心野さんのココロノさん 〜青春を取り戻したい少女が『世界』を創り出すまでのちょっと不思議なラブコメ〜

心野さんのココロノさん 〜青春を取り戻したい少女が『世界』を創り出すまでのちょっと不思議なラブコメ〜

last updateDernière mise à jour : 2026-07-09
Par:  十色Complété
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女の子が苦手な但木勇気(ただきゆうき)。 彼は女性恐怖症を克服するために、隣の席に座る心野雫(こころのしずく)と友達になることを決意する。 心野さんはとても大人しくて妄想大好きな女の子。但木勇気が勇気を出して心野さんに話しかけたことがきっかけで、最初はぎこちなかった二人の関係は徐々に変わっていく。 だけど、それが発端となり、但木勇気は不思議な体験をすることになる。 果たして但木勇気は女性恐怖症を克服することができるのか。 そして、心野さんが抱えていた『とある悩み』はどう変化していくのか――。 そんな、一風変わった不思議なラブコメです。

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Chapitre 1

第1話 但木くんと心野さん

 僕は女の子が苦手だ。

 いや、苦手というレベルの話ではないかもしれない。いわゆる女性恐怖症というやつだ。

 そりゃそうだ、『あんな出来事』を経験をしてしまったら。

 どうして僕が女の子に対して苦手意識を持つことになってしまったのか、今は言いたくない。思い出したくないんだ、当時のことを。

 「はあ……高校生になれば多少はマシになると思ったんだけど、甘かった」

 今にも空気の中に消えてしまいそうなくらい、小さく呟いた。そして、深い溜息をひとつ。

(これじゃ、中学の頃と全く変わらないじゃないか)

 高校に入学して早一ヶ月が経とうとしているけど、相変わらず女子とは会話をしたことがない。

 いや、できないんだ。

 でも、そういえば一度だけあるか。「消しゴム落としましたよ?」って、隣の席の女子に声をかけてもらったっけ。

 会話って、何さ。

「ああ、もう嫌だ……」と、僕は頭を抱えながら一人ごちる。

 でも悪いことばかりではない。ちょっとだけいいことがあった。この前の席替えで、窓際の隅の席をゲットすることができたんだ。

 やっぱり隅っこは落ち着く。外の景色も見ることができるし。それに、授業中に居眠りをしてもバレにくい。隅っこ最高。

 だけど、僕にとってこの席替えで良かったと思う理由はもうひとつあった。

 チラリ、と隣の席を見やった。うん、やっぱり落ち着く。

 僕の隣に座っている女の子。名前は心野雫さん。

 なんだか彼女を見ていると、とても落ち着くんだ。理由は簡単であり、シンプルであり、明白。失礼を承知で言ってしまうと、僕と同類なんじゃないかなと思えて仕方がないんだ。何故か妙に親近感が湧くというか。

 心野さんはとても大人しい人――いや、大人しいどころじゃないか。高校生になってから、心野さんがクラスメイトと一緒にいるところも、喋っているところも見たことがない。こんな僕でさえ、一応男友達くらいはいるのに。

(心野さん、どういう顔をしてるんだろう)

 彼女は伸び切った前髪を下ろしていつも顔を隠してしまっている。他の女子と比べてスカートの丈も長いし、制服も着崩したりはしないし。これもちょっと失礼だけど、地味子ちゃんという言葉がしっくりくる。そんな女の子だ。

(はあー、一度でいいから話してみたいな)

 女の子が苦手な僕だけど、不思議と心野さんとは喋ってみたいと思えてくる。それに、女性恐怖症克服のためにも、まずは心野さんと友達になりたい。そんな気持ちが自然と湧いてくる。

 僕の名前は但木勇気。その名に恥じぬよう、勇気を出す時が来たのかもしれない。

 だから僕は今朝、登校しながら決意をした。今日こそ心野さんに話しかけてみよう、と。だけど喋ることを拒否されたらどうしようだとか、そんなネガティブなことばかり考えてしまう。それに、話しかけても絶対に喋ってもらえないはず。

 だって、これまで幾人かのクラスメイトから話しかけられても言葉を発することなく、ただただ頷いたりするだけだったから。だから僕が話しかけても同じ結果になってしまうことだろう。

 それに、女性恐怖症である僕はやっぱり女子に話しかけるのは、なんだかんだ言っても怖い。

 でも――

(いや、自分を信じろ!  但木勇気!  大丈夫。きっと大丈夫。心野さんはちゃんと何かしらのアクションは起こしてくれるはず。確かに普通に会話ができるようになるまでには時間がかかるかもしれない。長期戦になるに違いない。でも、それは重々承知の上だ)

 そうだ。悩んでいても仕方がない。まずは行動を起こさないと何も始まらない。そうしなければ、僕は一生女性恐怖症を抱えたまま人生を終えてしまうことだろう。

 それに、高校生活でも、中学の頃のように女子に対してびくびくするつもりか? 否。そんなことは望んでいない。

 自分を変えられるのは、自分自身だ。

 こうなったら、もう勢いに任せて話しかけてやる!

「ね、ね、ねねね、ねえ、こ、心野さん? ちょ、ちょ、ちょっといいかな?」

「ヒ、ヒイッ!!!!」

 話しかけたその瞬間、心野さんは驚きの声を上げ、そして椅子に座った姿勢のまま飛び上がってしまった。『お尻が浮く』という言葉は知っているけど、本当に浮くんだ……初めて見たよ。それに、僕もやっぱりキョドってしまった。まるで針の壊れたレコードみたいに。

 でも――

「な、なななな、なんでしょうか!」

(え!? う、 嘘……だろ!?)

 心野さんが、僕に返事を返してくれた。

 初めて聞いた、心野さんの声。僕と同様、キョドりすぎではあるけど。でも、言葉を返してくれただけでも驚きだった。しっかりとコミュニケーションを取れるまでには絶対に時間がかかると思っていた。

 なのに、どうして?

「い、今、喋ってた、よな?」

「喋ってたというよりも、声を出したって感じだったけど」

「いや、お前。それだけでも十分驚きだろ」

 急に教室内がざわつき始めた。

 心野さんが喋ったことに。声を発したことに。

「ご、ごめんね驚かせちゃって。い、いやね、席替えしてからまだ挨拶したことなかったなあって思って。それで話しかけたんだ。……迷惑だったかな?」

「そ、そんなことは、ない、です……はい……」

 そう言いながらも、心野さんは両手で長い前髪を掴み下に引っ張って、いつもより顔が見えないようにしてしまった。

 に、しても不思議だ。

 緊張はまだ若干はしているものの、女性恐怖症である僕が、いつもよりも普通に喋ることができている。

 でも、どうして心野さんは僕に対してちゃんと会話をしてくれたんだろう。

「そ、そっか、それなら良かった。あ、ぼ、ぼぼ、僕の名前は但木――」

「し、知ってます。た、但木勇気さん、でしたよね……?」

 心野さんはこっちを見ず、まだ前髪を両手で掴んだままだけど、僕の名前を声にしてくれた。意外な展開だ。

「心野さん、僕の名前覚えてくれてたの?」

「は、はい、入学式の時の自己紹介で……」

  え!? あの時の自己紹介で僕の名前を覚えてくれていただなんて。ビックリだ。ビックリだけど、それ以上に嬉しくてたまらない。

「す、すごいね心野さん。もしかしてクラスの皆んなの名前も?」

「は、はい。い、一応は覚えてます……はい……」

 ものすごい記憶力だな、心野さんって。でもこの流れ、悪くないぞ。なけなしの勇気を振り絞って話しかけて本当に良かった。

 それに、緊張感の方も少しずつ解けていくのを感じるし、今なら自然体で会話を続けられるような気がする。

 ほんの一握りの小さな小さな自信。そして、希望が湧いてきた。

「おーい、但木ー!」

「うおっ! ビックリした……。いきなり大きな声で話しかけてくるなよ!」

 どこからともなく現れたコイツは友野はっちゃく。この名前、あだ名でもなんでもなく、本名なのだ。親父さんが好きな漫画のキャラの名前を付けたらしい。

「いやいや、ごめんごめん。お前が心野さんのことをナンパしてたからつい」

 「な、ナンパ?」

「え!? な、なななな、ナンパ!!?? え!? 但木くん、わ、わ、私のようなミジンコ以下の人間に、な、ナンパしてくれたんですか!?」

 ミジンコ以下とか……。そこまで自分を卑下することはないでしょ。いや、今考えるべきことはそこではない。

「友野! 僕がナンパなんかするわけないだろ! 心野さんからあらぬ誤解を受けちゃったじゃん!  知ってるだろ!  僕は女子が苦手だってことを!」

「ああ、知ってるよ。当たり前だろ。中学の時からずっと同じクラスだったんだぜ? お前のことは誰よりも知ってるし理解してるよ。でも、驚いたぜ。但木が心野さんと話してるからさ。女性恐怖症のお前がだぜ? そりゃ俺だって話しかけに来るってもんだ」

「友野……ちょっと邪魔しないでくれるかな? 僕は今、心野さんと話して……って、こ、心野さん!? どうしちゃったの!?」

 心野さん、机に突っ伏したままだらーんと両手を投げ出したまま微動だにしない。本当にどうしちゃったの!?

「お父さん、お母さん……私は生まれて初めてナンパされちゃいました……。我が生涯に一片の悔いなしです……」

「ナンパじゃない! ナンパじゃないって心野さん!」

「ああ……こんなミジンコ以下の私がナンパされるだなんて……。これで私、リア充の仲間入りです。あ、三途の川が見える。去年亡くなったひいお婆ちゃんが手招きしてる。今からそっちに行くね、お婆ちゃん」

「待って心野さん! 話をちゃんと聞いて! ナンパじゃないってば! だからこっちの世界に戻ってきて! というか心野さんは今、一体何が見えてるの!?」

「ふふ……うふふふ……」

 か、完全に自分の世界に入ってしまってる……。しかも笑ってるし。色んな意味でちょっと怖いんですけど。

「ぶわっはっはっは! 心野さんってこんなに面白い人だったんだな。一度も会話できたことがなかったから知らなかったけど。いいんじゃね? ナンパってことで。二人ともお似合いだと思うぜ」

「友野……この状況を見て笑えるお前、すごいよ」

 ――結局、心野さんは全ての授業が終わるまでずっとこのままだった。

 帰る時も「ナンパ……ナンパ……」と呟きながらフラフラと教室を出て行ったし。

 あれでちゃんと帰れるのかな……。

【続く】

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第1話 但木くんと心野さん
 僕は女の子が苦手だ。 いや、苦手というレベルの話ではないかもしれない。いわゆる女性恐怖症というやつだ。 そりゃそうだ、『あんな出来事』を経験をしてしまったら。 どうして僕が女の子に対して苦手意識を持つことになってしまったのか、今は言いたくない。思い出したくないんだ、当時のことを。 「はあ……高校生になれば多少はマシになると思ったんだけど、甘かった」 今にも空気の中に消えてしまいそうなくらい、小さく呟いた。そして、深い溜息をひとつ。(これじゃ、中学の頃と全く変わらないじゃないか) 高校に入学して早一ヶ月が経とうとしているけど、相変わらず女子とは会話をしたことがない。 いや、できないんだ。 でも、そういえば一度だけあるか。「消しゴム落としましたよ?」って、隣の席の女子に声をかけてもらったっけ。 会話って、何さ。「ああ、もう嫌だ……」と、僕は頭を抱えながら一人ごちる。 でも悪いことばかりではない。ちょっとだけいいことがあった。この前の席替えで、窓際の隅の席をゲットすることができたんだ。 やっぱり隅っこは落ち着く。外の景色も見ることができるし。それに、授業中に居眠りをしてもバレにくい。隅っこ最高。 だけど、僕にとってこの席替えで良かったと思う理由はもうひとつあった。 チラリ、と隣の席を見やった。うん、やっぱり落ち着く。 僕の隣に座っている女の子。名前は心野雫さん。 なんだか彼女を見ていると、とても落ち着くんだ。理由は簡単であり、シンプルであり、明白。失礼を承知で言ってしまうと、僕と同類なんじゃないかなと思えて仕方がないんだ。何故か妙に親近感が湧くというか。 心野さんはとても大人しい人――いや、大人しいどころじゃないか。高校生になってから、心野さんがクラスメイトと一緒にいるところも、喋っているところも見たことがない。こんな僕でさえ、一応男友達くらいはいるのに。(心野さん、どういう顔をしてるんだろう) 彼女は伸び切った前髪を下ろしていつも顔を隠してしまっている。他の女子と比べてスカートの丈も長いし、制服も着崩したりはしないし。これもちょっと失礼だけど、地味子ちゃんという言葉がしっくりくる。そんな女の子だ。(はあー、一度でいいから話してみたいな) 女の子が苦手な僕だけど、不思議と心野さんとは喋ってみたいと思えてくる。それに、女性恐怖
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 ふと、空を見上げる。吸い込まれるような透明感のあるブルーが僕の視界いっぱいに広がった。雲ひとつない青空。それを見上げながら、混じりけのない朝の空気を思い切り吸い込んだ。僕の肺が喜んでいるのを感じる。「空を見上げるの、そういえば久し振りだな」 最近の僕はうつむき加減で登校していたから気が付かなかった。そして、忘れていた。空はいつだって平等に、誰にでも光を与えてくれることを。 そんなことを考えながら、歩を進めて校舎へと向かっていった。心地良さを胸いっぱいに感じながら。 *   *   *「おはよう、心野さん」「――――!!!」 教室に入って自分の席に着く前に、心野さんに朝の挨拶をしたわけだけど、やっぱりちょっとビックリされてしまった。でも昨日程ではないか。あの時は声を上げるとともに、お尻を浮かせるくらい驚かれちゃったわけだし。「お、お、おはようございます」 前髪を両手で引っ張って顔をいっそう隠しながらではあるけど、ちゃんと挨拶を返してもらえた。だけど、まだ緊張しているのか、僕に顔を向ける仕草がまるで錆びついたからくり人形みたいだった。『ギギギ……』という音が聞こえてきそうな程。 でも、それでも僕はすごく嬉しかった。「心野さん、昨日はちゃんと無事に家に帰れた? フラフラしながら教室を出て行っちゃってたから心配してたんだ」「は、はい、電信柱に何度もぶつかりながら無事に……」「たぶんそれ、無事とは言わないと思うんだけど……。あと、さっきからずっとあくびしてるけど、ちゃんと寝られた?」 前髪のせいで表情が分からないけど、さっきから何度も大あくびをしている心野さん。たぶんかなり眠いんだろう。「あ、い、いえ、ちょっと妄想が捗りまして……それで、一睡もできなくて」「え!? ね、寝てないの!? 全く!? というか何を妄想してたの?」「あ、あ……えーと……ちょ、ちょっと色々と……はい……」 心野さんの耳が真っ赤になっている。一体どんな妄想をしてたのさ、心野さん……。気になる。すっごい気になる。もしやR18的な妄想? だから言いづらいんじゃないのかな?  訊きたい。訊きたいけど、なーんかちょっと怖い気もする。どうしようかな。「あ、あと……パーティーを少々……」「ぱ、パーティー? 誰かの誕生日だったとか?」「い、いえ、そうではなくて……」 そ
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(結局、来てしまった……) 放課後、僕は心野さんと一緒に駅前まで行くことになった。 だって、ずっと自分の世界に入り込んだままだった心野さんが、放課後になった途端にシャキッとして、そして僕の方を期待の眼差しでずっと見てくるんだもん。 でも、どうしてそう感じたんだろう? 長い前髪で顔が見えないから表情が分からないので、期待の眼差しかどうか分かるはずもないのに。 はて? 謎が謎を呼ぶ。不思議だ。不思議で仕方がない。……ダメだ。このままじゃ気になって眠れなくなってしまうじゃないか! ――って。まあ、いいか。 話を戻そう。 それで、さすがにそのまま無視して帰るわけにもいかず、とりあえず一緒に遊びに行こうと誘ってしまったわけで。誘わざるを得なかったわけで。 それに、心野さんと仲良くなりたいと思って話しかけたのは僕の方からだし。女性恐怖症を克服するチャンスでもあるし。 しかし、それにしても……。「ふふ、うふふふ」 駅前までの道中、心野さんは完全に上の空状態。大丈夫なのかな……。絶対に今、絶賛妄想中のはず。 でも、なんかこの様子も見慣れてきちゃった。僕って意外と適応力あったんだな。「心野さーん、心野さーん、そろそろこっちの世界に戻ってきてー。そろそろ駅前だよー」「ハッ! あ、ご、ごめんなさい! ちょっと妄想が捗りまして……」 うん、やっぱりね。予想的中。 しかしなるほど。心野さんが自分の世界に入ってしまっている時は、肩をトントンと叩いて声をかければいいみたいだ。というわけで心野さんの上の空モード、終了。 今度、心野さんの取扱説明書でも作っておこうかな。「で、でも、但木くん、本当にいいんですか? 私みたいな陰キャでナメクジ以下の人間をナンパしてくれたり、デートに誘ってくれたりして……」 心野さん、耳を赤くしてまた手遊びを始めてしまった。 しかし、この前はミジンコ。今日はナメクジか。そんなに自分を卑下することもないのになあ。と、思ったけど僕も同じようなものか。自己肯定感の低さに関しては。「いや、僕は遊びに誘っただけで、決してナンパとかデートでは――」 と、そこまで言ったところで、僕は口を噤んだ。だって心野さん、すごく嬉しそうなんだもん。顔は前髪で隠れて相変わらず見ることはできないけど、口元が緩みきっているから分かるんだ。 それに、僕と一緒
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「着きましたね」「そうだね。でもさ、学校から駅まで本当に遠いよね。心野さん、疲れてない? 大丈夫?」 平坦な道だからまだいいけど、駅前まで来るのに三十分もかかってしまった。でも、ここまで来ないとお店も何もないんだよね。あってもコンビニくらい。まあ田舎だから致し方ないんだけど。「あ、はい、全然大丈夫です」 心野さんはほんの少しだけ口元を緩めた。「但木くん、優しいですね。こんな私のことを心配してくれるなんて。お父さんとお母さんとアルト以外に心配してくれたの、私初めてで。なんか、とっても嬉しいです」「そ、そうなんだ」 あれ? アルトって確か犬じゃなかったっけ? 犬にまで心配される心野さんって、一体。 心野さんは僕の顔をしっかりと見つめて、それから空を見上げた。時間はもう18時になろうとしていて、すでに日も暮れ始めている。茜色をしたその夕日が、僕と心野さんを優しく見守ってくれている。そんな感覚を、僕は覚えた。 しかし、ちょーっと問題が。「あ、あのね、心野さん。先に伝えておきたくて」「はい、どうしました?」「うーんとね、遊び――もとい。デートに誘ってみたはいいものの、実は僕、デートをしたことがなくてさ。だから、こういう時にどういうお店に入ったりしたらいいのか全然分からくて。上手くエスコートをしてあげられないかも……」 女性恐怖症とはいえ、十六歳にもなってデート経験なし。我ながら情けない。心野さんをがっかりさせないよう、僕なりにしっかり考えなきゃ――と、思っていたら。「全然大丈夫です! こういう日のためにもうそ……いえ、ちゃんと考えて調べてたんです、私。ちょっと待っててくださいね」 心野さんは軽く胸を張ってから、通学用のバッグを開いてゴソゴソし始めた。そして、取り出したるは一冊のノート。なんだかとっても自信に満ち溢れている。こんな心野さん、初めて見た。 で、そのノートを開いて僕に見せてくれたんだけど、ちょっとビックリ。「すごっ! これ、全部心野さんが調べてくれたの?」「はい! そうです!」 そのノートには、駅前でデートをするのにちょうどいい感じのお店について事細かくビッシリと書いてあった、しかもお店の画像まで付いているし。ただ、ほとんどのお店がすごくオシャレで、果たして僕のような冴えないダサ男が入っていいものかと悩んでしまう。 しかしま
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「そろそろ帰ろうか」「そうですね、結構遅い時間になっちゃいましたし」 あれから僕達は時間を忘れてしまう程、色々な話をした。学校のこと。家族のこと。幼少期の思い出のこと。とにかくたくさん。 それでひとつ分かったことがある。心野さんはずっと寂しい思いをしてきたということに。心の痛み、傷、それらをずっと抱えながら。僕にはまだ友野という友達、いや、親友がいたから寂しいと感じたことがなかった。でも、心野さんにはそのような人はいない。 だったらどうする。当然のことだ。僕がずっと心野さんに寄り添っていけばいい。もっと仲良くなればいい。信頼してもらえるくらいに。「そ、それでですね、但木くん。これって、一応デートなんですよね?」 あ、そのことをすっかり忘れていた。僕としては心野さんと一緒に遊びに行くという感覚だったけど、心野さんにとってはこれってデートだった。 友野のせいでな!「うーん、あのね心野さん。実はね――」 不思議な感覚だった。否定しようと思ったけど、何故か僕はそれ以上言葉を続けることができなかった。デートではないと伝えることができなかった。 どうしてだ。どうして言葉が出てこないんだ? 僕が意図せずに誤解させてしまい、それに対して無意識的に罪悪感を感じているのか? いや、違うな。そうではない。でも、僕自身も上手く説明できない。自分のことなのに感情を理解することができない。 生まれて初めて感じる、そんな不思議な感覚だった。「どうしたんですか、但木くん?」「ううん、なんでもないよ。そうだね、デートってことでいいんじゃないかな?」 そして肯定。女性恐怖症の僕が、デートであることを肯定してしまった。感情の整理が全くできないままで。本当に不思議で、不可思議な感覚だ。 で、僕がそんなことを考えていたら、いつの間にか心野さんは耳を赤くして、落ち着きなく、そわそわし始めた。「あ、あのね、但木くん。ひ、ひとつお願いがありまして……」「うん? お願い?」「は、はい、そうです。あの……帰り道でいいんですけど、私と、て、手を繋いでもらえませんか?」「て、手を繋ぐ!?」 女性恐怖症の僕にとって、それ、めっちゃハードルが高いんですけど……。「……やっぱり駄目ですよね。いくらなんでも早すぎですよね。まだ一緒にお喋りするようになってから、全然日も経ってませんし」
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第7話 あの日の出来事
 まるで、悪夢のような日だった。 あれは中学一年生の時。 その日は体育祭があって、僕はその運営委員会に有志として参加していた。まだ一年生ということと男子ということもあって、やることは基本的に力仕事だったけど。 それで、僕は皆んなが下校した後もテントや飾り付けの後片付けに追われていた。 もうだいぶ日も暮れ始めていて、ちょっとの気怠さと面倒くささを感じながら、ずっと「早く終わらないかなあ」などと考えながら作業をしていた。自分から有志したくせに、我ながら勝手な奴だなと思ったもんだ。「た、但木くん……ちょっといいかな?」 そんな時に、背後から僕の名前を呼ぶ女子の声が聞こえた。 その声は、とても澄んでいて、透明感があって。そして鈴の音のような、そんな心地の良い声だった。「はい、なんでしょう、か……!?」 振り返って声の主――鈴の音の声を持った女子を見て驚いた。見惚れてしまった。呼吸をするのも忘れてしまうくらいに。 その女子はとても可愛く、美しく、子供と大人の雰囲気が入り混じった、不思議な魅力に溢れた女子だった。夕日が彼女の艷やかな黒髪を金色に輝かせ、それが余計に彼女の幻想的なまでの美しさをより引き立たせていた。 まるで、夕日が彼女を演出するために存在しているかのようだった。「あ、あのね、但木くん。ちょっとお時間もらってもいい、かな……」 顔を紅潮させ、恥ずかしげな彼女。声が若干震えていて、緊張しているのが伝わってきた。 僕もこんなに可愛いく美しい女子と言葉を交わすのは初めての経験で、同じように緊張せざるを得ず。思春期真っ只中の当時の僕にとって、むしろ緊張するなと言う方が難しかった。 そのあまり、僕は「う、うん」としか言葉を返すことができず、歩き出した彼女の背中を見つめながら黙ってついて行った。たまに彼女が僕を確認するようにチラリと後ろを振り返るたび、夕日に照らされたその横顔はいっそう魅力的に映る。僕の瞳を釘付けにする。 彼女の容姿は、まさに奇跡だった。 彼女は歩みを止め、くるりとこちらを向いた。そこは校舎の裏側で、全く人気のない静かな場所。聞こえるのは虫の鳴き声だけ。「と、突然でごめんなさい」「い、いや、とんでもないでござる……」 緊張しすぎて武士みたいな返事をしてしまった。ござるってなんだよ。「じ、じ、実はね、私……あの……但木く
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第8話 心野さんは変わりたい
「ま、間に合った……」 寝坊してしまったせいで遅刻しそうになったけど、なんとかギリギリセーフ。朝から疲れた……。学校まで全力ダッシュをしたんだから当たり前か。「ほんと、僕って体力ないなあ」 席に着いた今でも、まだ息が荒い。完全に運動不足だな、こりゃ。体育の授業は割と頑張っている方だと思うんだけど、これが帰宅部の限界か。「但木くん、大丈夫ですか? すごくハアハアしてますけど」 少し驚いた。心野さんから話しかけてくれるだなんて。このパターンって、確か初めてじゃないのかな? 今までは僕から話しかけないと喋ってくれなかったはず。 嬉しいな。「ううん、大丈夫。ちょっと寝坊しちゃってね。それで学校に遅刻しないようにここまでダッシュしてきただけだから」「寝坊ですか? もしかして私と同じようになかなか寝付けなかったとかですか? 妄想の世界にどっぷり入り込んじゃって興奮したり」「いや、そういうわけじゃないんだ。いつも通りの時間にしっかり寝たよ。というか、心野さん。妄想? 興奮? もしかして、心野さんっていつもドスケベな妄想ばっかりしてるの?」「そ、そそそ、そんなことないです! そんな妄想なんかしてません! えっと……但木くん、完全に私のことをドスケべだとかムッツリスケベだと思ってますよね?」「うん、思ってるけど?」「……え? 本当に? 本当にそう思ってるんですか? 本気と書いてマジですか?」「うん、だって絶対にそうだもん。じゃあ昨日、一体どんな妄想をしてたのか教えてもらっていいかな?」「う……そ、そそそそ、それはですね。えーと……平和! そう! 世界平和についてです!」 相変わらず嘘をつくのが下手すぎる……。世界平和について考えて興奮してる人がいたら怖いってば。逆にド変態だよ。 まあ、これだけ焦ってるんだから、あまり突っ込んで訊かない方がいいかな。心野さんにだって人に言いたくないこともあるだろうし。うん。プライバシーは大切だよね。「よう但木、珍しく遅刻ギリギリだったな」「またかよ友野……」 友野が毎朝ここに来るのがすでに恒例となってしまった。しかしまあ、ほんと朝から元気なやつだな。朝早くから激しい部活での練習をこなしてこれだもん。体力のない僕にとっては羨ましい限りだ。 暑苦しいところは全然羨ましくないけど。「ああ、少し寝坊しちゃってね――っ
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第9話 お昼休みの屋上で【1】
「はあー、午前の授業やっと終わったー!」 僕は両手を絡め、天井に掲げるようにして大きく伸びをした。 これでも僕は、勉強に関して割と真面目な方なのだ。だから授業をずっと集中しながら受けているのでちょっと疲れた。中学では授業の時間が四十五分だったのに対して、高校だと六十分だし。たった十五分の差でしかないけど、その短い時間差が僕の脳をより疲弊させた。「やっと休憩かあ……」 とりあえず、午前中の授業はこれで全部終わり。やっと人ごこちをつくことができる。そう。今から六十分間は癒やしの時間。疲れた脳を休ませる時間。つまりはお昼休みの時間だ。 ちなみに。これは学生あるあるだけど、僕は体が結構細い方なのに、これでも大食漢なのだ。お腹が空いて仕方がない。寝坊したせいで朝ご飯も食べてないし。 そんなわけで。僕はお昼休みに入るや否や、即座にお弁当箱をリュックの中から取り出した。いつもの様に屋上まで行って、そこで食べるために向かおうと準備を始めた。やっぱり青空の下で食べるお弁当は格別なのだ。「ね、ねえ但木くん? あの、その……お昼ご飯……」 僕のお隣の席に座る心野さん。最近にしてはちょっと珍しく、緊張気味というかなんというか、言葉に少しの申し訳なさを含ませていた。 と、思ったんだけど、違うやこれ。よく見たら心野さんの耳が真っ赤になってるし。分かりやすすぎるから逐一チェックする癖がついちゃったよ。耳の赤さをチェックとか、なんか変態っぽいけど。「うん、お昼ご飯がどうしたの?」「あ、あのですね……それ、お弁当箱ですよね? 食べるんですよね?」「う、うん、そうだけど? あ。もちろんお弁当箱は食べないよ? そこまで悪食じゃないし」「それくらいは私にだって分かりますよ。そうじゃなくて、じ、実はですね……。わ、私、今日、但木くんにお、お弁当を作ってきちゃいまして……。か、勝手に作ってきちゃって本当にごめんなさい」「お、お弁当!!」 これは嬉しい。嬉しすぎる。母さんには言ってないけど、実は僕ってこのお弁当だけではちょっと足りなかったんだ。だからもう願ったり叶ったりというか。それに心野さんの手作りお弁当だ。嬉しくないわけがない。「嬉しい!  よ心野さん! ぜひ食べたい! いや、どうか食べさせてください! 僕って午後の授業の途中でいつもすぐお腹が空いちゃって」「ほ、本当に!
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第10話 お昼休みの屋上で【2】
「ふうー、美味しかった。ごちそうさまでした」 心野さんが作ってくれたお弁当を、僕は見事完食した。 でも、 大食漢の僕でもさすがに重箱二段分の白米は量が多すぎた。二段分なだけじゃなくて、隙間なくぎっしりと詰められていたから尚更に。さすがにお腹が膨れに膨れてちょっと苦しいや。 だけど、残すわけにはいかなかった。せっかく心野さんが作ってくれたお弁当なんだ。残すなどという選択肢は僕の中には存在しなかった。「すごいですね、但木くんって。あんなに大量の白米を完食するなんて。さすが男子です。正直、食べ切れないで残してしまうと思ってました」「ま、まあね。全然余裕だったよ」 嘘だけどね。正直なところギブアップ寸前だったけどね。「もし今度、大食い大会があったらぜひ参加してみてください。きっと勝てますよ? そしたら応援に行きます。家族総出で」「そ、そうだね、考えておくよ」 気持ちは嬉しいけど、家族総出って何さ。 なので、一応「家族総出は遠慮しておく」と伝えたんだけど。「ダメです。応援に行かせます。アルトも連れて」「あ、アルトって犬だったような……。え? 犬って応援してくれるものなの?」「もちろんです。たぶん但木くんが苦しくて負けそうになった時にちゃんと噛みついて気合いを入れてくれます」 噛みつかれたくはないなあ。うん、絶対に大食い大会には出場しないようにしよう。 と言うかさ。心野家の中での僕って一体どんな立ち位置なのさ!「ま、まあ大食い大会のことは置いておいて。でも本当に美味しかったよ。心野さんって料理が得意なんだね。作ってくれたおかず、全部すっごく美味しかったよ。やっぱり心野さんは女子力高いんだよ」「さっきも言ってくれたけど、ほ、本当にそうなんでしょうか……?」「うん、そう思うよ。心野さんの女子力は高い。それに、料理が上手な女性ってすごく魅力的だし。いつか絶対にお礼するからね」「み、魅力的だなんて、そんな……。それにお礼なんて……」 やっぱりね。耳が一気に赤くなった。これは照れちゃってる時の赤さだ。照れに照れてる。 ……なんか僕、いつの間にか妙なスキルを身に付けてない?「心野さん? 今照れてるでしょ?」「て、ててて、照れてなんかないです!」 あ、やっぱりビンゴだ。両手をフリフリさせて全力で否定してるけど、めちゃくちゃ動揺してるから余計に
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