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第4話

Author: 雲間探
茜はベッドから飛び上がった。「本当」

「ああ」

「でも優里おばさんはさっきなんで教えてくれなかったの」

「つい決まったばかりで、まだ彼女には言っていない」

茜は興奮して「パパ、優里おばさんには内緒にしておいて。国に帰ってから、サプライズにしない」

「ああ」

「パパ大好き!」

電話を切った後も、茜は嬉しくてベッドの上で歌って踊っていた。

しばらくして、ふと玲奈のことを思い出した。

この数日間、ママから電話がなかったおかげで、とても気分が良かった。

実は、ママと電話で話したくなくて、この前の数日間は、わざと早く家を出たり、帰宅後も携帯を遠くに置いたり、電源を切ったりしていた。

二日後、ママが知ったら怒るかもしれないと心配になって、もうそうしなくなった。

でも意外なことに、その後もママからずっと電話がかかってこなかった。

最初は、自分が意図的に電話に出なかったことをママが知ったのかと思った。

でも考え直してみると、今までの経験からすれば、もし自分が何か悪いことをしたと分かったら、ママは必ず即座に直すように言うはずで、怒って電話をかけてこないなんてことはしないはず。

結局、ママの心の中で自分が一番大切で、ママは自分のことが大好きなんだから、怒ったからって電話をかけてこないなんてありえないもの!

そう思うと、茜は急に玲奈が恋しくなった。

これは何日もぶりに初めて玲奈のことを思い出した。

思わず玲奈に電話をかけた。

でも電話をかけた直後、ふと思い出した。確かに国に帰れば優里おばさんにすぐに会えるけど、ママの性格からすれば、きっと何が何でも邪魔をして、優里おばさんに会わせてくれないはず。

もうここにいた時みたいに、好きな時に優里おばさんに会えなくなる。

そう考えると、茜の気分は急に悪くなった。

国内はまだ深夜だった。

玲奈はもう寝ていた。

茜からの電話で目を覚ました。

目が覚めて茜からの着信を見て、出ようとした時、茜は怒って電話を切った。

玲奈は智昭との離婚協議書で茜の親権を放棄すると書いたが、茜は結局自分の娘だ。

彼女には一定の責任がある。

茜から電話がかかってきて、突然切られたのを見て、何か問題があったのではと心配になり、すぐに折り返した。

茜は着信を見て、顔を横に向け、出なかった。

玲奈はさらに心配になり、すぐに別荘の固定電話にかけた。

田代さんはすぐに電話に出て、玲奈の話を聞いた後、急いで言った。「お嬢様は大丈夫だと思います。昨夜遅くまで起きていて、今朝は寝坊して、さっき私が二階に上がった時はまだ起きていませんでした。もう一度見てきますので、後ほどお電話させていただきます」

田代さんの話を聞いて、玲奈はやっと安心した。「お願いします」

田代さんが二階に上がった時、茜は既に浴室で身支度をしていた。

田代さんが状況を説明すると、茜は歯を磨きながら、うつむいて嘘をついた。「間違えて押しちゃった」

田代さんは疑うことなく、彼女が歯を磨いているのを見て、階下に降りて玲奈に報告に行った。

茜はそれを見て、ふんと言って、やっと少し気分が良くなった。

玲奈は田代さんの話を聞いて、安心した。

ただ、突然起こされて、なかなか寝付けず、翌日出勤時は体調があまり良くなかった。

玲奈が智昭に渡した離婚協議書の入った封筒は、あの日優里から電話があってから、もう一度も思い出されることはなかった。

帰国当日、智昭は最後の書類をカバンに入れ、何も忘れていないことを確認してから、階下に降りた。

「よし、出発だ」

リムジンはすぐに別荘を出発し、空港へと向かった。

……

智昭たちが帰国することを、玲奈は知らなかった。

誰も彼女に言わなかった。

別荘から引っ越してから、もう半月が経っていた。

この半月の間に、彼女は徐々に一人暮らしの静かでゆったりとした生活に慣れ、好きになっていった。

今日は週末で、少し寝坊をした。

起きて身支度を済ませた後、カーテンを開けると、外は日差しが心地よく、彼女は伸びをして、植物に水をやった後、簡単な朝食を作ろうとしたところで、ドアベルが鳴った。

向かいに住む山田(やまだ)さんだった。

「玲奈さん、お邪魔じゃなかった」

玲奈は優しい声で「いいえ、もう起きていました」

「よかった」山田さんは親しげに「今朝焼きたての饅頭と餃子です。味見していただけませんか」

「ありがとうございます。こんなに……お気遣いいただいて」

「当然です。この前うちの優芽(ゆめ)ちゃんを救っていただかなかったら、あの狂犬にどんなひどい目に遭わされていたか。この数日ずっとちゃんとお礼を言いたかったんですが、夫婦とも仕事が忙しくて、時間が取れなくて、申し訳なく思っていまして……」

「お気になさらないでください。ほんの些細なことです」

しばらく世間話をした後、山田さんは帰っていった。

玲奈は部屋に戻り、朝食を食べながら、最近研究しているAIのアルゴリズムの仕組みを見ていた。

午後、T大学百周年記念に関するニュースがスマートフォンにポップアップした。

玲奈は一瞬止まり、日付を確認して、今日が確かにT大の記念日だと思い出した。

ネットを見てみると、#T大百周年記念#に関する話題が何個もトレンドに入っていた。

今回のT大記念式典の注目度が高いのは、T大が国内トップの大学で、一挙手一投足が注目されているだけでなく、今回が初めての百周年記念式典だったため、母校に招かれて式典に参加する名誉卒業生も特に多かったからだ。

これらの名誉卒業生は、みな各界各分野で注目を集める大物だった。

玲奈は何度も見つめた。

カメラに映る何人もの見覚えのある顔を見た時、スマートフォンを持つ手が震えた。

在学中の思い出が一気に脳裏に押し寄せてきた。

心が、突然乱れた。

もし学部を卒業したらすぐに結婚していなければ、今日母校に招かれて式典に参加する名誉卒業生の中に、自分も入っていたかもしれない。

玲奈はパソコンを閉じ、しばらく迷った後、車でT大に向かった。

この時、既に午後になっていた。

招かれて式典に参加した多くの大物たちは既に帰っていた。

でもキャンパス内の人の流れはまだ多かった。

玲奈は一人でキャンパス内をあてもなく歩いていた。見慣れた実験棟の下に来た時、見覚えのある声に呼び止められた。

「玲奈」

20分後、T大の外のティーハウスで。

湊礼二(みなと れいじ)は玲奈にお茶を注いだ。「最近はどう」

玲奈はティーカップを抱え、目を伏せて淡く笑った。「まあまあです。ただ……離婚することになりました」

礼二はこんな答えが返ってくるとは思わず、一瞬止まった。「すまない」

「大丈夫です」

「これからどうするつもり。会社に戻ってこないか」

「考えてはいるんですが……」

礼二は彼女の躊躇いの理由が分からなかったが、真剣に彼女に言った。「玲奈、会社は君を必要としている。会社は君の持ち分もあるんだ。君に戻ってきて采配を振るってほしい」

「私、私は……」

礼二の真剣な様子を見て、玲奈は言いたくても言えなかった。

したくないわけではない。

でもAI分野は今、発展が速すぎる。

彼女は業界を六年も離れている。

今戻ったとしても、時代の発展についていけないだろう。まして昔のように、みんなを引っ張って業界の最先端を行くなんて、もはや望むべくもない。

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