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第0265話

Author: 十六子
隼人は疾風のように駆け出した。先ほど目にした白い影を追いかけて、心臓が痛いほど高鳴り、呼吸すら乱れる。

瑠璃!

お前なのか!?

お前が、そこにいるのか!?

彼の心で、狂ったように彼女の名が響き続けた。今見たものが幻なんかじゃない――そう信じて疑わなかった。

だが、墓地の奥へと走り抜けた彼の視線の先には、誰もいなかった。

先ほど確かに目にした、儚くも美しい白い姿は、まるで霧のように消え去っていた。

彼の心は一瞬にして冷え込んだ。

さっき見えたのは、思い詰めるあまり生まれた幻覚だったのか?

隼人は落胆しながら考え、立ち去ろうとした――その時。ふと視線の先、少し離れた墓前から、かすかに煙が立ち上っているのが見えた。

隼人の目が鋭く細められた。迷うことなく、彼は煙の立ち上る方向へと向かった。

そして、瑠璃のお祖父ちゃん、倫太郎の墓前へと辿り着いた。目の前にあるのは、白菊の花束と、まだ燃え尽きていない線香だった。

やはり、さっきのは見間違いなんかじゃなかった。本当に誰かがここに来て、倫太郎を弔っていたのだ。

だが、この世で倫太郎を弔う人間がいるとすれば――瑠璃以外に、誰がいる?

隼人の心臓が、再び狂ったように鼓動を打つ。迷わず振り返り、墓地の出口へと走り出した。

彼の視界に、一台の黒いセダンが映る。まさに今、墓地を出て、大通りへと進もうとしていた。

彼はすぐさま車に乗り込み、エンジンをかけ、アクセルを思い切り踏み込んだ。

思考は乱れ、胸の鼓動は速まる一方だった。それはまるで、心の奥に眠る期待を示しているかのようだった。

前を行くあの車を追いかけた先に、もしそこにいるのが「彼女」だったら。すでに三年前、この世を去ったはずの「彼女」だったら――。

彼がようやく追いつき、隣に並んで車内を確認した瞬間、そこにいたのは、ただの運転手の男だけだった。他には、誰もいない。

期待が、再び深い奈落へと突き落とされる。まるで冗談のように、彼は乾いた笑みを漏らした。

死んだんだ。

三年前に、お前のせいで、彼女はもう死んでいる。

だから、こんな妄想を抱くのはやめろ、隼人。

だとしたら、一体誰が瑠璃の祖父に花を捧げた?

そして、それが女だった。

瑠璃は墓地から戻ると、ちょうど瞬が陽ちゃんを連れて帰ってきたところだった。

陽ちゃんが可愛い小さな手を広
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