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第917話

作者: 楽恩
「俺、真剣に恋愛してるだけだけど?妹って呼びながら、実際は彼女の方を甘やかしてる誰かさんとは違ってね」

「……」

このラウンドは、引き分けだった。

来依はお粥を一口すくって口に運んだ。

どうせ大したことないだろうと思っていたが、予想外に美味しくて驚かされた。

すぐに南にこの美味しさを共有したくなり、勇斗にこの味の秘密を尋ねようとした。

ちょうどスマホを手に取ったところで、海人に取り上げられた。

「まだ言い争いたいわけ?」

海人は彼女のスマホをテーブルの端に置き、彼女の隣に腰を下ろした。

「お粥のことを聞きたかったんだろ?」

来依は目を細めた。「さすがね、私のことよく分かってる。これはもう、本気で私のこと愛してる証拠かも?」

「まだ足りない?」

もう充分だった。

彼女はこの話題をそれ以上続けたくなかった。

そして聞いた。「なんでこのお粥、大阪で食べたのと味が違うの?」

「米が違うからだ」

来依はじっと見たが、違いはよく分からなかった。

「オーガニック米なんだ」

来依はスプーンでかき混ぜながら言った。「ここって、何でもオーガニックなの?」

「うん。こっちには大きなオーガニック農園があって、モデル地区にもなってる」

海人は彼女の手首を握り、怪我している部分を避けて、彼女がすくったお粥を口に運んだ。

そして、心のこもっていないコメントを一言。「まあ、悪くないな」

「……」

来依はスプーンを置き、お粥を彼の方に押しやった。

それからもう一つの容器を開けた。

パーティーではあまり食べられないことを見越して、わざわざ多めに持ち帰っていたのだ。

もし昨晩、伊賀に会っていなければ、食べ終えてから彼の分を持ち帰るつもりだった。

「俺のこと、嫌いになった?」

彼女の手が一瞬止まり、それから頷いた。

海人は笑い、彼女の後頭部を引き寄せて、唇を重ねた。

しばらくして——

彼は彼女の額に自分の額をくっつけて聞いた。「まだ嫌いか?」

「……」

来依は彼を押しのけた。「どいてよ、うっとうしい」

海人の口元がわずかに下がった。「元カレに会ったら、俺のことがうっとうしくなったってことか」

「……」

「そういや、忘れてたわ」

来依はわざとらしく言った。「あんたも三十過ぎたし、そろそろ更年期になってもおかしくないか」

海人は「更年
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