LOGIN蒼真と栞奈は通行人に発見され、病院へと搬送された。トラックの衝突があまりに凄まじかったため、目を覚ました時、栞奈の片脚はすでに切断されていた。そのような残酷な現実に耐えきれず、栞奈は半狂乱になっては何度も気を失った。和彦と美香が面会に訪れたが、二人の表情はどこまでも冷淡で、静まり返っていた。栞奈は到底納得がいかなかった。自分がこんな無惨な姿に成り果てたというのに、両親は一瞥すら惜しむように目を合わせようとさえしない。「お父さん、お母さん!私の脚はもうないのよ!?なのに、まだあの女のことばっかり考えてるの!」美香は深くため息をついた。「あなただって、陽葵の右腕を奪ったじゃない。ずっと前から言っていたでしょう、人として良心に恥じない生き方をしなさいって。こうなったのは自業自得よ、誰のせいでもないわ」「あああああ!」栞奈は絶叫しながら二人に出て行けと喚き散らし、病室中の物を手当たり次第に投げつけた。振り乱した髪が顔を覆い、その醜く歪んだ形相はまるで狂人のようだった。密かに病院へ潜入していたマスコミが、偶然にもその惨状をカメラに収めていた。【かつての天才美少女画家、精神異常の疑い】――と。一方、蒼真は3日間の昏睡状態を経てようやく目を覚ました。だが、目の前に広がる世界は完全な暗闇だった。彼の目は、再び光を失っていた。しかし今回の蒼真は、以前よりもずっと落ち着いていた。裕子は心配のあまり取り乱し、大勢の専門医を呼んで診察させたが、皆一様に首を振ってなす術がないと告げるばかりだった。蒼真は静かに口元をほころばせ、裕子を慰めた。「お母さん、大丈夫だよ。初めてじゃないし……もう慣れてるから」ただ、今度こそ二度と、彼に優しく寄り添ってくれる人はいない。だが、それも誰を恨めようか?栞奈の言っていたことは、少なくとも一つだけは正しかった。ずっと都合のいい嘘で自分を誤魔化し、自分を一番愛してくれた人をその手で手放したのは、他ならぬ自分自身なのだ。裕子は変わり果てた息子の姿に胸を締め付けられ、ただ黙って涙を流すしかなかった。裕子は蒼真を連れ帰って世話をしようとしたが、蒼真はこの街での生活に慣れたから、このままここに残りたいと言い張った。息子の本心など、裕子には痛いほど分かっていた。彼はただ、咲良の近くにいたか
蒼真は胸を押さえ、呼吸すら小刻みに震わせていた。ペンを握ったまま、長い間じっと動けずにいた。やがて彼が振り返ると、会場の中には幸福に満ちた表情で微笑む咲良の姿があった。蒼真はとうとう、離婚協議書に自分の名前を書き入れた。二人の名前が同じ紙の上に並ぶのは、これが最後だ。――さようなら、陽葵。裕子は離婚協議書を静かに受け取ると、振り返ることもなく、凛とした足取りで会場の中へと戻っていった。蒼真が魂を抜かれたようにホテルから歩み出ると、ひどく苛立った様子で歩き回る栞奈の姿が真っ先に目に飛び込んできた。彼女はスマートフォンを耳に押し当てて怒鳴っていた。「私が手配した連中はいつ着くのよ!?お父さんたち、家の財産を全部あの女に譲る気なのよ。私と張り合おうなんていい度胸じゃない。私が仕組んだあの交通事故でも死なず、火事でも焼け死ななかったなんて、つくづくしぶとい女だけど……今回は絶対に逃がさないんだから!」「何を企んでいる!」蒼真は栞奈の前に立ちはだかり、恐ろしい形相で問い詰めた。栞奈はひっと息を呑み、動揺のあまりスマートフォンを地面に取り落とした。「そ、蒼真……どうしてここに?」「何を企んでいるかと聞いているんだ!全部聞こえたぞ。お前、また陽葵を傷つけるつもりか!」「ち、違うわよ、何かの聞き間違いじゃないの?」あの交通事故も、あの火事も、蒼真はずっとただの偶然だと思い込んでいた。それがまさか、すべて栞奈が仕組んだことだったとは。――この女は、俺の最愛の人間を殺しかけた。今度ばかりは、何があってもこれ以上栞奈に陽葵を傷つけさせるわけにはいかなかった。「まだ俺を騙す気か!来い、警察署へ行って全部洗いざらい吐いてもらうぞ!」栞奈は必死に抵抗し、一歩も動こうとしなかった。「嫌よ、警察署になんて絶対に行かない!全部あの女の自業自得じゃない!あなたを私から奪って、今度は私のお父さんもお母さんも、家のお金も全部奪おうとしてるんだから!あの女はとっくに死んでるべきだったのよ。彼女さえ死ねば、すべて丸く収まるんだから!」「お前は、今になってもまだ悔い改めないのか」「どうして私が反省しなきゃいけないの?蒼真、忘れたの?昔、私に言ったじゃない。『お前はこの世で一番の女だ』って。何よ、昔あなたを看病したのが陽葵だって分かっ
蒼真は一瞬言葉を失い、やがて縋りつくように叫んだ。「ああ!俺はお前を愛してる。お前がいなきゃ駄目なんだ!」咲良はふっと柔らかく微笑んだ。「それなら、あなたが愛しているのは私じゃなくて、あなた自身よ。ずっとそばにいてくれたのが栞奈だと思い込んでいたから、彼女を愛した。それが私だと分かった途端、今度は私を愛し始めた。それって、感謝からくるものなの?それとも愛?ううん、あなたは誰も愛してなんかいない。自分をより深く愛してくれて、より多く尽くしてくれる相手を選んでいるだけ。結局のところ、あなたが一番愛しているのは自分自身なのよ」痛いところを突かれ、蒼真は一言も反論できなかった。実のところ、彼は結婚してからの3年の間に、知らず知らずのうちに陽葵を愛してしまっていた。ただ、自分自身がそれを認める勇気を持てず、現実から目を背けていただけだった。栞奈を裏切ったという背信の汚名を着せられることを恐れるあまり、何度も陽葵を突き放してきた。口では陽葵を愛していると言いながら、彼が与えてきたのは深い傷だけだった。愛だと?少なくとも、過去の陽葵はそんなもの、一度も感じたことはなかった。「違う、そんなんじゃない!」蒼真は頑なに認めようとしなかった。「昔の俺は最低なクズ野郎だった。お前を大切にすることも、愛することも分かっていなかった。でもこれからは、お前は何もしなくていい。俺がお前を愛し、大切に守っていくから。頼む、やり直させてくれ、な?」咲良はあっさりと拒絶した。「お断りよ。私にはもう好きな人がいるの。私が彼を好きで、彼も私を好きでいてくれる。私たちの間に、他の誰かが入り込む隙なんてないわ。蒼真。私はとうの昔にあなたのことなんて忘れた。私にとって、あなたはただの赤の他人よ」その瞬間、蒼真は無数の矢で胸を射抜かれたような激しい痛みに襲われた。咲良が彼に向ける眼差しは、どこまでも無関心だった。すれ違う通行人を見るような目。それは、決して愛する人を見る目ではなかった。蒼真の顔が苦痛に歪んだ。彼は手にした婚姻届受理証明書を振りかざし、声の限りに叫んだ。「俺が手に持っているこれが何か、分かってるのか!俺はこの婚約パーティーをぶち壊すことだってできるんだぞ!それに、お前を……」――お前を一生、俺のそばに縛り付けることだってできる。だ
蒼真はスマートフォンを奪い取るように手繰り寄せ、その動画を何度も何度も繰り返し再生した。「できれば一生、二度と思い出さないで」という言葉が、呪いのようにループし続ける。画面の中の陽葵の揺るぎない眼差しを見て、蒼真は瞬く間に目を赤くした。――陽葵は、俺をそれほどまでに憎んでいたのか。一生涯、二度と俺のことなど思い出したくもないほどに。蒼真が勢いよく立ち上がると、栞奈が尋ねた。「蒼真、どこへ行くの?」「陽葵のところだ。このままあいつを失うわけにはいかない」美香はむせび泣くのをこらえながら止めた。「もうやめなさい。あなたはあの子を十分傷つけたじゃない。あの子自身が、永遠に思い出さないでと言っているのよ」蒼真は拳をきつく握り締め、殺意を孕んだ目で栞奈を睨みつけた。今、この女の顔を見るだけで、陽葵に重傷を負わせたあの火事の記憶が蘇り、胸の奥でどす黒い憎悪が煮えたぎる。「昔は確かに俺があいつに酷いことをした。だが今は自分の過ちに気づいたんだ、あいつならきっと俺を許してくれるはずだ。美香さんは、何もしないまま、このままあいつを失ってもいいのか?」「私は……」美香は言葉に詰まった。20年以上も血眼になって探し続けてきた、かけがえのない我が子なのだ。陽葵を取り戻したいと誰よりも痛切に願っているのは、美香自身に他ならなかった。だが、陽葵にこれほど取り返しのつかない傷を与えておいて、どの面下げて付き纏えるというのか。栞奈がすかさず口を挟んだ。「彼女にもいい人が見つかって落ち着いたんだし、昔のことは思い出したくないって言ってるんだから、私たちがわざわざ邪魔しに行くことなんてないでしょ?」「あなたたちがどうしようと勝手だが、俺は絶対に諦めないからな」蒼真はそう吐き捨てると、それ以上留まることなく出て行った。栞奈は蒼真を説得できないと見るや、続けて和彦と美香を取り込もうとした。だが二人はすでに席を立って店を出て行っており、栞奈ともう一言も言葉を交わそうとはしなかった。咲良と清志の婚約パーティーは、1週間後に執り行われることになった。会場の装飾は、咲良が最も好む幻想的なパープルで統一されていた。シンプルな純白のロングドレスに身を包んで入場してきた咲良の美しさに、清志はあわや見惚れて立ち尽くしそうになった。友人たちがからかうよ
周囲からの容赦ない怒声に追い立てられるようにして、蒼真は意気消沈した足取りでレストランから叩き出された。透明なガラス窓越しに、清志が咲良の指に婚約指輪をはめ、二人が涙ぐみながら抱きしめ合う姿がまざまざと見えた。蒼真が強く握りしめた拳から、骨の軋む音が鳴った。あれは、俺の陽葵だ!俺の妻なんだ!このまま黙って引き下がるものか。蒼真はすぐさま人を遣り、和彦と美香へ「陽葵が生きている」という事実を知らせた。二人は一瞬の迷いもなく駆けつけてきた。その傍らには、栞奈の姿もあった。久しぶりに顔を見た栞奈は、見る影もないほどやせ細っていた。「蒼真……最近、元気にしてた?」だが蒼真は、栞奈に一瞥もくれなかった。「美香さん、和彦さん。陽葵は生きてる。ただ、あいつは過去の記憶を全部失くしてるんだ。頼むから取り乱して、あいつを怯えさせないでやってくれ」和彦と美香は、皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をこぼした。「ああ……あの子が生きていてくれたなら、それだけで十分だ」取り乱さないと約束したものの、実際に生きた咲良の姿を目の当たりにした瞬間、二人は感情を抑えきれず、咲良の手にすがりついてしまった。「陽葵……やっと見つけたよ!」「お前を探し出すために、お父さんとお母さんがどれほど血のにじむ思いをしてきたか……」いきなりの事態に、咲良は完全に困惑し、後ずさりした。「誰ですか、あなたたち。私は誰も知りません。人違いじゃありませんか?」「人違いなわけがない、お前は私たちの実の娘なんだ!」「過去は私たち親が悪かったわ。一緒に家に帰りましょう。もう二度と、あなたに惨めな思いなんてさせないから!」栞奈は少し離れた場所から、両親が咲良にすがりつく様を冷え切った眼差しで見つめていた。陽葵が死んだと知って以来、両親は栞奈に対して氷のように冷酷だった。蒼真から「陽葵の消息が分かった」という知らせがなければ、二人は一生栞奈と顔を合わせることもなかっただろう。――死んだはずの女が、どうしてまた生き返るのよ。そしてまた、こうして誰も彼もが彼女を中心に回り始め、本来なら私に向けられるはずだった愛も注目も、残らず奪い去っていく。それから数日間、和彦と美香は執拗に咲良の元を訪ね続けた。ついに耐えかねた咲良は、彼らをあるカフェに
「私の過去のこと?」咲良は薄々感づいていた。「察してたのか?」咲良は静かに首を横に振った。「ううん、何も知らないし、知りたくもないわ。過去の自分がどんなだったのかは分からないけれど、きっと幸せじゃなかったことくらいは想像がつくもの。楽しくなかったことなら、わざわざ思い出す必要なんてないでしょう?私たち、一緒に前を向いていけばいいじゃない」その答えは、清志の予想を遥かに超えるものだった。蒼真が姿を現した瞬間、清志は心の底から恐れていたのだ。咲良が記憶を取り戻し、以前のように蒼真のもとへ去ってしまうのではないかと。清志は感極まったように力強く頷いた。「ああ。一緒に前を向いていこう」不安の種を一刻も早く摘み取ろうと、清志は盛大なプロポーズを計画した。準備期間は短かったものの、親しい友人たちに声をかけ、人生の大切な証人として集まってもらった。「二人きりでディナーに行こう」という清志の言葉を信じていた咲良がレストランの扉を開けると、店内は不自然なほど静まり返っていた。次の瞬間、パッと照明が一斉に灯り、床一面に敷き詰められた花びらが鮮やかに照らし出された。隠れていた友人たちがクラッカーを鳴らしながら一斉に姿を現した。歓声が沸き起こる中、清志は咲良の前に進み出ると、静かに片膝をついた。差し出されたダイヤモンドの指輪が、照明を反射して眩く輝いている。「咲良。俺に君を一生守らせてほしい。俺と結婚してくれないか?」誰もが祝福の眼差しで、ヒロインの返事を待ちわびていた。「受けるわけがないだろう!」突然レストランに乱入してきた蒼真が、凄まじい剣幕で清志の手から指輪の箱を弾き飛ばした。「こいつは俺の妻だぞ!どの面下げてプロポーズなどしている!」予想外の事態に、友人たちは顔を見合わせ、何が起きているのかと呆然とした。「誰があなたの妻よ!わけの分からないことを言わないで!」咲良はとっさに清志のそばへ身を寄せ、強い警戒心を露わにして蒼真を睨みつけた。蒼真はすがるような、熱を帯びた瞳で咲良を見つめた。「お前だよ。お前は俺の妻だ。俺たちはもう結婚して3年になる。お前は俺を深く愛しているんだ」清志が声を荒らげた。「蒼真、いい加減にしろ!俺たちは今、人生の大事な最中なんだぞ!」「大事だと?俺の妻にプロポーズすること