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第22話

Author: 花朔
......

周囲の賛美の声に耳を傾けながらも、満晴は眉をひそめ、紗夜に目を向けた。

彼女の顔には、何も感じていないような無表情。

まるでそんな光景に慣れているかのように。

その様子に、満晴の気分はさらに沈んだ。

ふと、自分がかつて恋人を奪われた時の苦い記憶が胸をよぎり、心の奥底に鈍い痛みと恨みが湧き上がってきた。

もしまたあの浮気相手と会うことがあれば......

ちょうどその時、彩が文翔の手を引き、くるりと一回転して深く身を反らすポーズを取った。

顔がちょうどこちらを向いた。

紗夜の目がわずかに細められる。

なぜなら、彩の視線には明らかな挑発の色があったからだ。

まるで「彼は私のものよ。あんたなんか、眼中にない」とでも言いたげな、勝ち誇った視線。

それでも紗夜は表情一つ変えず、ただ彩を見つめ返す。

まるでこれは彩が一人で演じているくだらない茶番劇に過ぎない、とでも言いたげに。

だが、満晴の方は目を大きく見開き、怒りに震える声で叫んだ。

「......あいつだ!」

まさかの人物に、ついに出くわしてしまった。

「えっ?」

紗夜は困惑したが、満晴の怒りの変化にはすぐ気づいた。

「前に私の彼氏を奪った女よ!」

満晴はもはや我慢の限界だった。

拳を固く握りしめ、そのまま彩に向かって早足で歩み寄っていく。

「ハル、待って!」

紗夜は慌てて追いかけようとした。

だがそのとき、ヒールが何かに引っかかり、バランスを崩して芝生の上に倒れ込んでしまった。

足首に鋭い痛みが走り、思わず息を呑む。

捻挫した。

だが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

ちょうどその時、舞曲が終わり、文翔は彩の腰に添えていた手を離し、一歩下がって優雅に紳士の礼をとった。

「文翔、もう一曲踊らない?」

彩は微笑みながら誘う。

だがその言葉が終わるより先に、怒りに満ちた声が飛び込んできた。

「人の男を奪う最低女!」

彩が驚いて振り返ると、満晴がウェイターのトレーからワイングラスをつかみ、その中身を彩めがけて叩きつけた。

「きゃあっ!」

会場中がざわめきと共に息を呑む。

真っ赤なワインが彩の美しい顔に飛び散り、髪にも服にも滴り落ち、清楚な水色のドレスは一瞬にして見るも無惨な姿に。

「あんた......」

彩は怒ろうとしたが、目の
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