ダンスコンクールを目前に控えた日、池上佳乃(いけがみ よしの)は路地裏へと引きずり込まれた。救出されたときには、全身が赤黒い血で染まっていた。下された診断は絶望的だった。両脚は無残にねじ曲がり、左耳の聴力を喪失。一生涯、導尿バッグが手放せない身体となり、二度とステージで踊ることはできない。彼女を誰よりも愛する兄、池上真弘(いけがみ まひろ)は激怒し、犯人たちに必ず代償を払わせると誓った。彼女を誰よりも甘やかしてきた婚約者、増井修一(ますい しゅういち)もまた心を痛め、世界最高の医療チームを手配してくれた。だが、入院から三日目。車椅子を自力で漕いでエレベーターホールへ差し掛かった佳乃は、思いがけず、非常階段の方から二人の話し声を聞いてしまう。「狂ってるのか。コンクールを欠場させるだけのはずだっただろう。佳乃は一生、管を繋がれて生きていくんだぞ」それは、愛する婚約者である修一の声だった。欠場させるだけ、という言葉の意味を理解する間もなく、非常口に近寄ると、今度は紫煙の匂いとともに兄である真弘の声が漂ってくる。「あのチンピラども、加減を知らなかったみたいだな。だが、結果オーライだ。これで今回の優勝は紗耶香のもので決まりだろう」「しかし……」「しかたないさ。佳乃は正真正銘のお嬢様として、なに不自由なく愛されて育った。俺が実の兄で、お前が婚約者だ。俺たちが庇護してやれば、半身不随になろうとそれなりの人生は送れる。だが、紗耶香は違う。あいつは養女として、いつもびくびくと顔色をうかがって生きてきた。そんなあいつが、どうしてもあのコンクールで優勝したいと願ったんだ。佳乃は優秀すぎた。目障りだったんだよ。追い詰められた紗耶香が頼れるのは俺しかいない。あいつの道を阻むものは、誰であろうと排除する。修一、俺たちは親友だろう。昔から女の情より男の絆を優先してきたはずだ。お前が佳乃を愛していて、もうすぐ結婚する予定なのは分かっている。だが、佳乃への情にかまけて紗耶香を見殺しにはしないと、そう約束したじゃないか」長い沈黙のあと、修一は妥協するように息を吐き出した。自分自身に言い聞かせるような響きが混じっている。「……分かった。佳乃は今、痛みで夜も眠れないそうだ。医者に一番いい鎮痛剤を使わせてやってくれ」二人が煙草を
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