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第8話

Auteur: 稼ぎたい子
五郎は看護師に嘉行をしっかり見張るように言い置くと、自ら助手席の書類袋を取りに行った。

病室に戻ってきたとき、そこには見知らぬ女と二人の子どもがいた。

「あなたはもう何も考えられないかもしれないけど、せめて自分の子どもたちのことくらいは考えて!」

その女が泣きながら訴えるのを見て、五郎は眉をひそめ、扉にかけた手を止めた。

どういうことだ?彼の知る限り、嘉行と名月の間に子どもはいない。ならばこの「子どもたち」とは?

まさか――婚姻中に他の女との間に子どもを?

「あなたが死ぬっていうなら、私もこの子たちを連れて一緒に死ぬから!あなたがいないなら、生きてても意味なんてない!」

病室内で、嘉行の表情に微かな動揺が走った。彼は手を伸ばして青の髪を撫で、静かに嘆息した。

「そんなことをする必要はないだろう……」

五郎は冷たい顔つきで中に入り、書類袋を彼に投げつけた。

「欲しかった物だ」

嘉行は袋を開け、中身を取り出した。

その間も青は彼の手を握って涙ながらに語りかけていた。

「嘉行……私、名月のこと好きじゃなかったけど、でも彼女が事故に遭ったのは私だって辛いの。

だけど、亡くなった人のことばかり見てても、残された人間はどうやって生きればいいの?

もう自分を責めるのはやめて、これからは私があなたのそばにいてあげる。ね?」

ついにこの日が来た――名月がいなくなった今、嘉行は彼女だけのものになる。青は甘美な未来を夢見ながら、唇の端に浮かびそうになる笑みを必死でこらえていた。

だが、そのとき嘉行の顔色は急激に変わっていた。

次の瞬間、彼は手にしていた書類を青の頭めがけて叩きつけ、鉄のように硬い顔で立ち上がり、彼女の首を掴んだ。

「貴様には前にも言ったはずだ。欲しい物は何でもくれてやる。ただし、このことだけは名月に知られてはならないと……

それなのに、どうして貴様は、名月に知らせた!どうして名月を何度も挑発したんだ!」

「わ、私はやってない!」青は必死に否定しようとしたが、床に散らばった紙に目をやった途端、その声が止まった。

そこには名月が中絶手術を受けた際の記録と、青とのメッセージのやり取りを写したスクリーンショットがあった。

瞳が見開かれ、恐怖に凍りついた。

まさか、あの傲慢な名月が、こんな証拠を残していくとは――あんな女が、死ぬ間際ま
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