Share

第5話

Author: 雲間探
礼二と玲奈はここ数年ほとんど会っていなかった。

しかし数回の対面だけでも、礼二には今の彼女が、かつての意気揚々とした姿とは大きく異なることが分かった。

かつての玲奈を思い出すと、自信喪失という言葉が玲奈に当てはまる日が来るとは、夢にも思わなかった。

玲奈と智昭の結婚生活について、礼二はあまり知らなかった。

でも多少は知っていた。

彼は心の中で推測したが、それを口には出さず、ただ真剣に彼女に言った。「一時的な遅れは問題ない。君の能力と才能は、普通の天才とは比べものにならない。玲奈、この道を歩む気持ちがあるなら、今からでも遅くはない」

「忘れるな、君は先生が教えた中で、最も自慢の生徒だったんだ」

玲奈は聞きながら笑った。「先生がそれを聞いたら、きっと鼻で笑って、背の低い中から高い者を選ばされただけだと言うでしょうね」

学生時代の博識で上品だが毒舌な先生を思い出し、玲奈の笑みは少し薄くなった。「さっきニュースで先生も式典に来られたのを見ましたが、お元気でしょうか」

「元気だよ。ただ、僕たちみたいな、いつも恥をかかせる学生が時々顔を出すので、とても迷惑そうだけどね」

玲奈は笑い出し、心の中で恩師の下で毎日論文を書かされていた日々を懐かしく思った。

礼二「戻ってきてくれないか、玲奈」

玲奈は茶碗を握る手に力が入り、深く息を吸ってから頷いた。「はい」

彼女は幼い頃から人工知能を研究してきた。

この分野を本当に愛していた。

智昭を愛するあまり、自分の理想を六、七年も捨ててきた。

六、七年も離れていて、追いつくには相当な時間がかかるかもしれない。

でも努力すれば、まだ間に合うと信じていた。

礼二は更に尋ねた。「いつ頃戻れそうかな」

「今の仕事の引き継ぎがあるので、もう少し時間がかかりそうです」

「急いでないよ、焦ることはない」

彼女が戻ってくるなら、もう少し待つ位なんてことはない。

二人はしばらく話をして、礼二は時間を確認してから言った。「部下がアルゴリズムの天才を紹介してくれてね。この前帰国したばかりらしいんだ。これから会う約束をしているんだけど、せっかくだから一緒に会ってみない」

玲奈は首を振った。「あなたの部下のことも分からないし、また今度にします」

「そうだね」

礼二が行ってすぐ、玲奈は智昭の姉の藤田麗美(ふじた れみ)が歩いてくるのを見た。

玲奈はニュースで彼女の姿も見ていた。

でもここでばったり会うとは思わなかった。

彼女は挨拶をした。「麗美お義姉さん」

麗美は応えず、眉をひそめて彼女を見た。「なぜここにいるの」

「今日はT大の記念日なので、見に来ました」

玲奈が言わなければ、麗美は彼女もT大の卒業生だということを忘れるところだった。

でも在校生と教職員以外で、今日学校に戻ってきたのは基本的に学校に招待された名誉卒業生ばかりだ。

玲奈という無名の人間が何の用があってここに来たというの。

まあいい。

外で変なことを言って、藤田家の恥にならなければいいけど。

そう思って、麗美は用件を切り出した。「和樹(かずき)が君の料理が食べたいって言ってるの。後で誰かに送らせるわ、智昭のところに」

和樹は麗美の息子で、茜より一、二歳年上だった。

麗美夫妻は仲が悪く、麗美は数年前まで仕事が忙しくて子供の面倒をほとんど見ておらず、この二年ほどは子供がますます反抗的になり、今になって管理しようとしても、もう手に負えなくなっていた。

息子が彼女の料理を好きだと知って、麗美はここ二年、時間があれば息子を彼女と智昭のところに送っていた。

藤田家の人々は、藤田おばあさん以外、誰も彼女を真剣に扱っていなかった。

半人前の子供は人の真似をするもの。

麗美の息子は彼女の料理は好きだが、心の底では叔母である彼女を軽蔑していて、来ても彼女をほとんどメイドのように扱っていた。

以前は智昭のために、玲奈は麗美の子供に心を尽くし、子供の無礼も気にしていなかった。

でも今は智昭と離婚することになったのだから、もう智昭のために我慢する必要はない。

だから、玲奈は直接断った。「申し訳ありません、麗美お義姉さん。明日は予定があります」

専門分野に戻るからには、これからは時間を本当に大切なことに使うつもりだ。

智昭でも麗美でも、離婚したら彼らとは無関係になる。

もう彼らのために時間を無駄にはしない。

麗美は玲奈が断るとは思っていなかった。

結局、以前の玲奈は智昭のために、彼ら藤田家の人々に取り入ろうとして、随分と身を低くしていたのだから。

でも、麗美はあまり深く考えなかった。

玲奈は今まで一度も彼女の依頼を断ったことがなく、今玲奈が用事があると言うなら、きっと本当に用事があるのだろう。でなければ、玲奈が彼女に取り入る機会を逃すはずがない。

それでも彼女は不機嫌だった。「智昭も茜ちゃんも今そばにいないのに、どんな用事があるっていうの」

玲奈はそれを聞いて、心の中で苦笑せずにはいられなかった。

この数年間、自分を捨てて、生活の中心を智昭と娘に置き、ずっと彼らの周りを回っていた。

今麗美にこんな評価をされるのも、当然だった。

でももう、そうはしない。

そう思って玲奈が話そうとした時、ちょうど数人が彼女らの方に歩いてきた。

「麗美さん!」

彼らは明らかに麗美を探しに来たのだった。

玲奈を見て、値踏みするように見てから尋ねた。「麗美さん、この方は」

麗美は玲奈が義理の妹だとは言わず、冷淡な口調で「友人よ」と言った。

「ああ、お友達ね……」

彼らも麗美と同じく、T大の式典に参加するために戻ってきた人々で、皆地位の高い人たちだった。

麗美が知人に会ったので、何か重要な人物かと思った。

今、麗美の玲奈に対する態度を見て、玲奈の美しさと長い脚に目を奪われた人以外は、もう彼女に視線を向けなかった。

彼らは麗美を取り囲んで、すぐに立ち去った。

麗美が義理の妹としての身分を認めたがらないことに、以前なら玲奈は傷つき悲しんだかもしれない。

でも今の玲奈はもう気にしていなかった。

麗美が去った後、彼女もバッグを取って、その場を離れた。

その日の夜十時過ぎ、智昭と茜の乗った飛行機は定刻通り空港に着いた。

家に着いた時は、もう真夜中近くだった。

茜は家に着く前に眠ってしまっていた。

智昭は茜を抱いて二階に上がり、主寝室の前を通った時、ドアが開いていたが、中は真っ暗だった。

茜を部屋に運び、主寝室に戻った智昭は薄暗い明かりをつけ、ベッドを一瞥したが、空っぽだった。

玲奈はいなかった。

ちょうどその時、執事が彼の荷物を二階に運んできて、智昭はネクタイを緩めながら尋ねた。「玲奈は?」

執事は急いで答えた。「奥様は出張に行かれました」

半月前、玲奈が荷物をまとめて出かけた時、彼はたまたまいなかった。

別荘の他の使用人の話では、玲奈はスーツケースを持って出て行ったので、おそらく出張だろうとのことだった。

不思議なことに、以前の玲奈はめったに出張しなかったし、出張しても二、三日程度だった。

今回は半月も経っているのに、まだ戻っていない。

智昭は「ん」と言っただけで、それ以上何も聞かなかった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Comments (6)
goodnovel comment avatar
Megumi Sekita
本当に早くこんな人たちを見返してほしい
goodnovel comment avatar
いく子
むかつく...こんな男
goodnovel comment avatar
敦子
子供を産んでくれてありがとうって言う気持ちあるのかな?
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第829話

    翌朝になっても、優里のもとには依然として誰からも何の連絡もなかった。智昭からも返信がなかった。優里がどうやら出かけようとしているのを見て、朝食を取っていた大森おばあさんはふと手を止め、尋ねた。「どこへ行くんだい?」皆が一斉に優里に視線を向けた。「会社に行ってくる」「うん、それがいいわ」藤田総研の現在の社長である優里が、会社のことを気にかけるのは、決して悪いことではない。ただ、大森家や遠山家の人たちとしては、藤田総研のことよりも、優里には智昭のもとへ行ってほしいというのが本音だった。何しろ、藤田総研が今どれほど価値のある会社だとしても、智昭と比べれば大したものではないのだから。しかし、優里が今すぐ智昭のもとへ行こうとしないのには、彼女なりの理由があるのだろうと、大森家や遠山家の人たちにも分かっていた。だから、あまり強く迫るわけにもいかなかった。この時、朝食を取っていた優里に、家の使用人が声をかけた。「何日も前から届いているお荷物が十数個ありますが、まだ開封されていません。そろそろ開けないと、返品期限を過ぎてしまうかもしれません……」「分かった」優里は淡々と言った。「後で開けるわ」使用人はそれ以上何も言わなかった。朝食を終えた後、優里は無表情で届いた荷物を開け始めた。優里はかなりたくさんのものを買っていたが、今となっては、買い物をしていた時の気持ちも、何を買ったのかさえも、ほとんど忘れてしまっていた。ところが、2、3個の荷物を開封したところで、ふと書類の入った封筒が優里の目に入った。それを見た瞬間、彼女の手が止まり、胸が一気に沈んだ。優里はしばらくためらった後、意を決して中身を確認すると、その場で呆然と立ち尽くした。「優里ちゃん?どうしたの?」優里の様子がおかしいことに気づき、佳子が目を向けた。優里は何も言わず、手に持っていた書類を佳子に渡した。結菜が真っ先に覗き込み、中身を見るやいなや、顔色を変えた。「さ、裁判所の決定書?」正雄はその言葉を聞いて、すぐに事情を察した。彼が近づいて確認すると、やはり裁判所から送られてきた、藤田総研の株式凍結に関する決定書だった。以前、優里の口座が凍結された際、正雄も藤田総研まで影響を受けるのではないかと考えたことがあった。何しろ、彼自身も実際に大

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第828話

    智昭、辰也、清司はまだ仕事が残っていたため、島で2日間遊んだ後、市内へ戻ることにした。翌日、智昭は藤田グループに戻り、取引先と協業について話し合った。智昭が2日間忙しくしているうちに、彼が出張先から首都に戻ったという知らせが、正雄の耳にも入った。このところ、大森家と遠山家は穏やかではない日々を送っていた。智昭がすでに首都に戻ってきていると知ると、正雄は真っ先に優里に伝えた。「聞いた話だが、智昭が戻ってきたそうだ」優里が反応するより先に、結菜が嬉しそうに声を上げた。「智昭義兄さん、やっと帰ってきたの?それじゃあ、私たちは――」正雄は浮かない表情のまま、優里を見て言った。「智昭はもう2日前には戻ってきていたそうだ」以前、優里が何度も智昭に連絡を取っていたものの、智昭からは一度も返事がなかった。彼らは、智昭には処理しなければならない仕事がたくさんあるからだと思っていた。ところが今、智昭は首都に戻ってきて、しかもすでに2日も経っている。それなのに、帰ってきてからも優里には一度も連絡していない……優里と佳子は、正雄の言外の意味をすぐに察した。優里は一瞬言葉に詰まり、手を握りしめたまま何も言わなかった。結菜は、他の人たちの表情が険しくなったのを見て、ようやく正雄の言葉の意味を悟った。智昭はすでに首都に戻ってきたのに、優里には連絡しなかった――結菜の顔から笑みが消え、たちまち動揺と困惑の色に変わった。「智昭義兄さん、あのことが起きてから今まで、一度もお姉ちゃんに返事をしてくれてないんだ……今、首都に戻ってきても、まだお姉ちゃんに連絡していないってことは――」他の人たちは何も言わなかった。今の彼らには、数日前までの確信も強気な態度も、もう残っていなかった。なにせ、たとえ藤田グループのため、そして政宗の出世のため、智昭が大森テックの問題に表立って手を貸すことが難しかったとしても、智昭なら優里に連絡して、彼女を安心させることくらいはできたはずだ。なのに、智昭は何もしていない。今に至るまで、彼は一言の返信すらも優里に送っていない。優里は何も言わずに、立ち上がって2階へ上がった。正雄は「優里ちゃん――」と言い、彼女を呼び止めようとした。佳子は手を伸ばして正雄を引き止め、首を横に振って、もう何も言わないよ

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第827話

    「わかった、ママ。じゃあ……またね」玲奈は、こんなに早く茜が電話を切ろうとするとは思わなかったが、それ以上聞かずに言った。「うん、おやすみなさい」「おやすみ、ママ」電話を切ると、茜はすぐに階下へ降り、執事に直接尋ねた。「さっきママに電話したの?」「はい。茜ちゃんがご飯を召し上がらないので心配になり、奥様にお電話させていただきました」茜はそれを聞くと、うつむいたまま何も言わず、踵を返して2階へ上がっていった。翌朝、茜は目を覚ますと、わざと1階へは降りず、朝食を取らなかった。智昭は朝食を済ませてから2階へ上がり、茜の部屋のドアをノックした。「パパこれからちょっと出かけてくる。午後には帰ってくるから」茜はまだ腹を立てていて、そう言われても顔を背けて智昭を無視した。だが、茜は何かを思い出したように、ふと智昭のほうを振り返ると、何か言いたげに口を開きかけて、結局何も言わなかった。智昭はそれに気づき、茜の頭をひと撫ですると、尋ねた。「何か言いたいことがあるのか?」茜は口を開きかけたものの、結局言い出せず、「何でもない」と答えた。智昭はそれ以上聞かずに言った。「何かあったら、パパに電話するんだぞ」そう言うと、智昭は振り返らずそのまま去って行った。智昭が出かけてしばらくしてから、茜はようやくゆっくりと階下へ降りて朝食を取った。田代は茜の様子を見て、起きたばかりの時よりも元気がないように感じ、心配そうに尋ねた。「どうしたんですか?」茜は首を横に振るだけで何も言わず、うつむいたまま黙々と朝食を食べた。田代は、智昭が出かける前に茜に何か言ったのかもしれないと思った。その日、昼食を終えた茜は2階へ上がって昼寝をした。ところが、目を覚ますと、自分が見知らぬ場所にいることに気づいた。茜は一瞬呆気に取られ、まだ状況を把握できていないうちに、智昭がドアを開けて入ってきた。茜は智昭を睨みつけながら聞いた。「どうして私、ここにいるの?」「一緒に遊ぼうと思って連れてきたんだ」茜はすぐにベッドから立ち上がり、智昭と向き合った。「私は嫌だって……」「茜ちゃん、起きたんだね!」茜はまだ言葉を言い終えていなかったが、嬉しそうに駆け寄ってくる有美の姿を見て、言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。「うん……」有美は2人の間の少しぎこちない雰囲気には気づかず、嬉しそうに駆け

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第826話

    茜はますます腹を立て、すぐにもがき始めた。「放して!抱っこなんて嫌!」智昭は茜を見て言った。「わかった。でも、下に降りてご飯を食べるんだよ」茜は唇をきゅっと引き結び、ぷいっと顔を背けて智昭を見ようとしなかった。そうは言ったものの、智昭は茜を離さず、そのまま抱き上げたまま階下へ降りていった。1階では、すでに執事が使用人に料理を温め直させており、どれも茜の好物ばかりだった。ご飯も既に盛り付けられており、智昭は茜を下ろすと、お箸を手渡した。茜は少し戸惑ってから受け取り、それから無言でゆっくりとおかずを取って食べ始めた。智昭は茜の隣に腰を下ろした。執事はその様子を見て、智昭に言った。「少し召し上がってはいかがでしょうか?」智昭は首を振り、「もう食べたから大丈夫」と答えた。執事もそれ以上は勧めず、2人きりで過ごせるよう、その場を離れた。茜は黙ったまま食事をしていた。智昭はそんな彼女を見て尋ねた。「もうすぐ新学期が始まるな。その前に、どこか遊びに行きたい場所はあるか?パパが付き添ってあげるよ」茜は智昭の方を一切見向きもせず、「特にない」と冷たく返した。智昭はそれを聞いても、特に返事をしなかった。茜も、それ以上智昭を気にすることはなかった。その後、智昭は茜をしばらく見ていた。最初、茜は見て見ぬふりをしていたが、智昭がずっと見つめてくるので、ついに我慢できずに言った。「何見てるの?」智昭はふっと笑うと、茜の頭をくしゃっと撫でた。「茜ちゃんが俺の娘なんだって思うと、なんだか嬉しくてな」茜はそれを聞いて、ポカンとした。智昭はそれから何も言わず、そばに置いてあった取り箸で茜の皿に料理を取り分けた。食事を終えると、茜は振り返りもせずにそのまま2階へ上がっていった。智昭は彼女の後ろについていきながら言った。「早めにお風呂に入って休めよ」茜は返事をしなかったが、部屋に戻ると、今度はドアを閉めなかった。智昭はその様子を見て、しばらく茜の部屋の前に立っていたが、やがて踵を返して書斎へ向かった。一方で。会場で、玲奈は合間を縫って礼二から届いたいくつかのメッセージに返信すると、執事からの電話を受けた。茜がすでに下に降りて食事をしたと聞き、玲奈はほっとした。玲奈は執事との話を終え、スマホをしまおうとしたその時、再びスマホが鳴った。彼女は礼二からの返信だと思

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第825話

    「俺も一緒に行くよ」辰也が玲奈の言葉を遮った。「もし本当に何かあったなら、俺たちも一緒に慰めてやれるだろ」玲奈はそれを聞くと、それ以上何も言わなかった。清司も心配で、2人の後ろを付いていった。先ほどは緊急事態だったため、玲奈は詳しく執事に聞く暇がなかった。彼女は会場を出ると、スマホを取り出し、茜の様子を詳しく尋ねようとした。すぐに執事に電話が繋がった。玲奈は尋ねた。「茜ちゃんは具体的にどうしたの?どうして急にこんなことになったの?」「実は、茜ちゃんはここ数日――」執事がまだ話し終える前に、別の声が割って入った。「茜ちゃんがどうしたんだ?」智昭の声だ。執事が振り返ると、智昭が戻ってきていた。彼は執事を一瞥し、「誰と電話してるんだ?」と聞いた。執事はありのままに答えた。「奥様です。先ほど奥様に茜ちゃんのことをお話ししたところ、奥様が心配されて、折り返しお電話くださったんです」「そうか」執事の話を聞くと、智昭はそれ以上何も聞かず、そのまま2階へ上がった。「俺が上に行って様子を見てくる」「かしこまりました」執事が再び玲奈に話しかけようとしたが、彼女は先に口を開いた。「智昭が帰ってきたなら、私は行かないでおくわ」実のところ、玲奈はここ数日、智昭が何をしていたのか詳しく知らなかった。生田博士のパーティーの後、彼が出張に出ていたことも知らなかった。先ほど執事から茜が食事も取らないと聞いた時、玲奈は智昭の動向を尋ねた。執事から智昭は出張に行っていると聞き、玲奈はてっきり、智昭はつい最近出張に出たばかりなのだと思っていた。執事は玲奈の言葉を聞いて何か言おうとしたが、結局、無理に勧めるわけにもいかず、こう答えた。「かしこまりました。茜ちゃんの様子については、何かあればすぐに玲奈様へご報告いたします」「うん、お願いね」電話を切って振り返ると、すぐ後ろに立っている辰也と清司が玲奈の目に入った。玲奈は淡々とした表情で言った。「智昭が帰ってきたから、私が行く必要はなくなったわ」辰也と清司は、先ほどの玲奈と執事の会話から、その事情を察していた。辰也は「わかった」と返事した。玲奈は頷いただけで、それ以上何も言わず、踵を返して会場へ戻っていった。玲奈の後ろ姿を見つめ、姿が視界から消えてから、清司がようやく口を開いた。「智昭、帰ってきたのか?だったら…

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第824話

    大森テックに問題が起きた日に清司が送ったメッセージに、智昭が返信してきたのは翌日の午後だった。しかも、その返信も非常に短く、【大丈夫、俺一人でちゃんと対処できるから】とだけ書かれていた。辰也は清司に、「メッセージを送って聞いてみようか?」と提案した。「うん、頼んだ」辰也はスマホを取り出し、智昭にメッセージを送った。【その件はだいたい片付いたか?いつ頃戻ってくる予定なんだ?】辰也がメッセージを送っている間、清司は再び、少し離れたところにいる玲奈へと視線を向けた。今夜の玲奈も以前と変わらず、やはり人々の注目の中心にいた。辰也もメッセージを送り終えると、玲奈の方に目を向けた。生田博士のパーティーで起きたことには、辰也も本当に驚いた。あの後、辰也は玲奈にメッセージを送り、彼女のことを気遣おうかとも考えていた。だが、自分には玲奈を気遣う筋合いなどないと分かっていたため、辰也は結局メッセージを送ることはできなかった。今、玲奈が何事もなかったかのように余裕を持って人々と仕事の話をしているのを見て、何の影響も受けていないことが分かり、辰也も安心した。清司も辰也が玲奈のほうを見ていることに気づいたが、特に気に留めることなく、思わず口にした。「玲奈が長墨ソフトの創業者の1人だったなんて……それに、何年も前からもう真田教授の弟子だったんだ……今になっても信じられないんだ」辰也はただ「そうだな」と返事した。最初は、辰也もまた現実のこととは思えなかった。だから、清司の気持ちを理解することができた。清司はふと、自分が1つ忘れていたことを思い出した。彼は辰也に尋ねた。「そういえば、玲奈が長墨ソフトの創業者の1人だってことと、真田教授の弟子だってこと、智昭は知ってるのか?」そこまで言われて、辰也は少しためらったものの、首を横に振った。「俺にも分からない」この問題について、辰也もずいぶん前に考えたことがあった。もし智昭が、玲奈が真田教授の弟子だと知っていたのなら、玲奈の実力についても知っているはずだ。何しろ、当時優里が長墨ソフトに入りたがったのも、会社が開発したあのプログラミング言語が理由だった。智昭が玲奈と優里の実力の差を知っているのなら、優里は到底真田教授に認めてもらえるはずがないことも、当然分かっているはずだ。それなのに、優里が真田教授に弟子入りする

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status