LOGIN四十四歳のシングルマザー・白石美奈子。恋も、自分が女性であることも、ずっと心の奥へしまい込んできた。そんな彼女が、行きつけのBARで偶然出会ったのは、憧れ続けてきた国民的人気ダンスユニット「Sky beat」のメンバー・碧だった。一夜の出会いが、止まっていた美奈子の時間を静かに動かし始める。しかし、芸能人と一般人、十五歳の年齢差、娘の存在、そして世間の視線が二人の前に立ちはだかる。それでも、もう一度だけ恋を信じたい――。これは、大人になってから始まる、切なくも温かな再生のラブストーリー。
View More「どうしてアレクサのことを気にする必要がある? 俺があいつを利用しているだけだって、分かっているだろう?」
「彼女はクライアントとの話し方が上手い。彼女の働きのおかげで、俺はこれまでにかなりの利益を得てきた。それに、彼女は君の家族の会社の株も持っている。俺たちが結婚すれば、その株を俺が手に入れることができる。欲しいものをすべて手に入れたら、俺は彼女を捨てて、お前と結婚する」
クソッ!
アレクサの両手が身体の両脇で強く握り締められた。先ほど耳にした言葉を思い出し、顔が強張り、顎に力が入る。
その声はあまりにも鋭く胸に突き刺さり、アレクサは頭から追い払うことができなかった。まるで耳の奥で何度も響き続けているようだった。
27歳のアレクサ・イヴァンダーが歩くたび、その足元のヒールが家族であるアリステア家の会社のロビーの大理石を打ち、甲高い足音を響かせていた。
そこは、アレクサがこの3年間働いてきた場所だった。父親の会社への入社を拒まれ、実の父親からも見下されていた彼女が、働くことを許された会社だった。
アレクサはさらに強く拳を握り締め、同時に歯を食いしばった。二人の恥知らずな人間の喘ぎ声が耳に蘇るたび、胸がズキズキと痛んだ。
目に焼きついて離れないのは、婚約者となるはずだったロナンと、アレクサの義妹フェリシアが、アレクサにとって本来なら最も心安らぐ場所になるはずだったアパートで繰り広げていた、目を背けたくなる光景だった。
そこは、ロナンと結婚した後、アレクサが帰る場所になるはずだった。
しかし、そのすべての夢は消え去った。
アレクサがそのアパートを訪れたのは、大きなクライアントとの面談を成功させたという朗報を伝えるためだった。そのクライアントは、アレクサの話術と親しみやすい態度を気に入り、彼女との取引に同意してくれたのだ。
これは災難なのだろうか。それとも、婚約者と義妹の裏切りを、ロナンとの関係がさらに深い段階へ進む前に知ることができたという意味では、幸運だったのだろうか。
ロナンの顔を殴りつけ、その長い髪を指で掴んでフェリシアを引きずり回し、二人に罰を与えてやりたい。
けれど、アレクサは今、衝動に任せて行動するのが正しいことではないと分かっていた。
アレクサは冷静でいなければならなかった。
二人を殴ったところで、結局、悪者にされるのは自分だと分かっていたからだ。
アレクサの顔に苦い笑みが浮かんだ。
自分は実の娘でありながら、まるで継子のように扱われている。
父親は今や、自分よりもフェリシアを可愛がり、守っている。フェリシアが甘い言葉を巧みに使うから、それだけの理由で。
最悪だ。なぜアレクサがこんな立場に置かれなければならないのだろう?
アレクサは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。そして、手を伸ばして人事部のドアをそっと押し開けた。
突然の訪問に、そこにいたスタッフたちは驚いて顔を上げた。
「アレクサさん、今日はどういったご用件でしょうか?」
誰もがアレクサのことを知っていた。
彼女はロナンのアシスタントであり、この2年間でアリステア社の名を大きく押し上げるほどの成果を上げてきた人物だった。
今にも頭の中で爆発しそうな感情を追い払うため、無理やり笑みを浮かべながら、アレクサは口を開いた。
「私、退職したいんです」
人事部長が驚いたように目を見開くと、アレクサは続けた。
「ロナンにはもう話してあります。彼も了承してくれました。ですから、あとは退職に必要な書類をいただければ結構です」
「で、ですが、どうしてですか? 何か理由でも?」
人事部長の言葉を聞き、アレクサは薄く笑った。
「特別な理由はありません。父の会社に戻ろうと思っているだけです」
アレクサの笑みには、憎しみと復讐心が滲んでいた。
頭の中を駆け巡る感情の嵐を押し殺しながら、彼女は必死に冷静さを保っていた。
退職に必要な書類を受け取ると、アレクサはアリステア社の建物を後にした。
正面に停めてあった車に乗り込んでも、アレクサはすぐには発進させなかった。
先に、指の間に挟んでいた名刺に記された番号へ電話をかけた。
「もしもし、デヴァンさん。アレクサ・イヴァンダーです。今日、お時間はありますか? お会いしたいのですが」
「アレクサ・イヴァンダー。君はなぜ、私が君と会いたい、そして会えると思っている?」
アレクサは手の中の名刺を強く握り締めた。
デヴァン・アリステア――ロナンの叔父であり、つい数か月前に海外から戻ってきたばかりの男。
アリステア家と同じ業界で会社を経営している彼に会わなければならない理由を思い出すと、胸が何かに強く締めつけられ、息が詰まりそうになった。
感じている痛みをすべて遠ざけるようにして、アレクサは必死に平静を保った。
「あなたにとって、とても大きな利益になる話があります。聞いてみる気はありますか?」
「本当よ...お母さんが臆病なばっかりに結愛に嫌な思いをさせてごめんね。」美奈子は、結愛に笑顔で言葉を返す。美織の取り巻きの女性が美奈子の前に乗り出す。「こんなおばさんが碧くんの招待ですって!最近、多いのよねー。ファンのおばさんが興信所とか頼って、ストーカーまがいな真似しちゃってさ」「あなたたちもその悪質ストーカーなんじゃないの??。こんな歳にもなって...娘さんも連れて恥ずかしくないの??お、ば、さ、ん」いやみたらしい表情で美奈子に詰め寄る。「......そんなことは、ありません。私はちゃんと碧くんから直筆でご招待いただきました。」美奈子は、下唇を噛みながら、でも結愛に心配はかけまいと平然とした表情で言葉を返す。「碧くんから手紙って??妄想もいい加減にしなさいよ。まして、美織の前でさ!!美織と碧くんは互いに想い合ってるのよ。」他の取り巻きが言葉を続ける。「そうよ。この前のLive配信も感動したわーきっと美織に正式な交際を申し込むために作ったラブソングよね。」取り巻き達が騒ぎ出すことで、美織と美奈子達の周りに人だかりが出来る。「いい加減さ、夢見る乙女にはもう遅いでしょ?恥をかく前に帰りなさいよ。」「帰れ!帰れ!...」この場所に来た決意が、揺らぐぐらいの周りからの罵詈雑言。隣で怯える結愛の表情を見て、後悔と申し訳なさと逃げ出したいという感情が襲う。さすがに、もう無理だ。美奈子は結愛を連れて帰ろうとしたその時...取り巻きが美奈子に声をかける。「ちょっと待ちなさい!先ほどから話してるネックレス?が不快だわ...碧くんのメンバーカラーと同じデザインなんて、こんなおばさんには似合わない。外しなさいよ!!」美奈子は、ネックレスのトップを守るように掴む。「申し訳ないですが、これは外せません。」焦る表情をする美奈子...すると悪どい顔をした取り巻き達が、結愛と美奈子を囲み出した。そして悪びれもなく美奈子を掴みかかる。「やめて!っ...お願いだから!...これだけは!」取り巻きの一人が叫ぶ。「うるさい!碧くんに迷惑よ!この悪質ストーカー!さっさと外しなさいよ!」美奈子は必死に抵抗する。その時、抵抗していた美奈子の頭が取り巻きの顔に激しく当たってしまう。「痛っ!」と聞こえたとともに取り巻
美織の声に、会場の空気が張り詰めた。「あら?招待客リストにお名前ありました? ……失礼ですが、どちら様で? 道に迷われているなら係を呼びますわよ。ふふっ」美奈子は何か言葉を返そうとしたけれど、喉の奥が急に渇いて、声にならなかった。 手のひらに、じわりと汗が滲む。 視線が、自然と俯きがちになる。(碧……)胸元のネックレスに、無意識に手が伸びかけて――結愛の視線に気づき、慌てて止めた。隣にいる結愛が、怪訝そうにこちらを見上げる。 最初は、ただ状況が飲み込めていない様子だった。 きれいなお姉さんに話しかけられている。それだけの、他愛のない出来事のように。けれど、美織の口調に滲む嘲りと、母が何も言い返せずに縮こまっている様子を見比べるうちに、結愛の表情が、少しずつ変わっていった。(お母さんが、何も言えないでいる……) (この人、なんでこんな言い方するの……?)小さな違和感が、胸の中で膨らんでいく。 結愛にとって、母はいつも自分を守ってくれる人だった。 仕事で疲れていても、笑顔を絶やさない人だった。 それが今、見知らぬ人の前で、言葉を失って立ち尽くしている。その光景が、結愛の中の何かに火をつけた。「――失礼ですけど」気づけば、口が勝手に動いていた。美奈子の腕に、自分の手をぎゅっと絡める。 真っ直ぐに、美織を見上げた。その目には、怯えなど微塵もなかった。「うちの母、ちゃんとお友達さんから招待されてここに来ました。 ネックレスも受付で見せましたし、何か問題でも?」凛とした声だった。子供らしい丸さの残る声なのに、芯だけは真っ直ぐに通っている。美織の目が、わずかに見開かれた。 周囲の取り巻きたちの間にも、小さなざわめきが走る。「……あら。娘さんもご一緒だったのね」「はい。娘です」結愛は、臆することなく答えた。美奈子はただ、隣でその横顔を見つめることしかできない。 心臓が、痛いくらいに脈打っている。(結愛……)守られているのは、自分のはずなのに。 いつの間にこんなに強くなったのだろう。 嬉しさと、申し訳なさが、同時に胸を締め付けた。美織は、しばらく結愛を観察するように見つめたあと、ふっと笑みを浮かべた。 作り物めいた、綺麗な笑み。だがその奥に、ほんの一瞬――苛立ちにも似た何かが揺れたのを、美奈子は見逃さなかった。
背の高い、優しそうな雰囲気の男性だった。 結愛が警戒した表情を見せると、男性は慌てたように封筒を差し出す。 「怪しいものじゃないよ。これ、お母さんに渡してほしくて」 白い封筒。表には丁寧な文字で「美奈子様」とだけ書かれている。 「……お母さんの、知り合い?」 「うん。仕事の関係でね。ちゃんと本人から渡してって頼まれたものだから、安心して」 男性はそれだけ言うと、軽く会釈をして去っていった。 結愛はしばらくその後ろ姿を見送りながら、封筒を制服のポケットにしまった。 (誰だろう。お母さん、こんな綺麗な字を書く知り合いいたっけ) なんとなく胸がざわついたけれど、結愛はそれ以上深く考えないことにした。 夕方、仕事から帰ってきた美奈子を、結愛が玄関で待ち構えていた。 「お母さん、おかえり。今日ね、学校に向かうところで男の人に呼び止められて」 「男の人?」 美奈子の表情が一瞬、強張る。 「お母さんの知り合いだって。これ、渡してって」 差し出されたのは、白い封筒だった。 見覚えのない筆跡。 けれど、なぜか胸の奥がざわりと音を立てる。 「ありがとう、結愛。手、洗ってきなさい」 「はーい!わかった」 結愛が洗面所に向かうのを見送ってから、美奈子はリビングのソファに腰を下ろした。 封筒を裏返す。差出人の名前はない。 ただ、封を切った瞬間、ふわりと香った紙の匂いに、なぜか覚えがあるような気がした。 中から出てきたのは、便箋と――小さな箱。 便箋を開くと、少し丸みを帯びた、けれど几帳面な文字が並んでいた。 『急なお手紙すいません。 美奈子さんにもう会えないとメッセージをいただいてから、美奈子さんに僕の覚悟を知ってほしくていろいろと準備をしました。 今度、僕らのアルバムリリースを記念したパーティーをする予定で…… 是非、娘さんと二人で参加して欲しいです。 僕の特別なお客様だから、とスタッフには説明しているので、一緒に入れたネックレスを受付に見せてください』 美奈子の手が、止まった。 (碧……) 心臓が、大きく跳ねる。 震える指で、小さな箱を開ける。 中には、トップにアクアマリンをあしらった、上品で可愛らしいネックレスが収まっていた。 碧の瞳の色を思わせる、澄んだ水色。 「碧ったら、そんな無茶な……」 呟いた声は、思っ
「聴いてください... On My Way to Cinderella」ーーー♪♪♪On My Way to Cinderella雨上がり 君を見つけた夜少し寂しそうに笑ってたね誰かのために生きてきた時間を隠すようにグラスを揺らしてた「もう恋なんてしないから...」その言葉の奥にある涙を僕だけは見逃せなかったーーー♪♪♪(優しく指を弾くギターの弦から流れる音色に碧の優しさが、心に響く...)時計の針は戻せなくても未来なら変えられるから君が閉じたその心のドアを焦らず 何度でも叩くよ(ステージ上がライトアップされて、翠はこちらをみているように画面を見つめている)ーーー♪♪♪On My Way to Cinderella今日、僕は君を迎えに行くガラスの靴なんていらない君のその笑顔だけあればいい幸せになる順番なんて誰にも決められないから遅すぎる恋なんてない君は今でも僕だけのシンデレラーーー♪♪♪(「俺、一夜限りのつもりで、昨日美奈子さんを誘ったわけじゃないんです」あの時、碧が話していた決意が目の前にいや、世界中に流れている...私なんかのために...今は、勘違いでも良い。そう感じていた。)「一夜限りの綺麗な思い出...」震える声でそう言ったねその優しさも その強さも全部抱きしめたいと思った君が誰かを守るように今度は僕が君を守りたいーーー♪♪♪時が君を連れて行って忘れることなんて出来やしない会えない時間だけが君への決意を僕にくれた。もしこの歌が届くならもう一度だけ君に笑ってほしいーーー♪♪♪On My Way to Cinderella今日も僕は君を迎えに行く魔法なんてなくてもいい君と歩く明日があれば時計が零時を告げたってこの恋は終わらせない“もう幸せになっていい”そう伝えるために今日、僕は君を迎えに行くOn My Way to Cinderellaーーー♪♪♪曲が終わり、碧が照れながら笑顔で言う。「聴いてくれてありがとうございます」美奈子の頬には、静かに涙が伝っていた。それを見てびっくりしている結愛。「お母さん!どうしたの!そんなに感動した!?」「いや...違うの...ごめんね。」無理に笑おうとするけど、涙が止まらない。その涙は、碧を信じ