誕生日おめでとう!」

拓海から切り分けられたケーキを受け取り、乃愛は元気いっぱいの声で祝ってくれた。

その無邪気な笑顔を見た瞬間、拓海は思わず目頭を熱くした。

彼は愛娘の小さな手を握りしめ、「パパはね、乃愛が毎日楽しく笑って過ごしてくれたら、それだけでいいんだ」と優しく語りかけた。

ケーキを食べ終え、拓海は黙々と家事や片付けをこなした。

夜の9時。

乃愛のためにお風呂を沸かし、一人で入らせた後、ベッドに抱き上げて寝かしつける。そうしてようやく、彼も一息つくことができた。

拓海はソファに深く腰を下ろし、何気なくスマートフォンを取り出してショート動画を眺め始めた。

突然、彼は凍りついた。

スマホの画面に映し出された映像――それを見た瞬間、心臓を見えない大きな手にわしづかみにされたような感覚に襲われた。言葉にならない苦痛が胸を塞ぎ、拓海は呼吸の仕方さえ忘れそうになった。

震える指で画面を拡大し、彼はついに確信してしまった。画面の中にいるのは、長年同じベッドで眠ってきた妻だった。

映像の中では、息を呑むほど美しい女性がグラスを掲げ、その腕に男の腕が絡められていた。

腕を絡ませて酒を飲む、恋人同士の乾杯のような光景。

そして、その女性は間違いなく妻の陽葵だった。

さらに動画の投稿者がつけたキャプションには、【社長と悠冬さんが、末長く幸せでありますように!】という文言が添えられている。

この悠冬こそ、陽葵のあの弟分、神谷悠冬(かみや ゆうと)に他ならない。

拓海は全身の血の気が引いていくのを感じ、たまらず胸を押さえた。心臓の奥が、じくじくと痛んだ。

ふっ……よくできた「弟分」だ。大した「打ち上げ」じゃないか。

拓海の口元に、冷えきった笑みが浮かんだ。顔色はひどく青ざめていたが、彼は震える指でその場面をスクリーンショットに残した。

直後、彼はソファから勢いよく立ち上がった。

その瞳の奥には、引き裂かれるような苦痛とともに、迷いを断ち切ったような決意が宿っていた。

拓海は元来、理不尽を甘んじて受け入れるような男ではないし、現実に目を背けて逃げ出すような臆病者でもない。

見てしまった以上、こんな真似を到底許せるはずがなかった。

彼は打ち上げの会場へ乗り込むことを決意した。

拓海は再びスマホを手に取ると、妻の姉である高瀬瑠奈(たかせ るな)に電話をかけた。

彼女は独身で、このマンションの一つ下の階に住んでいる。

5分後。陽葵によく似た美女が部屋に入ってきた。彼女は拓海の顔を見るなり、不機嫌そうに言った。「ちょうどシャワー浴びて寝ようと思ってたところなのに。こんな時間に呼び出して、一体何の用よ?」

昔から、彼女は拓海をひどく見下していた。顔が良いだけで、それ以外は何の取り柄もない男だと思っているのだ。

しかし拓海は平静な声で言った。「瑠奈さん、急用ができて、どうしても外に出なきゃならない。悪いんだけど、乃愛の面倒を少し見ててくれないか?」

瑠奈は怪訝そうに眉をひそめた。今日の拓海は、どこかいつもと様子が違っているような気がした。それでも、乃愛のことは心から可愛がっているため、彼女は短く答えた。「……わかったわ。私が乃愛と一緒に寝てあげる」

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