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第4話

Auteur: こざかな
出発を前に余計な波風を立てたくはなかった。これ以上、彼に異常を悟られ、不測の事態が起きるのを避けるため、花音は数秒の沈黙の後、感情を押し殺して小さく頷いた。

それから、ズキズキと疼く足首を無理やり叱咤し、クローゼットの中から会食に相応しい一着を選び出した。

三十分後、二人は目的地に到着した。

煌々と明かりが灯る高橋家の邸宅。碧斗の背を追うようにして足を踏み入れると、真っ先に視界に入ってきたのは、ソファに腰掛ける彩葉の姿だった。

彼女は一目で上質と分かる気品溢れるツイードのセットアップを品よく着こなし、裕子と親しげに談笑している。

傍らでは碧斗の父の高橋宗一郎(たかはし そういちろう)も満足げに頷いており、そこにはまるで絵に描いたような「睦まじい家族」の光景が広がっていた。

「碧斗、来たわね!」裕子が相好を崩して駆け寄ってきたが、花音の存在など最初からそこになかったかのように無視し、碧斗の腕を取った。「彩葉が、ずっと待っていたのよ」

碧斗はふと無意識に背後の花音を振り返った。

彼は、彼女が傷ついた表情を見せるか、あるいは悲しみを堪える様子を見せるだろうと思っていた。しかし、花音はただ淡々とそこに佇んでいるだけだった。まるで、この場のすべてが自分とは無関係であるかのように。

「花音さんもいらしたの?」彩葉がわざとらしく驚いて見せ、それから慈しむような微笑みを浮かべた。「どうぞ座って。遠慮しないでね」

裕子がようやく花音を一瞥し、冷淡な声を放った。「来たからには、粗相のないようにしなさい。泥を塗るような真似は許さないわよ」

花音は何も答えず、ただ黙って頭を下げた。

ディナーの席で、裕子と彩葉は令嬢界隈の社交話に花を咲かせ、宗一郎と碧斗は会社のプロジェクトについて議論を交わしていた。花音に言葉をかける者は、一人としていなかった。

彼女はまるで透明人間にでもなったかのように、目の前の料理を静かに口に運ぶ。その耳には、裕子の嘲笑が容赦なく突き刺さっていた。

「やはり、家柄の釣り合いというのは何より大切ね。

身の程を知らない女の子というのは、見ていて痛々しいわ。

彩葉と碧斗は幼馴染だもの、気心も知れているし、これほどお似合いの二人はいないわね」

そんな言葉は、もう耳にタコができるほど聞かされてきた。

かつての碧斗なら、冷ややかな顔で裕子の言葉を遮ってくれた。やがて、眉をひそめて「母さん、そのくらいにしてくれ」と言うだけになった。

そして今――彼は、眉をひそめることさえしなくなった。

花音は俯いてスープを口にした。熱いスープが喉を通り過ぎていくが、凍てついた心までは温めてはくれない。

会食の後、碧斗の運転で帰路に就いた。

当然のように彩葉が助手席に収まり、花音は独り、後部座席に座った。

車内には彩葉の好む曲が流れ、彼女は先ほどの会食の内容を楽しげに碧斗と語り合っている。

窓の外でぼやけていくネオンを眺めながら、花音はふと、あの冬の夜を思い出した。

まだ碧斗が、ガタのきた中古の自転車で彼女を送り届けてくれていた頃のことだ。

彼女は彼の腰にしがみつき、かじかんだ指先を彼の上着のポケットに突っ込んでいた。

「花音、いつか金持ちになったら、絶対にいい車を買うよ。二度と、お前に寒い思いなんてさせないから」

今、彼は確かに富を手に入れた。けれど、助手席に座っているのは彼女ではない。

その時、眩いヘッドライトが突然、視界を射抜いた。反応する間もなかった。制御を失ったトラックが、猛烈な勢いでこちらへ突っ込んでくる。

ドンッ!

凄まじい衝撃の中、花音が目にしたのは、碧斗が躊躇なく助手席へと身を投げ出し、自分の体で彩葉を庇う姿だった。

一方で花音は、慣性のままに前へと投げ出された。額がフロントガラスに叩きつけられ、鮮血が瞬時に視界を真っ赤に染め上げる。

意識が遠のいていく最期の数秒間、彼女は自分の心が粉々に砕け散る音を、はっきりと聞いた。

死に直面したその極限の瞬間でさえ、今の彼が選ぶのは、もはや自分ではない。

再び目を覚ましたとき、花音は病室のベッドの上にいた。

額の傷は包帯で処置され、足首の古傷には新たな傷が加わっていた。体中の節々を刺すような痛みが走り、指一本動かすのさえままならない。

重い体に鞭を打ち、なんとか上体を起こしたその時、病室のドアが乱暴に開かれた。高いヒールの音を響かせながら入ってきたのは、裕子だった。

「まだこの国にいたの?」裕子はベッド脇に立ち、軽蔑しきった眼差しで見下ろした。「さっさと海外へ行けと言ったはずよ。それとも何か、まだ高橋家に嫁ぐなんて分不相応な夢でも見ているのかしら?」

花音は逆らうこともなく、ただ静かに彼女を見据えた。「いいえ。手続きに少し手間取っているだけです。ご安心ください、ビザが発給され次第、すぐに発ちます」

一度言葉を切り、彼女は淡々と、けれど決意の籠もった声で付け加えた。「遠くへ行きます。彼が二度と私を見つけられない場所へ」

裕子は冷笑を浮かべた。「その言葉、忘れないことね」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、再びドアが乱暴に押し開けられた。

そこに立っていたのは、顔を険しく歪めた碧斗だった。「……行く?誰が、どこへ行くというんだ?」
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