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色褪せた愛よ、さようなら

色褪せた愛よ、さようなら

By:  稼ぎたい子Completed
Language: Japanese
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千早名月(ちはや なつき)は、誰もが羨む完璧な結婚生活を送っていた。骨の髄まで愛してくれる完璧な夫とともに。 しかし妊娠が判明したその日、彼女は衝撃の真実を知った――最も信頼していた夫が、実は2年間も浮気を続けていたことを。 しかもその浮気相手は、大学時代に彼女を執拗にいじめていた吉塚青(よしづか あおい)であり、二人の間にはすでに双子の子どもまで生まれていた。 あの愛人は繰り返し挑発を仕掛け、夫もまた、愛人と密会するために幾度となく彼女を欺いてきた。 裏切られた約束に復讐するため、名月は躊躇なく中絶を選び、さらに自身の死を偽装する事故を企てた。 そして去る間際、流産したときの診断書と、愛人からの挑発の証拠を贈り物として夫に託し、「数日後に開けて」とだけ言い残した……

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Chapter 1

第1話

「プライベートジェットでの墜落事故を偽装してほしいの。笹原嘉行(ささばら よしゆき)と綺麗に別れたいから」

そう頼んできた千早名月(ちはや なつき)の言葉に、親友の柳橋園子(やなぎばし そのこ)は思わず顎が外れそうになった。幻聴かとさえ思った。

まるで、あの二人が結婚すると聞かされたときのように。

貧しい田舎から出てきた女の子と、Z市の名門・笹原家の御曹司。まるで住む世界が違うふたりが、誰もが予想しなかった形で結ばれたのだ。

世間は騒ぎ立てた。嘉行がただの遊びで付き合っているとか、叶わぬ恋の代わりに選ばれた「影武者」にすぎないとか、はたまた誰かと賭けをして結婚したのだとか。

だが、結婚して三年。嘉行はすべての疑念を行動で打ち消してきた。彼が結婚したのは、ただひとえに名月を愛していたから――それだけだった。

しかも、狂おしいほどに。

出会った瞬間、彼は名月に一目惚れし、激しくアプローチを開始した。

プレゼントを惜しみなく贈るだけではなく、「千早名月」の名義で数千億を慈善団体に寄付し、世界各地に「名月小学校」を設立した。

彼の願いはただ一つ。世界中の誰もが名月の名を知り、彼女が困ったときには必ず誰かが手を差し伸べてくれるように、と。

彼女と過ごす時間を少しでも増やすため、名月のアルバイトにも付き添った。飲食業、チラシ配り、宅配の仕分け作業……

生まれてこの嘉行、自分の服すら洗ったことのない御曹司が、歯を食いしばって二年もの間、彼女と一緒に汗を流した。

バイオリンを奏でていた繊細な指は、今では荒れてしまった。

その誠意がようやく名月の心を動かしたのだが、二人の家柄の差はあまりにも大きく、笹原家はふたりの交際を断固拒絶した。

彼は両親の同意を得るため、十六度も家族からの制裁を受け、鞭で打たれて血まみれになった。今でも背中には傷跡が残っている。

それでも彼は諦めなかった。ついにはすべての財産と跡継ぎの地位を放棄し、一から起業したのだ。誰にも口を出させないために。

周囲の友人たちは「狂った」と笑った。数十代かけても使いきれない財産を手放してまで、たった一人の女性に尽くすなんて。

家族も手を焼き、ついには二人の結婚を認めるしかなかった。

結婚後、彼は周囲のスタッフをすべて男性に入れ替えた。

名月が何も要求していないにもかかわらず、行動予定を細かく報告し、居場所を確認できるようGPSまで装備した。

ネット上では「神のような愛」と称賛され、純愛を信じる者たちの象徴として彼らのカップル人気は沸騰、数多の芸能人をも凌ぐ勢いだった。

だが――

名月以外、誰も知らなかった。

この完璧な男が、密かに別の女性と双子をもうけ、外で別の家庭を築いていたことを。

その事実を知った日、名月は血を吐いて気を失った。

この知らせを聞いた嘉行は、数百億の取引を即座にキャンセルし、すぐに帰国した。昼夜問わず彼女のそばに付き添った。

名月が目を覚ましたとき、彼はベッドの傍らで点滴チューブを握って温めながら、心配そうに彼女を見守っていた。

「目が覚めた?本当に……怖かったんだ」

彼は顔を彼女の手にすり寄せ、涙をこぼしそうだった。

過去、銃口を突きつけられても眉一つ動かさなかった男が、名月の吐血に膝を崩したという。

彼の目に宿る焦りと心配――それが演技でないことは、誰よりも名月自身が知っていた。

この人は、本当に自分を愛している。

けれど、同じその目で吉塚青のことも見つめたのだろうか?

あの甘い言葉を、彼女にも囁いたのだろうか?

吉塚青(よしづか あおい)。彼の浮気相手であり、幼なじみ。

嘉行が名月を追いかけ始めたと知った当時、青は名月に執拗な嫌がらせをした。バイト先で難癖をつけ、仕事を潰し、果てはチンピラをけしかけて辱めようとまでした。

だが、それを止めたのも嘉行だった。告白しに来た彼がその場に居合わせたのだ。

彼は吉塚家との縁など一切気にせず、そのまま吉塚家を破産に追い込み、母に止められなければ命さえ奪っていただろう。

だからこそ、あの醜い動画と親子鑑定書を目にするまでは、名月は彼の裏切りを信じることができなかった。

もう、子どもは一歳だというのに。

名月は目を閉じて顔をそらし、涙が頬をつたって枕を濡らした。

嘉行はその涙に気づかず、「さっき先生が言ってたよ。君、妊娠してる。二ヶ月目だって!」と嬉しそうに声を弾ませた。

「五日後は俺たちの結婚記念日だし、赤ちゃんもできた。まさにめでたいことが重なるんだよ!」

その瞬間、名月の目が見開かれた。

幼い頃、父親に氷河に突き落とされて凍傷を負い、医者には「妊娠は難しい」と何度も言われてきた。

それを知っている笹原家の両親は、彼女に冷たい態度を取った。

彼女は我慢してきた。夫の両親だから。

でも、嘉行は違った。

「名月は俺の大切な人だ。彼女が一緒にいてくれるだけで、俺はもう幸せなんだ。子どもができないってことで、彼女に冷たくするなら、俺は親子の縁を切る」

小さな命が宿る腹に手を当てながら、名月はこらえていた感情を押し止められず、嗚咽を漏らした。

嘉行は彼女を優しく抱きしめ、「誰が君を泣かせたの?俺が懲らしめてやるぞ」と囁いた。

けれど、その彼の体からは、知らない香水の匂いと、微かに乳製品の甘い匂いが混ざっていた。

名月は激しく彼を突き飛ばし、ベッドの端に倒れ込むようにして嘔吐した。

嘉行はそれを妊娠の悪阻だと思い、反射的に両手で彼女の口元を受け止めようとした。

潔癖症のはずなのに、彼は自分の服が汚れることなど一切気にしていなかった。

その姿に、名月は言葉を失った。

彼は本当に潔癖なのに、自分のためならここまでできる。

彼女の服も靴も、すべて彼が手洗いしていた――三年の間、彼はずっと名月に誠意を注ぎ続けた。名月もまた、本気で彼を愛していた。

もう彼なしでは生きられない。

そう思った矢先、嘉行はメッセージを受け取ると「会社に呼ばれた」と言って出て行った。

その三十分後、青から写真が届いた。

写真には、双子の赤ん坊を抱き、彼らの額に優しくキスをする嘉行の姿が写っていた。

その一枚が、彼女の最後の幻想をすべて打ち砕いた。

病院を出た名月は、園子の元を訪れた。

「飛行機事故を偽装して。あの人の手を振り切るためには、それしかない」と、園子に頼んだ。

彼の性格を、一番よく知っているのは彼女だった。

嘉行は、絶対に離婚には応じない。彼女を手放すくらいなら、狂ってしまうような男なのだから。
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