LOGIN私・清水知花(しみず ちか)の両親が、結婚相手である長谷川拓真(はせがわ たくま)の家族と婚約式についての打ち合わせをする日、拓真の家族は約束の時間に遅れた。 電話を何度かけ直しても繋がらず、母は無理に笑顔を作って私を慰めた。 「道が混んでいるのかもしれないわ。きっと大丈夫だから、もう少し待とう」 そうして待ち続けて、気づけば3時間が経っていた。 両親の表情は、期待に満ちた笑顔から、次第に悲しげなものへと変わっていった。 父は、着慣れない窮屈なスーツの襟元を何度も直していたが、ついに耐えきれなくなった。目を赤くし、震える声で私に尋ねた。 「知花……どうしても、あの男じゃなきゃダメなのか? 君たちの邪魔をしたいわけじゃないんだ。ただ、ここは実家からあまりにも遠すぎるから心配で。 これから知花が悲しい思いをしても、俺たちは……すぐに駆けつけて慰めてやれないんだ」 私は手を強く握りしめ、なんとか笑顔を作って両親に言った。 「お父さん、お母さん、帰ろう。もうこの結婚はいいの!」
View Moreまさか、また拓真に会うなんて思わなかった。しかも、こんな姿で私の前に現れるなんて。彼は松葉杖をついていた。トレンチコートを羽織ってはいるものの、かつての洗練された雰囲気はすっかり消え失せていた。すっかり痩せ細って、あの端正だった顔立ちは、今ではやつれて見えた。私を見つけると、彼は杖をつきながら、嬉しそうに寄ってきた。瞳を潤ませながら、掠れた声で彼は話し始めた。「知花……俺たちの結婚式、本当は日和は関わっていなかったんだ。式も演出も装飾も、全部俺が考えたんだ。みんなに送った招待状は、夜遅くまで起きて、一枚ずつ手書きした。そして式場も、何度も足を運んで下見して、君が好きな星空のテーマに決めた。君が、来てくれると信じていたんだ」私はその場で立ち止まり、少し間を置いてから言った。「私の両親が、遠くから東都まで出向いて、婚約式の話をしに行った時。私も、あなたが来てくれると思っていたわ」拓真の顔から、一瞬で血の気が引いた。私はもう彼に視線を向けることなく、前を向いて歩き出した。「もう帰って、拓真。寒くて乾燥した東都よりも、私はここの暖かくて穏やかな気候のほうが好きなの」後ろから、松葉杖が地面に倒れる音が聞こえた。彼は焦ったように、不自由な足を引きずりながら私を追いかけてきた。「俺もここに残るよ、知花。君がこの街を好きなら、君のために俺も引っ越すから。だから俺を見捨てないでくれ、お願いだ」袖を掴まれて振り返ると、赤く目を腫らした拓真と目が合い、胸がざわりとした。あの時もそうだった。彼は病室のベッドの上から、私にすがってこう懇願した。「知花、行かないで。俺を置いていかないで」私の心は動揺した。その結果、彼とのドロドロとした関係に囚われ、悩み続けた。私が神経質になりすぎたのではないか、私の器が小さすぎるからなのではないかと。でも、拓真と離れて過ごしたこの1年の間に、そもそもそんなことを気にする必要はなかったんだと気づいた。私は力を込め、彼の手を振りほどいた。「拓真、私は同じ間違いを二度と繰り返さないわ」少し先のほうから、バラの花束を抱えた男性が歩いてきて、私に向かって笑顔で手を振った。「知花さん、こっちこっち!」そこにいる拓真に気づくと、彼はその不自由な
拓真の母親は通話を切ると、しばらく呆然と立ち尽くしていた。そして耳元では、日和の耳障りな泣き声がずっと響いていた。拓真の母親は顔を上げ、日和を睨みつけると、皮肉混じりに怒鳴りつけた。「拓真は手術中よ。あんたの演技なんて見てないから、もう泣くのをやめなさい!」日和は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに悲しそうな表情を作り、拓真の母親を振り返った。「おばさま、どういう意味ですか?私はただ、拓真さんのことが心配なだけです」拓真の母親は彼女を見て、冷ややかに鼻で笑った。「あんたのその下手な芝居、私が気づかないとでも思ってるの?これまでは、知花さんのことが気に入らなくて、わざとあんたの味方をしてあげていたけれど。今思えば、本当にバカなことをしたわ。得たのは偽物で、本物の宝を手放してしまったのね……」日和が何かを言い返そうとした瞬間、手術室の扉が内側から開いた。拓真の母親はもう日和のことなど気に留めず、焦って医師のもとへと駆け寄った。「先生、先生!息子はどうなったんですか?」医師はマスクを外し、二人を見て言った。「命に別状はありません。ですが……」緊張している二人の前で、医師は重い口調で告げた。「右足には、一生、障害が残る可能性があります」拓真の母親はよろけて後ろに下がり、椅子にへたり込んだ。「いいのよ、いいの……命が助かったのなら、それで十分よ」病室で拓真は目を覚まし、少し混乱した後、焦って周囲を見回した。「知花、知花……」付き添っていた日和の目に、一瞬嫉妬の色が浮かんだ。そして彼女は、弱々しい声を絞り出した。「拓真さん、知花さんは両親と一緒に帰ってしまったの。こんなに大きな事故に遭ったというのに、知花さんはそれを聞いてもまったく動揺していなかった。彼女の心にはもうあなたがいないのよ。ねえ、拓真さん、私のことを見てよ。実は私、もう十年間もあなたのことが好きなの」拓真は顔を強張らせた。彼は、純粋で何も分かっていない妹のような存在だと思い込んでいた日和を見つめた。そして、かつて知花と交わした会話を思い出した。自分は、「日和はまだ子供だ、恋愛感情なんて分かっていない」と日和を庇っていたのだ。そのすべての言葉が、鋭い刃となって、自分の胸を貫いた。彼は声を振り絞り、掠れ
過去の記憶から意識を現実へ戻すと、電話の向こうから聞こえる拓真の母親の怒声は、懇願へと変わっていた。「知花、私が悪かったわ。全部私のせいなの。婚約式の打ち合わせの日にあなたがいなかったから、指輪もドレスも日和ちゃんにあげちゃったのよ。拓真は今日ずっと式場であなたを待っていたのに誰も来なくて、その上、日和ちゃんがドレスを着て現れたのを見て、怒って式場で暴れていたの。日和ちゃんが『彼女は実家に帰った』と言っても、信じてくれなくて……あなたを捜しに飛び出したあと……交通事故に遭ったの……意識を失う直前まで、あなたの名前を呼んでいたわ。知花、お願いだから拓真に会いに来てちょうだい。いいでしょう?拓真は……今度は助からないかもしれないの……」拓真の母親は、言葉に詰まって、辛そうに泣き始めた。私は指先が白くなるほど、スマホを強く握りしめた。すると、誰かにそっと手を包み込まれた。振り返ると、両親が心配そうな目で私を見つめていた。母は私の手を握って、顔を見つめながら言った。「知花、お父さんと私のことは気にしなくていいよ。拓真さんには昔、助けてもらった恩がある。心配なら、次の駅で降りなさい」父も私を見つめ、静かに言った。「大丈夫だ、君の好きにしなさい。母さんと話し合ったんだ。本当に君が長谷川家のあの男のことが好きなら、俺たちも一緒に引っ越してやるよ。俺たちがそばにいれば、これから先、もしつらいことがあっても帰ってくる場所がある」私は自分を育ててくれた両親を見つめた。いつからだろう、二人の背中はすっかり丸くなっていた。若かった頃の澄んだ目は濁り、白髪も増えていた。私は声を絞り出すように、静かに尋ねた。「でもお父さん、腰を怪我しているから、寒くなるとすぐ痛むでしょ?東都の冬は寒すぎるよ。お父さんにはつらすぎる」父は手を振り、なんでもないことのように笑った。「何言ってるんだ、父さんはまだ元気だ。小さい頃みたいにおんぶだってできるぞ」私の視界は涙で滲んでいった。「嘘ばっかり」父の顔が強張り、言い返そうと口を開けたが、私は彼の言葉を遮った。「二人を迎えに行ってくれた友達から、全部聞いたの。新幹線を降りてすぐ、腰の痛みが酷くなったのに、お母さんに湿布を貼らせなかったって
私は話を遮るように、冷ややかに口を開いた。「おばさま、私はもう拓真さんと別れました。何かご用なら、日和さんの方へどうぞ。もう私には連絡しないでください。どうせおばさまも、最初からうちのような普通の家庭は嫌いだったのでしょう?」電話の向こうから、激しい怒りに満ちた鋭い声が聞こえてきた。「知花、どういうつもりなの?うちの息子があなたのために、どれだけ尽くしたと思っているのよ?あなたと結婚したいと言って両親と縁を切ろうとしていたのに、あなたのことを必要としている今になってそんな態度をとるわけ?」私は黙ったまま、拓真と付き合い始めたばかりのことを思い出していた。あの頃は彼の実家が少しお金持ちなだけだと思っていて、彼が本物の御曹司だとは知らなかった。付き合って3ヶ月の時、彼の母親が訪ねてきたが、お金で私と拓真を別れさせるようなことはしなかった。彼女はただ優雅に座ったまま、私の頭からつま先までを値踏みするように眺めた。それからゆっくりとコーヒーに口をつけ、静かに言った。「清水さん、地方のご出身なんだってね?東都では、結婚するならお互いの家柄が釣り合っていることが大事だって、聞いたことない?確かに整った顔立ちをしているから、拓真があなたを追いかける理由も分かるわ。でも結婚はお顔だけで決めるものじゃないわ。だって、見た目だけの飾り物なんて役に立たないのよね」当時の私は拓真への気持ちは深いものではなく、こんな侮辱にももちろん耐えられなかった。私はその場で、彼の母親の前で拓真にメッセージで別れを告げた。帰る前に私は彼女を見つめ、冷静にこう言い放った。「おばさま、私は自分の学力だけで、東都中央大学で最も難しいと言われる学科に入りました。見た目だけの飾り物と一緒にしてほしくありません」あの時は本当に、拓真と別れてやるつもりだった。だがその日の夕方、彼は両親と大喧嘩をした。そして私のアパートまで来て、一晩中雨の中に立っていた。それから、彼は何も話さずに私の後を静かについて回り、まるで捨てられた可哀想な子犬のように私を見つめた。私が体調を崩すと、彼は私の友人を通じて、温かい飲み物をわざわざ届けてくれた。帰宅が遅い時には、私を後ろからそっと見守ってくれた。そして暴走したトラックが私に突
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