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第2話

Penulis: えみっ子
電話の相手は嬉しそうに、しばらくしたら迎えに行くと告げた。

佳乃はそれを承諾し、静かに通話を切る。

何事もなかったかのように病室へと戻った。

それからの日々、修一と真弘は退院の日まで、これ以上ないほど献身的に彼女を世話した。

退院当日。

修一は片膝をつき、慎重な手つきで佳乃に靴下を履かせる。長い指は脚の生々しい傷跡を避け、まるで壊れやすい陶器でも扱うかのように優しかった。

「痛むか」

彼が顔を上げる。

その深い瞳には、痛ましいものを見るような感情がたっぷりと浮かんでいる。

佳乃は無表情のまま首を振った。

「退院手続き、終わったぞ」

ドアを押し開けて真弘が入ってくる。手には真新しいコートが握られていた。

「外は風が強い。佳乃、しっかり着込んでおけよ」

彼が身をかがめてコートを羽織らせてくれた瞬間、佳乃の鼻腔を馴染み深いオーデコロンの香りがくすぐった。

それは18歳の誕生日に、佳乃が兄に贈ったプレゼント。

不意に胃の奥から強烈な吐き気が込み上げる。下唇を強く噛み締め、その場に嘔吐してしまうのを必死に堪えた。

*

病院のロビー。

滑らかな床を車椅子のタイヤが転がる。

四方八方から突き刺さるような視線を佳乃は感じ取っていた。

車椅子の側面には導尿バッグが吊るされている。移動するたびに、ちゃぷり、と微かな水音が鳴る。

すれ違った通行人が、物珍しそうにジロジロと振り返った。

真弘が即座に冷ややかな視線を射抜く。

「何を見てるんだ」

修一の温かい手のひらが、佳乃の視界をそっと覆い隠した。

「いい子だ、怖がらないで」

とろけるように甘く優しい声。

「俺たちが、絶対にお前を守るから」

佳乃は全身を小刻みに震わせた。

それが怒りなのか、悲哀なのか、自分でも分からない。

もしあの時、彼らの会話を直接聞いていなかったら。

自分をこんなにも愛し、守ってくれる二人が、自分を地獄の底へと突き落とした悪魔だなんて、どうして信じられただろうか。

「佳乃、ここで少し待っていてくれ」

出入り口の日除けの下に車椅子を止め、修一が言った。

「車を回してくる」

連れ立って歩き出す二人の背中を見送ると、佳乃は突如として車椅子のハンドリムを強く握りしめた。

這ってでもここから逃げ出したい。

あいつらの吐き気がするような虚偽の優しさなど、もう一秒たりとも受けたくない。

力の入らない腕で車椅子を動かし、建物の角を曲がった直後。

駐車場の隅から、聞き慣れた声が微風に乗って届いた。

「佳乃のスキャンダルは、もう各所にばら撒いたな?」

氷のように冷酷な真弘の声。

「ああ」

修一の返答には、わずかな躊躇が混じっていた。

「だが、佳乃はもうあんな身体だ。架空のスキャンダルをでっち上げてまで、これ以上彼女を辱める必要があるのか」

「当然だ!」

真弘が語気を強める。

「佳乃をダンスの表舞台から完全に追放し、社会的に抹殺する。そうして初めて、あいつが二度と紗耶香の脅威にならないと確信できる」

車椅子がぴたりと止まった。

佳乃は咄嗟に自分の口を両手で塞ぐ。粘着質な血の味が、じわじわと口腔内に広がっていく。

自分の人生を徹底的に破壊するだけでは飽き足らず、名誉までも泥沼に引きずり込もうというの?

彼女は狂ったように車椅子を旋回させ、その場から逃げ出そうとした。

しかし、パニックに陥った車椅子が突っ込んだ先は、病院の入り口に陣取っていた、記者たちのど真ん中だった。

「池上さん!複数の男性と乱交に及んだ末の怪我だというのは事実ですか!」

「男たちとの関係について釈明をお願いします!」

「天才ダンサーと呼ばれたあなたの放蕩ぶりについて、恥ずかしいとは思いませんか!」

カメラのフラッシュが暴力的に瞬く。そこに、暴徒と化したアンチファンの集団が怒号とともに乱入してきた。

彼らは記者を押し除け、佳乃に向かって拳を振り下ろし、口々に罵倒を浴びせかける。

「お前みたいなふしだらな女を好きだった俺が馬鹿だった!マジで吐き気がするぜ!」

「いろんな男とヤレるなら、俺たちの相手もできるだろ!」

誰かが煽ったのを合図に、無数の汚い手が伸びてきた。彼女の衣服を狂ったように引き裂き始める。

「やめ……やめて……!触らないで!」

佳乃は恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げながら不浄な手を押しのけようとした。

だが、障害を負った細腕で抗えるはずもない。

ビリッ、と布が裂ける無惨な音が響き、佳乃は車椅子から地面へと転げ落ちた。

全身を覆う、赤黒く醜い傷跡の数々が、白日の下に晒される。

巨大な羞恥が全身を呑み込み、喉が締め付けられて息ができない。

「うわっ、グロっ。尿バッグまでぶら下げてんぞ!」

「おい、早く写真撮ってネットに上げろ!みんなの憧れの女神様が、裏じゃどんだけ汚いか教えてやろうぜ!」

一瞬の静寂ののち、露骨な嫌悪と嘲笑の声が四方八方から浴びせられた。

それは見えない平手打ちとなって、佳乃の耳を激しく殴りつける。耳鳴りがやまない。

もはや周囲の音は何も聞こえなくなった。

大粒の涙がとめどなく頬を伝い落ちる。塩気を帯びた涙が傷口に染み込み、まるで無数の蟻に肉を噛みちぎられるような激痛が走った。

「失せろ!全員、そこを退け!」

突如、修一の怒声が空気を震わせた。

彼は群衆を力ずくで掻き分け、地面に倒れ伏す佳乃をきつく腕の中に抱きしめる。

真弘もまた、群がる記者たちを荒々しく突き飛ばした。その顔は恐ろしいほどに黒ずんでいる。

「警備員!警備員はどこだ!」

見事な連携だった。

佳乃から見ても、何の不自然さもない完璧な立ち回り。

けれど、彼女だけは知っている。

この凄惨な地獄絵図が、彼ら自身の手で緻密に書き上げられた狂言であることを。

彼らは佳乃にふしだらな女という烙印を押し、その名誉を徹底的に泥へと引きずり込んだ。これからの残りの人生を、ドブネズミのように日陰を這いつくばって生きるよう仕向けた。

そして、彼らが掌の中で大切に守り抜く紗耶香だけが、最も眩いスポットライトを浴び、世間の愛と称賛を独占する。

ああ、そうだ。

どうやら彼らの目論見は、完璧に達成されたらしい。

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