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第4話

مؤلف: どくはく
茉知の顔には、何の感情の波紋も浮かんでいなかった。ただ涼やかな声で言う。

「別に。前に家のお手伝いさんから聞いたのよ。それより、兄さんって本当に歌穂のことが大事なのね。わざわざアレルギーのジュースまで飲んであげるなんて」

茉知の顔色がひどく落ち着いているのを見て、将吾の疑念はすっと薄れていったようだった。静かな声で答える。

「最も愛している人なんだ。手のひらで包み込むように大切に守ってやりたいと思うのは、当然のことだろう」

茉知の胸に、またしても細く鋭い棘が突き刺さった。冷めた笑みを浮かべてみせ、何も言わずに階段を上っていく。

深夜。ひどい喉の渇きで目が覚めた茉知は、水を取るために寝室のドアを開けた。階下に薄明かりが点いている。

歌穂が一人でリビングに立ち、2本の薬瓶を手に持ち、中の錠剤を床にぶちまけているところだった。

距離が遠いうえ、茉知は少し近視気味だったため、何が起きたのかまでは分からなかった。

部屋を出て確かめるべきか迷っていると、将吾の冷ややかな声が聞こえてきた。「何をしている」

歌穂はびくりと肩を震わせ、振り返ると同時に持っていた瓶を背中へ隠した。しどろもどろになりながら弁明する。

「な、なんでもないわ。夕飯が少し胃にもたれたから、胃薬でも飲もうかと思って」

将吾が静かに歩み寄り、彼女が隠し持っているものを確かめた。その眉がわずかに寄る。

「茉知の薬を、何に使うつもりだ」

その言葉に、茉知も一瞬はっと息を呑んだ。

私の薬?記憶を回復させるための、あの薬のことだろうか。

将吾が病院で受け取ってきたあの薬は、副作用が心配で1錠も飲まずにいたのだ。退院して帰ってきてから、ずっとテーブルの上に置きっぱなしにしていた。

歌穂が、それを一体何のために。

考えを巡らせている間に、歌穂はすでに泣きじゃくりながら白状していた。

「……っ、記憶が戻るのを、少しだけ遅らせたかったの……薬をこっそりすり替えようとしただけよ……」

将吾の目が鋭く細められ、顔に冷酷な色が滲んだ。

「正気か。医者が処方した薬を勝手に替えて、あいつの体に何かあったらどうするつもりだ」

「ビタミン剤とすり替えるだけだもの、何も起きないわ。私、あなたのそばに、もう少しだけ長くいたかっただけ。今のこの関係を続けたいのよ……あなたも、そうでしょう?」

将吾は答えなかった。ただ、薄い唇を一文字に固く引き結んでいた。

歌穂には、その沈黙が了承のサインと同じものに映ったのだろう。もう何の迷いもないとばかりに、テーブルの上の記憶回復薬をすべてゴミ箱に捨て、瓶にビタミン剤を詰め替えていく。

その間、将吾は身じろぎ一つせず、言葉をひと言も発しなかった。

薬瓶を元の場所に戻し終えると、歌穂は深く安堵の息を吐き、くすくすと笑いながら彼の広い胸に飛び込んだ。甘えきった声で言う。

「ねえ将吾。この薬が全部なくなる頃には、きっと自分の気持ちがはっきりわかるはずよ。その時、それでもまだ茉知と一緒にいたいって言うなら、私は潔く身を引くわ。

でも私のほうを選ぶなら……茉知のことは、一生妹としてそばに置くことを許してあげてもいいわ。どうかしら」

茉知は暗い階段の上から、リビングで繰り広げられる光景をじっと見下ろしていた。全身の血管に氷水が広がっていくような錯覚を覚える。

将吾が何と答えるかなど、正直なところ、もうどうでもよかった。

ただ、あれほどまでに歌穂を骨の髄まで深く愛し、底なしに甘やかしている彼が、こんな些細な2択にすら迷っているのが不思議でならなかった。

すでに自分が「身を引いてあげる」とまで譲歩しているというのに、何をそんなに躊躇う必要があるのだろうか。

そんなことを考えていると、将吾がようやく重い口を開いた。

「俺は、茉知に借りが多すぎる。お前を愛している。だが、あいつを捨てることは俺にはできない」

長い年月を共に生き抜いてきたのは、ただの義理だったのか。恩返しという義務感、ずっとそれだけのものだったのか。

茉知は自嘲するように口の端を引き上げた。ひどく苦い笑みだった。

彼からの甘い言葉を期待して胸を膨らませていた歌穂は、目を真っ赤に血走らせた。力任せに将吾を突き飛ばし、泣き喚きながら飛び出していった。

つい先ほどまで無表情を貫いていた将吾の顔に、明らかな後悔の色が滲んだ。重い息を吐き出してから、弾かれたように立ち上がり、彼女の後を追っていった。

2人の姿が消えるのを見届けてから、茉知は静かにドアを閉めた。

胸のあたりが、じくじくと焼け付くように重い。重い足取りで窓際へと歩いて行き、外の冷たい空気を吸い込もうと窓を押し開けた。

その瞬間、路肩で顔を覆い、泣き崩れている歌穂の姿が目に入った。

我を忘れて泣きじゃくっているせいで、前方から制御を失って迫ってくる車の存在に全く気づいていない。

強烈なヘッドライトが体を照らし出して初めて顔を上げたが、もう避ける猶予など残されていなかった。

それを遠くから見下ろしていた茉知は、ふっと息が止まった。

人と車の距離は、もう目と鼻の先だった。思わず目を背けたくなるのに、瞳は恐ろしい光景を焼き付けようとするかのように勝手に見開かれていく。

心臓の音が、耳の奥で狂ったように鳴り響く。硬い金属が柔らかい肉体を撥ね飛ばす嫌な音が、今にも鼓膜を破りそうで――

衝突の瞬間を覚悟し、息を詰めたまさにその時。

暗がりから、ひとつの黒い影が飛び出した。道路の真ん中に立ち尽くす歌穂を、力いっぱいの勢いで突き飛ばす。

歌穂は弾き飛ばされるようにして、道路脇の植え込みの中へ倒れ込んだ。

その身代わりとなるように、飛び出した黒い影は車に真正面からはねられ、数十メートル先へとボロ布のように吹き飛んでいった。

深夜の冷たい静寂の中。重いものが地面に叩きつけられる鈍い音と、女のつんざくような絶叫が、暗い夜空に響き渡った。

「将吾ォ……っ!」

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