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第2話

Author: むぎ
テントの入り口の布がめくられ、倫が入ってきた。

浅燈は咄嗟にうつむき、泣き腫らした目を見られたくなくて顔を隠した。

「スマホ忘れた」

倫は自分のスマホを手に取り、目を走らせてふと動きを止めた。

「ストラップは?」

「見た目がダサかったから、捨てたの」

彼女はかすれた声でそう答えた。

それを聞いて、倫は軽く笑った。

「ああ、そうか。まあそうだよな。あんなもん、正直ダサすぎて、仲間の前で出すのも恥ずかしかったし」

スマホをポケットにしまうと、彼は浅燈に身を寄せてきた。

「浅燈......」

温かい息が彼女の首筋にかかる。

彼の手が服の中に滑り込み、腰の一番敏感な場所を器用に撫で始めた。

浅燈の体は瞬間的に強張り、反射的に身をすくめて彼の手を避けようとした。

「さっき終わったばかりでしょ?疲れたし、もうしたくない」

だが倫はさらに力強く彼女を抱き寄せ、鼻先で髪をくすぐるように触れてきた。

「それだけじゃ足りない。

君とずっと一緒にくっついてたいんだよ。いじめた時の浅燈の顔が、ほんとに可愛くてさ」

浅燈の頬に羞恥と怒りが混じった赤みが差す。

「昨夜寒くて......風邪引いたから、体調悪いの」

彼女は彼の手を振り払って距離を取った。

「もうキャンプを終えて、帰って休みたい」

倫は一瞬、戸惑ったように動きを止めた。

「風邪?でも......みんなとは明日までって約束してるんだよ?今夜は焚き火パーティーもあるし」

彼は再び彼女の腰に腕を回し、耳たぶに軽く噛みついた。

「な?ちょっとだけ我慢してよ。明日の朝にはちゃんと帰って、病院も連れてくから」

そう言いながら、彼は彼女の手を握り、もう一方の手は再び彼女の襟元へと滑っていく。

「こんなに手が冷たいなんて、ちょうどいいじゃん。俺の火照りを冷ましてくれよ。

ちょっとした風邪なんて、運動して汗かけば治るってさ」

浅燈の心は氷のように冷え切っていた。

彼を突き飛ばそうとしたその時、テントの外から声が響いた。

「倫さん!倫さん!未怜先輩が来たぞ!」

倫の動きがピタリと止まり、目が一瞬で輝いた。

慌てて服を整えると、すぐさま踵を返してテントを出て行った。

「先輩?どうしてここに?」

外からは倫の弾んだ声が聞こえてくる。

「友達と通りかかっただけなんだけど、車が壊れちゃって......人の気配がしたから来てみたら、まさかあなたたちだったのね」

澄んだ冷ややかな女性の声。

周藤未怜(しゅうどう みれい)だ。

「先輩、その車は俺に任せて。学校まで送っていくよ」

「いいの?キャンプ中なんでしょ?」

「もともと明日帰る予定だったし、ちょうどいいんだ。今すぐ片付けるから、少しだけ待ってくれ」

浅燈はテントの中でじっと立ち尽くしていた。

外の会話が耳に刺さる。

顔色は真っ白で、目には涙が止めどなく浮かぶ。

さっきまでは、「風邪引いたから帰りたい」と言っても「我慢しろ」と言われた。

でも今、未怜の車が故障したと聞いた途端、彼は迷いなくキャンプを終わらせようとしている。

愛してるかどうかで、こんなにも違うんだ。

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