君が選ぶやり直し

君が選ぶやり直し

last updateDernière mise à jour : 2026-01-19
Par:  氷高 ノアComplété
Langue: Japanese
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 愛されたい。  認められたい。  ずっとそう思ってきた。  満たされない思いを抱えたまま、ただ言いなりになる操り人形のまま生きていくなんて、耐えられなかった。 「私、お母さんを殺したの」  白昼堂々、私は自分の罪を打ち明けた。目の前から音が消え、私と彼の二人だけの世界になる。 「殺した?」  絞り出したかのような声で、ただ一言彼はそう尋ねた。 「そうだよ」  膝に乗せられた指先が冷たくなって小さな振動を起こす。   「私ね、本当は──」 START▷▶︎▷2023.07.29. END▷▶︎▷2023.09.24.

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Chapitre 1

プロローグ

「どうか、あの子を助けてください」

 私は必死に頼み込んだ。これまでに積み上げた善行を全て売り払うつもりで、あの大いなる存在を前に、頭を地面につける。

「そなたの頼みであっても、こればかりは叶えることはできない」

 そんなことはわかりきっていた。わかった上での頼みだ。このままでは、あの子たちが、あまりに不憫でならない。

「全て私が責任を負います。地獄に落ちても構いません」

 覚悟はできていた。例えどのような不幸が自分の身に振りかかろうと、救えるのならそれでいい。

 すると、大いなる存在は芯のある声を私に降り注いだ。

「その覚悟はあるのだな?」

「はい、もちろんです」

 間髪を容れずに私も答えた。怖くないと言えば嘘になる。だが、怖気づいて言動を起こすことをやめてしまったら、何も変わらないのだ。

 大いなる存在は、優しい光に包まれており、姿を見ることはできなかったが、一点に見つめられている感覚はわかる。

「……わかった。そなたの今までの行いに免じて、特別に機会をやろう。但し、そう簡単に変えることはできない。選ぶのは、あの子自身だ」

 大いなる存在は、私に光を降り注いだ。温かく、どこまでも優しいその光は、体の芯の深いところまで強く響き渡る。

 頂いた特別な機会を、決して無駄にはしない。

 私はすぐに、あの子の元へ向かった。

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プロローグ
「どうか、あの子を助けてください」 私は必死に頼み込んだ。これまでに積み上げた善行を全て売り払うつもりで、あの大いなる存在を前に、頭を地面につける。「そなたの頼みであっても、こればかりは叶えることはできない」 そんなことはわかりきっていた。わかった上での頼みだ。このままでは、あの子たちが、あまりに不憫でならない。「全て私が責任を負います。地獄に落ちても構いません」 覚悟はできていた。例えどのような不幸が自分の身に振りかかろうと、救えるのならそれでいい。 すると、大いなる存在は芯のある声を私に降り注いだ。「その覚悟はあるのだな?」「はい、もちろんです」 間髪を容れずに私も答えた。怖くないと言えば嘘になる。だが、怖気づいて言動を起こすことをやめてしまったら、何も変わらないのだ。 大いなる存在は、優しい光に包まれており、姿を見ることはできなかったが、一点に見つめられている感覚はわかる。「……わかった。そなたの今までの行いに免じて、特別に機会をやろう。但し、そう簡単に変えることはできない。選ぶのは、あの子自身だ」 大いなる存在は、私に光を降り注いだ。温かく、どこまでも優しいその光は、体の芯の深いところまで強く響き渡る。 頂いた特別な機会を、決して無駄にはしない。 私はすぐに、あの子の元へ向かった。
last updateDernière mise à jour : 2025-12-29
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第一章(1)
 騒然とした店内で、独特な塩辛い揚げ物の匂いが鼻腔をくすぐる。放課後のファストフード店は、私たちと同じように制服を着た学生で溢れ返っていた。「え!? 彼氏ができた!?」 向かいに座る、セーラー服を着た彼女が突然叫んだ。賑わいを見せていた店内でも、何事かと言うように、周りの人々は一瞬会話を止めて、私たちの席に視線を集める。「馬鹿! 麻仲、声が大きいって!」 人差し指を口元の前に立てて、静かにするよう合図を送る。せっかく耳打ちして伝えたのに、全く意味がなかった。 彼女は周囲の状況に気づき、口に手を当てて視線の先にペコペコと頭を下げるも、興奮を抑えられないのか、すぐに満面の笑みを浮かべてきた。「おめでとう! やったじゃん。前言ってた人だよね?」 まるで自分のことのように喜びながら彼女は言った。 周囲の視線は戻り、先程の賑やかな店内へと戻る。 私もずっと話したかったことを、ようやく共有することができた嬉しさで、顔を手で覆いながら何度も首を縦に振った。「そうなの! もうね、めちゃくちゃ頑張ってアピールした! その甲斐あって、この前告白したらオッケー貰えたの!」 きゃーっと二人で盛り上がる。こんなに友達との会話が楽しいと思えるのは久々だ。やはり幼なじみだからこそだろうか。 私は熱くなった顔を冷ますように、首元のブラウスを掴み、パタパタと揺らした。「本当、絵美の努力勝ちだね。何だっけ、高身長イケメンで、優しくてスポーツもできて頭も良い同級生だったかな? そんなのよく捕まえられたね」 感心した様子で、彼女は買ってきたシェイクのストローを咥えて啜り上げる。 私も同時にオレンジジュースを一本口に運んだ。「そうそう! 毎日隣のクラスに行って話したり、部活の応援にも行って、とにかく好きってアピール頑張ったもん! 本当にかっこいいし、世界一大好き!」 高校に入ってすぐ、隣のクラスの男の子に私は一目惚れをした。情報を集め、同じ委員会に入ることから接点を持ち、少しずつ会話をするようになっていった。きっかけは外見に過ぎなかったが、知れば知るほど、彼の中身も好きになり、気づけばしつこいくらいのアピールをしている私がいたのだ。 そんな自分だったのに、よく付き合えたなと今でも思う。大好きな人が私の彼氏だなんて、もはや毎日が夢心地で、本当は夢なの
last updateDernière mise à jour : 2025-12-29
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第一章(2)
 辺りは既に日が落ちて、西から藍色が迫ってくる。点々と輝く星が、空を覆い始めてきた。「楽しかった! またご飯行こうね!」「うん、もちろん! いつでもメッセージ送って!」 互いの家の中間地点であり、普段待ち合わせをしている人出の少ない公園の前で私たちは別れた。あと十分もあれば、余裕で家の敷居を跨ぐことができるが、敢えて私はぐるっと公園の周りを一周した。 麻仲がいないことを確認した上で、公園に入る。街灯が二つ、眩しい光を放っており、誰もいない滑り台と砂場、ブランコを、寂しそうに照らしていた。 荷物を地面に置き、ゆっくりとブランコに腰かける。短くため息をついた後、鎖を握りしめ、思い切り地面を蹴った。「あー、帰りたくないなー」 夜に吐いた音はよく響く。返事をするように、鎖がキィキィと鳴いた。 母子家庭で育った私は、幼い頃から母に振り回されてきた。 仕事で朝から晩まで働き、保育園の降園はいつも一番最後。小学生以上はともかく、産まれたばかりの頃の写真もほとんど残っていない。就学してからは、ご飯は残り物を食べるか、置いてあるお金を持って自分で買いに行くシステム。 そんな放任主義なのかと思えば、門限は冬は四時半まで、夏は五時までなどに決められ、帰ってきたら必ず母に電話をかけて、留守電を入れなければならない。家に帰っても誰もいないからと、少しでも時間を破ると、怒られた。 勉強に関しては、元々それなりにできる方らしく、中学に上がって一番初めの英語のテストで百点をとった時、母が笑って喜び、褒めてくれた。認められたことが嬉しくて、それ以来勉強を頑張った。貧乏な家庭だが、お金をかけずとも、勉強ならできる。 そのようにして、偏差値だけはどんどん上がっていった。しかし、上がるにつれ、母も慣れてくるのか、何も言わなくなった。 それでもいつかはまた認めてもらえると信じて、毎日必死に勉強した。 それが仇となったのかもしれない。どこにでも好きな学校に行けるようにと自分なりに下準備をして、ようやく目指したいところができたにも関わらず、その意を伝えると、偏差値表を見て母は言ったのだ。「絵美、せっかく偏差値高いんだから、頭悪い東高校より北高校にしたら?」 私が行きたいところは、偏差値主義な母から見ると『頭が悪い』らしい。そんな学校に行きたい私は『頭が悪い』と言われたような気が
last updateDernière mise à jour : 2025-12-29
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第一章(3)
 電車に飛び乗り、二十分もしないうちに高羅の家の最寄り駅に着いた。広い改札口を出ると、すぐ目の前にある飲食店から、香ばしい肉の匂いが漂ってきて、思わず唾を飲み込む。先程麻仲とファストフードを食べたばかりだというのに、栄えたこの駅に来ると、この香りにそそられていた。 いつか行きたいと思いながらも、身近すぎて行かないような場所だった。 そんなことを考えていると、すぐ左手の壁際に、高身長で鼻が高く、子犬のような優しい瞳を持った男性が、参考書を広げて立っている姿を見つけた。「高羅!」 私が呼ぶと、耳をぴくりと反応させる犬のように、高羅は顔を上げた。すぐに私の存在に気づき、参考書を鞄に入れて、手を振ってくる。 私は抱きつく勢いで、高羅の元へと走った。だが、まだ少し気恥しくて、さすがに手を伸ばすことは憚られる。「春田さん、わざわざ来てくれてありがとうね」「ううん! 高羅に会いたかったから! 寧ろ疲れてるのに会ってくれてありがとう!」 周囲は帰宅ラッシュの電車に揺られて帰ってきた、サラリーマンや学生たちで溢れ返っていた。人が出入りする騒がしい場所で、何とか言葉を届けるために、声を張る。 優しい微笑みを向けられ、改めて幸せを感じた。ずっと一緒にいることができたなら、どれほど幸せだろうか。「なんかお腹空いたね! コンビニで肉まんでも買わない?」 ただ話すだけでも嬉しかったが、少しでも長く一緒にいたくて、私は誘いかけた。高羅はすぐに了承し、近くのコンビニへと向かう。 高羅は優しい。私が言ったことは何でも「いいよ」と言ってくれる。高羅から何かに誘ってきたり、提案されることはあまりないが、私としては全く問題なかった。 コンビニへ入ると、様々な種類の中華まんがあり、どれにしようか二人で悩む。今はどんな気分だとか、これもあれも美味しそうだとか、少なくとも五分以上はレジ近くで話していたと思う。 結局、私はピザまん、高羅はキーマカレーまんを購入し、外へ出た。コンビニの壁際に並び、二人で袋を開ける。ほくほくとした湯気が、コンビニ内の明かりに照らされて、白く昇っていった。「ん! ひへ!」 頬張りながら声を出したことで、『見て』と言う言葉が上手く出てこなかったが、高羅には伝わったようで、指差す方向を見てくれた。ピザまんの中に入っていたたっぷりのチーズが、私の口元から指先
last updateDernière mise à jour : 2025-12-29
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第一章(4)
 薄暗い住宅街を、重たい足取りで歩いた。塾帰りと思わしき中学の制服を着た女の子が、自転車に乗って私を追い越していく。 先程までぼこぼこと煮えくり返っていた腹の中は、加熱し過ぎてどろどろになり、火を消された後の鍋底にこびりついた薄い膜のような気分になっていた。 とにかく帰りたくない。喧嘩だって本当はしたいわけじゃない。だけど、向こうがその気なら仕方がないから。 全く無意味な時間だ。母は一体何がしたいのだろう。ストレスのはけ口にしたいのだろうが、それにしても母の思考が全く読めない。 理解し難い生き物だ。同じ血が流れているというのに。 そうこうしている間に、私は玄関前にたどり着いた。私がお腹にいる時に買った家だと聞いたことがある。かれこれ十六年は一緒にいるだけあって、壁の色は褪せ、郵便ポストの横にある玄関ライトは、つかなくなってもう何年だろうか。『春田』と書いた表札の上には蜘蛛の巣が張られている。 キィっと金属が擦れる音を鳴らしながら門を開け、玄関の扉に鍵を差し込んだ。 ガチャリと解錠の合図を受け、私は扉を引く。玄関は真っ暗で、置かれた写真立ての中に入っている家族の顔は何も見えない。リビングの方だけ明かりがついていた。 素通りして二階の自室に上がることを決意し、そろりと靴を脱いで階段へと足をかける。 一段一段上って、半分手前まで来たところだった。「絵美? 帰ったのなら、ただいまくらい言いなさいよ」 見つかった。疲れた顔をしてリビングから出てきた母が、階段下から私を見つめている。「あなた、どこで何をしていたの? 最近毎晩遅いし、成績は落ちるし、反抗的だし。前までそんなことなかったじゃない! やっぱり、悪い友達に何か唆されたんでしょう!」 またこれか。どうして母はいつも決めつけるんだ。わかったような顔をして、ヒステリックに叫びたいだけ叫んで!「ふざけないでよ! 何も知らないくせに、私の大切な人を蔑ろにしないで! 前までそんなことなかったって? 当たり前だよね、だってずっと我慢してたんだから!」 そうだ、ずっとずっと自分の思いに蓋をして生きてきた。言いなりになって、それで喜んでもらえるのなら良いと思ってた。 でも、自分の気持ちを抑えつけたって、何も良い事なんてなかった。 母はそれを聞き、一瞬ぐっと狼狽えたように見えたが、すぐに言葉を返してきた
last updateDernière mise à jour : 2025-12-29
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第二章(1)
 ふわふわと、羽のようなものが鼻に触れ、くすぐったくて目が覚めた。よく見ると、綿菓子のような、白くてふわふわとした地面だった。 若干光り輝くこの地は、不思議と温かく穏やかな気持ちになれる。 ここはどこだろう。眠っていたのだろうか。眠る前、私は一体何をしていた?「やっと目覚めたか」 ぼんやりとしていた視界に、突然眼鏡をかけられたように、意識がクリアになる。私は起き上がり、低い声が聞こえた方向へと顔を向けた。「誰?」 目の前に佇んでいたのは、上から下まで白尽くめの人だった。顔を半分ほど覆うフードつきの白いマントに、長い鳥の嘴つきのガスマスクのような仮面をつけている。 手足も全てマントの中に隠されており、他に見えるのは尖った黒い靴の先端だけだった。 容姿が全くわからない、明らかに怪しい人物を前にし、私は柔らかい地面の上に足をつけて立つ。「私は天の使いだ」 天の使い……? 天の使いということは、そのままの意味で考えると天使になるが、私のイメージをしていた天使とはかけ離れていた。なぜなら、背中にあるはずの羽も、頭に浮かぶ輪もない。赤ちゃんのような幼い姿でもなく、寧ろ声から察するに成人男性だ。おじさんと呼んでも間違いではないはず。「天使おじさんってこと?」 私がそう言うと、天使おじさんは固まっていた。表情はマスクのせいで見えないが、言葉も動きにも出ず、時が止まってしまったかのように感じる。「え、違う? なんかごめんなさい。マントとマスクでよくわからなくて」「いや、間違ってはいない。好きなように呼んでもらって大丈夫だ」 謎の天使おじさんは、優しくそう答えた。その声を聞き、不思議と心が落ち着く。怪しい人ではないのだと、直感的に思った。「良かった。ところで、ここはどこ?」 辺りを見回すと、一面真っ白な世界で、どこまでも続いている。天上は春のような、爽やかで温かい青空が広がっていた。まるで雲の上のようだが、懐かしい感覚がして、怖くはなかった。「ここは天国に最も近い、地上との狭間だ」「天国?」 よくわからなくて、思わず首を傾げる。それを見た天使おじさんは、雲のような
last updateDernière mise à jour : 2025-12-30
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第二章(2)
「ねぇ、起きて。お願い……」 夢の中で、誰かが私のことを呼んでいた。優しくて懐かしくて、心が温もりに満たされるような声。 何故か目頭が熱くなる。だが、姿は一向に見えなかった。 誰? 私のことを呼んでいるのは……。「……さん。……るたさん。春田さん」 はっと目が覚めて体を起こすと、驚いたように隣の机が激しく動いた。「びっくりした……。大丈夫?」 声の主に目をやると、見覚えのある高校の制服を着た、高身長イケメンが隣の机に手をついて立っていた。「高……羅?」「え? そうだけど……」「うわぁーん! 良かったぁ、会いたかったよ〜」 私は思わず高羅に手を伸ばし、抱きついてしまった。大好きな高羅にもう一度出会えた。それが心から嬉しくて、涙が溢れる。  反対に、高羅は急なスキンシップに困惑した様子で、拒否はしないものの、少し距離を取ろうと腰を逸らしていた。「どうしたの? 怖い夢でも見た? なかなか門に来ないから、心配して教室覗いたんだけど……」 なかなか来ないとは何のことだろうか。教室、ということはここは私のクラスで間違いないのだろうが。 他の生徒たちはみな、部活に行ったか帰宅をしたらしく、私たち以外誰もいない。 私は高羅から離れ、自分のスマホを探し、画面を見た。『九月二十九日 十六時四十五分』 その数字を見て、あっと呟いた。 今日は高羅と付き合って、三日目の放課後だ。高羅の部活が休みのため、一緒に帰る約束をしていた。確かその日は付き合ってから初めてのデートで、一緒にドーナツを食べに行き、高羅の手と口元がチョコレートだらけになっていたんだっけ。 そんなことを思い出していると、本当にやり直しができていることに心底驚いた。「何でもない! ごめんね、寝ちゃってたみたいで。行こっか!」 私たちは鞄を持ち、教室を後にした。高羅の教室の前を通る際、近くにいた何人かの女子が私を横目で見る。きっと後で何か言われるのだろうなと感じた。 北高校に入学したことはやり直せなかったが、東高校に行って高羅に出会えないことを考えると、やり直しはここからでも十分に思える。
last updateDernière mise à jour : 2025-12-31
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第二章(3)
 自分の直感に従って、私は駅を降り、改札を出た。高校の最寄り駅から一時間近くも離れた場所にあり、古い平屋の家が続いたり、畑などもいくつか見えると、かなり田舎を感じさせられる。 そんな中で、十分ほど歩くと、可愛らしい幼稚園のような施設が見えてきた。私は門を開けて入ろうとするも、施錠されているからか開けることができない。 どうやって入っていたのだろう。鍵は持っていただろうか。 鞄の中を漁っていると、三十代くらいの女性が一人、建物の扉から顔を出し、呆れ顔で近づいてきた。「絵美ちゃん、今何時?」 重さを含む言葉だったが、私を知っているのだろう。スマホの画面を横目で見ると、十九時十五分だった。「十九時十五分です」「そうだよね? 前にも言ったよね。花の園では高校生は十九時までの門限だって。だから色々言われるんだよ?」 はあ、とあからさまに大きなため息をつかれる。それでも仕方なしに、施錠していた鍵を開けてくれた。 私が入ると、女性はすぐに鍵を閉め、施設内へと入るよう促してくる。 いや、そもそも誰? どうして赤の他人にそんなことを言われないといけないのだろう。母はいないはずなのに、これでは以前と変わらない。 不満感が募りながらも、私は何も言わず中に入った。玄関は広々としており、すぐ隣に受付のような窓があった。少し離れたところから、何人もの声が聞こえてくる。 靴を脱いで上がってすぐに、廊下をバタバタと走ってくる音がこちらに近づいてきた。見ると、小学校高学年くらいの男の子二人だった。 手前を走るのが黒い服の男の子。後ろからそれを追いかけているのは短髪の男の子だった。そして、ちょうど目の前で、背後から来た短髪が、前の子の首の根を捕まえた。その瞬間、前の子は後頭部から床に倒れる。ゴンッと鈍い音が聞こえた。「ってぇな!」 転んだ黒い服の男の子が、床の上で回転し、短髪の子の足を思い切り蹴る。短髪の子は一瞬眉間に皺を寄せ、歯を食いしばるような様子で、固く握りしめた拳を黒い服の子に向けた。 まずい……! そう思った瞬間、「こらぁ!」と大きな声が、玄関に響き渡る。門を開けてくれた女性が、外靴のまま、短髪の男
last updateDernière mise à jour : 2026-01-04
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第二章(4)
 翌日、お腹が空いて堪らずに目が覚めた。そういえば、昨日高羅とドーナツを食べてから、胃に何も入れていないことを思い出す。 まだ日は昇っていないものの、窓から見える空は、淡い紫色を伴った、幻想的な明るさになっていた。 早朝だったが、昨日はあのまま眠ってしまったため、シャワーだけ浴びに行こうと着替えを探す。私の部屋は個室で、よく見ると荷物や服は、全て見覚えのある私の持ち物だった。 私はひっそりと扉を開けて部屋を出た。まだ誰も起きていないだろうと思ったが、浴室へ向かっていると、近くの扉がゆっくりと開き、女の子が出てきた。 寝起きのようで、髪は前髪はヤシの木のような寝癖がついており、目は腫れている。 その子は私を見ると、肩を跳ね上げ、驚いたような表情をしていたが、無言ですぐに視線を逸らし、私に背を向けてスタスタと歩いて行った。 ああ、私は嫌われているのだ。ここには誰も、私を必要としてくれる人はいないのだな。 昨晩は怒りが湧いたが、朝の寝ぼけた頭では妙に冷静に受け止めることができた。 何だろう、この喪失感は。高校に入学して初めてのテストで、低い点数を取り、母に怒鳴られた時のような感情。 どう足掻いたって、変わらないのだという、全てを諦めたような気分だった。 母のいない世界だと、こうなるのか。 体がぐんと重くなる。足の裏に張り付いた床は、やはり見慣れない茶色い木目調のフローリングだった。 私の家の廊下は白い床だったな。 ふとそんなことを思い出した。そういえば、この世界で私の家はどうなっているのだろう。 そう考えながら、私はシャワーを浴び、何も口にすることなく、学校に行く準備をして外へと出た。
last updateDernière mise à jour : 2026-01-04
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第二章(5)
 途中のコンビニでパンと水を買い、イートインコーナーでそれを食べながら時間を潰した。ある程度の時間になったため、そのまま登校する。 学校は驚くほどに変わらなかった。私に対して暴言を吐く人はいない分、寄ってきてくれる人もいない。 その原因は知っている。私の方から離れたのだ。この人も、あの人も、何だか合わない。何か違う。だから女子特有のグループを転々として行くうちに、気づけば一人になっていた。 それは慣れっこだった。寧ろ、普段通りの生活が戻ってきたことに安心感すら覚える。 朝礼、一時間目、二時間目と授業が進み、昼休みになった。暇になった私は、隣のクラスを覗きに行く。 いつものように、後ろ側の扉から中を覗くと、一番後ろの窓側の席に、複数の男子に囲まれた高羅の姿があった。「あ、ほら小木。来たよ彼女さん」 一人が気づき、高羅に呼びかけた。高羅も、あっと口を開け、こちらを見ている。同時に、周りにいた男子たちも一斉に振り向いた。「あ、やっぱり大丈夫! またね!」 私は高羅に手を振り、覗かせていた顔を引っ込める。 残念。話をしているのなら仕方がない。高羅は人気者なのだから。 そう思い、廊下の窓から見える青空を眺めていると、ある発言が耳に入った。「小木さ、どうしてあの子と付き合ったの? あんまり良い噂聞かないじゃん」 うわ、と思い立ち去ろうとする。だが、その理由は私も気になっていた。なぜ、高羅ほどの人気のある人が、私なんかと付き合ってくれたのだろう。 別に、この学校では頭も良くないし、スポーツだって人並みだ。顔はそこそこに可愛いと言われたことはあるが、特別良いわけじゃないし、学校では完全に浮いている存在。 それのどこを、好きになってくれたと言うのだろうか。 私は息を潜めて、全神経を耳に集中させた。「うーん、なんでだろうね」 えぇ、と落胆した声が聞こえた。その後、高羅の控えめな笑い声が上がる。 どういうこと? それ後に何か付け加えの発言があるかと待っていたが、高羅は何も言わなかった。空気を読んだのか、友達が別の話題を始める。 高羅の気持ちがわからなかった
last updateDernière mise à jour : 2026-01-05
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