深水紗夜(ふかみ さや)は思っていた。十年の片思い、五年の結婚。たとえ氷のように冷たい鉄の心でも、自分が少しずつ温めればいつか変わるはずだと。でもそれは、結局すべて彼女ひとりの思い込みに過ぎなかったのだ。浴室からはシャワーの音が聞こえていた。紗夜はベッドのそばに立ち、ふとスマホに届いた一枚の写真を見る。それは、京浜(きょうはま)でも最高級と言われる西洋レストラン。テーブル越しに向かい合って座る長沢文翔(ながざわ ふみと)と一人の女性。柔らかな光の中で、彼の目元は優しく穏やかだった。紗夜はその女性を知っていた。竹内彩(たけうち あや)――文翔の元恋人だ。彼女は先月、海外から戻ってきたばかり。その夜、文翔は紗夜を放り出し、彼女に会いに行っていた。文翔にとって彩は、忘れられない存在。そして紗夜は、真っ白な壁に不意に現れた、目障りなシミのような存在。浴室のドアが開き、文翔がバスローブ姿で現れた。湿った蒸気が彼の背後に立ちのぼる。紗夜はスマホを置き、振り向こうとしたその瞬間、彼の高くて細身の体がすぐ背後に迫っていた。彼は彼女の顎をつかみ、顔を覗き込む。「んっ......」紗夜は眉をしかめたが、文翔は力を緩めない。むしろ、彼女が苦しむ顔を見ると満足そうに唇を奪い、顎を握りしめ、腰を掴んでベッドへと押し倒した。「ちょっと......」紗夜は胸に手を当てて制止した。「今日は......体調が悪いの......」夕食の後から、胃が痛み出していた。だが文翔は、彼女の言葉にただ鼻で笑った。「お前は五年前から俺に付きまとってきたよな。今さら清純ぶる演技でも始めたのか?」その口調には、あからさまな嘲りがにじんでいた。紗夜の顔がサッと青ざめる。「そんなこと、してない――」だが言葉の途中で、文翔は容赦なく彼女をベッドに投げつけた。優しさなど一片もなく、愛も思いやりもなく、ただ欲望だけがぶつけられた。紗夜は痛みに眉を寄せ、唇を噛みしめて耐えるしかなかった。表面上は禁欲的で上品に見える彼だが、彼女に対しては一切の思いやりを見せず、まるで憎んでいるような態度を取っていた。紗夜は耐えながら、その美しく整った顔を見つめた。まるで神が自ら彫刻したような完璧な容貌。
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