登入僕、橙原郁人に義妹ができた。 紹介されたのは、なんと学校で氷姫と呼ばれている白鷺有紗で。 家で見せる一面は、学校で見る冷たい雰囲気とはまるで別人のように思えて。 彼女が氷姫となっていたのには、どうやら理由があるらしいんだけど……。 それはそれとして、大企業の娘から一般庶民の娘へとジョブチェンジした彼女には、できないことがたくさんあって。 義母である紗苗さんから、彼女のことをよろしくとお願いされたんだけど、うまくやっていけるのだろうか。
查看更多「ねえねえ、君可愛いね。オレらと遊ばない?」
「男二人で寂しいんだよね、せっかくのお祭りなのに。君も一人で寂しくない?」見るからに不良な男二人。不良とはなんぞ、という人に見せたいくらいにテンプレな容姿をしている。
明るく髪を染めてピアスを見せびらかす男と、ズボンをそれはもう下げに下げてパンツ見えてまっせってなっているロン毛の男。「大丈夫です。あなたたちに興味ありませんので。失礼します」
そして、ナンパされているのが白鷺有紗。僕のクラスメイトだ。関わりはなく、会話なんて一度だってしたことがない。
けど、それは別に僕が陰キャコミュ症クソオタクだからというわけではない。決してない。断じてない。
白鷺有紗《しらさぎありさ》は誰に対してもそうなのだ。 その容姿の良さから告白が絶えない時期もあったけど、問答無用に返り討ちにしていたし、日常的にも男女問わず近づく相手には冷たい態度で応じる。気づけば彼女の周りには誰もいなくなり、ついたあだ名は――氷姫。
綺麗な長い銀髪。
宝石のように澄んだ碧眼。 態度だけでなく、そういう常人離れした容姿もあってのあだ名なのかもしれない。おっと、話が逸れたな。
「いやいや、そんなこと言わずに。ね?」
「絶対に楽しいからさ。保証するって」白鷺の態度に怯むことなく、どころか、さらに追加攻撃を仕掛けていくとは中々見上げた根性じゃないか。
僕ならさっきの一言で一発KO確実だ。いやそもそも、ナンパする度胸なんかないので不戦敗である。何の勝負だよ。「だから、興味ないって言ってるじゃないですか!」
白鷺が声を荒げた。
僕はその反応に思わず目を見開く。 冷たいというか、クールというか、彼女はとにかく感情というものを表に出さないものだとばかり思っていたからだ。しかも、その表情には僅かな怯えが見えた。
いくら氷姫といえど、知らない男からのナンパは怖いようだ。しかも相手は二人だし、見た目も不良だし。普通に僕でも怖い。絡まれたら秒で財布差し出すまである。白鷺が掴まれた手を振り払うと、ロン毛の男が分かりやすく不機嫌になる。明らかに自分が悪いのに、だ。
舌打ちをして、鋭い目つきで白鷺を睨んだ。完全に自分が悪いのに、だ。「……」
さて、そろそろ僕がなにで悩んでいるかお気づきの方が出てきてもおかしくないな。早押しクイズなら正解者が続出してることだろう。
このシチュエーションは、漫画やラノベなんかでよく見る、いわゆる困っている女の子を助けたら云々というやつだ。
しかも相手は氷姫だぜ。
僕にだけデレるみたいな展開待ったなしだよ。つまり僕はここで助けに入るかどうかを悩んでいたわけだ。
氷姫のことだから、僕が入らずとも自らの迫力で何とかしてしまうかもしれないと思い、事の次第を見届けていたけど、どうやら厳しかったらしい。白鷺も不安よな。
橙原、動きます。「おい、そこのお前ら!」
物陰から堂々たる登場をした僕に、男二人の視線が向けられる。
なんだこいつ、という視線だ。 せめてヒーローの登場にたじろぐ悪役くらいの反応はしてくれよ。お前のどこがヒーローの風貌だよって? うるせえよ。「彼女、困ってるだろ。その辺にしておけ!」
メガネのブリッヂをくいっと上げて言う。今の僕、もしかして結構カッコいいんじゃないかな?
「は?」
「誰お前」面倒くさそうな声色で訊いてくる。
こういう時はあれだよな、俺はその女の彼氏だ! とか言うのがラブコメの王道だよな。ふふ、まさか僕にそんなことを言う機会があろうとはね。「僕はその子にょ彼氏だ!」
「……」
「……」 「……」「……僕はその子の彼氏だ! これ以上しつこいようなら、僕のナックルパンチが火を吹くぞ!」
勢いで誤魔化す。
男二人は顔を合わせて盛大な溜息をついて、「もういいわ」「なんかシラケた」と言って、この場を去っていった。ど、どうやら上手く追い払えたらしい。
一時はどうなることかと思ったけど、結果オーライだな。おかげで、氷姫様とのご褒美タイムに突入だぜ。
白鷺はスタスタと僕の方に歩み寄ってくる。
そして、目の前までやってきて、じいっと僕の目を見つめてきた。綺麗な瞳だ、まるで宝石のよう。「橙原くん」
「は、はい!」
き、来ましたぞ。
これはあれかな、お礼に文化祭で何かご馳走しますので的なやつかな。ナンパが怖いので一緒にいてもらえますか的なやつかな!?「助けてくれてありがとうございます。けど、二度と私に関わらないでください」
ぺこりと頭を下げて、毅然とした態度で行ってしまった。
「……おかしいなぁ」
僕は一人、首を傾げて呟いた。
* あの文化祭の出来事からおよそ半年ほどが経過したある日のこと。 「……」どうして僕が文化祭の出来事を思い出したのかというと、それにはもちろん理由がある。
「お、帰ってきたか、郁人」
帰宅した僕を待ち構えていたのは、いつもならばこの時間、仕事に行ってて家にはいないはずの父さんと。
一ヶ月前、父さんと再婚して我が家にやってきた羽鳥紗苗、改めて橙原紗苗さんと。
そしてもう一人……。
「……橙原くん」
白鷺有紗が、我が家にいたからである。
えっと、つまり。
……どういうこと?
女性用のアパレルショップっていろいろあるけど、どこがいいとかあるのかな。こんなことなら涼花に訊いておけば良かったか? いや、訊いても気持ち悪がられるだけだな。なんでお前がそんなこと知りたがってんだよって。 フロアマップを見ながら、僕はそんなことを考えていた。「必要な服ってどれくらいあるの?」 視線はフロアマップに向けたまま、隣にいる有紗に尋ねる。 商業施設というものが珍しいのか、彼女はまだ不安そうだ。恐さのせいか、心なしか距離が近い。おかげでフローラルのようないい香りが僕の鼻腔を刺激する。「えっと、どうなんでしょう」 曖昧な返事に、僕は視線を彼女に向けた。 有紗は、先日見た自虐的な表情を浮かべている。そんなことも分からない自分のことを責めているのだろう。「持ってる服はその制服だけなんだよな?」 こくりと無言で頷く有紗。 部屋着は今のところ紗苗さんと父さんの服を着回している。問題ないなら、そのままそれ使えばいいとは思うけど、こういうときにできるだけ揃えた方がいいよな。 それにあれだろ? 下着だってその、ないだろうし? そうなると、できるだけコスパは気にしたいところなので、ユニクロに行くのが手っ取り早いな。最強だからな、ユニクロは。「よし、行こう」「……はい」 ちょっとメンタルつつかれるとすぐにこのモードになるのをやめてほしいんだけど、そう言っても謝罪が返ってくるだけで状況が解決しないのが厄介だ。 とりあえず触れないようにしつつ、ユニクロへ
結局晩ご飯は豚のしょうが焼きに決めた。献立さえ決まれば調理にはそこまで時間はかからないもので、さくっと夕食は完成する。 父さんと紗苗さんの帰りは何時になるか分からなかったので、二人で先に食べ始めようとしたら、紗苗さんが先に帰ってきたので三人で食卓を囲むことに。「あ、そうだ」 思い出したように呟いた紗苗さんの視線は僕に向いていた。なんだろうか、と少し身構えてしまう。「あのね、郁人君。明日って何か予定あるかしら?」 やはり僕への要件だった。「朝は予定ありますけど、昼以降なら」「もし郁人君さえ良ければ、ちょっと有紗に付き合ってもらえない?」 遠慮がちな物言いだ。最近のパターンでいくと、何かしらに同行することになるんだろうけど。「というと?」「見ての通り、有紗はほとんど荷物を持ってきてないのよ。だから、服とかも足りないのよね」「……はあ」 確かに言われてみれば今も制服を着ている。 女子ってそういうものなのかなとか、その程度にしか思っていなかったけど、そもそも服がなかったのな。 などと考えながら有紗を見やれば、目が合って申し訳なさそうにもじもじと体をよじった。 電車乗るだけでも一苦労な彼女が、満足に買い物ができるとは到底思えない。しかし、紗苗さんは仕事があって付き添えないし、買い物に行かないと服のスペアが足りないと。「そういうことなら、昼からでしたら」「ほんとに? 無理言ってごめんなさいね」
家では笑顔を見せた有紗。 氷姫であったことには理由があると言っていて。 今日の彼女の振る舞いは、変わらず氷姫のものだった。 僕の問いかけに、有紗は表情を暗くしたので、慌てて言葉を付け足す。 「あ、いや、なにか事情があるんならいいんだけどさ。ほら、笑うと可愛いのにもったいないというかさ? もっとみんなと仲良くなった方が楽しいんじゃかいかなーみたいな?」 あれ、動揺のせいか変なこと言ってないか、僕。そう思ったけど、もう走り出した勢いは止められず、ブレーキから手を放した。「……私の父は、すごく厳しい人だったんです」 暗い表情のまま、ぽつりと呟いた有紗。 車窓の外を見つめている瞳は、けれど景色ではない何か別のものを見ているように思えた。 僕は小さく「うん」と相槌を打って、彼女の言葉の続きを待った。「学校での友達とのお付き合いを、くだらない人間関係と言っていました。そんなくだらない奴らとの時間は捨てて、未来の自分に投資しろって」「だから、誰とも関わらないようにしてたっていうのか? 冷たい態度を取って、誰も近づかないように」「父に言われたから、と言うと少し違いますけど、父がそういう方針だったからというのは正しいかもしれません。白鷺家では、父がすべてでしたから」 含みのある言い方だった。 けどその先、つまり二つの違いを説明する雰囲気はなく、有紗はそのまま次の話へと進めていく。「けど、今の私は白鷺家のルールから解放されて、言ってしまえば好きにできるようになったんです。だから、学校で友達を、とも思いました」 教室に入ったときに見せた一瞬の迷いは、そうい
「……んぁ?」 なんでもない朝だった。 なにかがいつもと違うこともない、平凡でありきたりな、いつもと変わらない朝。 だからなのか、寝起きのせいで頭が起きていないこともあって、僕は洗面所で顔を合わせるまで、昨日のことをすっかり忘れてしまっていた。 なんで白鷺有紗がうちに? と一瞬まじで思ってしまったのだから、心の中で土下座をしておく。「お、おはよう、白鷺」 おかげで、一気に頭が仕事を始めた。 いつもは冷たい水で顔を洗うまでは半分寝たままなのに。 僕は動揺を抑えつつ挨拶をした。 しゃこしゃこと歯磨きをしていた白鷺は、その手を止める。しかし、そのまま動くことなく、ゆっくりと首を傾げた。 なんだ可愛いなおい。 どういう反応だそれ。なにが分からないんだ? 今はもうお昼なのか? おはようじゃないですよ、みたいな意味のリアクションか? 今から学校なんだからそれはない。 三十秒くらいはあったと思う。 歯ブラシを加えたまま固まっている白鷺と見つめ合っていたけど、僕が何かを思い出すのを諦めたのか、歯ブラシを出して、口の中をゆすいだ。 タオルで口元を吹いた彼女は、そのまま口元を隠しながら、もう一度こちらを見てくる。 そして。「……有紗」 ぽそりとそう口にされ、僕はようやく言わんとしていることを理解した。 同時に真っ赤になってるんじゃないかと思うくらいに顔が熱くなる。なんだよこいつ可愛いかよ。 氷姫だよね? どこが氷姫なのか教えてくれ!「おはよう……あ、有紗」 女の子を名前、それも呼び捨てになんてしたことないのでもちろん緊張するし、照れもある。 そんな中、なんとか振り絞った声を聞いた白鷺……有紗は、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。 「はい。おはようございます、郁人くん」 機嫌を直した彼女は弾んだ声を漏らし、スキップでもするような軽やかな足取りで洗面所を出ていった。「……僕の義妹がこんなに可愛いわけがない?」 * 今日は金曜日なので、この日さえ乗り越えれば楽しい楽しい週末が待っていると誰もがやる気を絞り出す日だ。 別に週末に何か予定があるわけではないが、それでも楽しみであることは確かだ。授業のない、一日中好き放題できる日とか最高すぎる。 ところで僕は、学校での有紗との関わり方について、朝食のときからずっと悩んでいた。 そもそ