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第3話
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泥人形師の哀歌 第9話
私は幽霊のように彼の顔のすぐ前に現れた。恐ろしいほど近い距離で、彼は私の体から漂う死臭をはっきりと嗅ぎ取ることができた。 粉の塊が剥がれ落ち、腐敗し、ぼやけた私の本来の顔が露わになる。 暁人は絶叫しながら逃げ出した。逃げる途中、何度も嘔吐しそうになり、酒に酔った体は思うように動かない。何度も地面に倒れ、泥だらけになりながらも必死で這い上がる。 「楓！楓、助けてくれ！こいつは……」 「どこへ行くつもり？」 楓は笑顔を浮かべながら、ふわりと彼の前に現れた。彼女の頭部からは血が滴り落ち、顔は青白く、口を開けると中は真っ黒で何も見えない。舌すらない。 「うわあああ――！お前……お前は！」 暁人は彼女が誰であるかを思い出し、恐怖に駆られて悲鳴を上げた。 彼の体は震え、足が完全に力を失ってその場に崩れ落ちる。 「お願いだから、許してくれ……何でもするから。金でも何でも出す……俺が悪かった。許してくれ……」 彼は地面に跪き、頭を何度も叩きつけて哀願する。その姿は、かつて私が彼に許しを乞うた時と同じほどみじめだった。 ――なるほど、助けを求める時というのは、こんなにも卑屈なものなのか。 暁人はすでに泥人形に陽気を吸い尽くされており、さらに数日間、彼が「楓」と過ごしているつもりで実際には精気を吸い取られ続け、完全に消耗しきっていた。 今や彼は魂も抜けかけて、恐怖に押し潰されていた。 彼は前方へ必死に逃げようとし、私はその後ろをゆっくりと追いかける。 「ダダダ……」 錯乱した彼の足音が広い養豚場に響き渡る。それはまるで死を告げる鐘のようでもあり、怨念の旋律のようでもあった。 「だめだ……豚小屋には行けない……」 暁人は何度もそう呟いた。彼は幸人の凄惨な最期を覚えており、豚小屋に行けば同じ運命が待っていると悟っていた。 だから、必死にその方向を避け、反対側へ逃げ続けた。 「どこへ逃げるつもり？地獄？それとも煉獄？」 私は彼の耳元で低い声で囁きながら、不気味に笑った。 どんなに速く走ろうとも、私は影のように彼に付きまとった。 それはかつて彼が私にとっての悪夢だった時と、何も変わらなかった。 「ゴロゴロ――！」 雷鳴が轟き、閃光が夜空を裂き、空半分を照らす。 激しい雨が降り始め、まるで天が
泥人形師の哀歌 第8話
「楓は、私を怖がったりするかな」 そんな心配は杞憂だと分かっている。どんな姿になっても、私たちは一番の友達だから。 でも―― 私は目撃した。児童養護施設の周りに群がる人々と、彼らの視線の先で、楓の華奢な体が上階から地面に落ちるのを。 激しく地面に叩きつけられ、彼女の血が広がっていく。視界が赤に染まり、胸が引き裂かれるように痛んだ。 「いやああああ――！」 腐りかけた声帯から奇妙な悲鳴が絞り出される。 楓は死んだ。 「楓……楓……」 私は路上で叫び続け、周囲の人々から奇異な目で見られた。彼らにとって、私はただの狂人に見えただろう。 だが、それは正しかった。私は狂人だ。 私は楓を「盗んだ」。 彼女の遺体を拾い、黒土にし、死体の液を混ぜて泥を作り、それで彼女を形作った。 腫れた指は不器用で、何千回も練習してやっと本番に踏み切れた。 楓はこの新しい身体を気に入ってくれるだろうか。 彼女に昔、自作の泥人形をいくつも贈ったことがある。楓はそれをとても喜んでくれた。だから今回もきっと気に入るはずだ。 私はそっと、彼女の目元に赤いのあざを描き入れる。 なんて完璧なんだろう。私の最愛のミューズ――楓。 翌日、いつも通り配信を始めると、視聴者数はまたしても大盛況だった。 【昨日はマジで刺激的だった！でも、封禁されちゃったの残念】 【黙れよ。下手に言うと配信者までバンされるぞ】 【これって正妻と愛人？もはや封建時代か？】 騒ぎを聞きつけた視聴者たちが、次々に集まってきた。 彼らは泥人形作りの技術を見に来たわけではなく、楓と暁人の関係や、私が二人に仕える姿を見物するためだった。 かつての配信が泥人形作りの技術を披露する場だったことなど、もう誰も覚えていない。 【正直、師匠に聞いたけど、確かにあの女には問題がある。でも、人の因果に関わるなって言われたよ】 【血の味を知った泥人形は、際限なく欲しがるようになるらしい】 【さっさと逃げた方がいいんじゃないか？】 そんなコメントが流れる中、私はその一つ一つを的確に捉えていた。 【前にあの道士が言ってたよね。彼女は怨霊で、死体の泥を使ってるって。あれ全部、台本じゃない？】 【マジになるなよ。科学を信じろ】 ――見ろ。意見なんてす
泥人形師の哀歌 第7話
ライブ配信の視聴者が散り始めたその時、暁人はミス玄妙をいきなり腕に引き寄せた。 「楓、お前負けたんだろ。約束を果たさないといけないんじゃないか？」 二人は視線を交わし合い、親密そうに振る舞う。その様子を見せつけられる私は、法的な妻であるにも関わらず、完全に無視されていた。 暁人とミス玄妙――本名は葛城楓（かつらぎかえで）――はすでに長い間関係を持っていた。 彼女はこう約束していた。「もし彼女が怨霊じゃないと分かったら、暁人と一夜を共にする」と。 この下品な賭けはライブ配信の視聴者たちの前で行われ、熱狂的な盛り上がりを見せた。誰もが面白がり、視聴者数は記録を更新した。 【これ何？道士と不倫男のコスプレ劇かよ！エロサイトでもこんなストーリー見ないぞ！】 【やばい、超刺激的！】 【え、マジで？奥さん怒らないの？ここまで尽くしてるのに……】 「お前、やりすぎだ！」 私は怒りを抑えきれず叫んだが、言葉は弱々しく響くだけだった。 「嫌なら離婚すれば？」 暁人は軽い口調でそう言い放つ。 私はそれでも頭を下げ、謝罪した。まるで飼いならされた犬のように。 その様子に一部の視聴者は「頭に来る！」と怒りを露わにした。 ライブ映像には、暁人が私に跪かせ、ベッドの脇でお茶を差し出させる様子が映っていた。 【さすが、まるで古代の皇帝みたいだな！ベッドの上には愛人、横には妻が侍るなんて！】 【もうドロドロすぎて見てられない！】 私が同意を渋ると、暁人は手を上げた。 叩かれるのが怖くて、私は結局うなずいてしまった。 「これで怨霊だって？ふざけるな！」 「もしこいつが怨霊なら、俺は王様だ！」 暁人は声高に笑い、視線を私に向けたカメラに向けていた。 彼と楓はベッドの上で親密な仕草を見せつける。配信には不適切な音が響き、しばらくして配信は凍結された。 だが、その短時間だけで、莫大な収益を稼ぎ出していた。 「はぁ……お前、本当に美しいな」 暁人は荒い息を吐きながら、恍惚とした表情で呟く。まるで夢心地のようだ。 その隣で楓がベッドに座り、首をぐるりと360度回した。そして私の目を見つめながら口を大きく開けた。その中は黒い土でいっぱいだった。 「楓、彼を殺すのはもう少し待って。まだ死なせるのは早い」
泥人形師の哀歌 第6話
「どけ！離れろ！」 「パパ、私たちをいらないの？」 「パパ、一緒に遊ぼうよ」 それは幸人が過去に弄んで捨てた少女たち――妊娠させた挙句、無情に堕胎させた子供たちだった。 彼らは「パパ」と呼びながら、楽しそうにおままごとのごとく「食事」のゲームを繰り広げている。 「指だ！指がいい！」 「お肉だ、おいしそう！」 泥人形たちは幸人の体に這い寄り、肉を引き裂く音が「ギシギシ」と響く。 幸人は必死に抵抗し、悲鳴を上げるが、ポケットに入っていた小さな泥の豚の目が光を放ち、近くにいた太った豚たちが群れをなして彼に襲いかかった。 「助けてくれ――！！」 「うわああああ――！！」 騒がしい、嫌な音だった。 私は幽霊のように、彼の前にふっと現れた。 「助けてくれ……お願いだ……俺が悪かった、許してくれ…… 死にたくない……本当に、死にたくないんだ……」 誰が死にたいなんて思うだろう？ 昔の私もそうだっただろうか？ 幸人は手足を食いちぎられ、残ったのは胸と頭だけ。激しい痛みで気を失いそうになりながらも、再び目を覚まされ、自分の体が徐々に壊されていく様を目の当たりにした。 「お願いだ……楽にしてくれ、頼む……」 私はにっこり微笑み、ポケットから一枚の写真を取り出した。 そこには美しい少女が映っていた。目元には小さな赤いあざがあり、彼女は私よりもずっと華やかで輝いていた。 闇の中で唯一の星のような存在だった。 「この子が誰だか覚えてる？ 思い出せたら、許してあげるよ」 私は一歩ずつ近づき、写真を彼に見せた。 「俺……俺は……」 答えられない！ 彼は傷つけた人々が多すぎて、誰のことも覚えていない！ なぜ彼が忘れていい？なぜ彼が生きていていい？ 「ははははは――！！」 私は狂ったように笑い、吹き荒れる風が不気味な音を響かせた。 幸人の瞳孔は私の顔を映し出し、その中で崩れ落ちた化粧の下から、元の姿が露わになっていく。 「思い出せないなら、この目……彼女を見たことがあるこの目も――」 「いらないね」 警察で暁人と一緒に事情聴取を終えて帰宅した頃には、すっかり夜が更けていた。 家に入ると、暁人は扉を勢いよく閉め、険しい顔で私を睨みつけた。 「お前の仕業だろ？」
泥人形師の哀歌 第5話
警察から電話があり、事情聴取のため出頭を求められた時、暁人はまだライブ配信で視聴者と談笑していた。 電話を切った後、彼の顔は一気に険しくなった。 「幸人が死んだって……」 幸人の遺体は凄惨そのものだった。 手足も胴体も食いちぎられ、血肉まみれの歯型だけが残っていた。体の中で唯一無事だったのは頭部だけ。しかし、その目は無残にもえぐり取られていた。 親しい友人が一夜にして命を落とし、暁人は呆然とした。 「防犯カメラを確認しました。桐江さんは酔っ払って養豚場の豚小屋に倒れ込んでいました。その上、餌を与える機械が壊れていて、豚たちは数日間も飢えていました。 豚たちは彼を食べ物だと思い、襲ったんです」 幸人が私たちの家で酒を飲んだ後で事故が起きたため、調査への協力を求められると同時に、遺族への人道的な補償が話題になった。 暁人は「なんで俺たちが責任取らなきゃいけないんだ！」と怒鳴り、幸人の遺族と揉み合いになった。 「こっちだって訴えられる筋合いなんかない！あいつ、俺の家から泥人形を盗んでいったんだ！売れば百万円はする品だったんだぞ！」 そう言って暁人は家の防犯カメラの映像を見せた。 柳の木で作られた大きな展示棚に並ぶ無数の泥人形――幸人はその中から高価なものをいくつか酔った勢いで盗み、ポケットに入れる様子が映っていた。 その中には、私が昨日作ったばかりの小さな泥の豚も含まれていた。 「莉那がこれらを作ったのは配信で証拠も残ってる！中身を調べれば、俺の家の物かどうかすぐ分かるだろ！」 暁人はますます自信を深めて主張したが、警察は言った。 「現場には泥人形は一つもありませんでした」 「そんなはずない！確かに奴が盗んだんだ！」 幸人の母親は暁人の髪を掴んで罵倒したが、暁人は「敬老精神」など微塵もなく、彼女を心臓に向けて蹴り飛ばした。 「証拠もないのに何言ってやがる！盗んだ物がどこにあるんだよ！」 「防犯カメラが証拠だろ！幸人が死んでも当然だ。あれは全部金になる貴重な物だったんだ！」 私は薄く唇を歪め、顔に脂肪を寄せるような笑みを浮かべた。 これが「友人」というものだね。 さんざん悪事を働かせておいて、最後には「死んでも当然」と吐き捨てる。 高校卒業の年、あの日の雨の中、私は川辺で暁人に跪
泥人形師の哀歌 第4話
高校を卒業すれば、この地獄から解放されると思っていた。でも、あの日が私の命が終わる日だった。 私を追い詰めた不良たちは、いつものように殴り、蹴り、痛めつけた。私の体は既にボロボロで、枯れ果てた骨のように何も耐えられなかった。 内臓から大量出血し、私はヨシが生い茂る川の水の中へ崩れるように落ちた。 雨が「パラパラ」と降り注ぐ中、私はどんどん深く沈んでいった。 底が見えない闇の中へ、窒息する深淵へと引き込まれていく。 そして―― むくみきった私の死体が再び水面に浮かび上がり、そこから這い出してきた。 翌朝、化粧を直した私は配信カメラの前に座っていた。 「皆さん、こんにちは！昨日は泥人形が縁起悪いなんて言われちゃいましたね。今日は代わりに小さな動物を作りますよ～」 私は笑顔で今日の配信内容を紹介した。 コメント欄が動き出す。 【やっぱりあの道士もどきは嘘つきだろ。昨日のせいで仕事中に眠くて死にそうだよ】 【あの女、プロフィール動画全部がわざとらしいポーズだし、まともな人間じゃないよな】 それを見て、私は満足げに笑みを浮かべた。 気づけば暁人がいつの間にか私の背後に立っていた。彼は私の顔を一瞥し、嫌悪感を隠さないまま言った。 「今日は幸人たちが家に来る。配信が終わったら早く飯を作れ」 「はい」 私は素直にうなずき、「ねぇ、良いお酒を買っておいた方がいいんじゃない？」と提案する。 珍しく暁人は笑顔を見せた。 「おお、分かってるじゃないか。買っとけ」 【この配信者、マジで旦那の言いなりだよな。お似合いのバカ夫婦じゃん】 コメント欄には、相変わらず私たち夫婦を嘲る声が流れる。 その時、ミス玄妙がまたしてもスクリーンを埋め尽くす勢いでコメントを送ってきた。 【信じるな！彼女が作った泥人形は飢えて狂い始めてる！早く破壊しないと死ぬわよ！】 【泥人形に骨まで食い尽くされるわよ！】 【今すぐ逃げて！！】 画面越しに、彼女の焦る様子が目に浮かぶようだった。 私は相変わらず笑顔を崩さず、小さな泥の豚に目を描き入れる。 「泥の小豚さんで、五穀豊穣、順風満帆ね～」 夕方になると、幸人をはじめ暁人の昔からの友人たちが家に集まった。ほとんどが高校時代の同級生だったが、中には顔を思い出せ
