それより、彫刻彫りたい

それより、彫刻彫りたい

last updateHuling Na-update : 2026-08-13
By:  ReiN.In-update ngayon lang
Language: Japanese
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海洋国家ゼン王国。 この国では、婚姻は恋ではなく外交だった。 正室一人、側室二人。 国家の均衡を保つためだけに存在する「白薔薇宮廷」。 そこへ突然迎えられたのは、 平民出身の彫刻家ルカ。 本人は石のことしか考えていない。 会議中も彫刻。 夜会の最中も彫刻。 女王に見つめられても「静かな人だな」としか思っていない。 だが、そんな彼女が少しずつ、 完成されすぎた宮廷を変えていく。 これは、海と婚姻でできた国で、 “均衡”を崩してしまった、一人の彫刻家の物語り。

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Kabanata 1

第一話「それより、彫刻彫りたい」

 白薔薇宮廷の会議室は、静かだった。

 静かなまま、人が刺し合っている。

「東方との香料取引ですが、輸送路を海側へ寄せるべきです」

 セリスが微笑みながら言う。

「海賊被害が増えています。危険では?」

 ヴィオラが穏やかに返す。

「護衛船を増やせば済む話です」

「その費用を誰が負担するのですか」

「利益の出る交易ですもの。回収は可能でしょう?」

 二人とも笑っている。

 でも、仲が良い感じはしなかった。

 私はぼんやりそれを見ながら、机の下で親指を擦る。

 石を削る時の感覚を思い出していた。

 少し柔らかい白石。

 刃を入れると、粉が静かに落ちるやつ。

 あれ、今度もう一回触りたい。

「ルカ」

「ん」

 名前を呼ばれて顔を上げる。

 女王ルシアがこちらを見ていた。

 真っ黒な瞳。

 この人は、いつも静かだ。

「話を聞いていたか」

 私は少し黙った。

 たぶん、聞いてない顔をしていた。

「……聞いてはいました」

「何を」

「色々です」

 ヴィオラが細く息を吐く。

「具体的には?」

「えーと……政治とか、船とか、香料とか……」

「雑ですね」

「すみません」

 セリスが肩を震わせた。

 笑っている。

「では、そのあと何を考えていたんです?」

 私は少し考える。

 でも途中で面倒になった。

「彫刻です」

 私は少し笑った。

 部屋が静かになる。

 後ろでリーネが小さく息を吸った気配がした。

「……会議中ですよ」

 ヴィオラが言う。

「知ってます」

「知っていて彫刻を考えていたんですか」

「いや、途中までは聞いてました」

「途中から聞いていないじゃないですか」

「はい」

 ヴィオラが頭を押さえる。

 この人、最近よくこれをやる。

 私は少し申し訳なくなった。

「すみません」

「反省している顔に見えません」

「半分くらいは」

「半分」

 セリスがまた笑っている。

 なんなんだろう、この人。

「どんな石ですか?」

 セリスが聞く。

 この人は、こういう聞き方をする。

 怒る代わりに、入ってくる。

「白いやつです」

「雑ですねぇ」

「でも硬すぎないやつ。刃が入りすぎるとだめなので」

「へえ」

 セリスが頬杖をつく。

 観察されている感じがした。

「その石で、何を彫るんです?」

 ヴィオラだった。

 正室。

 綺麗な人。

 綺麗すぎて、最初は彫刻みたいだと思った。

「まだ決まってません」

「決まっていないのに考えていたんですか」

「決まってない時が一番楽しいので」

 ヴィオラが少し黙る。

 その横で、ルシアがこちらを見ていた。

 静かに。

 本当に静かに。

「……あなたは」

 ルシアが言う。

「変わっているな」

「そうですか?」

「王宮で、会議中に石のことを考える側室は初めて見た」

「私も側室初めてなので、よくわからないです」

 セリスがとうとう吹き出した。

 ヴィオラは頭を抱えている。

 リーネは死んだ目をしていた。

 なんなんだろう、この空気。

 私は窓の外を見る。

 海が遠くに見えた。

 ゼン王国は海の匂いがする。

 でも、この部屋は香水の匂いしかしない。

 今日も三人とも違う香りだった。

 ヴィオラは花。

 セリスは甘い異国の香。

 ルシアは何もつけていない。

 なのに一番存在感がある。

 それより、彫刻彫りたい。

 白い石を削りたい。

 静かな場所で、誰にも話しかけられずに、ただ石だけ見ていたい。

「ルカ」

 また呼ばれる。

「はい」

「あなたは、誰の隣に座りたい」

「……?」

 急な質問だった。

 私は部屋を見回す。

 ルシア。

 ヴィオラ。

 セリス。

 三人とも、こっちを見ていた。

 同じ顔ではない。

 でも、同じ理由で見ている気がした。

 その理由だけ、まだよくわからない。

「……どこでもいいです」

「よくありません」

 ヴィオラが即答した。

「席には意味があります」

「へえ」

「感心している場合ではありません」

「でも石工の工房だと、空いてる椅子に座りますよ」

「ここは工房ではないんです」

「不便ですね」

 セリスが肩を震わせて笑っている。

 ルシアは相変わらず静かだった。

 でも、少しだけ口元が緩んでいた。

 なんなんだろう。

 この宮廷。

 全員、変だ。

 私は机の下でもう一度指を擦る。

 やっぱり、石を触っている時のほうが落ち着く。

 それに。

 この人たちを見ていると、時々思う。

 綺麗すぎるものって、

 少し削ったほうが、本当の形が出る。

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第一話「それより、彫刻彫りたい」
 白薔薇宮廷の会議室は、静かだった。 静かなまま、人が刺し合っている。「東方との香料取引ですが、輸送路を海側へ寄せるべきです」 セリスが微笑みながら言う。「海賊被害が増えています。危険では?」 ヴィオラが穏やかに返す。「護衛船を増やせば済む話です」「その費用を誰が負担するのですか」「利益の出る交易ですもの。回収は可能でしょう?」 二人とも笑っている。 でも、仲が良い感じはしなかった。 私はぼんやりそれを見ながら、机の下で親指を擦る。 石を削る時の感覚を思い出していた。  少し柔らかい白石。 刃を入れると、粉が静かに落ちるやつ。 あれ、今度もう一回触りたい。「ルカ」「ん」 名前を呼ばれて顔を上げる。 女王ルシアがこちらを見ていた。 真っ黒な瞳。 この人は、いつも静かだ。「話を聞いていたか」 私は少し黙った。 たぶん、聞いてない顔をしていた。「……聞いてはいました」「何を」「色々です」 ヴィオラが細く息を吐く。「具体的には?」「えーと……政治とか、船とか、香料とか……」「雑ですね」「すみません」 セリスが肩を震わせた。 笑っている。「では、そのあと何を考えていたんです?」 私は少し考える。 でも途中で面倒になった。「彫刻です」 私は少し笑った。 部屋が静かになる。 後ろでリーネが小さく息を吸った気配がした。「……会議中ですよ」 ヴィオラが言う。「知ってます」「知っていて彫刻を考えていたんですか」「いや、途中までは聞いてました」「途中から聞いていないじゃないですか」「はい」 ヴィオラが頭を押さえる。 この人、最近よくこれをやる。 私は少し申し訳なくなった。「すみません」「反省している顔に見えません」「半分くらいは」「半分」 セリスがまた笑っている。 なんなんだろう、この人。「どんな石ですか?」 セリスが聞く。 この人は、こういう聞き方をする。 怒る代わりに、入ってくる。「白いやつです」「雑ですねぇ」「でも硬すぎないやつ。刃が入りすぎるとだめなので」「へえ」 セリスが頬杖をつく。 観察されている感じがした。「その石で、何を彫るんです?」 ヴィオラだった。 正室。 綺麗な人。 綺麗すぎて、最初は彫刻みたいだと思った。「まだ決まっ
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第二話「白薔薇宮廷」
 白薔薇宮廷には、席が三つしかない。 正室が一人。 側室が二人。 それ以上は増えない。 ゼン王国では、婚姻は恋ではなく制度だった。 正室は王統と内政を担う。 側室は外交を担う。 海で成り立つ国だから、結婚はそのまま交易になる。 港が増える。 船が通る。 金が動く。 だから白薔薇宮廷は、半分くらい国家機関だった。 たぶん、恋愛する場所じゃない。 私は窓の外を見ながら、ぼんやりそんなことを考える。 港には朝の船が入ってきていた。 帆が白い。 海鳥がうるさい。 王都は海の音がする。「ルカ様」「ん」 リーネが紙束を持って立っていた。「今日の予定です」「多い」「減らしました」「これで?」「かなり」 私は紙を見る。 昼食会。 外交使節との顔合わせ。 夜会。 謁見。 茶会。 意味がわからない。「彫刻は?」「夜会のあとでしたら」「死ぬなぁ」「死にません」 リーネは即答した。 最近気づいたけれど、この子は私に妙に容赦がない。「そもそもですね」 リーネが言う。「側室という立場を、もう少し理解してください」「してるよ」「本当に?」「外交のやつでしょ」「雑」「すみません」 リーネが頭を抱える。 最近みんなこれをやる。「白薔薇宮廷は、この国の顔なんです」「うん」「ヴィオラ様は名門貴族出身。国内安定の象徴です」 正室。 綺麗な人。 姿勢がまっすぐで、歩くだけで床まで綺麗に見える。「セリス様は大陸最大の商業国家の姫。交易同盟そのものです」「商人っぽいよね」「本人の前で言わないでください」「なんで?」「褒め言葉にならない可能性があります」「でも本人、商売好きそう」「そういう問題じゃありません」 怒られた。「そしてルシア陛下はゼン王国の女王です」「それは知ってる」「なら、なぜ平然としてるんですか」 私は少し考える。「静かだから?」「は?」「怒鳴らないし」 リーネが変な顔をした。「普通、もっと怖がるんですよ」「でもルシア様、そんな怖くない」「怖いです」「そう?」「そうです」 私は窓の外を見る。 海が光っていた。 この宮廷に来てから、ずっと不思議だった。 みんな、ルシアを恐れている。 でも私には、あの人が怒る姿があまり想像できない。 静かで。
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第三話「席順」
 夜会の席順は、戦争らしい。 私は今それを知った。「……なんで?」 長い机を見る。 白いクロス。 銀食器。 花。 燭台。 そして、席札。 たかが椅子だと思っていた。「たかが椅子ではありません」 隣でリーネが即答する。「席順は立場です。距離です。関係です。政治です」「怖」「怖いんです」 私はもう帰りたくなっていた。「ルカ様はこちらです」 リーネが席を示す。 私は見る。 ルシアの隣。 ヴィオラの向かい。 セリスの斜め前。 逃げ場がない。「これ、囲まれてない?」「囲まれてます」「なんで?」「知りません」 リーネはもう投げ始めていた。 最近、この子ちょっと雑になってきた気がする。 貴族たちが次々に入ってくる。 ドレスの音。 香水。 笑い声。 でも、みんな少しずつこっちを見る。 視線が多い。 この国、目が忙しい。「ルカ」 ルシアが来た。 黒いドレス。 何も飾っていないのに、一番目立つ。「座れ」「はい」 私は素直に座る。 すると反対側でヴィオラが少し眉を動かした。「……近いですね」「そう?」「陛下の隣です」「隣だね」「理解して言っています?」「半分くらい」 ヴィオラが静かに息を吐く。 この人、本当に綺麗だ。 綺麗なんだけど、最近ちょっと疲れて見える。「ルカ」 セリスが反対側から笑う。「こちらへ来ません?」「なんでです?」「話しやすいので」「私はここでも話せます」「そういう話ではなく」 セリスが笑顔のまま止まる。 なんなんだろう。 この人たち、時々言葉の途中で刺し合う。「セリス」 ヴィオラが言う。「席順を乱すのは感心しません」「ただ誘っただけですよ」「“だけ”で済む立場ではないでしょう」「ヴィオラ様ほどではありませんけどね」 静か。 なのに怖い。 私はパンを食べながら二人を見る。 するとルシアがこちらを見た。「何を見ている」「喧嘩」「喧嘩ではありません」 ヴィオラが即答する。「そう?」「違います」「でもちょっと怖い」 セリスが吹き出した。 ヴィオラが目を閉じる。 最近、この流れをよく見る。「ルカ」 ルシアがワインを飲みながら言う。「あなたは、どこへ座りたい」「またそれ?」「答えなさい」 私は少し考える。
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第四話「香水」
 今日、全員匂い違うな。 私は廊下を歩きながら思った。 最初に気づいたのはセリスだった。 甘い。果物っぽい匂い。 でも、ただ甘いだけじゃない。いつもより、少し重い。 セリスっぽい。「おはようございます、ルカ」 セリスが笑う。 今日も綺麗だった。 この人は、毎回“完成してる”感じがする。「おはようございます」「どうしました?」「今日は、少し香が強いですね」 セリスが少し笑う。「そうですか?」「はい。いつもより来ます」「来る」「こっちまで」 私が手で示すと、セリスが肩を震わせた。「……その言い方、ずるいですねぇ」「そうです?」 よくわからない。 そのまま歩いていると、今度は別の匂いがした。 花の香りだった。 薄い。近づいて初めてわかるくらい。 ヴィオラだ。「夜会には、少々華美ではありませんか」 ヴィオラだった。 今日も綺麗。 この人は、王宮の空気そのものみたいだ。「夜会前ですから」 セリスが笑う。「多少は印象を残しませんと」「王宮では、近づいて初めてわかる程度が上品とされています」「それはゼン王国側の美学でしょう?」「ここはゼン王国です」 静か。 なのに怖い。 また始まった。 私は二人を見比べる。 セリスは甘い。 ヴィオラは静か。 全然違う。「ルカは、どちらがお好きです?」 急に聞かれた。「え」「香りです」 私は少し考える。「……セリス様は、“来る”感じです」「来る」「ヴィオラ様は、“残る”感じです」 ヴィオラが少し黙る。 セリスは笑っていた。「で、どちらです?」「どっちも匂いします」「感想が雑」「すみません」 ヴィオラが細くため息をつく。 最近、この人のため息ちょっと増えた気がする。 その時、後ろの空気が変わった。 静かに。本当に静かに。「朝から騒がしいな」 ルシアだった。 黒い服に長い髪。何も変わらない。 でも、この人が来ると空気だけ変わる。「陛下」 ヴィオラとセリスが同時に頭を下げる。 私も少し遅れて下げた。「おはようございます」「おはよう」 ルシアがこちらを見る。「何をしている」「香の話です」「……そうか」 ルシアは特に気にした様子もない。 本当に動じない。 私は少し近づく。「陛下は、今日も香を使われないんで
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第五話「王を惑わせた職人」
 最近、よく見られる。 廊下を歩いているだけなのに、止まる。見る。小声になる。 この国、目が忙しい。「……聞こえてます?」 後ろからリーネが小声で言った。「ちょっと」「完全に聞こえてる顔してます」 私は振り返る。「でも向こう、小声だよ」「聞かれる前提で喋ってるんです」「器用だなぁ」「感心しないでください」 また怒られた。 最近、毎日怒られている気がする。 廊下の向こうで、貴族たちがまたこちらを見ていた。「本当に平民らしいですよ」「彫刻家だとか」「なぜ陛下が……」「王を惑わせた職人、でしたか?」 最後の人だけ、少し楽しそうだった。 私は止まる。「リーネ」「なんですか」「王を惑わせた職人って、ださいね」 リーネが目を閉じた。「そこじゃないんですよ」「もっと良い呼び方なかったのかな」「問題は、宮廷中がルカ様を話題にしていることです」「暇なのかな」「暇ではありません」「でもずっと見てくる」「見ますよ」 リーネがため息をつく。「平民出身の側室なんて前例がないんですから」 私は少し考える。 でもやっぱり実感がなかった。 私は石を削っていただけだ。王都の端で、粉だらけになりながら。 そしたら、ある日ルシアが来た。 静かな人だった。 工房の奥まで勝手に入ってきて、完成前の石をずっと見ていた。 普通の客じゃなかった。でも、女王にも見えなかった。「……ルカ様」「ん」「今、また別のこと考えてましたね」「石」「でしょうね」 リーネはもう諦めている顔だった。 その時、向こう側からヴィオラが来た。 黒髪。静かな歩き方。何もかも綺麗。 この人、歩くだけで床まで整って見える。「おはようございます、ヴィオラ様」「おはようございます」 ヴィオラは軽く頷く。 そのあと、少しだけ周囲を見た。まだ貴族たちがこっちを見ている。 するとヴィオラが静かに口を開いた。「そんなに珍しいですか」 一瞬で空気が止まる。「ヴィ、ヴィオラ様」「見世物ではありませんよ」 声は静かだった。でも、逃げ場がない感じがした。 貴族たちが慌てて去っていく。 すごい。何人か半分走ってた。「……怖」 私が呟くと、ヴィオラがこちらを見る。「誰がです?」「ヴィオラ様」「そうですか?」「はい」 ヴィオラは少し黙
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第六話「正室」
 ヴィオラは、いつ見ても綺麗だ。 綺麗すぎて、逆に疲れないのかなと思う。 私は廊下を歩きながら、前を行く後ろ姿を見る。 姿勢が真っ直ぐだった。 ドレスも乱れない。歩幅まで綺麗。 なんかもう、全部整ってる。「……何か?」 振り返られた。 見すぎていたらしい。「いえ、綺麗だなと思って」 ヴィオラが止まる。 数秒黙ったあと、少しだけ眉を寄せた。「急に何なんですか」「思ったので」「普通、本人に言いません」「そうなんですか?」「そうです」 ヴィオラが少し言葉に詰まる。 この人、時々こうなる。 強いのに、急に止まる。「ルカ様」 後ろでリーネが小声を出した。「距離感」「難しい」「宮廷ですので」 宮廷、難しいな。 私はもう一度ヴィオラを見る。 綺麗だけど、なんか張ってる感じがする。 ずっと。「ヴィオラ様」「なんですか」「大変そうですね」 ヴィオラが眉を動かした。「何がです」「全部ちゃんとしてるの」 静かになる。 廊下を歩いていた侍女たちまで、少し止まった気がした。 また何か変なこと言ったっぽい。「……あなたは」 ヴィオラがゆっくり口を開く。「本当に、遠慮というものがありませんね」「あります」「どこにです」「ちゃんと敬語です」「そこではありません」 怒られた。 でもヴィオラは、本気で怒っている感じではなかった。 困っている感じ。「普通、そういうことは見ていても言わないんです」「どうしてですか」「礼儀です」「でも、ちゃんとしてるので」「褒めているんですか」「はい」 ヴィオラが少し黙る。「……やっぱり嫌な人ですね」「なんでです?」「そういう言い方をするからです」 よくわからない。 でもヴィオラは、少しだけ笑っていた。「私は、正室なんです」 ヴィオラが静かに言う。「ゼン王国の王配として、見られる立場です。乱れれば、そのまま宮廷の乱れになる」「へえ」「へえ、ではありません」「でも、大変そうですね」 また少し黙る。 ヴィオラって、沈黙長いな。 でも嫌な感じじゃない。 考えてる沈黙。「あなたには」 ヴィオラが私を見る。「そういうものはないんですか」「そういうもの?」「取り繕うことです」 私は少し考える。「職人の前ではあります」「職人」「下手
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第七話「外交姫」
 セリスは、笑うのがうまい。 私は中庭のテーブルで紅茶を飲みながら、向かい側を見る。 風が少し強かった。 白い布が揺れる。花が揺れる。 でもセリスの笑顔は揺れない。 すごいなと思う。「そんなに見ます?」 セリスが笑った。「見てました?」「かなり」「ルカ、時々すごいことしますよね」「そうですか?」「ええ。人をじっと見るのは、なかなか失礼ですよ」「すみません」「素直ですねぇ」 よくわからない。 でもセリスは楽しそうだった。 この人、いつも空気をやわらかくする。 ヴィオラは空気を整える。 ルシアは空気を止める。 でもセリスは、流れを変える。「今日は石のこと考えてないんですか?」「考えてます」「考えてるんだ」「半分くらい」「残り半分は?」 私は少し考える。「お茶」「平和ですねぇ」 セリスが笑う。 本当に、笑うのうまいなと思う。 笑顔が完成してる。 でも、時々途中で少し止まる。 なんか、計算してるみたいに。「……どうしました?」 セリスがこちらを見る。「いえ」「また見てましたよね」「はい」「隠さないんですね」「隠すんですか?」「普通は」 宮廷、普通が多いな。 私はカップを置く。 紅茶の匂いがした。 少し甘い。 セリスっぽい。「セリス様って、人によって喋り方変えますよね」 セリスが少し瞬いた。「急ですねぇ」「さっきの侍女と話してる時と、今と、違ったので」「見てたんですか」「はい」 セリスが少し笑う。「商人は、相手が欲しい空気を先に読むんです」「空気を?」「ええ。急いでいる人には早く。怖がっている人にはやわらかく。得をしたい人には、得をした気分を」「難しそう」「難しいですよ」 セリスが笑う。 でも今のは、少しだけ本音っぽかった。「外交も同じですか?」「同じです。相手の国が欲しい顔を、先に見せるんです」「顔」「安心したいなら穏やかに。強く出たいなら少し引いて。譲ったと思わせたいなら、少しだけ譲らせる」「怖」「商売ですよ」 セリスは楽しそうに笑った。 でも、今の笑い方は少しだけ違った。 やわらかいのに、どこか硬い。「ルカは違いますね」「何がです?」「人へ合わせない」「人並みには合わせます」「それで?」「はい」 セリスが少しだけ黙った
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第八話「面白い人」
 ルシアは、静かな人だ。 怒鳴らない。慌てない。笑わない。 でも、いるだけで空気が締まる。 私はその日、彫刻室の床に座って石を削っていた。 白石だった。 少し灰色が混ざってる。 硬すぎない。でも脆くもない。 削ると、細かい粉が静かに落ちる。 好きな石だった。 床には石粉が散っている。 王宮の部屋なのに、ここだけ少し工房っぽい。 落ち着くなと思う。 削りかけの石像が壁際に並んでいた。 腕だけのやつ。 顔の途中で止まってるやつ。 何かわからなくなった塊。 完成しないものばかりだった。 でも私は、完成前も好きだ。 途中の形って、その時しか見れないので。 コン、と小さく音を鳴らしながら削っていると、後ろで扉が開いた。「また床に座っているのか」 ルシアだった。 黒い服に長い髪。 今日も装飾が少ない。 でも、この人が来ると部屋の空気だけ変わる。「落ち着くので」「椅子があるだろう」「床の方が石近いです」 ルシアが近くまで来る。 この人、足音ほとんどしない。 どんな風に歩いているんだろう。 女王として、習得させられたのか。 いや、違う。多分癖。「何を彫る」「まだ決めてません」「決めていないのに削るのか」「決まる前も楽しいので」 私はまた石へ刃を入れる。 白い粉が落ちる。 ルシアは、その手元をずっと見ていた。 人じゃなく、ちゃんと石を見る。 そこ好きだなと思う。 ヴィオラは人を見る。 セリスは空気を見る。 でもルシアは、ちゃんと対象を見る。 途中で止まった像でも、削りかけの石でも、“未完成”として扱わない。「陛下」「なんだ」「普通、女王ってこんな来ます?」「こんな、とは」「工房とか」「あなたが居るからな」 さらっと言う。 たまに、この人こういうこと言う。 ルシアが、壁際の彫刻へ近づく。 顔の途中で止まった像だった。 片目しか彫ってない。「これは」「失敗です」「そうは見えないな」「鼻が気に入らなかったので」「壊さないのか」「途中も好きなので」 ルシアが像を見る。 長い。 本当に、この人よく見る。「……面白いな」「石ですか?」「あなたがだ」 私は少し考える。「陛下も面白い人ですよね」 静かになる。 外で風が鳴っていた。 窓の白布が揺れる。
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第九話「石の発注」
 王都の石工通りは、白かった。 道の端にも粉が積もっている。 運ばれる石材。削り音。荷車。 王宮より、こっちの方が落ち着くなと思う。「ルカ様、目立ちますので」 後ろでリーネが小声を出した。「そう?」「そうです」 私は石材店の前で立ち止まる。 大きな白石が並んでいた。 灰色混じり。少し青いのもある。 私はしゃがみこんで、一つへ触れる。 粒が細かい。 ノミが滑らなさそうだった。 横から軽く叩けば、多分素直に割れる。 あ、これ好きかも。「嬢ちゃん、石見る目あるな」店の奥から声がした。 髭のある石工だった。 腕が太い。粉だらけ。 なんか安心する。「触っていいですか」「割らなきゃな」 私は石工の腕を触る。「えぇ…」石工が困惑した。私は少し笑う。「硬そうなので」「石じゃねえのかよ!」 石工が吹き出した。 石工の腕は硬かった。 変な筋肉のつき方してる。 毎日ハンマー振ってる腕だ。「嬢ちゃん変わってんなぁ」「ルカ様、言葉と行動」後ろでリーネが頭を抱えていた。「ん?」「もう少し王宮側室らしく」「石屋じゃん」「だからです」 よくわからない。 私は石へ触れる。 冷たい。 でも中は詰まってる感じがした。 軽く削っても逃げなさそう。「何に使う気だ」「まだ決めてません」「決めてねえのに買うのか?」「決まってない時の方が、石ちゃんと見れるので」 石工が笑った。「変な嬢ちゃんだな」 私は別の石へ移る。 少し筋が入ってた。 でも悪くない。 このくらいなら、鼻筋削る時も逃げない。 首も細くできそうだった。「嬢ちゃん、石やってんのか」「彫ってます」「へえ」 石工が少し近づく。 私の手を取った。「……ああ、なるほど」「?」「その手、ちゃんと削ってる手だ」 石工の指が、私の指先を軽く押す。「指の腹、潰れてる」 親指の横。 人差し指の付け根。 ノミを押さえる場所だった。「ここも硬ぇな」「そこ、ずっと押さえるので」「はは、わかる」石工が笑う。 私は自分の手を見る。 前より少し薄いかも。 王宮に来てから、前みたいに一日中削れてない。「石は正直だからなぁ」石工が私の手を離す。「触ってねえと、すぐ戻る」 私は少しだけ指を握る。 なんか、見抜かれた感じがした
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第十話「内の声」
 石工が少しだけ笑った。「いい顔するじゃねえか」 私は白い石へもう一度触れる。 硬いし、冷たい。 でも嫌じゃない。 むしろ安心する。「そんな好きか」「好きだよ」「何がだ?」 私は少し考える。「完成した時」「完成?」「思った形になった時です」「ほう」 私は石を見る。 白いけど、少し灰色。 表面は素直そうだった。 変な筋も少ない。 鼻筋を細くしても割れなさそうだし、首も少し長めに取れる気がする。 まだ何にもなってない。 でも、削った後の形は少し見える。「遠くから見ても変じゃなくて」「うん」「横から見ても崩れてなくて」「うん」「ここを削ったとか、ここを残したとか、そういうのを忘れるくらい自然な時」 石工が黙る。 ちゃんと聞いてる顔だった。「いいじゃねえか」「そうですか?」「職人だな」 私は石へ指を置く。 完成した像は、削った跡が勝つとだめだ。 ここを見てください。 頑張って彫りました。 そういう顔になる。 そういう作風もあるけど、私はあまり好きじゃない。 ちゃんと立ってるものは、最初からそこに居たみたいに見える。 でも、そう見せるために削る。 そこが面白い。「石って嘘つかないので」「ほう」「重心がおかしいと、おかしいままですし」「そうだな」「顔も、少し削りすぎたら戻らないし」「戻らねえな」「だから、完成した時にちゃんと立ってると嬉しいです」 石工が頷いた。 なんか嬉しい。 通じてる感じがする。「王宮は違うのか」 腕を組んで唸る。「うーん…違います」 石工が吹き出した。「素直だな」「すごく違います」 私は少し考える。 ヴィオラ様。 セリス様。 陛下。 三人とも完成して見える。 ヴィオラ様は整っている。 セリス様は崩れない。 陛下は静かだ。 でも本当は、最初からそうだったわけじゃないと思う。 多分、何年もかけてそうなったし、色々あっただろう。 彫刻と少し似ている。 でも人は自分で動く。 石は動かないし、笑わないし、泣かない。だから機嫌も変わらない。「みんな色々考えてるので」「そりゃそうだろ」「石は考えないです」「考えねぇな」 二人で笑う。 風が通った。 石粉が少し舞う。「だから好きなのかも」「何がだ」「石」 石工が腕を
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