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彼女は地獄のような場所で、一輪の希望を咲かせた

彼女は地獄のような場所で、一輪の希望を咲かせた

作家:  もも缶完了
言語: Japanese
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概要

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

妻を取り戻す修羅場

不倫

妊娠中、情緒が不安定な私・朝比奈静葉(あさひな しずは)を心配して、夫が気を利かせ、親友の九条夏帆(くじょう かほ)と一緒に美味しいものでも食べて気分転換でもしてほしい、という計らいで、プライベートジェットを手配し、帰国させてくれた。 帰国後私は、その足で夏帆が予約してくれた行きつけのレストランへ向かった。 だが、個室のドアを開けた瞬間、室内にいた全員が一斉に顔を上げ、きょとんとした。 私はすぐに、部屋を間違えたことに気づいた。 「静葉さん?」誰かが私の名を呼び、鼻で笑ったようだった。「さっきグループチャットで言ったでしょ?今日の同窓会は、大学入試で高得点を取った人限定だって。あなたみたいな偏差値すら平均に届かないのが来てどうするの?」 その言葉が終わるのと同時に、個室内にくすくすと笑い声が広がり、続いて別の声が聞こえてきた。 「どうせ拓野さんが来るのを知ってて、よりを戻しに来たんだろう」

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第1話

第1話

妊娠中、情緒が不安定な私・朝比奈静葉(あさひな しずは)を心配して、夫が気を利かせ、親友の九条夏帆(くじょう かほ)と一緒に美味しいものでも食べて気分転換でもしてほしい、という計らいで、プライベートジェットを手配し、帰国させてくれた。

帰国後私は、その足で夏帆が予約してくれた行きつけのレストランへ向かった。

だが、個室のドアを開けた瞬間、室内にいた全員が一斉に顔を上げ、きょとんとした。

私はすぐに、部屋を間違えたことに気づいた。

「静葉さん?」誰かが私の名を呼び、鼻で笑ったようだった。「さっきグループチャットで言ったでしょ?今日の同窓会は、大学入試で高得点を取った人限定だって。あなたみたいな偏差値すら平均に届かないのが来てどうするの?」

その言葉が終わるのと同時に、個室内にくすくすと笑い声が広がり、続いて別の声が聞こえてきた。

「どうせ拓野さんが来るのを知ってて、よりを戻しに来たんだろう」

「残念だねえ、もう無理だよ。拓野さんは今、市立病院の院長で、まもなく市長の娘さんと結婚するんだから。二人は正真正銘のハイスペックカップル。三流大学卒のお前がしゃしゃり出る幕はないんじゃないのか?」

「そうそう、当時、拓野さんは誰もが羨むほど、あれだけ尽くしたのにね。結果どう?拓野さんとの子供は障害児で、おまけに死んだらしいじゃない。それも自分が監督ミスだったんだろ?」

それを聞いて、私が説明しようとした瞬間、視界の隅に一人の男が見えた。あれは私がかつて6年間もの結婚生活を共にしてきた元夫の神谷拓野(かみや たくや)だ。そして彼は今も変わらず、無表情にお酒を飲んでいるだけで、私と目を合わせようともしないのだ。

高校時代の拓野は、周りから羨ましがられる彼氏で、私にとことん尽くしてくれてた。

私が物理の先生に叱られて泣いている時は、拓野は休み時間にわざわざ先生を呼び出し、私のために弁解をしてくれた時もあった。

私が他校のヤンキーに絡まれた時も、拓野が駆けつけて一人で全員をボコボコにしてくれた。さらに、私に「怖い思いをしてないか?」と一番に声をかけてくれた。

私の成績が伸びずに悩んでいた夜は、寮に忍び込んで、一晩中、私に数学の解き方を優しく教えてくれた。

極めつけは卒業式の当日、校門で人混みの中、みんなが見ている前で私にキスをしてくれたことだ。その写真が噂となり、いいね数は300万を超えた。

当時、コメント欄には、これこそが理想のカップルという言葉が溢れていた。

当然の流れで私たちは結婚した。8年間ずっと愛し合っていて、卒業から結婚まで、一生このまま添い遂げるものだと信じていた。

でも、すべてが崩れたのは、息子の神谷安人(かみや やすと)が生まれた瞬間のことだ。

息子が自閉症だと診断された日、拓野は私を抱きしめて慰めることなく、バルコニーで朝までタバコを吸い続けていた。

そこから口喧嘩が絶えなくなった。安人の治療方針、教育施設、病院の予約、どちらが仕事を休んで付き添うか……

私は拓野が無関心だと不満を持ち、拓野は私が取り乱していると責め続けた。

結局、拓野も嫌気がさしたようで、私と話すことすら避けるようになった。彼は家から逃げるように病院に泊まり込み、「忙しいから」と言って、私を突き放した。

「もし子供がまともじゃないなんてわかっていたら、俺は君となんて結婚しなかった」

そして、安人が急死した日、私たちは喧嘩をすることもなく、淡々と納骨を済ませて、離婚届を出しに行った。

……

「静葉?」

そう思い返していると、いつの間にか夏帆が扉の外に立っていた。どうやら私が別の部屋に入ったことに気づいて探しに来たようだ。

夏帆が私の手を引き、焦った様子で言う。「ちょっと、やっと見つけたわよ!

旦那さんから私に連絡がなかったら、もう来てたなんて気が付かなかったよ!さっきから旦那さんの電話がひっきりなしに掛かって来ているんだけど、あなたがこれ以上現れなかったら、警察に連絡をしていたかもよ!」

夏帆はそう言って私を引きずりながら部屋を出ようとした瞬間、後ろでクスクス笑う声が聞こえた。

「うわ、これは役者でも雇ってきてるってこと?」

「拓野さんが今さらお前に未練なんてあるわけないだろ?結婚したフリなんて誰に見せつけるんだよ」

「ほんと、そんな見苦しい茶番で私たちをバカにするのも大概にしてよね」

嘲笑が激しくなる中、主席にいた拓野がようやく口を開いた。

「いいから」

拓野がグラスを置き、冷たい眼差しで私を見た。

「静葉。そういう卑怯な手段はいい加減にしろ。一度別れた女とよりを戻すほど、俺は未練たらしくないんだ。

しかも、もう腐れ切った縁だ。よりを戻すなんてもってのほかだからな」

その言葉に、部屋の空気が一瞬固まり、気まずい沈黙が続いたあとクスクス笑いが聞こえてきた。

夏帆がブチ切れそうになったが、私は彼女を止めて勢いよく個室を出た。

だから去り際、後ろから向けられた鋭い視線には気が付かなかったのだ。

一方、夏帆はまだ腹を立てていた。「何なのよ、あの男。学生時代はあなたにへばりついていたそうじゃない、今になって気取るようになったわけ!」

それを聞いて、私は苦笑いしながら、彼女をなだめた。

それから帰宅後、私は夫の朝比奈陽翔(あさひな はると)に電話した。そして帰国後に起きた他愛のない話で笑い合った。拓野はというと、二度と会うこともないだろうし、どうでもいい存在だから、敢えて口にしなかったのだ。

まして陽翔は独占欲が強すぎて、勘ぐられるのも面倒だしね。

しかし、まさか次の日に病院の廊下で、白衣姿の拓野に遭遇するなんて、私も予想外だった。

彼に気づいて少し歩みを緩めたが、それでも私は見て見ぬふりをして産婦人科へと急いだ。

「静葉」

拓野は私を呼び止めようとした。だが、私は振り返らなかった。すると、背後から追いかけてきた彼が私の腕を強く掴んだ。

そのひんやりとした長い指に力はそれほど込めていなかったが、離そうともしなかった。

それを見た通りかかった看護師も不思議そうに私たちに視線を向けた。

私は渋々歩みを止めて振り返るしかなかった。

一方、拓野は苛立ちを隠さずに私を見下ろした。

「何をするつもりだ?

昨日は同窓会、今日は病院か?俺と会うために病気の振りまでするなんて、どんだけ俺に未練があるんだ?わざわざ気を惹こうとするなんて見苦しいと思わないか?」

私はおかしくて吹き出しそうになった。

「拓野さん!」

その時、可愛らしい声に、拓野はすかさず手を離して目を向けた。

そこに、ポニーテールをした女性が拓野を慕うような瞳で笑いかけているのだった。

「3番の患者さん、ついに協力してくれることになったわ!3日間通い詰めて、私の手作りの差し入れをしたら、今日、ついに笑顔を見せてくれたの!」

それを聞いて、拓野はふいに口角をあげ、冷たいその表情が嘘のように和らいでいった。

そして、彼女が話し終えると、ようやく私に気づいたようだった。

「あ、そちらの方は……」

拓野は答えなかったから、彼女は少し考えるような表情を浮かべてから、ニコッと笑った。

「診察でしょうか?あいにく拓野さんは忙しいのよ、診察も予約待ちでいっぱいなんです。だって、拓野さんを頼ってくる方は山ほどいますからね」

この女性は市長令嬢で、当時拓野のもとで研修をしていた、江藤莉香(えとう りか)だ。

そして、私たちの結婚生活に深く刺さった「トゲ」でもあった。

当初、何度か莉香について拓野と言い合ったけれど、いつも彼は私に「大人げない」、「研修医相手に嫉妬するなんてどうかしてる」と言い返してきた。

だけど、本当に彼が言うように私はどうかしているのだろうか?

実際、莉香が医療ミスをした時は、拓野が全部責任を被って始末書を書いた。

莉香がカルテを書けずトラブルになった時も、彼は自分のサインで彼女のミスを隠蔽しようとした。

莉香が患者に食ってかかった時も、拓野が盾となって罵倒を受け止めた。

息子の安人が障害児として周囲に責め立てられて私が途方に暮れていた時、拓野はいつも莉香の傍に付き添ってあげていた。

だが、今となってはもはやどうでもいいことだ。私は莉香の皮肉には構わず、そのまま産婦人科へと向かった。

産婦人科の診療室で、私は席につくなりすぐに言った。

「木下先生、私、転院したいんですが……」

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レビュー

橘ありす
橘ありす
マジ地獄だった…でも元夫もその夫に贔屓されてたクズ女も地獄を見たね。夫の目的を知っても『何言ってんだコイツ』としか思えない、馬鹿っぷりに呆れる。こいつらサイドは自業自得。主人公は今度こそ報われてね!
2026-07-16 22:31:27
3
0
裕子
裕子
主人公の人生もだけど、帰省してからがすごすぎる地獄だよ 元糞クズ旦もビッチのお父さんに大きい借りがありすぎて、言いなりになるしかなかったって 貸し借り相殺したら主人公とやり直しって、コイツの頭お花畑か 自分の子供殺されて、筋弛緩剤入れられて勝手に研修医の触診の見本とかエグい事されて今の旦那の子供も殺しておいてさ、なぜ死刑にならないの 残念なところ、それと第一子の仇はとれて墓参りするんだけど、流産させられた現旦那の赤ちゃんについて触れられないのが残念  長文すいません
2026-07-16 11:22:05
7
0
松坂 美枝
松坂 美枝
地獄病院こえぇー!! 主人公にヤンデレのようなスパダリがいてくれたおかげで色々解決して良かったが元夫がホント… 恐ろしいからもう子供作らないでおこうと言ってたのに最後普通に授かってたが、今度こそ無事に生まれますように
2026-07-16 11:07:48
4
0
ノンスケ
ノンスケ
こんな病院で院長してても、根はクズじゃないか。最低な男!愛人も医療に携わるべき人じゃない!しかも元妻を研修医の標本のようになぶりものさせ、流産させたのも自分たちだってことが、なぜ罪にならないの?あのせいで流産した可能性も高いのに。気持ち悪くなる展開だった。
2026-07-17 05:06:52
2
0
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第1話
妊娠中、情緒が不安定な私・朝比奈静葉(あさひな しずは)を心配して、夫が気を利かせ、親友の九条夏帆(くじょう かほ)と一緒に美味しいものでも食べて気分転換でもしてほしい、という計らいで、プライベートジェットを手配し、帰国させてくれた。帰国後私は、その足で夏帆が予約してくれた行きつけのレストランへ向かった。だが、個室のドアを開けた瞬間、室内にいた全員が一斉に顔を上げ、きょとんとした。私はすぐに、部屋を間違えたことに気づいた。「静葉さん?」誰かが私の名を呼び、鼻で笑ったようだった。「さっきグループチャットで言ったでしょ?今日の同窓会は、大学入試で高得点を取った人限定だって。あなたみたいな偏差値すら平均に届かないのが来てどうするの?」その言葉が終わるのと同時に、個室内にくすくすと笑い声が広がり、続いて別の声が聞こえてきた。「どうせ拓野さんが来るのを知ってて、よりを戻しに来たんだろう」「残念だねえ、もう無理だよ。拓野さんは今、市立病院の院長で、まもなく市長の娘さんと結婚するんだから。二人は正真正銘のハイスペックカップル。三流大学卒のお前がしゃしゃり出る幕はないんじゃないのか?」「そうそう、当時、拓野さんは誰もが羨むほど、あれだけ尽くしたのにね。結果どう?拓野さんとの子供は障害児で、おまけに死んだらしいじゃない。それも自分が監督ミスだったんだろ?」それを聞いて、私が説明しようとした瞬間、視界の隅に一人の男が見えた。あれは私がかつて6年間もの結婚生活を共にしてきた元夫の神谷拓野(かみや たくや)だ。そして彼は今も変わらず、無表情にお酒を飲んでいるだけで、私と目を合わせようともしないのだ。高校時代の拓野は、周りから羨ましがられる彼氏で、私にとことん尽くしてくれてた。私が物理の先生に叱られて泣いている時は、拓野は休み時間にわざわざ先生を呼び出し、私のために弁解をしてくれた時もあった。私が他校のヤンキーに絡まれた時も、拓野が駆けつけて一人で全員をボコボコにしてくれた。さらに、私に「怖い思いをしてないか?」と一番に声をかけてくれた。私の成績が伸びずに悩んでいた夜は、寮に忍び込んで、一晩中、私に数学の解き方を優しく教えてくれた。極めつけは卒業式の当日、校門で人混みの中、みんなが見ている前で私にキスをしてくれたことだ。その写真が噂とな
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第2話
木下哲平(きのした てっぺい)は一瞬きょとんとして、私の顔を一度見てから、パソコンの画面に再び目を落とした。そして、彼は表情を少し曇らせて言った。「朝比奈さん、もうこちらの病院で出産する予定になってますし、これまでの健診結果もすべてシステムに登録済みです。もし今から転院がご希望の場合……手続きを全部済まさないと、移るのは難しいですね。カルテの移行には手順が必要で、最短でも4週間はかかりますよ」哲平は少し間を置くと、柔らかい声で付け加えた。「もし何かご不満な点があれば、おっしゃってください。調整しますから」4週間も?私は苦笑して首を振って言った。「夫がもうすぐ帰国するんです。だから自宅に近い病院に変えたくて。他の理由ではないんです」哲平は表情を和らげた。「なるほど、お気持ちはお察し致します。わかりました。まずは焦らず、書類の手続きを進めましょう。ただし、その間も定期健診は必要ですから、明日また来てください」私は頷いて了承した。しかし診察室を出た直後、またもや拓野と出くわしたのだった。彼は廊下の壁に背を預けていた。産婦人科から出てきた私を見るなり、眉間にしわを寄せ、何か言いかけようとした。「うわ、もしかして静葉さん、妊娠中なのですか?」莉香が拓野の背後から顔を出し、首をかしげながら私を見つめた。「誰の子を身ごもられたのですか?」莉香の甲高い声は、廊下を歩く人々の耳にも届いた。私はうんざりしたが、隠す気もなかったので言い返そうとした瞬間、廊下の突き当たりから悲鳴が響いた。「江藤!娘の命を返せ!」一人の男がナイフを振り上げ、血まみれの姿で駆け込んできた。拓野が即座に顔色を変え、本能的に一歩前へ出た。莉香をかばうように立ちはだかる。だけど私はただ健診しにきているだけだから、争いに巻き込まれたくなかったし、お腹の子に危険が及ぶのは避けたかった。そう思って、私は逃げようと診察室の方へ下がったが、狭い廊下は人で溢れかえっていて、私がドアに手をかける前に、背中を莉香に押されてしまったのだった。その勢いでバランスを崩し、私は拓野の方へ倒れ込んでしまった。そして、ナイフが振り下ろされたとき、相手の顔さえハッキリと見えていなかったのに、肩に冷たく鋭い痛みが走った。見下ろすと、ナイフが深く私の肩に突き刺さって
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第3話
あの日、仕事が立て込んでいた私は、安人を拓野に託して病院へ預けることにした。「部屋で静かに待たせていてね。安人は騒がないし、紙とペンさえあれば、お絵描きに集中して夕方まで持ちこたえるから」と、拓野に何度も念を押したはずだった。自閉症を持つ安人は、新しい場所も人混みも大の苦手だ。何に気を配るべきか、拓野も十分知っているはずだった。しかし、あの日私は会議の合間にかかってきた電話に出られず、掛け直した時、電話口に出たのは警察だった。当時拓野の院長室には、莉香しか行っていなかったそうだ。莉香は体を震わせて泣きじゃくりながら、ほんの一瞬目を離した隙に安人の姿が消えていたのだと説明した。必死に探し回ってようやく見つけた時には、安人はすでに溺れていたのだという。だけど、安人はまだ3歳だ。自閉症を抱えるあの子が、自ら進んで他人について行ったり、近づこうともしない水場へふらふらと走っていくはずがないのだ。しかし、私の切実な声に耳を傾けてくれる人は誰一人としていなかった。莉香の方がよほど哀れに泣き崩れたから。彼女はすぐさま拓野を探しに行き、そして霊安室の前で深々と頭を下げ、「私が責任を取るわ。一生償わせて」と必死に謝った。一方、拓野はそんな莉香の手を優しく引き上げ、こう言った。「君を責めるつもりはないよ」そう言って、拓野は私の了承なしに事を済ませようとした。私が駆けつけた時、安人はすでに白い布に覆われていて、拓野は目元を赤く染めながら、傍に立っているだけだった。さらに、拓野はこう言い放った。「君が仕事にかまけてばっかりいるからだよ。もう少しちゃんと面倒を見てやれたら、こんなことにならなかったはずだ」拓野は何もかもを私のせいにした。安人を彼に託したあの日、本当は何があったのか。事実確認すらしようとしなかった。彼はただ、自分が大切にしている莉香が怯えて泣いているから、彼女はもう十分反省している、彼女だってわざとじゃないんだ、などしか気にしていなかった。そして、今も、拓野は、思い出したくもないと言いたげに、口元を引き締めた。「とりあえず莉香の潔白を証明してやってくれ」と彼は苛立った口調で取ってつけたかのように言った。「そうすれば、また改めて調査し直してやるから、いいだろ?」それを聞いて、私はもうこれ以上、拓野と話し合っても無駄だ
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第4話
だが、私は怯むことなく、拓野の目をじっと見つめ返し、スマホを彼の目の前に突きつけた。「私たち二人の関係についても、はっきりさせておいたよ」それから私は一語一句、力を込めて告げた。「だから、もう私に近づかないで。分かった?」拓野は眉間にしわを寄せ、理解できないものを見るような目で私を見下ろした。何か言おうと口を開きかけたその時、看護師がトレイを持って病室に入ってきた。トレイには輸液のボトルとチューブが載っている。「点滴の時間ですよ」私は条件反射で頷いて手を伸ばしかけたが、ふと手が止まった。何かを感じ取り、恐る恐る看護師の腕をつかんだ。「どうして点滴なんですか?私の体に、何か問題でも……」看護師はちらりと拓野を見た。彼はベッドの脇に立ったまま、彫像のように感情の読めない顔でこちらを見ている。看護師は視線を戻すと、私に微笑みかけた。「ご安心を。体力が少し落ちているみたいですから、元気が出る点滴ですよ」私は安堵して力を抜き、素直に袖を捲り上げた。だが、拓野は部屋から出て行かなかった。彼は点滴をじっと見つめたままカウントをしていた。私は早く出て行ってほしかったけれど、ふと声を出す力すら残っていないことに気が付いた。話したくないわけではない。ただ、体の中に少しずつ異変が起きていた。指先、手首、腕全体へと、鉛を流し込まれたかのように重い痺れが広がっていく。体は言うことを聞かなくなった。意識は鮮明だ。でも、体はもう自分のものではなくなったようだった。そんな中、拓野が身を乗り出して、身動き一つできない私に囁いた。「莉香のためにあと一つ協力しろ。そうしたら、俺たち二人のことを改めて考えてやってもいい」私がその言葉の意味を理解する前に、病室の外が騒がしくなった。莉香を先頭に、白衣を着た研修医と思しき6人の男たちを引き連れて入って来た。「みんな入ってください。さあこちらに並んでください」そう言って莉香は笑いながら体を横にずらした。「院長の許可を得た特別講義ですよ。人体標本の触診だから、よく見て学んでくださいね」一方それを聞いた私は血の気がサーッと引いた。叫ぼうとしたが、体が動かなかった。瞬きさえできないまま、迫り来る彼らの影を見つめるしかなかった。並ぶ白衣を着た彼らはマスクをしていて、見知らぬ顔ばかりで、冷たい
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第5話
消火栓にぶつかった時の痛みよりも酷く、あまりの痛さに、指先がようやく少し動かせた。体を丸めてうずくまるうちに、私は急に恐ろしくなってきた。「先生……」呼んでも返事がないので、激痛に耐えながら、ベッドサイドのナースコールを押した。廊下からようやく足音が聞こえ、数人の看護師が部屋に入ってきた。これで助かったと、思わず肩の力が抜けた。「起きてください」看護師はそう言って、冷たい声で私の掛け布団をはぎ取った。私は状況が飲み込めないまま、腕を掴まれて引きずり降ろされる。足に力が入らずその場で膝をつきかけたが、支えてさえもらえなかった。私の腕を掴み廊下へと引きずり出すと、冷たい椅子の上に放り出した。お腹を抱え、私は硬いプラスチックの椅子の上で蹲った。そして血が足を伝い、床や椅子へ滴り落ちた。「院長からのお達しです。あなたには入院の必要はないから出ていってください。江藤先生のお母さんが貧血で運ばれてきたから、今すぐそこを空けてください」看護師の言葉に、私は椅子から崩れ落ちた。廊下の向こうから、ストレッチャーを走らせてくる拓野と莉香の姿が見えたからだ。二人が横を通り過ぎた瞬間、どうしようもなくなった私は思わず、渾身の力で拓野の服の袖を掴んだ。すると、拓野は足を止め、仕方なく私を見下ろした。ストレッチャーは、そのまま莉香と看護師たちによって私の元いた病室へ運び込まれていった。拓野の顔には露骨に不快感が浮かんでいた。取り繕うことさえしない彼の態度に私は絶望の淵へと追い込まれ、恐怖が全身を駆け巡った。「拓野……お願い。私、妊娠しているの。お腹がすごく痛いの、助けて」震える声で私は懇願した。それと同時にこう続けた。「今回だけ、お願い。助けてくれたら、もう二度とあなたの前には現れないから」それを聞いて拓野は固まった。私の顔とお腹に交互に視線を走らせる。嘘か本当かを見極めようと、眉をひそめて少しだけ迷っている様子だった。その時、「拓野さん!お母さんが!お母さんの意識がもうなくなったの!」莉香の泣き声が響くと、拓野は乱暴に私の手を振り払った。勢いよく仰け反った私の後頭部が、椅子の金属部分に打ちつけられ、視界が一気に暗くなる。「結婚しただの妊娠してるだの、どれだけ口からデタラメを吐けば気が済むんだ?」拓野は
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第6話
私は病室の外で凍りついていた。血の気がすっと引き、血管に氷水が流し込まれたような感覚だった。拓野は知っていたのだ。最初から、ずっと。安人が自分で迷子になったのではない。莉香が湖に連れ出したんだ。事故じゃない。これは過失だ。人殺しだ。そんな重大な秘密を何年も隠し続け、一度だって私に知らせなかった。拓野は莉香の嘘を隠し通し、罪を肩代わりし、汚れた痕跡を拭ってやった挙句、平然と彼女といちゃついているのだ。真実の重みに、もう耐えられなかった。私は激しい衝動に突き動かされ、ドアを押し開けた。すると、病室の3人が私を見た。そんな中、私は拓野に詰め寄ると、思い切り平手打ちをした。手のひらが痺れるほどの衝撃だったが、彼はやり返そうとしなかった。続いて私は莉香にも手を振り上げようとした。しかし、振り下ろす寸前で強い力で押し返され、私は勢い余って地面に倒れ込んでしまった。一方、拓野は手をおろすと、見下すような冷たい目で私を睨みつけた。「いい加減、何を騒いでいるんだ?」だが、私は返事をせず立ち上がり、勢いよく病院のロビーへ駆け出した。待合室はいつもの風景が広がっていた。受付には長蛇の列。その平穏な日常を私はただひたすらぶち壊したかった。「神谷院長と江藤先生が、私の二人の子供を殺したのです!どうか真実を暴いてください!一人は3歳の息子、湖で溺死させられました。二人目のお腹の子だって、二人に病室を追い出されて、そのまま流産させられました!」喉が張り裂けそうな声で叫び続けた。それでも私は止めようとしなかった。だってここで言わなかったら、もう真実を世に知らしめるチャンスはないと思ったから。すると、そこへ数人の看護師が慌てて駆け寄り、撮影している人々を止めようとした。「撮らないでください!こちらの方は精神的に不安定なんです、もうやめてください!」彼女らに押され、群衆が離れていくと、廊下の端から拓野と莉香、そして江藤佳子(えとう よしこ)が姿を現した。拓野は私の前で立ち止まり、憐れみにみちた目線を向けてきた。「静葉。俺はこの病院の院長だ。何をどう暴こうが、警察を呼ぼうが、ネットで騒ごうが自由だ。それで、俺の座が揺らぐとでも思ったか?」そして、返事をしない私を見て、拓野はため息をつき、詰め寄ってきた。その瞳には
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第7話
陽翔の姿が見えた瞬間、ずっとこらえていた涙が堰を切ったようにあふれ出した。私は足から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。陽翔が駆け寄り、私をしっかりと抱きとめた。一方、彼の腕の中でさらに涙が込み上げてきた私は彼の首に必死にすがりついた。「赤ちゃんが……いなくなっちゃった……陽翔、私たちの赤ちゃんがもういないの……」陽翔は何も言わなかったが、私の頬をなでる指先が微かに震えていた。私が泣いているのを見て、陽翔の目元も赤くなっていた。感情を抑えがちな彼が見せるその涙は、どんな言葉よりもその心痛を強く物語っていた。「また子供を作ればいい。それに、お前だって俺にとってはかけがえのない宝物だ」一方、佳子は地面に押さえつけられても、真っ赤な顔をして激しく抵抗していた。「私が誰だと思っているの?無礼なことをしてただで済むと思っているの?放して!今すぐ放しなさいよ!」しかし、体をねじって逃れようとする佳子の腕に、警察は無情に手錠をかけた。そして、警察の一人がポケットから書類を取り出し、広げて佳子の目の前に突きつけた。「江藤さん、ご主人に容疑があり、現在拘束しております。あなたの名義となっている複数の不動産と口座の資金も関連が認められました。同行をお願いします」佳子の唇はわなわなと震え、二度と口を開こうとはしなかった。もう一人の警察が莉香に近づき、手錠を取り出した。「過去の医療事故はあなたの医療ミスであることが判明しています。他人に罪をなすりつけた件も踏まえ、事情聴取のために署へ来てもらいます」すると、莉香の顔からさっと血の気が引き、彼女は体を震わせながら本能的に拓野を見つめた。「拓野さん……」そこで、拓野もようやく事の重大さにきがついたようで、私から視線を外し、今にも泣き出しそうな莉香を見た。彼は眉をひそめて進み出た。「何か誤解があるようです。その事故は当時処理済みで、法的な責任は明確になっています。江藤先生は当時研修医であり、病院側で内部処理を終えています。いまさら法的手続きを取る必要はないはずです。江藤先生は今も当院の医師として働いています。全職員の面前で連行すれば影響も大きいので、詳しい事情は、院長室で落ち着いて話しましょう」だが、彼が言い終える前に、陽翔は冷たくその言葉を遮った。「何を
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第8話
拓野は取調室の外の長椅子に座り、医師らしさはどこへやら、ぐしゃぐしゃになった白衣を横の椅子に放り投げていた。目を閉じてはいたが、頭の中はせわしなく回っていた。あの男は一体誰だ?その疑問が釘のように頭に刺さり、こめかみをズキズキと痛ませた。あの男に身を寄せていた静葉の姿、名前を呼んでいた声、そして男が静葉の頭にキスしたとき、静葉が身を引くどころか、その胸にさらに深く顔を埋めた光景が蘇る。あり得ない。静葉が結婚するはずなんてない。拓野は眉を寄せた。自分の表情が如何に醜くなっているかに気が付いていなかった。静葉はあんなに自分を愛していたはずなのに。冬になると静葉は自分の手が冷たいと言い、出かける前には必ず自分の手を温められるように、吐息をかけて何度も擦り合わせた。そしてちゃんと温まるまで離さなかった。病院の食事がまずいと何気なく呟いた翌日には、静葉は手作りのお弁当を病院まで届けてくれた。あの中に自分の好物の料理を入れてくれるのが、3年間も続く静葉の習慣だった。ほんの数年で、どうしてこれほどまでに関係が変わってしまうのか?どうして結婚なんてできてしまうのか?そう思うと拓野は眉間に深くシワを寄せ、胸の中に何かがつかえ、飲み込むことも吐き出すこともできずに苦しかった。そして再び、あの男の顔が脳裏をよぎる。あの顔、どこかで見覚えがあるような気が……「拓野さん!」その声に拓野はハッと現実に引き戻され、顔を上げた。すると莉香が小走りでこちらへ向かってくるのが見えて、その後ろには警察がついてきていた。「釈放されたの」莉香の目は泣き腫れて真っ赤だった。「だから言ったじゃない。あの件とは関係ないって」しかし、拓野はただ淡々と頷いて言った「先に送っていくよ」すると、立ち去ろうとする拓野の袖を、莉香はおずおずとつかんだ。「お母さんがまだ……出てきてないの」拓野の足が止まった。自分を掴む手を見つめたまま、しばらく沈黙し、ようやく言葉を発した。「協力するつもりだから。安心しろ」そう言って、拓野は動かずさらに続けた。「もしご両親を助け出したら、俺たちにもう利益関係はない、そうだな?」そう言われ莉香は一瞬固まり、拓野を掴んでいた指がゆっくりと袖から滑り落ちた。「どういう意味?」だが、拓野は莉香を見よ
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第9話
それを聞いて、拓野のカルテを取ろうとする動きが止まった。彼は手を宙に浮かせたまま、数秒後にようやく絞り出すように聞き返した。「彼女が……妊娠を?」すると、看護師は呆れた様子で書類を整理しながら言った。「ええ。経過は順調でしたよ。各数値も正常値で、数日前に転院手続きをする予定だったのですが、事務上の手続きが遅れていましてね。やっと進んだと思ったら、流産してしまいました」拓野は言葉を失った。体が芯から冷えていくような感覚だった。彼のカルテを握っていた手は次第に力が入り、カルテは端がひん曲がるほど歪んでいった。そうか?あの大学の同窓会で静葉の友人が言っていた夫の話は、本当だったのだ。役者なんかじゃなかった。あの日、静葉が病院にいたのは病気でも、たまたま鉢合わせたわけでもない。妊婦検診だ。しかも静葉は、自分の姿を見た後に転院を望んだ。自分は静葉が演技をしていると思い、自分を繋ぎ止めるための嘘だと思っていた。でも静葉は、自分を避けたかっただけなんだ。その事実に気づいた瞬間、拓野は自分を制御できなかった。誰かに心臓を強く握り潰されたかのように締めつけられる痛み。込み上げる熱い感情を必死に喉の奥へ押し戻した。なぜだ?一体、どうしてだ?なんで静葉は、あんなにすぐ次へ進めるんだ?安人が亡くなってまだ数年しか経っていないのに。新しい家庭を持って、妊娠までするなんて。どうしてそんなことができるんだ?そんな冷たくなっていく拓野の表情を見て、看護師は訝しんだが、深く聞くことはできず、ただ彼が去っていくのを見つめる事しかできなかった。それから拓野はあてもなく車を出し、三区間ほど走ってからようやく自分が途方に暮れているのに気が付いた。静葉がいないこの家。拓野にとって、もう何年も前から心休まる家など存在しなかったのだ。昔は仕事から帰ると、すぐには部屋へ上がらず、車内で時間を潰すことが多かった。疲れていたわけじゃない。家に帰れば迎えるのは子供の泣き声、リハビリの報告、そして静葉のいつ見ても泣き腫らした目だったからだ。そんな現実と向き合いたくなくて、ガレージでタバコを一本ずつ吸い続け、10本目を吸ってようやく車を降りていくのだ。だけど、今や、あの逃げ出したかった家すらも、存在しないに等しい。そう思いながら、拓野は近くの
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第10話
多分、初任給が手に入った時からかもしれない。自分の給料は静葉の5倍だった。その後、次第に10倍、やがて20倍と差が広がっていった。それは静葉が昇進しても、縮まらないくらいになり、ついに拓野は、自分こそが一家を支えているのだと思うようになった。住宅ローンも車の維持費も、安人の療育費でさえ全てを自分の稼ぎで賄っている。事務員である静葉の給料など、ベビーシッター代にすらならないだろう。だから、拓野は静葉が自分を気遣うのは当たり前だと考えるようになった。安人が自閉症と診断されてからは、拓野の頭に何度も、あの時莉香の告白を受け入れていたら、今頃どうなっていただろうという思いが浮かんでいた。莉香と結婚していれば、苦労せずに医師として成功し、最年少で教授になり、病院長の座も手にできていたはずだ。きっと世間から羨ましがられる人生を歩めたかもしれない。だがそんな理想と比べて、静葉と結婚して何を得たんだろう?自閉症の息子を抱え、いつも後始末に追われ、残されたのは、とても人に自慢できるとは言い難い家庭だけだ。そう思うと、彼は悔しくてたまらなかった。自分にはもっと明るい未来があるはずなのに。だが、拓野は知らなかった。静葉は安人の療育費を稼ぐため、日中は事務の仕事をこなし、夜はデザインの案件を抱え、深夜まで働いていた。それでも翌朝6時には必ず安人の朝食を作っていたのだ。そして、公共の場で安人が泣き叫んでも周囲に迷惑をかけないよう、彼女はいつもの大きなバッグを持ち歩き、中には水筒や着替え、安人を宥められるおもちゃが詰まっていた。あの重さは拓野ですら片手では持てないのに、静葉は3年間背負い続け、肩には深く痕が刻まれるほどだった。そんな思いを巡らせながら、拓野はさらに酒を煽り、こぼれた滴が顎をつたってシャツへと染み込んでいった。そして、思い出は高校生だった頃まで遡った。あの頃、自分は静葉に夢中だった。2年間アタックし続け、ラブレターを99通も送った。すべて手書きで、異なった内容だった。それを彼女の通学鞄や教科書、自転車のサドルにも忍ばせたりした。極めつけは折り鶴を折って教室の窓から投げ込んだことだ。その鶴の羽を広げると、中には【大好きだよ】という言葉がぎっしりと綴られていた。静葉が交際を承諾してくれた日、拓野はグラウンドを10周も走っ
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